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番外編.蜜月

本編後のアリシアとエドアルトです。

イチャイチャしているだけのお話。

【アリシア】


 エドアルト様に求婚されて、私は学生の身分でありながら彼と結婚した。私もエドアルト様も一年早く卒業する予定でいたから結婚も卒業してからと私は思っていたのだけれど、騎士として背に守るものをしっかりと自覚したいと、エドアルト様に求められたのだ。そう言われては、拒めるはずもない。もちろん、結婚したことに後悔もなかった。

 今はバルトス公の別宅をお借りして、私たちは生活をしている。本宅でも良かったのだけれど、バルトス公のご厚意でこちらのお屋敷を使わせてもらっているのだ。いずれはエドアルトが爵位を継ぐから好きに使うといいんだよ、とバルトス公は豊かな髭を揺らして笑ってらっしゃった。


 私は別宅の廊下を、はしたなくない程度に速足で歩く。もうすぐ、エドアルト様が聖騎士団の任務から帰ってくるのだ。怪我をしてはいないか、いつも心配になる。エドアルト様の強さは分かっている。若くして聖騎士団に所属することを認められたほどの方だ。それでも、万が一ということもある。ようやく習得できた上級回復の魔術は、ありがたいことにというべきか、今のところエドアルト様にかけたことはなかった。


 玄関までくると、エドアルト様は侍従に出迎えられていた。エドアルト様はすぐに私に気付いて、目を細めて微笑む。見たところ、エドアルト様に怪我はない。ほっとして、私はエドアルト様に声をかけた。


「エドさ……、」


 様、と言いかけて、エドアルト様に軽く睨まれてしまった。いけない、結婚したのだからもっと心を開いてほしいと、エドアルト様にお願いされていたのだ。


「ええと、……エド、おかえりなさいませ」


 言い直すと、エドアルト様は息を吐くように笑う。彼のこの笑い方が、私はとても好きだ。ああ、この人には甘えてもいいんだなと思えて、とても安心する。


「ただいま、アリィ」


 腰を抱かれて、エドアルト様の逞しい体に自身の体が密着した。私は、エドアルト様の胸に手をついて、彼の顔を見上げる。エドアルト様と心を通わせてから二年と少し。随分と、彼の顔が遠くなったように思う。私はあの日からちっとも身長が伸びないのに、エドアルト様は成長期だから当然だと言わんばかりにぐんぐん伸びたのだ。たまに抱き上げられると、あまりに視界が高くて怖くなってしまう。


「部屋に行こうか。私が任地へ向かってから、学園でアリィが何をしていたか聞きたい」


「お疲れではありませんか?」


 先触れで夕食は済まされていると聞いていた。だから、すぐに湯を浴びて休息をとられるのかと思ったけれど、そうではないらしい。


「アリィに触れていれば、自ずと癒される」


 つう、と背筋をなぞられて、私は思わず声を上げた。エドアルト様は、おかしそうに私を見ている。この人がいじわるなのは、結婚してからも変わらなかった。悔しくてエドアルト様の胸を叩いても、エドアルト様は避けも逃げもしない。

 さあ部屋に行こう、と腰を引かれて、私は渋々歩き出した。エドアルト様は私の学園での生活を聞きたがっているけれど、私だってエドアルト様の様子を知りたい。聖騎士は国の防衛の要だ。危険な任務も多い。


 夫婦の寝室として使っている部屋へ入ると、既にヘレナが軽食と紅茶を用意してくれていた。ヘレナは結婚した私についてきてくれていて、何かと私を支えてくれている。結婚するときに、行儀見習いも終わったのだからついてくる必要はないとヘレナに言ったら、悲しそうに首を振られてしまった。私はもう不要ですかと、そんなこと言われたら実家に帰すに帰せないじゃない。


「ありがとう、ヘレナ」


 だから、私は精一杯、ヘレナのいい主人であろうと思う。お礼を告げると、ヘレナは微笑んで一礼した。音もなく退出したヘレナを見送って、私はエドアルト様の上着に手をかける。


「お召替えなさいますよね、エド。それとも、湯を用意させますか?」


「……そうだな、湯は浴びたほうがいいか」


 少し考えて、エドアルト様が頷いた。湯を浴びるよりも優先させたいことがありそうな物言いに首を傾げると、エドアルト様は結婚してからよく見せるようになった妖艶な笑みで私の顔を覗き込む。


「気ばかりが急いてしまうな。早く、アリィに隅々まで触れて、癒されたい」


 告げられた言葉に、私は目を見開いた。次いで、頬と言わず耳と言わず、熱が集まるのが分かる。エドアルト様の求める、私に触れるという意味に気付いてしまったからだ。思わず後退ると、エドアルト様は喉を鳴らして笑う。


「いい子で待っていてくれ、私の可愛い姫君。すぐに戻る」


 エドアルト様は微笑んで私の額に口付けると、侍従を呼んで湯を浴びに部屋を出ていった。硬直していた私は、瞬きを数度繰り返してから、ぐったりとソファに座り込む。結婚してひと月が経ったけれど、この時間は未だに慣れない。待てと言われても、どんな顔して待てばいいのか。しかも、エドアルト様はここぞとばかりに恥ずかしくなることばかり囁いてくるし……。


「逃げる……わけにもいかないし」


 逃げたいわけでもない。ただ、もっとこう、こう……!そう、手加減をしてもらえないものだろうか。結婚したとはいえ、まだ学生なのに、その……、妊娠とか、するわけにはいかないじゃない。一応その、妊娠しにくいようには、してもらっている、けれ、ども……。


 駄目だ。考えるだけで、顔が茹ってしまう。


 どうしようと考えたところで、経験も何もかも不足している私にはどうしようもない、との結論に至ってソファに座ったまま顔を覆った。こんなこと、ユーリアに相談するわけにもいかない。ああ、そういえば、たまにはお父様とお母様に顔を見せてあげてとユーリアに言われていたんだわ。今度、学園の帰りにでも寄ってみようかしら。お母様だったら、相談できるかもしれない。何と言って相談しようか、と思って、私は呻きながらソファに倒れこんだ。お母様にだってこんなこと、言えるはずがない。それにきっと、お母様ならば朗らかに笑って言うはずだ。魅力的だからこそ殿方に求められるのだから誇りなさい、と。……そうか。そうだわ!


「いっそ、魅力的でなくなればいいのですわ!」


 いいことを思いついた、とソファから体を起こすと、楽しそうに笑うエドアルト様がいた。しかも、上半身裸で、だ。


「ひっ!?」


 悲鳴を上げなかっただけでも褒めてほしい。


「誰が、魅力的でなくなればいいのだ?私か、君か?」


 エドアルト様は言いながら、ソファに座る私に迫ってきた。私は頬を引きつらせながら、じりじりとソファの上で後退する。けれど、エドアルト様は瞬く間に距離を詰めて、私にのしかかってきた。見上げた先、彼はすぅっと目を細める。


「もしくは、君の心を惑わせる誰かか?」


 惑わせているのはあなたです!と叫びたい。叫べるわけもないけれど。私はただ、ぶるぶると首を振った。鼻先が触れるほど近くまで迫ったエドアルト様は、湯を浴びてきたばかりだからか触れなくても暖かい。


「まあいい。君が何に惑わされているのかは、じっくりと問うことにしよう」


 剣呑な色が、エドアルト様の瞳に宿った。これからどんな目に遭わされるのか容易に想像できてしまって、逃げ出したくなる。


「ベッドの上で、な」


 空間転移の魔術ってなかったかしら。早急に覚えたほうがいい気がしてきたわ。


 思わず現実逃避をしてしまった私を軽々と抱き上げて、エドアルト様は有言実行とばかりに寝室へ向かった。騎士に連行される犯罪者ってこんな気持ちなのねと、とてもどうでもいいことを思った。



 それから随分と夜も更けて、ちらりと窓から覗く月は随分と高い位置にある。息を吐いても、体に籠った熱は中々逃げてくれなかった。


「アリィ、私以外に心を傾けるな」


「だって……、もう、ゆるして……」


 月明かりの中、エドアルト様は臙脂の瞳を細めて笑う。


「君が魅力的でなくなるなどと、間違っても考えないようにしないといけない。ましてや、私から逃げるなどとは思わないようにしなければ」


「それは、でも……、エド、だめ……」


 考えていたことを全部吐かされて、それでもなお、許されない。汗ばむ肌を、エドアルト様のごつごつとした手が撫でて降りていった。


「どんな君であろうと、私には魅力的で堪らない。それを君に教えてあげよう」


「っ……、ばか……」


 精一杯の悪態も、エドアルト様は楽しそうに笑うばかりだ。なんてひどい人なんだろう。紳士だなんてとんでもない。いじめっ子だ、エドアルト様は。


 涙目でエドアルト様を睨んで、私は腕を彼の背に回す。一番酷いのは、分かっていていじめられに行く私自身なのだと、頭の奥で溜め息をついた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



【エドアルト】


 国境であった聖騎士団の任務から戻った翌日、学園も休みだからと無理をさせたアリシアは、まだ私の隣で寝ている。薄い布の夜着だけのアリシアは、儚さと色香を纏っていた。見ていれば飲み下せない欲望がせり上がってきそうで、私はアリシアの体から無理矢理視線を外す。頬にかかっている濡羽色の髪を指先で撫でると、アリシアはくすぐったいとばかりに可愛らしく口元をもぞもぞとさせた。私の指から逃げるように、アリシアは私の胸元に顔を埋めてくる。アリシアの細い指が、私のシャツを掴んで引き寄せた。

 ……耐えられるだろうか。さすがに、これほど疲れているアリシアを起こしてしまうのは可哀そうだ。目で楽しむに留めよう。これも、鍛錬だ。


 天国のような地獄のような時間は、思ったよりも早く終わりを告げた。私の胸元に顔を埋めていたアリシアが、か細く声を上げて目を覚ましたのだ。


「おはよう、アリィ」


 今までの葛藤など露ほども見せてなるものか、と私は何事もなかったかのように微笑んでアリシアの頭を撫でる。アリシアは、寝ぼけ眼で私を見た後、ふわりと微笑んだ。


「おはようございます、エド」


 触れるだけのキスを交わして、私は体を起こす。結婚してもなお、欲望との戦いになろうとはな。私に頭を撫でられると、アリシアはいつも気持ちよさそうに目を細める。愛らしすぎて、どうにかなってしまいそうだ。


「今日は、エドもお休みなのですよね?」


「ああ、聖騎士団の任務も一段落ついたからな。君と一日一緒にいられる」


 言いながら額に口付けると、アリシアは照れたように笑って私の頬に手を伸ばす。しっとりとした滑らかな手が、私の頬を包んだ。


「ゆっくりお休みくださいませ。学園でも聖騎士団でも、エドは頑張っていらっしゃるのだから、わたくしと一緒の時くらいきちんとお休みになって」


「……アリィ」


 もう少し横になられますか、それとも朝食を用意させましょうか、と微笑むアリシアを、私は少々強引に抱き寄せる。小さな悲鳴を上げて、アリシアは私の腕の中に納まった。暫くは文句を言いながら抵抗していたアリシアも、私が放す気がないと分かって大人しくなる。控えめに、背中へ腕を回された。


「エド?」


「今日は怠惰でいると決めた。君とともに、な」


「まあ」


 アリシアは楽しげに笑って、私の顔を見上げてくる。深い青の瞳に、私が映っていた。随分と切羽詰まった顔をしている男だと、自分でおかしくなる。お陰で、少し冷静になれた。


「君の学園での様子を、昨夜は聞けなかっただろう」


 私の腕の中にすっぽりと納まりながら、アリシアが首を傾けた。さらりと揺れた濡羽色の髪が、私の腕をくすぐる。


「変わったことはありませんわよ?」


「それでも、三日も君の元から離れていた」


 それにセシル嬢の件もある、とは口には出さなかった。アリシアを貶めようとしたネルフィアの令嬢は、学園を追放された後、随分と遠くの修道院へ入ったと聞く。ネルフィア公とアダーシェク公の間に何かやり取りがあったのだろう。

 セシル嬢がネルフィア公の元に留まっていたならば、私は恐らく三日もアリシアを一人で学園に行かせたりはしなかった。セシル嬢の取り巻きも、アリシアに悟れないように少しずつ学園を去っている。ユーリア嬢からはアリシアの学園の様子が、ヨゼフからはセシル嬢とその取り巻きの様子が私の元へ報告されている。報告されてはいるのだが、それでも心配なものは心配なのだ。


「もう、エドったら心配性ですわね」


 くすぐるように、アリシアが私の腕の囲いで笑う。無邪気な笑みに、私も微笑み返した。もう、二度とアリシアを悲しませるような真似はしない。以前、アリシアを守らなければと警戒し過ぎてアリシアを泣かせてしまったことがある。あの涙は、何よりも堪えた。アリシアを泣かせたのは、完全に私の失態であった。彼女に気取らせないように動くのであれば、完璧でなければならない。出来ぬのならば、誤解のないように伝えるべきだ。不安がらせるなど、以ての外だ。誠実なアリシアに限って有り得ないと分かっているが、万が一でも、他の男を付け入らせる隙など作ってなるものか。


「当然だろう。私の可愛い姫君がまた倒れてしまっていたらどうしようかと、私は気が気ではない」


「も、もう倒れませんわ!わたくし、至って健康ですもの。それに、上級回復の魔術も及第点を頂けましたし」


 ふふん、と自慢げにアリシアは胸を張ってみせた。とはいえ、私に囲われていてその動きは小さいものであったが。可愛らしい仕草に、私も笑みを漏らす。


「衛生兵にならないかとお話も頂くくらいですのよ」


 その言葉に、私は浮かべていた微笑みを消した。衛生兵だと?どこから私のアリシアにそんな物騒な話が入っているのか。軍に所属など、させるわけがないだろう。話の出所はどこだ。ヨゼフに言って探させるか。姉に回復魔術の適性があるならば妹もあるのではないかとユーリア嬢が誘われる可能性がある、とでも言えば、あいつは自ずと動くだろう。随分とユーリア嬢にご執心のようだからな。あれほどに、ヨゼフが誰かへ執着するのも珍しい。同じようにアリシアへ執着している身としては、気持ちは分からなくもないが。


「衛生兵になどさせられないな。君は、私だけを癒せばいい」


 笑みを消した私を見るアリシアの耳に、私はわざと息をかけるように言った。びくり、と私の腕の中でアリシアが震える。絹のような肌を赤く染めて、アリシアが私を見上げてきた。

 朝から何を、とも思う。だが、今日は一日怠惰でいると決めたのだ。ならば、この欲望に忠実でも許されるだろう。


「お、お疲れでしたら、午睡をとられてはいかがですか?」


 慌てた様子で言うアリシアに、私は目を細めた。逃がさない。逃がすものか。妻として手に入れたとて、この渇きは癒えない。


「いいや。私は君の手で癒されたいのだが?」


 言いながら、私は腕の中のアリシアの体をベッドに横たえる。さらりとシーツの上に広がる濡羽色の髪が、ひどく扇情的だった。


「え、エド!」


 止めようとするアリシアの手をとって、片手で縫い留める。


「深く、癒してはくれないか。私だけの姫君」


 君を守るためならば、私は何物をも切り裂く刃となろう。だから、どうか。君は私の守る、ただ一つのものになってはくれないか。


 赤い顔のまま、アリシアは私の背におずおずと腕を伸ばした。控えめに回された腕に、私は安堵の息を漏らす。


「エドの、いじわる……」


 照れた彼女の悪態も心地いい愛の囁きに聞こえるのだから、全く私はどうしようもない男だ。君がこんな男にしたのだと、そう伝えたらどんな顔をするだろうか。


 それから私は、アリシアが空腹を訴えて叩いてくるまで、甘く香る彼女に存分に癒されるのだった。

お読みいただきありがとうございました。

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