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 番外4.その瞬間 (前編)

【文字数】

 全編合わせて40000字ほど

 前編は16000字ほど


【作者コメント】

 書いても書いても終わらなかった狂気の番外4。

 思いきってかなり省いたのに、最終的にこんな文字数でした。最後のもう一踏ん張りですので、どうぞ良ければお付き合いください。


【目次】

 0.演奏会なのに、気乗りしないわたしの話

 1.わたしによるコンサートマナー講習

 2.演奏会で旧友にバッタリってあるよね、という話


0.


 困ったなあ。

 こんなに気乗りしない演奏会なんて、わたし、初めてなんだけど。




 明けて翌日の土曜のこと、わたしは奇妙な緊張感に苛まれていた。

 なんかね、あるよね。直前まで大して緊張してなかったんだけど、いざってときになってから妙に緊張しちゃうのってさ。

 朝遅くに起きて、のんきに朝シャンしてから準備して、のろのろ食事して、のんびり昼もだいぶ過ぎてから家を出たんだけどさ、いやねえ、駅までの足取りが重いのなんの。浮ついてるのに、重いって感じ。どんな感じだ。

 わたしの気分を反映したかのように、今日は見事な曇天。

 なのに、そんなことに気づかないまま電車に乗って、窓越しの空模様が目に入ってようやく気づいたよ。道理で髪が反抗期を起こしてたわけだ。

 ホント、今日はダメダメだ。

 ガタゴト電車に揺られながら、わたしはぼんやり、この緊張感について考えていた。

 やっぱりさ、なんだかんだ言って、気まずいってのはあるよね。

 うちの学校のこともあるけど、他んとこ――他の学校の合唱部――にも知り合いがいるんだ。三校合同によるサマコン、わたしも運営の仕事してたしさ、それほっぽりだしたわたしがどの面下げて、って気持ちは、あるんだ。

 むしろ、そっちの方が気がかりなんだよ。うちの方は、まあ、もう慣れもあるんだけどさ、あちらさんの方はぜんぜん考えてなかったから。

 先輩のお誘いで、気楽に決めちゃったからなあ。約束だったし、断るってのはナシだろうけど、まさかこんなに気乗りしないなんてね。


 でもね、先輩の言ってることもよくわかるんだ。

 喧嘩別れしちゃって、学校で気まずい生活しちゃってさ。やっぱり、合唱するのもためらってるところがあるんだ、いま。

 演奏会に行くときも「部の子に会うかも」って考えが頭をよぎるし、楽譜屋にもなかなか(先輩と寄るまでは)入れなかった。

 CD聴いててもいろいろ思い出しちゃうし、いろいろ思っちゃうんだ。この曲歌ってみたいな、振ってみたいな――なんて思うとさ、そのことがすっごく寂しくなったりもする。

 このまんまじゃあ、坊主憎けりゃ袈裟憎いじゃないけども、合唱が苦手になっちゃうかもしれない。そのことが、怖くもある。

 このがんじがらめの状況をどうにかするのなら、早めに動いた方がいいってのはよくわかるんだ。

 でも、緊張はね。しゃーないよね。

 電車から降りて、わたしは一つため息をした。

 理性でわかってたって、やっぱりね。

 そんな重い気持ちを引きずりながら改札を出てみれば、先輩はもう来ていた。


「さすが、時間はきっちり守るな」

「さすがなのはむしろ先輩の方でしょ」


 おかしいな、待ち合わせ十分前に着く電車に乗ってきたのに。

 と思ってたら、先輩は「今日は土曜だから」と一言付け加える。あ、なるほど。朝からこっちに出てたんですね。にしたって早くないか、先輩。さすがとしか言えない。


「開場までだいぶ時間ありますけど、どうしましょうか。どこかでお茶します?」

「ああ、そうそう。聞き忘れてたんだが、君は差し入れか何かはしないのか?」

「差し入れ?」


 と聞き返すと、先輩は「花束とか」と返した。

 なんのこっちゃと、目をぱちくりする私。差し入れ、差し入れ……あ、なるほど、演奏会での差し入れね。

 わたしは苦笑いして手を振った。


「先輩先輩、合唱の演奏会で差し入れはあんまり多くないですよ」

「おや、そうなのか?」

「いや、ないってわけじゃないですけど。学生団体の、それも今日みたいなコンサートでは、なんて言うかな――お盛んじゃない、って感じですね」

「へえ」

「ひょっとしたら、今日は受付窓口自体ないかもしれません」


 差し入れの受付・管理をする人員を確保してあるのやら。その手の裏方仕事って友達にお願いしてやってもらうものだし、わざわざ用意してないんじゃないかなあ。

 コンサート実行委員会で話題に出てた記憶もないしね。


「なるほど、じゃあ早めの集合は無駄だったかな」

「あはは、早とちりでしたか。珍しいですね、先輩」


 バツが悪そうな先輩に、気にしてないですよーとばかりにわたしは笑った。

 わざわざそのために時間を取ってくれたってなら、その配慮はありがたいしね。正直、相談してほしかったけども。


「あ、そうだ、じゃあこうしましょうか」


 と、わたしは一本指を立てて見せた。


「お詫びにどこか、静かに話せるカフェを紹介してください。そこで合唱演奏会の楽しみ方っていうものをレクチャーしてさしあげますよ」




1.


 憂鬱な気分をまぎらわすちょっとした気晴らしくらいのつもりだったんだけど。

 さすがはオタク。我ながら、惚れ惚れするくらい本気モードだった。


「ではまず、コンサートマナーについての話をしましょうか」


 レモンで風味付けされた水を一気飲みしたわたしは、キリッとした顔つきで、まずそう告げる。

 先輩は冷静に応対した。


「すまないが、まずは注文を決めないか?」

「あ、はい。そうですね。そりゃそうですよね……」


 と途端にずっこけるわたし。

 すいません、性急すぎました。




 毎度毎度、先輩の手広さには驚くやら呆れるやらだけど、今日も今日とて新しいカフェである。

 先輩が紹介してくれたのは、今日の目的地(地元の市民ホール)の間近にある、いかにもホームメイドな感じの女性的な雰囲気のお店だった。知らなかったよ、お向かいの通りにこんな店があったなんてさ。

 余裕を持って置かれた木組みの丸テーブルには色鮮やかなランチョンマットが置かれ、メニューが挟まれた置物も愛らしい花束の装飾。男性が入りづらそーな、女子向けというか、マダム御用達っぽい感じのお店である。

 先輩、こんな店まで知ってるなんて……あなたの女子力の高さには、わたし、追いつける気がしないよ……。

 ところで、わたし、昼食べちゃったし、軽く済ませようかなって思ってるんだけど。と、わたしは先輩を見やった。


「先輩先輩。このお店のお勧めってあります?」

「食事の類はまず外れがないな。ケーキや焼き菓子も全部ホームメイドだから、どれも勧められる。どれでも自由に頼んでくれて構わないよ」

「あ、はい? ……ああ、いや、今日はさすがに払いますよー」


 毎度毎度奢られるような、驕った人間ではないのだ、わたしは。(いまわたし上手いこと言った)

 そんな二、三のやりとり――いいよいいよ、の応酬である――を打ち切って、わたしは話を進めた。


「でも、どれでもって言われちゃいますと、逆に悩みますねー」

「消去法で逆算すればいいんじゃないか? さすがにニンニクは控えるべきだろうし」


 と、先輩はペペロンチーノやボンゴレを指し示す。


「あまり食べ過ぎて腹痛を起こしても厄介だろう」


 と、さらに「大盛りも出来ます(+200円)」を指でなぞった。


「なるほど。あ、それなら、ここでもコンサートマナーが適用されますね」

「口臭の他にも気にすべきことがあるのか?」


 先輩の疑問にわたしはうなずいた。


「単純な話です。腹の虫が鳴らぬよう、食べるタイミングと量を調整すべきってことですね」

「ああ。なるほどね」


 コンサートマナーってほどじゃないけどね。

 演奏を聴くときは、腹持ち具合を程良くしておくことが望ましい。消化音も、空腹の音も、どっちもどっちである。実際ね、みんなが(演奏に)聴き入ってる中でお腹鳴るのって、なかなか恥ずかしいよ。

 だから、あまり直前に食べ過ぎるのもよくないし、もちろん空腹なのもよろしくない。


「ですから、今日の先輩との待ち合わせはちょうどいいですね」


 と、フォローのようなことを言うわたし。でも、実際そうなのだ。

 ほとんどのコンサートホールは軽食の取れるカフェやレストランを併設しているし、演奏会の際は早めに着いておいてそこで一服するくらいがちょうどいい。

 まあ、有名どころのホールはお高いレストランが併設されているので、学生にはちょっと敷居が高いんだけどね。別に店を探した方がいいかもしれない。


「今日は地元の市民ホールですから、そんなオシャレな飲食店は付いてませんけどもね」

「だから周りにこういうカフェが出来るんだろうな」


 雑談をしながら、先輩が「メニューは決めたか?」と尋ねてくる。


「じゃあ、先輩のお勧めで」


 と先輩に丸投げするわたしなのだった。

 先輩は「君ね」と苦笑してから、オーナーさんにさっと頼んだ。まさかの「いつもの」である。


「先輩、いつものって……」

「ああ、ここは何度か来てるから。オーナーさんとももう顔見知りだし、それで一応通じるよ」


 先輩は「まあ、単なるケーキセットなんだけどね」と気楽に言ってくれるが。その食道楽ぶりに感服するわたしなのだった。




「さて、話を戻そうか」


 という先輩の言葉に、わたしは頭を振った。


「コンサートマナーについてですね。よし、じゃあ、話しちゃいますよ」

「存分にどうぞ」

「じゃあ、一つ目」


 と先輩の物まね一本指をしてから、


「『演奏会には遅刻しないこと』」


 と重々しくわたしは告げた。

 先輩の反応は鈍かった。


「……それは、そうだろうね」

「あ、いま先輩、そんなの当たり前だろって思いましたね」

「まあ、そりゃあね」


 と苦笑いする先輩に、わたしは言を強めた。


「これ、本当に大事なんですよ。裏を返して言えば、遅刻してくるお客さんがいない演奏会なんてありえないんですよ」

「ああ、人それぞれ都合はあるからな」

「そうなんですけど、遅刻してくるとですね、まず席が問題になるんですよ」


 先輩は「席?」とおうむ返し。

 わたしは鷹揚にうなずいて見せた。


「自由席の場合、通路寄りの席から埋まっていくことが多いです。誰だって、休憩時間にロビーで一服したいし、トイレのことも考えれば中側の席は避けたいものです。身動きが取りづらいですからね」


 音響を別にすれば、という話だが、通路脇の席が埋まっていくのは通例のことである。見知らぬ人の隣席を避ける意味で、一つ席を空けておくようなこともあって、中側の席が歯抜けになるのはよくあることだ。

 先輩は軽くうなずいて返した。


「なるほど。つまり、後から遅れてきたら、中側の席に座るために謝りながら人の前を通らないといけないと」

「そうです。座席間はたいがい狭いですからね。迷惑かかりますよ」

「ああ、それはそうだろうね」

「あるいは、空きがちな最前列付近に行く必要があるわけですよ。目障りで仕方ないところをちょろちょろする」


 ハッキリ言おうか。遅刻組は演奏中、超目障りである。そもそも演奏中に入ってくんなって話だ。


「指定席でも同じですね。都合よく扉付近の端の席ならいいですが、中側の席なら同じ問題が発生します」

「どちらにしても、他人の迷惑、というわけか」

「そのとおりです」


 わたしは力強くうなずいた。

 さらに付け加えると、付近に座る人だけに限らず、遅刻者は物音で聴衆の邪魔をする。

 これが映画館なら、多少の物音も気にならないだろう。ドン、ズガンやピーポーピーポーと騒がしいアクションならなおさらだ。しかし、演奏会は違う。音を聴きに来た聴衆にとって、物音は最大の敵と言っていい。


「だが」


 と先輩は小首をかしげる。


「やはり遅刻してしまうときはあるだろう。そういうときはどうすればいいんだ?」

「ああ、やむを得ない場合はありますよね」


 と、わたしは理解ある大人の顔でうなずく。

 まあ、実際、仕事やらなんやらで遅れてしまうような方もいるだろう。そこんとこはしゃーないと思う。

 遅刻してでも馳せ参じようっていうんだから、熱心なお客さんじゃないか。そんな人に罵声を浴びせるのは心ない行動だろう。わたし、そんな鬼じゃないんで。


「その場合、まずロビーで先にジャケットなんかを脱いでおくこと。パンフレットは鞄に直すこと。とにかく、席に着いてからすることは何一つない状態にしてからホールに入るべきです」

「いつまでもガサゴソしてたら隣の席の人に迷惑だもんな」

「そうですね。そして、できればステージ間で入ること」


 またもおうむ返しに「ステージ間?」と返す先輩に、わたしはこくこくとうなずく。


「合唱の演奏会はだいたい前後半の二部制、ステージを三つ置く三部制、あるいは四つ置く四部制の構成を取ります。で、着いた段階でもうファーストだかセカンドだかのステージが半ばを過ぎていたのなら、素直にそのステージは捨てましょう」

「捨てるのか?」

「そうです。遅刻した以上、それくらいは覚悟してもらいたいところです」


 時間通りにきちんと来てる客に、遅刻した客が負担を強いるというのは土台おかしな話である。逆だ。遅刻した客が負担を強いられるべきなのだ。

 ステージ間なら、指揮者・合唱団の入退場や楽器の準備(特にピアノの移動が多い)で多少の空きがある。2ステ、3ステ後なら休憩も入る。入場するには適切なタイミングである。

 今日みたいなジョイントコンサート(複数合唱団による合同コンサートをこう呼ぶ)だと、各校の校歌みたいな0ステがあったりもするし、各ステージでもその都度入れ替わりがある。ちょっとした遅刻ならその合間に入ればいいわけだ。

 ただし、とわたしは但し書きを付ける。


「そこまで厳密にやらなくてもいいかな、とも思います。せっかく来てるんですからね。入場は曲間で十分ですよ」

「曲間? ああ、なるほど、演奏してる曲が終わってから、次の演奏に移るまでにさっと座れと」

「そうそう。それなら、余裕のある指揮者なら客を横目に多少間を置いてくれるでしょうし、手早く済ませれば迷惑も最小です」


 マナーって結局、他人様に迷惑かけんなよ、ってことだしね。

 迷惑かけちゃう場合でも、気を遣えていればわりとオッケーなのである。


「まあ、今日は遅刻はしないでしょうから、この話はこれくらいにして二つ目いきましょうか」

「おう」

「二つ目は、『演奏中にパンフレットを読まないこと』」

「おや、ダメなのか?」


 と意外そうに先輩は返した。


「ダメとまでは言いませんが、あんまりよろしくないです」


 ピースサイン二つでカニさんを作って強調しながら、わたしは眉をしかめる。


「今日みたいなふつーの学生さんの演奏会ならともかく、有名団体の演奏会はたいがい録音しています。CDになるわけですね。なので、物音はノイズになっちゃたりするんですよ」

「演奏側としては都合が悪いと」

「ですです。そうでなくても、パンフをパラパラしてるのって、周りの人にも迷惑ですしね」


 手隙なのはわかるが、お前パンフ読みに来たんじゃねーだろといつもわたしは思っております。演奏に集中しろよ。目障りなんだよ。


「それに、膝の上に置いておいたパンフって結構落ちるんですよ。どえらい音を立てて落ちますよ」

「なるほど。リスク要因になると」


 こくこくとわたしはうなずいた。

 さんざん演奏会に行き倒しているわたしでも、迂闊に膝上パンフなんぞすれば落としかねないくらいだ。ハッとした瞬間にはズバーンである。なかなか凶悪なトラップなのだ。

 演奏会って、静かに演奏を(だいたい1ステージ30分くらい)聞き入るもんだから、やっぱりうとうとしちゃう瞬間があるもんなんだ。平日の演奏会なら学校の後だし、体育があったりもするしさ。しかも、趣味じゃない曲だと、どうしようもない。

 そういうとき、パンフは牙を剥くのである。


「しかし」


 とふたたび先輩は首をかしげた。


「そうすると、なんの曲を歌ってるんだかわからなくなりそうだが」

「そういうのは、ステージ前後にチェックしちゃいましょう」


 遅刻しちゃダメ、ってのはそういう意味でも大事である。準備の時間は大切だ。

 演奏が始まってから、次はなんの曲だろうねとパンフを見ているようじゃあダメだよ。その間にもう音楽は始まってしまう。それじゃあ乗り遅れちゃうよ。

 次は何が来るかわかってて(気持ちの上で)準備できてるか、あるいはなんでもバッチコーイと準備だけ万端にしてるか、どっちかじゃないとちゃんと音楽は楽しめないよね。

 あと、パンフには歌詞も載ってたりするんだけど、早めに会場入りしてそれも一読しておくと音楽に入り込みやすいよね。


「ストイックだな」


 と先輩は苦笑い。

 うん、まあ、ねえ。先輩のことを神経質みたいに言ったことがあるわたしだけど、わたしもたいがいだろう。オタクだから仕方ない。


「あくまでマナーですからね。理想はこう、ってわけですよ」

「なるほどね。じゃあ、君なりの妥協案はあるのか?」

「んー、そうですね。せめて、挟んであるチラシやアンケート用紙は落ちやすいので鞄に直して、パンフはステージが始まる前に該当ページを開けて、逆向きに折り曲げちゃえばいいんじゃないですかね。それならパラパラページをめくる必要もないですし」

「雑な扱いだな」


 ご、ごめんなさい。そうですよね。

 熱心に作ってくれているパンフ制作担当の皆さんには叱られそうだけど、年間何十冊も溜まっていくもんだから、そんなに丁寧に扱おうって意欲が湧かないっていうか。ごめんなさい。言い訳ですね。

 先輩のクリティカルなツッコミに、わたしはうろたえた。


「こ、この件につきましては、後日書面で返答させていただきます、と言いますか……」

「うろたえすぎだろ」


 面食らった先輩は、ちょっと笑った。

 ここで折り良く(いいのか?)ドリンクとケーキが配膳されたもんだから、ちょっとお話は中断。ゴングに助けられた形のわたしなのだった。

 わたしはしげしげとカップを眺めた。


「あれ、紅茶なんですか?」

「ああ、ここの紅茶はぜひとも飲んでもらいたい」

「ほお」


 先輩ってば、結構そういう「ここではこれを」ってわたしに選ばせてくれない感じなんだよね。焼き肉なら部位で店選びしそうな人である。しかもそのやり方で外さないんだから、ホントその目利きには恐れ入る。

 で、この度の先輩お勧めのケーキセットは、夏のフルーツがふんだんに使われたオレンジのショートケーキと、ストレートの紅茶。シンプルだけど、これまた美味しそうである。

 まずは紅茶を一口。それからケーキを食べてからもう一口。

 わたしは穏やかな気持ちでうなずき、つぶやいた。


「結構なお手前で……」

「言う相手を間違っているぞ」


 さらりと完食してしまった。美味しかったー。柑橘の酸味が結構ハッキリ出てて、初夏によく似合うさわやかな一品である。

 市内だけでもこんなに良い店があるのだから、あちらこちらへ演奏会で足を運ぶわたしはなんともったいないことをしていたのだと、しみじみ思う。

 今度からは、方々でもお店に入ろうと心に決めるわたしなのだった。


「それで」


 と先輩が軽く手を振って、注意喚起。


「コンサートマナーについてはもうおしまいで構わないのかな」

「いやいや、まだありますよー」


 わたしも手を振り返して、否定した。二つで終わりとか、ありえないよね。


「三つ目は、言うまでもないかもなんですけど」

「と言うと?」

「えっとですね、『演奏中は騒がしくしないこと』ですね」

「あー」


 そりゃそうだろう、第二弾である。

 一つ目二つ目の段階でもう言っちゃってるようなものだしね。


「たとえば、足を組んでいたとして、それをちょくちょく入れ替えたり。咳払いしたり。こそこそと隣の友人と話をしたり」

「なるほどね。その辺がありがちなNG、ってわけか?」

「そうですね。あとは、咳込む場合や、寝ちゃってイビキを掻いちゃったりする場合もありますし、ご年輩のご婦人の方なら演奏中に鞄開けて飴を取り出したり、みたいなこともあります」


 演奏会のお客さんあるあるである。

 どれもこれも、本人には本人の事情があるにせよ、他のお客さんにはうっとうしいものばかりだ。足なんか組んでんじゃねえよ、と舌打ちしたくなるのはわたしだけだろうか。あと、飴を舐めるのはやめましょうや。ホール内は飲食禁止。マナー悪いぜ。

 わたしの熱弁に、先輩は肩をすくめた。


「君の言いぶりを聞いていると、観客は身じろぎ一つせずに聴かないといけない気がしてくるな」

「はい。そのとおりですよ」

「……そのとおりなのか?」


 と目を剥く先輩。

 え、そのとおりですよ? 当たり前じゃないですか。


「演奏してる人たちは何ヶ月もかけて、場合によっては一年以上の時間をかけて、その演奏会に備えてきてるんですよ。それを、その場の自分の都合でぶち壊すなんて、やっちゃいけないに決まってるでしょう」


 目をぱちくりさせる先輩。


「君はつくづく、ストイックだな」

「ストイックというか、うーん」


 なんと言ったらいいのか、わたしはちょっと頭を捻った。


「……そうですね、双方向型ってやつですよ」

「双方向?」

「観客はお客様なんかじゃなくて、演奏会を作る一員なんですよ。ホールを介して、合唱団とお客さんが、ライブを作るんです」


 生演奏では、「場の雰囲気」という生の手触りがある。

 お客さんがきちんとマナーを守り、集中して演奏に聴き入っているとき、そこには独特の緊張感が生まれる。この空気がバカにならないんだ。名演は、客側の集中なくして生まれ得ない。

 そりゃあ、邦楽のライブみたく、お客さんがコールやジャンプで演奏に参加するようなことはそうそうないけどさ(バルコニーのお客さんに「盛り上がってるか、バルコニー!」とはいかない)、それでもお客さんがその場にいて、音楽を作る一員であることは変わりない。(※1)


「平たく言うと、客は消費者じゃないってことですね」

「なるほど……」


 少し考え込んだ先輩は、深く何度もうなずいた。


「なるほどね。なんとなくわかるよ。サポーターが選手を育てるのと同じ構図だな」

「おっと、先輩。その例えは通じてませんよ」


 いや、さすがにわたしも慣れてきたんで、阿吽の呼吸でサッカー話ってのはわかるけども。そんな端的な例えでピンとは来ませんぜ。


「ああ、サッカーの話なんだけどな、選手が良いプレーをしたときに拍手や声援を送ることで後押しする文化がある。活躍した選手が途中交代するときなんて、ホームでは会場中がねぎらいの拍手を送るんだ」

「あ、なんとなくわかりました」

「アウェイでも時に、偉大なプレーにスタンディングオベレーションが送られることもある。まあ、これはさすがにそうそうないけどね」


 ふむふむ。なるほどね。サッカーの世界も奥深いものがあるんだな。


「君の話からすると、聞き入る態度や拍手で、観客も積極的に音楽作りに参加するべきなんだな」

「ですです。特にライブ録音ですと、拍手もCDに入れたりしますからね。タイミングも大事ですよー」


 と、おっと、話題をフライングしちゃった。


「というわけで四つ目は、『拍手のタイミング』です。これ、大事なんですよ」

「演奏終わりでいいんだよな?」

「正確に言うと、指揮者が構えを解いて、手を下ろしてからですねー」


 もっと言えば、観客の方に振り返って礼をしてからが理想だけど、音楽が終わった合図(構えを解いた際)で大丈夫だろう。


「曲によっては終わりが紛らわしいものもありますから、終わったと思って拍手したらまだ曲の途中だった、なんて悲惨ですよー」

「ああ、それはキツいな」

「やった本人も恥ずかしいですし。っていうか、それでライブ録音がおしゃかになりかねませんし」


 拍手と言えばもう一つ。わたしはノリノリで一本指を振って見せた。


「あるいは、自分はこの曲を知ってるんだぜ感を出して、曲が終わった途端に拍手する人。これも厄介なんですよ」


 音楽の余韻を無遠慮な拍手でぶち壊しにするのは、ひょっとすると一番マナーに欠けた行為かもしれない。

 そこまでの演奏をドブに捨てるにも等しい行為である。


「第九みたく、ジャンジャカ鳴らしてバーンと終わる曲なら、まあそれもありでしょうけど、静かに染み入るような終わりの曲でそんなことされたらもう、舌打ちしちゃいますね」

「ほう、そこまでするんだな」

「いや、心の中だけでですけどね」


 さすがに演奏会場で舌打ちしたりしません。




 とまあ、そんな具合に、先輩へと演奏会の心得をレクチャーし倒したわたしなのだった。

 コンサートマナー、話せば話すほど奥深い話である。

 まあ、要は温泉宿でのマナーみたいなもので、他人(=他のお客さん)に迷惑をかけない、従業員(=演奏者)の負担を大きくしないってだけの話なんだけどね。

 ……あれ、そういえば、演奏会の楽しみ方を話すはずだったんだけど、コンサートマナーだけで時間使い切っちゃった。これだから、オタクの後先考えない長話は困ったものである。




2.


 夏の天候は、特に夕方は油断ならないものがある。

 ホールまで歩いてすぐの店からだったのに、最後は小走りで走り込むことになったわたしと先輩なのであった。


「降ってきちゃいましたねー」

「通り雨で済めばいいがな」


 もともと曇り空だったしなあ。夏空さんは「雨粒のストックなら降らせるほどありまっせ」と仰っておいでである。帰るまでに上がってくれるか心配だよ。わたし、傘忘れちゃったしさ。

 小降りだった雨は徐々に勢いを増し、雨粒はホール玄関前の煉瓦の地面に大げさな音を立てている。会場にはわたわたと、わたしたちのように走ってくるお客さんが何組もいた。


「とりあえず、入っちゃいましょうか」

「そうだな」


 いつまでも入り口にいても仕方ない。先輩を促して、ホールの入り口をくぐった。

 そういや、わたし、チケット持ってないんだった。いや、無料の演奏会では要らないんだけど、一応あるのはあるんだよね。

 と、先歩いてくれてる先輩をチラ見してみると、その手には二枚のチケットが。


「先輩、チケット持ってたんですね」

「伝手はあるからな。一応貰っておいた」


 会場入りして、ロビーを歩きながらのそんなお喋り。

 先輩、たぶん誘った側だからってわざわざ用意したんだろうなあ。本当にマメな人である。

 わたしは手近なホールの扉を手で示した。


「とりあえず、席取っちゃいましょうか。お手洗いもさっさと済ませちゃわないと」

「コンサートマナーの八つ目だったか」

「たぶん八つ目か九つ目くらいです」


 と、先ほどの話を思い出しつつ――いわく、「事前に必ずトイレを済ませること」。ホールって夏でも冷房で結構冷えてたりするから、なおさら重要なのだ――、このホールのトイレってどこだっけかなとキョロキョロするわたし。

 そのキョロキョロが、ギギギと止まった。

 視界の端に移ったのは、うちとはデザインの違うセーラー服。アップにした髪の下には、よく見慣れた顔が……。


「げ……」


 思わず、可愛さの欠片もないうめき声がもれた。

 嘘でしょ。なんでこのタイミングで彼女が、エントランスなんかにいるんだ。

 思いがけない遭遇に、わたしは大いにうろたえた。

 相手に気づかれる前にホールに入っちゃわないと――なんて気だけ焦っているうちに、あっさり捕捉されてしまったわたし。

 足早に近づくその人に、わたしは蛇ににらまれた蛙状態で立ちすくんでいた。


「あんた……」

「お、おひさしぶりーふ」


 ガッチリ肩を鷲掴みしたその人は、他校で指揮者を務めている、わたしの知り合いだった。

 なんかもう、目線すら逸らせないくらい、切れ長の目で、ノー瞬きでのぞき込まれてましてね。心底ビビるわたし。知り合いなのに人見知りをこじらせちゃいそうだ。


「げ、元気してた? ごめんね、ごぶさたしてて」

「…………」


 ちょ、ちょーっと、沈黙が怖いかなー……。

 あまりの真顔っぷりに、わたしはあわあわしながらまくし立てた。


「ちょっと、都合で部を辞めちゃってさ。直前に指揮者チェンジなんかしちゃって、そのー、そちらさんやあちらさんにもご迷惑をおかけしまして、すいません」

「……うん」

「今日来るのも伝えてなかったし、うん」


 やっぱ迷惑だったかなーと顔色をうかがうわたし。

 うちの部にも迷惑かけたけど、余所様にも迷惑かかっただろうし、こうも平然と演奏会に来ちゃったのは癇に障ったかなと、そう考えたのだけど。

 ……あれ? でも、怒ってない?

 目をぱちくりさせたわたしの肩を、彼女はパシッと軽く叩いた。


「いや、よく来てくれたよ」

「……お邪魔しました」


 しんみり言われて、うっと、思わず言葉に詰まった。しんみり言わないでほしい。逆に、キツい。

 彼女はふっと、力を抜いて笑った。


「それ、帰るときの言葉だよ」

「あ。そっか。お邪魔します、か」

「なに緊張してるんだ。演奏会なんて、あんたの生息地みたいなもんでしょうが」


 そう言って肩をバシバシ叩いてくる彼女。

 親戚のおじさん並にボディタッチが激しくて、目を白黒させるわたしなのだった。痛ぇ。愛の鞭なのか、これは。


「っていうか、そもそもおひさしぶりーふってなんだよ。下ネタかよ」

「え、いや、そういうギャグがあるんだけど」(※2)

「ギャグだったら下ネタオッケーなの? キャラ変えた?」


 キャラ変えてません。下ネタNGな年頃のお嬢さんです。わたしはぶんぶん顔を横に振った。


「ほらほら、格好見てよ。変えてないでしょ」


 自慢げに、軽くホールドアップして今日の服装を見せてみたのだけど。

 そんな何気ない話題が、彼女の何かに障っちゃったようでして。


「……あ、またそんな格好して」


 途端、険しい顔をして、鷲掴みを再開する彼女。


「あんた、そうやってシンプルめのコーデで大人かわいい路線狙うのダメって言ったでしょうが!」


 今日のコーデは、わりと色鮮やかな赤色サーキュラースカートにマリンブルーのボーダーが入った白Tシャツ。膝の隠れるミディ丈で上品さを出しつつ、シンプルに可愛い感じで仕上げてきたんだけど。

 何がいかんと言うのだ。先輩もシンプルなコーデの方が良いって言ってたんだぞ。ゆっさゆっさ揺られながら、それでも抗弁するわたし。


「うぐぐ、だって可愛いじゃん」

「あんたがシンプルな格好したって、大人カワイイにはならないって言ったでしょうが。子供っぽいから止めた方がいいって言ったでしょうが」

「あわわわ」

「っていうかこのやりとり何回目よ。ちょっと話聞いてる?」


 聞いてほしいならとりあえず、ぶんぶん人を振り回すのは止めようか。

 マウント系女子にリアルにマウントされながら(いや、気分的な話ね)、注意されております。少々お待ちください。


「まったく、演奏前に喉使わせて……」

「わたしのせいじゃないでしょうが」


 一段落付いてから、不機嫌にこぼす彼女。いや、本当に、わたしのせいじゃないでしょうに。

 そもそも、どうして開場後にエントランスに居るんだ。本番まであと二十分くらいしかないのに。


「でも、ホントよく来てくれたよ」

「あはは」


 しみじみ言われてしまった。だから、やめてほしいな、そういうの。

 わたしは何も言えなくて、ただ困ったように笑って返した。


「あんたが辞めたって聞いて、ビックリしちゃってさ。あんたみたいな合唱バカが辞めるとか、そんな異常事態、ありえないって」

「異常事態て。っていうか、合唱バカはひどい」

「実際そうでしょうが」


 いや、まあ、実際そうなんですけど。


「なんかさ、どんなメール送ろうか悩んでるうちに、サマコンのコンサートが迫ってきてさ」


 バツが悪そうに、口ごもる彼女。


「ごめん。メール一つしなくて」


 わたしは目をパチパチさせた。

 あれ? 怒ってるどころか、なんか謝られちゃってるんだけど。どういうことなの?


「え? それって、謝るようなことじゃないと思うけど」

「でも、そういうの、ダメじゃん。あんたが相当しんどい思いしてたの、聞いたし」

「おお? そういう噂流れてるんだ」


 ビックリである。誰だ、そんな噂流してるやつは。

 そりゃ、辞めた直後はちょいとヘビーだったけど、他校にまで流れるような噂じゃなかろうに。


「だから、ごめん」

「いやいや。ホント、謝るようなことじゃないと思うけどね」

「あんたって、そういうとこ、さっぱりしてるよね」


 と彼女は苦笑い。

 いや、そもそも迷惑かけたの、わたしの方だしね。


「だからさ、演奏会来てくれたのは本当にうれしいんだ。ありがと」

「……あはは」


 うーむ。人からのお誘いで来たとはとても言えん空気だ。お口にチャックしておこう。

 でも、怒らせてなかったのなら、良かったよ。うん。

 彼女とは良いお友達で、でもそれって部を挟んでの話でさ、部活辞めてから縁も切れちゃったかなって思ってたんだけど。

 本当に良かったな。うん。

 わたしと彼女が、なんともなしに言葉を途切れさせて笑い合っていると。そんなどこかしんみりとした空気に、割って入る人がいた。


「和んでるとこ、悪いんだけどさ」


 顔を向ければ、おお、もう一つの高校んとこの指揮者君じゃないか。


「時間、ヤバいよ?」

「え、マジで?」


 とキョロキョロする彼女。時計を探してるようようだ。

 わたしが腕時計を見せてあげると、一瞬で青ざめた。


「やっば、ウソ、ダメじゃん!」

「ダメだよ。どー考えてもダメだよ」


 と渋い顔でうなずく彼。いや、冷静にうなずいてる場合じゃないでしょうに。


「じゃ、またメールするから。また今度ね!」

「じゃあね。演奏の感想、またよろしく頼むよ」


 と大慌てな彼女とは対照的に、去り際までクールな彼。マイペースだねえ。

 どたばたとスタッフオンリーな扉まで去っていく二人を、わたしはのんきに眺めていた。


「終わったか?」

「あ、はい」


 そう声をかけられるまでは。

 思わずうなずいてから、今度はわたしが青ざめる番だった。


「あ、あわわ、先輩、ほったらかしですいません!」

「いや、古馴染みがいるとよくあることだ。気にしなくていい」


 とこちらもまたクール。相変わらず動じない先輩である。

 いや、ホントに申し訳なくてペコペコするわたし。


「席は適当に取っておいたから、先にお手洗いに行ってくるといい」

「お手数をおかけします……」


 経験者がリードせんでどうするのかと、反省しきりなわたしなのだった。




 トイレを済ませて、先輩が取ってくれた席に着いてからも、わたしは反省しきりであった。

 あの人たちは今日の舞台で振る学指揮(学生指揮者)で、個人的な交流もあって……なんて弁解するわたしに、先輩は軽く手を振った。


「本当に気にしなくていい」

「いや、でもホント、申し訳なくて……」

「なに、古馴染みが居るのは君だけじゃない」


 んん? 何やら含みのあるような。

 先輩の言葉に、わたしはムムッと顔をしかめて先輩を見やったが、先輩ったらあっさり話を変えちゃった。


「それで、コンサートマナーのその二は実践しなくていいのか?」

「……その二ってなんでしたっけ」

「おいおい」


 い、いかん、話しすぎて逆に忘れてしまった。トラブルのせいで、とっさに思い出すこともできないよ。

 さすがにあきれ顔の先輩は、小さく笑いながら教えてくれた。


「パンフレットは演奏中に読まない。できれば、事前に読んでおくこと」

「あ、そうでしたね」


 照れ笑いを返しながら、わたしはパンフを開いた。

 挟まれたチラシは後で読ませていただきましょうか。もうぼちぼちサマコン・ジョイコンも終わりの時期だし(六月七月の企画なのだ)、九月以降の秋のコンサートが中心だろうから、急ぎってわけでもないだろうし。家で舐めるように見ようじゃないか。

 まずはプログラム見ないとね。

 内容はだいたい知ってるんだけど、彼のとこの選曲なんかは詳しく聞く前に辞めちゃったからなあ。

 えーと? ふむふむ……。

 なるほど。


「ほう」


 わたしは、匣(はこ)の中に入った生首のような声を漏らした。(※3)

 一見して言おうか。あいつ、バカだろ。

 選曲は以下の通りである。



  オープニング

   三校合同による演奏


  1st. 二人の作曲家による「雨ニモマケズ」 Ⅰ

   宮沢賢治・詩、鈴木憲夫・作曲 混声合唱曲「雨ニモマケズ」


  2st. 東西のアヴェマリアを集めて

   ハビエル・ブスト(Javier Busto、1949-)

   ガブリエル・ジャクソン(Gabriel Jackson、1962-)

   リハルヅ・デュブラ(Rihards Dubra、1964-)

   鈴木憲夫(1953-)

   千原英喜(1957-)


   ―― 休憩(10分) ――


  3st. 二人の作曲家による「雨ニモマケズ」 Ⅱ

   宮沢賢治・作詞、千原英喜・作曲

   混声合唱とピアノのための組曲「雨ニモマケズ」より

    告別Ⅰ

    告別Ⅱ

    雨ニモマケズ


   ―― 休憩(15分) ――


  4st. 合同演奏

   木島始・作詞、信長貴富・作曲

   混声合唱とピアノのための「初心のうた」より

    初心のうた

    自由さのために

    とむらいのあとは

    でなおすうた

    泉のうた



 まず、そもそもね、合同演奏で先生が学生らしい曲を選んでくれてるってのに、うちと彼女のとこで聞き比べとか学指揮の方がガチな選曲しちゃってるのもツッコミどころなんだけど、何より、あいつバカだろ。

 露骨に顔をしかめたわたしに、先輩が訊ねてきた。


「何か不服でもあったのか?」

「いや、不服と言いますか、なんと言いますか……オタクのわたしですら『こいつガチじゃん』って言いたくなるような選曲に引いてただけです」


 問題児は2ステである。

 まず、宗教曲を選ぶこと自体は一般的で、これは別に問題じゃあない。まあ、高校生らしいかと訊かれれば返答には困るが、常識の範囲内だ。

 また、外国の曲を選ぶのも珍しくない。後期ロマン派なんて名曲揃いだし、メンデルスゾーンやブラームスあたりを選ぶのもアリだろう。まあ、高校生らしいかと訊かれればこれまた困るけど、アリっちゃアリである。

 ところがどっこい、あいつ、この条件でさえ際々だってのに、ガチの選曲してきやがった。古今東西から選んできて、しかも作曲家が全員ご存命とか、どこの実力派一般合唱団だよ。あいつバカだろ。


「そんなにマズいことなのか?」


 と疑問顔の先輩。いや、マズくはないんですけどね。


「普通、中学高校の部活がこういうガチな選曲をするのって、コンクール用なんですよ」

「と言うと?」

「勝てる選曲って言いますかね。複雑な音の扱いだとか、物珍しい演出だとか、そういう部分で勝負しようって顧問の先生が持ってくるんですよ」


 ガチで歌いたいって集まった一般団体なら、実力もあるし、そうした難しい曲への免疫もある。むしろ誰にも知られてないような曲や作曲家を日本に紹介しちゃおうって、それくらいの気負いがある団体も少なくない。

 でもね、あくまで高校の部活なんだよ。そのことを忘れちゃいけない。コンクールという目標があってのことなら、まあ、多少変な曲もイミフな難曲も耐えるだろうけどさ。

 でも、学生合唱団で、しかもサマコンだよ? ここまでガチな選曲するとこってないよ。年度が替わってから三ヶ月しか経ってないんだしさ。新入生引いちゃうよ。

 わたしの解説に、先輩は襟を正した。


「そんなに難しい曲なら、覚悟して聞いた方が良さそうだな」

「あ、それは大丈夫ですよ。曲自体は全部聞きやすいですし」


 ブストもジャクソンもデュブラも、メロディックでハーモニーの美しい曲を書く現代作曲家だ。それぞれ別の美しさがあって、良い選曲だとは思う。

 ただ、なんというかな、流行におもねってポール・ミーラーあたりを歌ってみよう、なんてカワイゲがないところがオタクだよね。彼もなかなかのオタクみたいだからなあ。(※4)




「ところで」

「はい?」

「そのガチな選曲でも、全曲把握してるんだな、君は」

「そうですが」


 そうですが、なにか?


 わたしによるネタ・元ネタ解説


※1

 観客側が参加する演奏というのは、あんまりないけど、たまーにある。

 意外に海外団体の方が多いんだよね。たとえば、世界最高峰の合唱団であるカンテムスとか、アンコールで一緒に歌わせてくれたりする。

 本当の一流団体ってのは、お客さんへのサービスにもよく気が配られてるもんだとわたし、感心したもんだよ。


※2

 某ゲッツの人が言ってるギャグである。

 使い出はあるけど、別に面白いわけじゃないギャグって、結構あるよね。これもその一つかな。


※3

 京極堂シリーズの二作目「魍魎の匣」に出てきたキャラ(?)である。


※4

 ポール・ミーラー(Paul Mealor)は英国の人気若手作曲家である。

 先のロイヤル・ウェディングで選曲されて、一躍世界中から注目を浴びるようになったお人で、彼の宗教曲のアルバムは本国のヒットチャートで一位を取ったほどだとか。

 でも、彼が、同じく式で採用されたラター(John Rutter)と比べられがちなのはよくわかんない。系統が全然違うじゃん。ラターなんてオワコンとかいってるやつはこっち来いや、言葉のモーニングスターでぶん殴ってやる。


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