番外4.その瞬間 (後編)
【文字数】
全編合わせて40000字ほど
後編は21000字ほど
【作者コメント】
分量のバランスが取れてませんが、話的にまとめちゃおうと、演奏会をまとめてみました。
実在する曲を扱ってますので、興味をお持ちになった方はぜひ聴いてみてくださいな。ほとんどがCDになっていますし、案外、ネット上にアップロードされてる曲もありますしね。
【目次】
3.彼女の、1ステ
4.彼の、2ステ
5.我ながら間抜けな休憩時間
6.あっという間に過ぎた、3ステ
7.演奏会の終わりと、わたしの結末
3.
オープニングは、三校で演奏するために地元出身の作曲家の方(実はうちの高校出身である)に書いてもらった、なーんて超贅沢な曲を演奏していた。
夏と冬(年末のクリコン)にやってる三校合同コンサート、略して合コンだが(※5)、この伝統も今年で十一年目を迎えている。つまり昨年で十年目を迎え、上の先輩方がその記念に委嘱初演した曲である。
小粋でリズミックな曲だが、声域的に無理のない曲だ。先輩方から聞いたんだけど、そのへんも条件にコミコミでお願いしたらしい。演奏会頭に、声を温められるような曲がいい、ってね。
ステージの頭の方は声が温まってないことってあるしねえ。よく考えられた委嘱である。
そんなことを思い出しながら「あれ?」とわたしは拍手の手を止めた。演奏が終わってから数人がステージ手前に集まっていた。
他の団員が撤収する中、指揮無し小アンサンブルで演奏している曲は……って、ああ、あれか、「携帯切らなきゃおしおきよ」か。(※6)
みんな、実にノリノリで演奏してる。いや、うん、そう演奏する曲だけどね。
そうだ、そうそう、思い出したよ。確かコンサート実行委員会で、彼女が結構ノリノリで提案してたっけか。あっちの彼は渋い顔してたけど、案外彼もノリノリで歌ってるじゃないか。
「……なんの曲だったんだ?」
「聞いたままの曲です。携帯切ってねってお願いする曲なんですよ」
と、再び起こった拍手をしながら首をかしげる先輩に、わたしは軽く応えた。
次のステージまでの準備くらいしか間はないし、ここで作曲家の松下耕さんの話を始めたらキリがないしねー。
「携帯の着信音って、ほんと耳障りですから。鳴っちゃうと本人的にも超恥ずかしいですし、電源切るのは本当に大事です」
「そのわりには、コンサートマナーには入ってなかったが」
「あれ? 言い忘れてましたか?」
「おう」
あちゃあ、失敗である。結構大事なマナーなんだけど、この手の施設での電源オフって常識すぎるから逆に忘れてたかも。
先輩もナチュラルに席に着いてから切ってたし、気づかなかったなあ。
「話に聞くより、実践が大事なわけだな」
「百聞は一見に如かずですよね」
などと言っているうちに、次の団体さん、彼女んとこの合唱団が舞台袖から出てきた。なのでお口にチャックである。
彼女のところは、うちほどではないが大きめの合唱団である。男声が多めで、女声がやや弱めなんだよね。
舞台上に設営されたひな壇の二段目まで使って、合唱団は三列に並ぶ。女声が両脇に居て男声を挟む並びは、察するにSTBAのオーダー(並び)だろう。ソプラノとアルトで男声を挟む形である。ステージ中央にピアノがあるわけだし、その音を越えて男声は鳴らせると踏んだかな。
並び終わる頃には、客席での会話は途絶え、かすかな雑音が響くのみとなった。今日は、お客さんが良い雰囲気を作ってくれている。
その中を、彼女とピアニスト(顧問の先生なのだそうだ)が歩いて現れた。舞台袖からの拍手を誘い水に散発的に拍手が起こり、彼女らの一礼によって拍手は会場に満ちた。
心地よい緊張感だ。先のオープニングステージで、舞台は程良く温まっている。
彼女は笑顔で合唱団へと振り返った。おそらくそのままの顔でだろう、小さくガッツポーズをしてみんなを鼓舞しているのが見えた。
鈴木憲夫さんの「雨ニモマケズ」は、十分少々の、単曲としては長いけど一つのステージとしてはかなり短めの曲である。
この作曲家さんらしい叙情性が全曲にわたって吹き込まれた名曲で、千原先生の雨ニモマケズが合唱界を席巻するまでは、この叙情的なイメージこそが雨ニモマケズだったんじゃなかろうか。
そう思えるほどに、この曲は、良い。
処女作の「永訣の朝」ほどの知名度はないし、あの曲ほどドラマチックでもないが、憲夫節とでも言うべきこの作曲家のエッセンスが上澄みだけすくわれたような透明感がある。
しんと静まり返ったホールで、彼女は一息おいた。
始まりのアルトの音を知らせるピアノの響きも、静やかだ。
ひそやかに、ひそやかに、音楽の時間が始まる。
声を潜めるようにアルトが歌い始める。
「賢治、賢治」とアルトが呼びかけ、次いでソプラノも呼びかける。美しい、とわたしはただただ感じ入った。上手と下手から発されたユニゾン(同音)はピタリと一つの音となっていた。
透明なヴォカリーゼと、風の音を模した男声の歯擦音。
それを突き破るように、男声が唱え始めたお経は音を強めていき、フェイドアウトしていく。
その冒頭だけで、わたしは、すっと音楽の世界に引き込まれていった。
高名な「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」というフレーズから始まる音楽は、病床にあった賢治が「そういう人に私はなりたい」と記したその羨望を、色鮮やかに描いている。
言葉が本当に大事に扱われていて、賢治の言葉が一つも漏らさず伝わってくる音楽なのだ。
そんな音楽を彼女は忠実に、丹念に描いていった。
丈夫な体を持ち、無私で東西南北を奔走したいという願いを、音楽という形で伝えてくれた。
終盤、もっとも音楽が盛り上がる「みんなに木偶の坊と呼ばれ」という言葉の強さは、男声が強い彼女の合唱団らしい力強さであり、対比的に歌われる「誉められもせず 苦にもされず」「そういう人に私はなりたい」というフレーズの透明なハーモニーには、心をギュッとしめつけた。
少ない人数で、ソプラノもアルトも、メロディを歌ってくれている。これは本当なら、簡単なことなんかじゃないのだ。
見事な演奏だよ、本当に。
十分なんて、あっとという間に過ぎてしまう時間の中に、聞き捨てることなどできやしない音楽が詰まっていた。
万雷の拍手の中、振り返る彼女はたった十分経った後と思えないくらい疲労の色を見せていたけど。
やや緊張の見えた演奏前の笑顔と違って、屈託なく笑って頭を下げた。
拍手が収まったステージ間のこと。
感じ入り、大きく息を吐いたわたしに、先輩が声を掛けた。
「うらやましいと思ったりは、するのか?」
わたしは目をぱちくり。一瞬本気でわかんなかったよ。
なるほど、指揮している彼女への、観客から拍手をもらっていた彼女へのうらやましさ、か。
「いや、それは別に。ないですね」
「そうか」
「むしろ意外って言うか。なんかそんな気分です」
先輩の「意外?」というおうむ返しに、わたしはこくこくうなずいた。
「さっき話しましたけど、あの指揮者の彼女とは知り合いでして」
「おう」
「あの子、大雑把なんですよ。わたしと違って合唱にどハマりしてるってわけでもないですし。あれだけ丁寧な演奏をしたのは意外だなって」
ダイナミックな演奏は向いてるんだけど、きめ細かな演奏は向いてないって言うかなあ。ぐいぐい引っ張っていくけど、誰かが軌道修正してくれないとドエラいところに連れて行っちゃうタイプなんだよね。
リーダー向きだけど、合唱の知識が足りないから勘所がわかんないってところかな?
この選曲、正直、大丈夫かなって思ってたんだけど、びっくりするくらい良い演奏してくれたもんだよ。
「合唱経験ではこっちがベテランだーって、先輩ぶっていろいろアドバイスまでしてたんですけど、これじゃあ赤っ恥ですね」
しみじみ語るわたしに、先輩はちょっとだけ、目を細めた。
それはなぜだか苦笑めいて見えた。
「……なんです?」
「いや、なんでもない」
とごまかすように返した先輩は、ちょっと首をかしげてから、一言加えた。
「なんでもないと言うか、少し、一人称と三人称の話をしたときのことを思い出しただけだ」
わたしは再び目をぱちくり。
いや、その話をしたときの部活は覚えてるけど、思い出し笑いするような日だったかなと。
4.
問題のステージ、2ステ。彼んとこの合唱団が下手袖から入場してきた。
彼の学校は、三校の中では唯一コンクールに参加していて、しかも全国大会常連の実力派である。
まあ、例年はそうだったんだよ。だけど、今年は彼が部員と相談してコンクール不参加を決めたんだそうだ。
なので、いつもはコンクールの最終調整用に利用してくれちゃってさ、合同なんて他の学校にお任せモードだった彼んとこが本気出してくれるってんで、わたしは密かに快哉を挙げたもんだよ。やったね。これで良い演奏会ができるって。
そんな彼の部は、非常にバランスの取れた合唱団である。アルトとバスがやや多く、テノールがちょっと少なめ。それでいて、団員は三年まで参加しているのに、三十人足らずの少数精鋭である。
あと、ぶっちゃけ三校の中で頭一つ抜けて上手い。例年そうだけど、今年はさらに頭一つ抜けてる気がする。
それだけに不思議に思ってさ、コンクールでも地方予選突破はもちろん、本選でも結構上を狙えたと思うんだけど、そこんとこどうなのよって訊いてみたことがある。
そしたらね、彼ってば、こう答えたわけだよ。できるかぎり多くの曲を演奏したいから、コンクールは遠慮する、ってさ。
わたしは戦慄したよ。こいつ、団運営に趣味を挟んできやがったって。
でも、面白いことに、その判断は彼の独りよがりってわけでもなくて、ちゃんと三年の先輩まで納得した上での団の総意だったようだ。
ぽわわーんとした面に似合わず、彼は根回しに手抜かりのない敏腕なのである。
そのことはさすがに、うらやましいなって、そう思う。
ステージを広く使って、一人一人が空間を置いて並ぶ。オーダーは……これ、もしかして混合じゃないかな。男女が混ざり合って立っている。
ちょっとわたしの顔はひきつった。あいつ、ガチすぎる。
合唱団員は、自分と同じパートの人間が隣にいないと恐怖を感じやすい。自分の出した音がきちんと一つのパートとして出せているのか、自信を持つには経験が浅すぎるのだ、学生は。
しかも、それぞれが距離を置いて立っている以上、隣の音もやや遠く、遅れて聞こえる。もちろん音速の範囲だから、ものすごく微細な違いなんだけど、耳に聞こえる音に合わせて歌えば演奏はどんどんノロマになっていくんだ。
自分を信じ、自分たちを信じ、指揮者の指揮を信じて歌わないと、下手すれば演奏自体が崩壊しかねないオーダーである。
やるな。あいつ。ムカつくほど自信家じゃないか。
そんなわたしの思いとは裏腹に、彼は、一瞬誰も気づかないくらいゆるりと舞台袖から現れ、のんびり中央で頭を下げた。
さっき会ったときと変わらないのんびりとした表情で、そのまま彼はなんでもないように合唱団へと振り返り、そのまま鼻歌で出だしの音を示して、構えた。
そして、振った。
一曲目はスペインの作曲家、ブストのAve Maria。ほんの二、三分ほどの短い曲だ。
ブストは日本でも人気のある作曲家で、たとえば阪神大震災の十周年の折りにはミサ曲を神戸の合唱団が委嘱初演しているくらい、日本ではなじみのある作曲家である。
柔らかいハーモニーと、大きく変化しないメロディが心地よい、初夏の泉を思わせるような、涼やかさと温もりを感じさせる音楽を描いてくれるお人だ。
その魅力がぎゅっと詰まったこの曲を、合唱団は一歩一歩確かめるように、一音一音踏みしめて歌った。ステージ始まりの、まだ声が温まっていない感触は、どこにもなかった。
くそう、上手いなあ。進行していくハーモニーが、気持ちがいいくらいハマっていく。中盤で歌われる「ora pro nobis peccatoribus(わたしたち罪人のためにお祈りください)」の男声のメロディも、お前ら本当に高校生かってくらい深く豊かだ。敬虔ですら、ある。
ほんのひとときの間に、彼はなんの気負いもなしに、このホールを自分の音楽の色に塗り替えた。
終止のAmenコーラスをピタリと決めて、歌は終わる。
緩みかけたホールの空気を気にも留めず、彼は構えを解かないまま音をハミング。曲間を置かず、そのまま振った。
押しよせ去りゆく津波のような、強烈なクレッシェンド・ディクレッシェンド。二曲目、ガブリエル・ジャクソンのAve Mariaだ。
序盤から女声に長大なメロディを歌わせるこの超難曲を、彼と彼の合唱団は、危うげなく歌いこなす。このオーダーだってのに、それがまるで当然かのように。
彼にほど近い位置にいるソプラノのパーリー(パートリーダー)が中心となって、華のある歌を聴かせてくれている。随所で活躍するアルトもまた、豊かな響きが心地良い。
中盤の「Sancta Maria mater Dei(神の母たる聖なるマリアよ)」の、三十人足らずと思われないホール中に響くフォルテ。シンコペーションで連呼される強烈なハーモニーは、耳を打ち、心を打ち、鮮やかな印象を胸に残す。
終盤、波の少ない夜の海を思わせる合唱団の低音のハーモニーと、セイレーンを思わせるような女声たちの歌声は雄大の一言だ。英国領バミューダ諸島生まれのこの作曲家の、海に近いだろう生活を幻想させた。
打ちのめされるような、見事な演奏だ。学生にしては、なんて御託を並べる必要はどこにもなく、わたしはただただ音楽に酔いしれた。
それと同時に、このオーダーの理由がわかった。パートごとに音を分割せず、全体として一つになったハーモニーを聴かせたかったんだな。
そして、その上に乗るメロディを聴かせたかった。
特に終盤のソプラノソロを聴かせたかったに違いない。実際、その繊細な旋律の絡み合いは官能的でさえあって、ぞわりと鳥肌が立った。
それだけ、ソプラノパーリーへの信頼感が厚いんだろうね。
彼の信頼と、それに応える彼女。
……くそ、バカップルめ。公共の場を使って、こんな形でイチャイチャするんじゃない。
二曲目の後には、さすがに彼も一呼吸置いた。
かすかにどよめく観客を後目(しりめ)に、彼は手で示してオーダーを変える。ぞろぞろと整列した合唱団は前列が女声で、後列が男声。下手側(向かって左)から上がテノール・ベース、下がソプラノ・アルトのオーダーだろう。
観客のざわつきが納まるのをたっぷり待ってから、彼は振り始める。三曲目は、デュブラのAve Maria。
デュブラはリトアニアの作曲家だ。わたしの専門である東欧・バルト三国のうちの一つであり、北欧と並んで合唱王国として知られる地域でもある。
デュブラも透明感のある曲を描く作曲家で、ブストが初夏の泉なら、彼は冬の暖炉だろう。かの地の厳しい冬の中、家で祖父や母親が幼子に暖炉の前で絵本を読み聞かせするような温もりがある。
氏が描いたAve Mariaは何曲かあるが(このへん、プログラムに記載がないのは手落ちである。わたしのようなオタクしか気にしないだろうけど)、振り始めてからわかった。「Ave MariaⅠ」だ。
ホール頭上の空間に音を広げるような、どこか空の高さを感じさせるハーモニーの気高さと、胸をぎゅっと締め付けるような和声進行の温もり。
それを、大きくテンポを動かさず、ディナーミク(音の強弱)の変化も削って、オルゴールのようにゆったりと聴かせてくれる。
激しく揺り動かされた二曲目の後に、その興奮を落ち着けるような演奏だった。
繰り返されるメロディは、終盤のAmenコーラスで浮遊感のある高音のハーモニーと、次いでベースがガッチリと構えた幅広い音域でのハーモニーを奏でて、終わりを告げた。
すっと染み入るような終わりだった。
ふと、横目に移った動きに目をやると。
先輩が、目尻を指で、切るように拭っているのが見えた。
四曲目に向けて、オーダーに変化はない。ただ、ずっと使われないでいたステージ中央のピアノのところへ、ソプラノパーリーがとたとたと歩いていき、ちょこんと座った。
小首をかしげるように指揮者を見上げる姿が、なんか可愛いというか、癒される。うん、あの子、癒し系なんだよね。指揮者の彼に負けず劣らず、マイペースでぽわぽわしてる子なんだ。なんであんな合唱オタクとつきあってるんだって悪態つきたいくらい良い子なんだよ。
ほらね、そんな恋人の愛らしい姿を見ているだろうに、彼はぜんぜん気にした風でもなくてさ。音楽に集中しきってる。このステージで初めて右手を握り拳でぐっと固めているのが見えた。
四曲目は、先のステージでも演奏された鈴木憲夫さんの描くAve Mariaである。
憲夫節、などと先のステージでは表現したが、それは叙情性などという言い方では説明できていない。あの曲では適切なんだけど、この曲では、彼が示した握り拳が物語っているとおりなのだ。
そう、コブシ。演歌の世界である。
力強いアウフタクトから、Ave Mariaの始めのア母音のメロディが、コブシを効かせたソプラノのメロディが始まる。それを追いかけて、アルトもメロディを歌う。
もしかしてと思ったが、やはりか。男声の声はない。
市販されているこの曲の楽譜は女声合唱版である。だから、当然ではあるが、男声据え置きでよくやるよ。
ただ、この、明らかに雰囲気の違った選曲は効果的だった。
鈴木憲夫さんは女声合唱において、こうしたコブシの効いた曲を描く傾向があるけれど、この曲はその極みと言っていい。
中盤で歌われる、戦争のために流された母の涙のことを(日本語で)歌うメロディなどは、これぞ憲夫節だと語を強めて言いたい。強い歌が、鋭く突き刺さる。
そんな毛色の違う曲を、女声陣はこれまでのハーモニー重視な柔らかな声とはまったく違った、厳しく強い声を用いて歌い、ピアノもよく指揮に応えている。
テンポ・ルバート――言葉のリズムや音楽の呼吸で細かくテンポを変更する演奏法――はこれまでの比ではなく、聴かせどころで握り拳を震わせてさえいる彼の指揮ぶりは、これまでのどこか気の抜けたような、自然な振り方とはまったく違ったものだった。
合唱音楽の豊かさ、幅広さを示してくれている選曲であり、演奏である。
ホント、たいしたものだよ。彼も。合唱団も。これじゃあ、感動するしかないじゃないか。
最後の曲は、わたしが敬愛する千原英喜先生のAve Maria。
この方もいくつかAve Mariaを書いておいでだが、おおよそ予想がつく。ステージの締めなのだ。彼の鼻歌に小さくうなずいた。ドミソ、ハ長調。これは組曲「マリア・オリエンタリス」の終曲だろう。
委嘱団体が悲鳴を上げた高難易度の組曲の、そのトリを飾るAve Maria。この曲は、そこまでの難曲ぶりとは打って変わって、骨太なハーモニーで歌われる本当に美しい曲だ。全編を通して、長崎のカクレキリシタンが用いた祈りの言葉・オラショを採って日本語で歌われ、ラテン語は表題の「Ave Maria」しか出てこない。
そのためか、日本の土の匂いのする音楽である。
その中で繰り返されるAve Mariaの連呼が、海の先、水平線の果てから上る旭日のように輝かしくも力強い。
それでいて、「パライゾウ(paraiso:天国)とは~」「インヘリド(inferno:地獄)とは~」と語り歌われる音楽は、講談師が語る講談のようにのようにメリハリあるもの。
千原先生の、諧謔に富んだ動的な要素と、初期の骨太な力強さと、この頃から見られる芳醇なハーモニーとが渾然一体で楽しめる、初期の傑作である。
わたしはドキドキと、音楽を待った。
心なしか、合唱団にも、構えた彼にも、これまでにない緊張感があるように見えた。しんと、ホールも静まりかえっていた。
そして、立ち上がる、無垢なハ長調のハーモニー。最初のブストの曲と同じように、一歩一歩を確かめながら、彼らはハーモニーを紡いでいった。
最初のAve Mariaは、これからの音楽を暗示するかのように強く主張せず。それを破るユニゾン(斉唱)の「インヘリドとは」から始まる言葉の強さには、講談師が扇子を叩きつけるような調子の良さがある。
二度目のAve Mariaは、遠い日の出の、その遠さを思わせるピアノ。そこから連呼されるAve Mariaは、徐々に日が昇るかのようで。
転調した三度目のAve Mariaは神々しくて、曙の儚さを。四度目のAve Mariaは、姿を見せた太陽の輝かしさを。
そして繰り返された五度目のAve Mariaは、完全に上った太陽のような強烈なフォルテを描く。
そして最後に連呼されるはAmenではなく、Maria。
繰り返されるマリアの呼び声は、もう本当にわたしの心をズタズタにしてしまうくらい鮮烈なフォルテで。
その歌の強さに、素晴らしさに、わたしはどうしようもなくぼろぼろと大粒の涙をこぼしてしまった。
本当にすごい。
上手いとか、そんなんじゃない。本当にすごい。
そんな演奏だから、わたしは自分の心の底を覗くことができた。
わたし、うらやましかったんだな。彼が。彼の合唱団が。
うちでもあんな風に、本当にしっかりした合唱がしたいって、そう思ったから。だから必死にやって、必死にがんばって、みんなを締め付けた。
焦ってたんだ。がんばらないと、あんな合唱はできないぞって。
悔しかったんだ。あんな合唱、うちじゃできないかもしれないって。
認めよう。どこかで認めきれなかった事実を。
わたしは、そんな気持ちから、うちの合唱団に、無理をさせちゃったんだ。
恥ずかしいとか、辛いとか、でもそんなのも涙がこぼれる目では見えづらいんだ。
いまはただ、目の前にあった演奏に感動する気持ちだけ抱えて、泣いておこうか。
5.
順番通りに進む演奏会は、当然ながら休憩へ。
ロビーにはわらわらとお客さんが出てきていて、わたしと先輩も同じく退席していた。
「あはは。情けないとこ見せちゃいまして」
トイレから出た私は、そんな風に照れ笑いを浮かべる。
鳴り響く万雷の拍手の中、ぼろぼろと嗚咽も漏らさないで泣いていたわたしに、先輩はそっとハンカチを渡してくれた。
その厚意に甘えて、わたしはちょっとだけ、合唱団がはけてホール内に明かりが点くまでのちょっとの間だけ、泣いたままだった。
ホールの明かりが点く前に席を立って、なんとかするするとトイレで顔だけ洗ってこれたんだけども。たぶんまだ顔も目も赤いまんまだろうなあ。
そんなわたしに、ロビーで待っててくれた先輩は手を振った。
「いや、泣くことは恥ではないだろう」
「単純に、演奏だけで泣いてたってわけでもなかったんですけど……」
とゴニョゴニョ言うわたしに、先輩は秘密めかして、教えてくれた。
「ここだけの話だが、泣いたのは君だけじゃない」
きょとんとしたわたしは、気づいた。デュブラのAve Mariaの後で、先輩ってば、目尻を指で切っていたんだったか。
「デュブラの曲でしたか。先輩、やっぱりアレ、泣いてたんですね」
「おや、気づいていたか。隠したつもりだったんだが」
「偶然気づいただけでしたけどね」
わたしがうなずくと、先輩はちょっと照れくさそうにうなずき返した。
「なんだろうな。不思議と、子守唄のように聞こえて、どうしてか、耐えられなかったんだ」
「なるほど、子守唄。子守唄ですか」
「すっと目頭が熱くなって、曲の終盤に、ちょっとね」
「そうでしたか。うーん、先輩の言うような、子守唄的な意図はあったかもしれません」
わたしはこくこくうなずいた。
わたしの手持ちのCDでは、もう少しメリハリの効いた演奏をしている。で、そのCD、実は指揮者の彼に貸してたんだよね。間違いなく今回の選曲の参考にしてるはずなんだ。
だから、あのディナーミク(強弱)の変化もテンポの変化もほとんど付けてないさっきの演奏は、赤ちゃんをあやすゆりかごような、そういう子守唄のような意図があってもおかしくはない。
「いや、うん、なるほど。先輩ってば、鋭いですね」
「そうか?」
「そーです」
ピンと来てない様子の先輩。まあ、唐突にそう言われても、ぽかーんですよね。
でもですね、とわたしは先輩のお株を奪って一本指を振り振り。
「演奏を演奏として聴いて、全体で語れるってすごいことなんですよ。わたしみたいなオタクだと、あの部分がどうだったとか、ここではアンサンブルが良くなかったとか、そういう重箱の隅ばっかりつついてたりしますし」
「ああ、なるほど。そういうのはわからなくもないな。オタクというのはどのジャンルであれ、そういうものだ」
そううなずいてから、先輩は「ただ」と付け加えた。
「それなら、さっきの感想は素人が適当に言ってるだけとも言える気がするが」
「いやいや、素人なら、なんとなく良かったとかなんか合わなかったとか、普通そんなもんですよ。いや、わたしたちみたいなオタクでも、それと大差ないです。全体を見れるってのは、鋭い証拠です」
とまあ、そんなわたしの力説に、先輩は苦笑い。
でも、本当に、一回ぽっきり聴いただけで音楽全体を一言の感想にできるのって、よっぽどしっかり聴いてる証拠だと思う。しかも、泣くほどに感じ入っているのだ。感受性も鋭いに違いない。
わたし、正直そういう芸術的な感性・感受性が鋭い方ではないし、本当に先輩の鋭さには感服するよ。
「ねえねえ、先輩先輩。合唱のコンサート、これからも一緒に行きましょう。先輩の感想、もっと聞きたいです」
「それは願ってもない話だが」
と言いつつ、先輩はわたしの方をはっきりと見た。
「次こそ、今日の本番だと思うんだが、君、心の準備はできてるのか?」
「あ、えっと……あ、そうでしたね」
まさかのうっかりだった。
さっきまでの二つの演奏で、わたしの中で何かが落ちている。憑き物が落ちたような心地がしていた。
でも、わたしが振るはずだったステージで、わたしが選曲した曲を、わたしと喧嘩別れしたみんなが歌うのを見るという三つ目のステージこそ本番、というのは、間違いないことだった。
そうだ、こういうことってあるんだ。直前まで大して緊張してなかったのに、って、そういうの、先輩と待ち合わせる前にも思ったじゃないか。
俄然、緊張してくる。
意識してなかったから、オープニングのステージでは心揺らされることもなかったんだけど。
まともに――まともな顔をして、きちんと心構えをして、わたしは聴けるのだろうか。
いまさらあわあわし始めたわたしに、先輩はちょっとだけ、ビックリしていた。
「すまん。言わずもがなだったか」
「い、いや、か、構いませんよ。ステージの幕が開けてから、この、体たらくじゃ、笑えませんもん」
カタカタと機械人形のように硬い笑いを浮かべるわたしに、先輩は「こりゃ失敗したか」とまあ、そんな表情を浮かべていた。
いや、その、直前になって緊張し始めるようなわたしが悪いわけで、なんて、そんな説明もできないわたしに。
先輩はちょっと困ったような笑顔を向けながら、問いかけた。
「何か、協力できることがあるなら、言ってくれ」
そう言われて、すぐさま、思いついたことはあった。
でも、これ、頼んでいいのかな。
お願いしたら、たぶん先輩は聞いてくれると思うけど。そこまでお願いしていいのかな。
そういう迷いも浮かんだけど。
気づいたら、お願いしていた。
ダメだな、本当に。最初に会ったときからずっとそうだ。この人相手に、わたしは我慢できないみたいだ。
「先輩、よければ、なんですけど」
「おう」
「演奏が始まるまで、おてて、握っててもらえませんか?」
6.
席でうつむいたまま、わたしは顔を上げられないでいた。
おてて……おててって、おい、わたし……。
赤面の至りである。顔を上げられるわけがない。
それでも、手をしっかりとつないで離さないわたしは、厚顔無恥というか、欲張りというか。
でも、つないでいたいんだ。
わたしは手をつなぐのが好きだ。
思い起こせば、記憶の井戸の底には、手をつないだ幼い頃のわたしがいる。
伯父さんに連れられて、合唱の演奏会に行った思い出だ。
伯父さんの言いつけを守って、静かに行儀良く、わたしは演奏会を聴いていた。正直そのときは、合唱曲なんてよくわからなくって、ちっとも良いとは思わなかったんだけど。伯父さんが手をつないでくれて、その手が温かかったことは覚えている。
あれが、わたしの原体験だ。
そうして何度も連れて行ってもらって、次第に合唱が楽しいものだとわかって、今度は伯父さんの所属していた合唱団の練習に一緒に行って、団員の皆さんにかわいがってもらって。
そんなことがあったから、手をつないだ誰かが、わたしを知らない、とても素敵なところに連れて行ってくれるって、そんな風に思ってるんだ。
成長して、さすがに気恥ずかしさも覚えるようになったけど。いまでも、手をつなぐのが好きなんだ。
先輩の手は少し荒れていた。ごつごつはしていないけど、固くて、少しざらついているような感触。
でも、その飾らないような感触が、とても心地よくて、どこか懐かしかった。
「落ち着いたか?」
先輩のささやき声が耳をくすぐった。
うつむいたまま小さくうなずいて、でも、わたしはほんの少しだけ、ぎゅっと手を握った。
なんとなくだけど、先輩が苦笑いしたような気がした。
肘掛けの下で密やかにつながれた手がとても温かくって、だからわたしは顔を上げられた。
合唱団が入場している姿を見て、少し心は痛んだけれど。苦しまずには済んだのだ。
3ステは、わたしが選曲した曲。千原英喜先生が作曲したピアノと混声合唱のための組曲「雨ニモマケズ」である。
技術的な問題で三曲目を省いた形での選曲となったが(この判断はわたしがしたものだ)、抜粋演奏でもこの組曲は、聴くに堪える名曲だと思う。
この組曲は、宮沢賢治が教師を離職する際に弟子へと送った手紙をテキストに採った「告別Ⅰ」「告別Ⅱ」と、同じく詩集・春と修羅に収録された詩をア・カペラ(無伴奏)で歌った「野の師父」、そしてかの高名な手帳の書き置き「雨ニモマケズ」の四曲で構成されている。
とてもバランスが良く、それでいて意外なくらい平易な組曲で、わたしとしては一年生も楽しく歌える曲を、と思っての選曲だった。
二年生にとっては、懐かしい曲である。昨年度末、三月の定期演奏会で演奏した曲だ。このときもわたしが振ったのだけど、自分なりに満足のいく演奏が出来たものである。
再演を選んだのには理由があって、六月の合唱祭明けで時間がなかったこともあるし、経験のある曲をやることで二年生が一年生を引っ張っていく流れができたら、とそんな理由もあった。そんなことを副指揮の(しつこいようだが、今では正指揮である)彼と話しあって、決めたことだった。
思うに、この選曲が、二年生の反発を買った理由でもあるのだろう。
まずは軸を作ろうと、土日の午前を二年生だけの練習にしちゃって、この組曲の練習をしていた。合唱祭前の忙しい合間に、である。
ただ、わたしとしては先輩方が加わった上での完成形を知っているから、どうしても厳しい指導になってしまったし、二年の面々にとっては一度は完成させたつもりの曲であれこれ口うるさく言われるのはわずらわしかったに違いない。
しかし、しかしである。やはり、ダメなものはダメなのだ。
でも、ダメで当たり前だと、わたしは途中で気がついた。先輩方は二年間の結果としてステージに乗った。そんな熟達した先輩方に助けられていたわたしたちが、自分たちで同じように演奏しようとしても、完成度に差があるのは仕方がないことなのだ。
だからわたしは、三曲目を省くことを決めた。舞台に乗せるだけの完成度は望めないと、見切りを付けたのだ。
それもたぶん、反感を買っていたのだと思う。お前らダメだから三曲目カットな、と言われて喜ぶ人間なんているはずがない。
好きな曲だ。思い入れもあるし、単純に、良い曲なのだ。
だからこそ、こだわったのだ。それが独りよがりで、部員を息苦しくさせてしまった原因なのだろうけど、それでもわたしは、何度やってもこの結果に終わったと思う。
そんな曲がいまから、舞台に乗る。
わたしは名状しがたい思いから震えを覚えて、またぎゅっと手を握った。
先輩は優しく握り返してくれた。
舞台に合唱団が揃い、指揮者とピアニストが現れた。
起こる拍手。わたしは思わず不安げな目で先輩を見たけれど、先輩は何も言わずに、空いた片手で腕を叩いて、拍手の真似事をした。
見透かされているようで、ちょっと、恥ずかしくなった。
拍手がやむ。
頭を下げた指揮者の彼は、緊張した面もちで合唱団へと振り返った。
時間は、ぎこちなく、だが確かに流れていく。
わたしにとっては重要なこの一瞬一瞬が、砂粒を落とす砂時計のように、どんどん目減りしていく。
ピアニストの、友達だった二年のあの子は座って楽譜を開き、指揮者を引き継いだ彼は合唱団を見回す。部のみんなは青のカバーで覆った楽譜を開く。ざっと物音が、雑多に響く。ピアノの椅子を引く音。客席でプログラムを開き直す音。ピアノ脇に座る譜めくりの子が座り直す音。
そして、出だしの音を示す、ピアノの音。
冒頭は短いが、ア・カペラだ。ア・カペラは、プロでも音がズレていってしまうことがあるくらい、難しい。わたしは人知れず息をのむ。
すべての才や力や材といふものは
ひとにとゞまるものでない
ひとさへひとにとゞまらぬ
告別という詩の中でも特に強烈な印象を残すこのフレーズを、千原先生は冒頭に採用した。
弟子に贈られたこの言葉は、慢心を戒めるものにも聞こえ、この上ない応援にも聞こえる。
大事な言葉だ。ア・カペラで歌われるこの部分は、何度も練習した。透明感のあるハーモニーを、言葉の聞こえる合唱を。そのことを念頭に、何度も何度も繰り返し練習した。
そんな大事な冒頭も、彼の指揮で始まり、あっという間に過ぎていく。
少し緊張から、出だしのソプラノがバラけちゃったけど、でも、大丈夫だ。
歌う、歌う。そして、ピアノのアルペジオによる間奏。大丈夫、音はズレてない。
そのピアノに乗って、音楽が流れ始めた。
食い入るように聞き入った。
やっぱり、2ステの彼の合唱団のようには、洗練されていない。
1ステの彼女の合唱団ほどには、丁寧じゃない。
それでも、指揮者とともに、合唱団は歌を歌っていた。メロディアスに、リズミックに。
知らず知らずのうちに、肩に入っていた力が抜け、浮きかけていた腰が据わり、握りしめていた左手が緩んだ。
粗がないわけじゃない。でも、ちゃんと音楽だ。舞台に乗せられるだけの演奏だ。
お前くらいの才能を持つ者は少なくない、だがそんな人たちも生活のために自らその才能を捨ててしまう。
少しばかりの仕事ができて、それに満足してしまっている人間が嫌いだ。
宮沢賢治はそんな風な言葉を贈っている。強く、厳しい言葉だ。正直、胸に刺さる。
だがそれ以上に、この上ないエールをも贈っている。
もしも楽器がなかったら
いゝかおまへはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
そらいっぱいの
光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ
心地よいメロディで構成されたこのエールを、合唱団は力強く歌った。少し粗いが、構うまい。
歌うべきことが歌われているのだから。
気が付けば、あっという間に、終曲だ。
彼のいくぶん荒っぽい、それでも力一杯に振られた指揮に乗って、高らかに響くようなフォルテの序奏。
合唱団は、二曲目の熱を残したまま、この曲のメインテーマを歌い上げる。
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
欲ハナク
決シテ怒ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
何度も繰り返されるこのメインテーマを、彼らは学生らしい溌剌とした歌い方で歌っていく。
メリハリあるこの曲は、東西南北を奔走する様を歌った甘やかなメロディと胸に迫るハーモニーがあり、日照りと冷夏に惑う噛みしめるようなメロディがあり、様々な見せ場がある。
そこに含まれた人生の重みを歌うことは、さすがに学生には難しいのだけど。
それでも、三月の頃の演奏とは違った、でも遜色のない演奏を、彼らは聴かせてくれた。
そして、再び、音楽はメインテーマへ。
ユニゾン(斉唱)で歌われた最後は、やっぱりちょっとバラけてはいたけれど。
それでも、晴れやかに歌い上げた彼らは、しっかりと音楽をしていた。
気がつけば、強く強く拍手を打ち鳴らしていた。
合唱団がハケる最後の瞬間まで、手を叩くのが最後の一人になるぐらいまで、拍手をしていた。
「どうだった?」
「どうだったんでしょ」
おうむ返しのように言い返したわたしは、首をかしげた。
肩から強ばりが、心から凝りが、すっかり抜け落ちたような心地だった。
そしてわたしは、先輩に困ったような笑顔を向けてから、少しだけ目元をこすった。
7.
休憩を挟んで、舞台は4stへ。
このステージで選曲された信長貴富さんの「初心のうた」は、多作な氏の初期の名曲である。この頃書かれた他の曲の楽譜がガンガンODP(受注生産)になってる中、この曲だけはそうじゃないんだから、その人気は推して知るべし、である。
この組曲で採られた木島始さんの詩は、どれも社会性を帯びたものであり、若者に向けたエールを含んでいる。しかし、説教臭かったり、思想がかっていたりはしない、シンプルなメッセージである。
その音楽を、とてもシンプルな形で、信長さんは描いている。老いも若きもかかわりなく、万人に受け入れられるだろう名曲だ。
昨今の業界を考えると、大規模といっていい二団体を含んだ三団体の集合は、圧巻と言っていいものだった。
ステージに立つ全員が、少しずつ音を漏らす。立ち位置を確認するように左右を見てひな壇上での位置を微調整したり、控えめに咳払いしたり、そんなちょっとした物音が、百人を大きく超える人数ではことさら騒々しく鳴り響く。
客席も、そんな最後のステージの準備を見ながら、やや騒がしい。
「この曲は、どんな曲なんだ?」
と、先輩も、その騒がしさに当てられたように話しかけてきた。
まあ、構わないか。合唱団の入退場時までだんまりを決め込む必要はない。
「社会風刺と応援歌が半々ってところでしょうか。ちょっと現代っぽい音も使ってますけど、聴きやすい曲ですよ」
「君が言うには、学生向けの曲なんだったか」
わたしはうなずいた。
社会を捉えるためのヒントを授けるような、そうした側面のある曲である。
たとえば、二曲目ではこんな風に歌っている。訓練で酔い潰されるんじゃない、と。
酔うというのは比喩だろうけど、社会で生きていく準備段階にある学生が、社会で生きていく大変さに目眩を起こさないよう励ましているような、そんな風に読める詩である。
「詩を読んでくれればわかると思いますけど、結構シンプルなメッセージです。音楽もそれに合わせて、シンプルですよ」
「だから学生向けだと」
「そうですね。どんな良い詩でも、良い音楽でも、結局、伝わらないならそれって意味がないのと変わんないですし」
とわたしが言うと、先輩はちょっとビックリしたように瞬きをして、
「それは確かに」
とうなずいた。
先輩の仕草が不思議に思えたのだけど、客席から拍手が上がってしまって、わたしは問う暇を失ってしまったのだった。
音楽が始まれば、それが過ぎていくのはあっという間だ。
合同演奏では核になる合唱団がいたりするものだが、あちらさん(オタク指揮者の彼んとこの合唱団)が中心になって、合同合唱団はダイナミックに演奏していった。
指揮者の先生は、とても機能的に音楽を組み立ててくれる先生で、その無駄のない指揮に合同合唱団は食らいついていく。なにしろ、本当にシンプルなものだから、歌いよどむ余地がない。
三曲目のア・カペラ「とむらいのあとは」や、衝撃的なラストを用意している四曲目「でなおすうた」などは、難曲と言っていい。それも、シンプルに、破綻なく歌いこなしていった。
うちんとこの合唱団にとっては、良い経験になることだろう。上手くなる近道は、上手い人と歌うことなのだから。
希望に満ちた終曲「泉のうた」を歌い上げた合唱団は、晴れやかな顔で観客の拍手を受けていた。
指揮者・ピアニストの入退場に、花束贈呈。ピアニストは彼んとこのソプラノパーリーさんが担当していたんだけど、あわあわ花束を受け取っていてほんわかするわたし。あ、彼女に渡してるの、うちの先代部長じゃないか。この遠距離で判別の付く黒髪ロングの美しさ、さすがです。
指揮者の先生が合唱団へと振り返れば、観客席も空気を読んで拍手をsubito P(スービトピアノ。急に音を弱く、の意)。アンコールの始まりだ。
一曲目は……おお、珍しく、わからんぞ。アンコールピースって定番があるから、だいたいわかるんだけどな。
選曲の流れからすると信長さんだろうけど、ア・カペラの曲である。心へと「歌え」と繰り返し繰り返し呼びかける、そんなフォルテのフレーズが印象に残る曲だ。
うーん、うずうずするな。これ、歌ってみたい。合唱団を歌わせる類の曲だ。その意味で、歌の力が強い信長さんの曲っぽいんだよなあ。(※7)
拍手とともに、再びの入退場。指揮は学指揮の、やっぱり彼か。あちらの合唱団の彼に指揮は移った。
合唱団へといったん戻っていた相方の彼女も、またちょろちょろとピアノの前へ。二人で仲良く頭を下げる様に、わたしはちょっとクスリとしながら拍手を送った。
頭を上げた二人は、なぜだかわたしの方を見たような、そんな気がした。
一人、舞台の前へと出てきた人がいる。
わたしは目を見開いた。うちんとこの、指揮者だ。
手にはマイク。そして、開かれた口からは、
八月二十九日附お手紙ありがたく拝誦いたしました。
あなたはいよいよお元気なやうで実に何よりです。
そんな言葉が発せられた。
しみじみと、心からの言葉であるかのようにアナウンスされた言葉。千原英喜先生作曲の名曲「宮沢賢治の最後の手紙」の冒頭だ。
なるほど、この曲で来たかと、わたしは心の奥底で、甘酸っぱいような思いを抱いた。この曲もまた、三月のうちの演奏会で、演奏した曲だった。
先輩方へ、アンコールに是非にとわたしがお願いした選曲だった。
ピアノと、混声合唱と、アナウンスで構成されたこの曲は、あの「雨ニモマケズ」に負けず劣らず、突き刺さる曲である。
情味溢れたこの曲を、それはあたかも2stの鈴木憲夫さんの曲のときのように、彼は情熱的な指揮でもって合唱団に歌わせた。
ピアノも、普段の姿からは想像もできないくらい力強く、指揮の描く音楽的な主張に応えていった。
そしてアナウンスも同じく。
どうか今の生活を大切にお護り下さい。
上のそらでなしに、しっかり落ちついて、一時の感激や興奮を避け、
楽しめるものは楽しみ、
苦しまなければならないものは苦しんで生きて行きませう。
切々と語られるそれは、すっと胸に落ちていく。
まるで、いまのわたしに直接語らっているかのような言葉たちだ。
合唱団は音楽に合わせ、ヴォカリーゼへ。闊達で、心の底から生きる喜びを歌うかのような、短いながらも印象的なフレーズである。
そして繰り返されるメロディ。
生きて行きませう。
そのフォルテの音楽を引き継いで、アナウンスとピアノによって音楽は幕を下ろされる。
本当に、刺さる。この曲はやっぱり卑怯だな。どうしたって、刺さるよ、こんなの。
ホール中を満たした拍手とともに、二曲のアンコールで演奏会は幕を下ろした。
演奏会はとても良くて、来る前の憂鬱は嘘のように消え去っていた。
そして、その後には、一つの決心だけが残っていた。
……先輩にごめんなさいして、わたしはホールの裏に来ていた。関係者入り口前だ。
うう、地味に雨降ってるんだけど。早いこと撤収してくれればいいんだけどなあ。誰か出てきてほしい。メールで呼び出すのはちょっと気が引けるし、とりあえず待っておこうかなって思ってたのに。
不安げな目で、空を見上げるわたし。雲間は見えてるし、そんなヒドい雨にはもうならないと思うんだけど。
「――どしたの、こんなとこで?」
そんなのんびりした声掛けに、ビクッと震えるわたし。
空を見上げている間に、誰かが出てきていたようだ。って、ありゃ、ソロにピアノにと大活躍だったソプラノパーリーさんじゃないか。
「おひさしぶりー。超良い演奏だったよ。相変わらずピアノ上手いねー」
「おひさしぶり。ありがとね」
はにかんだ表情がたいそう可愛らしい。わたしのまがい物なぶりっことは一線を画した天然物である。思わず拝みたくなる。ありがたや、ありがたや。
じゃなかった。何をしてるんだわたし。
「あ、ちょっと悪いんだけど、頼みたいことがあるんだ」
「んん。なに?」
「うちんとこの指揮者、呼んでほしいんだけど」
ほえー、とでも言わんばかりに目を丸くした彼女。
「えっと、どうかしたの?」
「あー、いやねえ。正直、考え過ぎじゃないかなーって思ってたんだけどねー」
苦笑した彼女は、振り返る。
その先には、うちの部の指揮者を務めた、彼がいた。わたしも目を丸くする。
「ちょっとぶり」
制服も着替えないままの彼に、わたしはぽかーんとしながらも、とりあえずはあいさつすることにした。
なんにせよ、あいさつは大事である。
「うん。おひさしぶりーふ」
――話し合いは思いの外、手短に終わった。
まあ、そうたいして話すことはないんだけど。拍子抜けかな。
二人にバイバイしてから、わたしはホール玄関前を経由して帰路についた。こういう身内が多い演奏会(OBOGが来てる演奏会)だと、玄関前やロビーなんかで賑やかに話しているグループがいたりするもんだけど、それももう、まばらだ。雨だしねえ。
だからわたしは、雨に打たれながらとっとこ歩いていて、気づかなかった。声をかけられる直前まで。
「終わったのか?」
「……うお、先輩じゃないですか」
ビックリ二回目である。先輩にはちょっと寄るとこあるからって言って、それで別れたんだけど。
やや大振りの傘を持って、先輩は待っていてくれたみたいだ。雨自体はホール前の屋根があるところで避けてたみたいだけど。それにしても待たせちゃったわけだ。
「わざわざ待っててくれたんですか。いや、すいません、雨の中」
「そう恐縮しなくていいよ」
「い、いやー、そういうわけには」
と恐縮するわたしに、先輩は軽く笑って言った。
「演奏会前にも言ったが、古馴染みがいるのは君だけじゃない」
「あ、そういや言ってましたね。お知り合いがいたんですか?」
うなずく先輩。
なるほど、話すついでに待っててくれたってことか。あれ、でも、結局待っててくれたってことじゃないか、それ。
「どちらにせよ、お待たせしてすいません」
「いいからいいから」
「どうしましょ。どこかに寄って帰りますか? なにか奢りますよ?」
と太っ腹なことを言うわたし。誰の腹が太いってんだ、ぶっとばすぞ。
いや、まあ、それはさておき。本当に待たせたことは申し訳ないし(まるっきり私事だったしね)、ここは気前の良いところを見せてやろうじゃないか。
しかし、先輩はちょっと迷うような素振りを見せてから、首を横に振った。
「君も疲れたろう。今日は早く帰ってゆっくりした方がいい」
「んー。ちょっと寄るくらいなら大丈夫ですよ」
「ちょっと寄る分は、事前に済ませてしまった感もあるしな。長丁場になったから」
あー、まあ、確かにそれはそうかも。
喫茶店では話し疲れたってほどじゃないけど、それでもよく話したし、演奏会ってそこそこ体力使うしね。早い目の帰宅が望ましいのは、まあ、そうだろうね。
それにしても、先輩が遠慮して、わたしが誘うってのはいつもと反対で、ちょっと物珍しい。
「いいじゃないですか。まだ暗くなるって時間でもないですし」
「だいぶ暗いが」
「まあ、この雨ですしね」
と見上げると、おや、雲がだいぶ切れ切れとしてきているじゃないか。
「じゃあ、こうしましょう。駅まで行って、それまでにピンときた店があれば入る、みたいな感じで」
「……うーん」
「先輩のお勧めだけじゃなくて、たまには飛び入りってのも面白いじゃないですか」
という熱弁に、先輩はちょっと苦笑いして、うなずいた。
「まあ、そうだな。なら、行こうか」
「よし、じゃあ行きましょうか。なるべく安い店を見つけだしてあげますから、気兼ねせず奢られちゃってください」
「いや、奢るのはいらないから」
と断りながら、先輩は傘を開く。
小雨とはいえ、まだ、しとしと雨は降り続いている。
「あ、先輩先輩。傘忘れちゃったんで、入れてください」
「それは構わないが」
先輩は首をかしげた。
「君は結構、こういうことに抵抗がないんだな」
「抵抗ですか? 相合い傘ってことですか?」
「そうそう。前に手をつないだときにも疑問に思ったんだが」
前って言うと、ああ、先輩と商店街を歩いていて、しかもそれをアラサー司書さんに見られたときか。
そういえば先輩、首をかしげてたなあ。
「兄とはよくやってますし。いまさらですね」
「それはまた……。なんともロマンのない話だな」
「あはは。それは確かに。なんで、恋愛小説を読んでても、いまいちピンとこないときがありますね。手ぐらいさっさとつなげよ、って思っちゃいまして」
こういうの、今日振ってた指揮者の彼女なんかに話したらものすごく呆れられちゃったんだけど、仕方ないよね。
結構頻繁に兄とは出かけてるし、雨降ったら相合い傘くらいするよ。二人ともわたしとは似ても似つかぬ長身なもんで、わたしの肩はずぶ濡れになるんだけどね。
だからね、先輩がわたしに傘を傾けてくれている、その気遣いに気づいたりもできるんだ。
「あ」
珍しく恋愛の話なんて振ってるからかな。
雲の切れ間に月が見えた。綺麗な真ん丸お月様は、だいぶ大きくなった雲間から顔を出して、煌々と輝いていた。
まんま、先輩と古典部で「文章作法」の話をしたときの、あの絵と同じ状況だった。
相変わらず、月は綺麗だ。いつだって綺麗なんだよね。雲の向こうにあっても、見えていても。
言うなれば、病めるときも、健やかなるときも、変わらずにね。
わたしの心の中には、ちょっと小恥ずかしいような気分が湧いてきて。
だからか、とてもくだらない話を振ってしまう。
「そうだ、先輩」
「なんだ」
「例の夏目さんが言った『月が綺麗ですね』ってフレーズ、元ネタはホモネタらしいですね」(※8)
「……なんだその話」
わたしによるネタ・元ネタ解説
※5
余談だけど、この合コンという略称はわりと冗談になってないときがある。先輩方からはいろいろゴシップを聞かせていただいた。
隣の芝が青く見えるってこと、あるよね。外面だけ見てるとすっごく良い感じに見えるようなの。
※6
演奏中に携帯が鳴らないよう、ちゃんと電源切ってねとお願いするユーモラスな曲である。作曲は松下耕さん。
ちなみに初版ではVodafoneが出てくる。時代感じちゃうよねー。
※7
終演後にロビーでアンコール曲の掲示があったんだけど、やっぱり信長さんの曲で、「こころよ うたえ」という曲だった。
我ながら、さすがオタク。一発で当てるとはやるじゃないか。
※8
一説によれば、という話である。
戦国の頃の衆道の話が元ネタの可能性があるらしい。




