第31話 評定
評定の間には、七人が集まっていた。
長老会の三人。守護戦士団の団長ライノールと副団長ゴーンズ。鎧武兵団の団長レイカーと副団長メリベル。砦の行く先を決める顔ぶれが、火鉢を囲むようにして座っていた。
評定では、得物を置いて座るのが習いだった。ライノールの二本の斧も、メリベルの錐も、入口の脇に預けられていた。戦うための場ではない、という砦の古い意思表示だった。シモンズは悪い足を引きずって最後に席に着き、火鉢の近くに手をかざした。冬の匂いのする風が、戸の隙間から細く入っていた。
ルシェルドは、自分の席から、その顔ぶれを静かに眺めていた。今日の議題は五つ。若者たちの結果、森の異変、外の情勢、隊商のこと。いずれも、この季節の砦の歩みを総括するものだった。
進行を取り仕切るのはマグナスだった。居住区責任者の長老は、白髪をきちんと結び、膝の上の帳面を開いて言った。「では、始めよう。まず、若い者たちの試験と選抜の結果からだ」。
最初の報告は、ゴーンズだった。副団長は、短く刈った髪の下で、穏やかな声で淡々と述べていった。夜通しの見張り、負傷者の搬送、組んでの防衛。カルバンドの評価は、「壁になれる男だ」という試験官の言葉とともに、過不足なく伝えられた。
自分の息子の報告であることを、彼は一言も匂わせなかった。物差しが他の団員と同じであることが、その態度によく表れていた。
「一つだけ、課題を付け加える」。ゴーンズは言った。「あの男は、何にでも手を挙げる。務めの割り振りの中に、休みを組み込んでおく必要がある。倒れてからでは遅い」
巨躯の団長、ライノールが、額の傷を光らせて笑った。「鉄牛の息子が、休み方を知らんとはな。分かった。見張りと野外の務めを混ぜて、幅を持たせる。壁は壁でも、砦の壁は一枚じゃないことを、体で覚えさせるさ」
続いて、メリベルがナライジャの選抜を報告した。細身の副団長は、数字と観察を正確に並べていった。護衛の演習での徴候の察知、救助での処置の確かさ、弓の修正力。そして、判断の速度という課題と、見習い配属の理由を。
「見習いの扱いについて、確認したい」。マグナスが口を挟んだ。「判断が遅い者を、異変のある森へ出すのか。決まりの上でも、責任の所在が曖昧になる」
「だからこそ、私の目の届く任務から始めています」。メリベルは静かに、しかし一歩も引かずに答えた。「巡回と観測の補助が中心です。遠出の判断は、私か分隊長が持つ。段階を踏むための見習いです。座学では、判断の速度は育ちません」
団長のレイカーが、早口で結論を引き取った。「使える者は、使って育てる。メリベルの見立てのまま進める。異論があるなら、具体的な事故の予見を持ってきてくれ」
マグナスは、帳面に何か書き付けて、それ以上は言わなかった。メリベルは付け加えた。「もう一つ。救助の演習で、あの子は運ばれる者の側に立って手順を組みました。担架の揺れへの配慮は、教えられるものではありません」。ライノールが頷いた。「人を運ぶときの目線まで持てる弓手は、貴重だ。育ててくれ」
結論は、見習い配属の維持と、副団長の判断による段階的な任務の拡大だった。
四人への評価に、話は移った。
フーアンについて、口火を切ったのはレイカーだった。「あの槍は、うちで使いたい。巡回報告の質が高い。足も目もいい。遠征の下調べに、ああいう人材は要る」
「団長、一つだけ」。メリベルが、率直に言葉を挟んだ。「あの若者は、気が乗らない日の報告が雑になります。能力は認めます。ですが、務めの継続性は、これから確かめるべきです」
「……そのための組み入れだ」。レイカーは不快そうな顔ひとつせず、即座に返した。「お前の目で見てくれ。駄目なら駄目と、はっきり言え」
「ただし、調子の波がある」。ゴーンズが穏やかに受けた。「守りの持ち場は、天気では務まらん。来る日も来ない日もある男を、壁に組み込むことはできん」
「壁には組み込まんさ」。ライノールが言った。「槍は槍の仕事をする。陽気の波は、組ませる相手で抑える。……試しに、兵団の巡回に付け続けてみたらどうだ。務めとして一定期間、報告を続けさせる。波が務めに勝てるかどうかは、実地でしか分からん」
「同意します」。メリベルが言った。「私が直接、報告を受けます。期間の終わりに、四人のうち彼の扱いを改めて諮る」
方向は決まった。フーアンは、当面、鎧武兵団の巡回補助として定期的に組み入れられ、評価が両団に共有される。
次に、トージャの名が挙がった。ライノールが言った。「あの若者は、どちらの団の者でもない。だが、沢の調査の進め方は、団の若造どもに見習わせたいほどだった。窪地の目利きもそうだ。正式に、団の観測と調合の担当として付けられないか」
「前例がない」。マグナスが即座に言った。「調合師としての修行を終えていない者を、団の役職に付ける決まりはない。若い者の仕事を評価することと、仕組みを曲げることは、別の話だ」
ルシェルドは、ここで静かに口を開いた。「仕組みを曲げる必要はないと思いますよ」。彼は穏やかに言った。「あの子は、私の弟子だ。両団が仕事を頼みたいなら、私を通して依頼する形にすればいい。窪地の同行も、沢の観測も、既にそうしてきた。今は、それを互いに承知の形にするだけのことです」
「なるほどな」。シモンズが、ゆっくりと言った。「役職は要らん。森で何十年も生きてきた目が、二つ、若い側に増えた。それで十分だ。……名はなくとも、仕事は回る」
トージャの扱いは、ルシェルドを通じた両団からの依頼制として、正式に申し合わされた。沢の定点観測は、その最初の仕事として、トージャとナライジャの持ち回りが明記された。
森の異変の報告は、ルシェルドの役目だった。彼は、沢の水位低下の原因の解明を簡潔に述べ、次に、まだ終わっていない二件を挙げた。窪地の黒紫の蓄積の微増。薬草の蕾の季節のずれ。
「分からないものは、分からないまま置く。若い者たちの報告は、その切り分けが丁寧でした。これは、評価すべきことです」
「窪地の確認の間隔を、詰めるべきだ」。シモンズが言った。老いた元副団長の目は、危険の話になると鋭くなった。「知らんことが一番危ない。増えているなら、その速さを知らねばならん」
「人を出す回数を増やすこと自体が、危険だ」。マグナスが反論した。「蓄積地への立ち入りは、最小限にすべきだ。記録は大事だが、記録のために団員を危うくする本末転倒は、認められん」
「間隔は、少しだけ詰める」。ライノールが割って入った。「班は年長の者中心。滞在の決まりは今より厳しくする。回数と安全の、両方を取る」
「年長中心というのは、自分の限界を知っている者、ということだな」。シモンズが確認した。「それなら賛成だ。若い者を、測り役には使うな」
「滞在の決まりと、報告の先を、はっきりさせてほしい」。マグナスが言った。「間隔を詰めるなら、記録は長老会にも回すこと。安全の条件が守られているか、場の外からも確かめられる形に」
「団の側の運用は、それで回ります」。ゴーンズが受けた。「班の編成と交代は、こちらで責任を持つ」
異変の扱いは、その線で、出席者の合意が取れた。窪地の確認は間隔を少し詰め、年長中心の班と厳しい滞在条件で行い、記録は長老会にも回される。
「倒木の方はどうする」。ライノールが続けた。
「今年は触らない」。ゴーンズが言った。「あれは水を堰いている。急に流せば、下の岸が崩れる。観測を続け、崩れの変化を見る。判断は、来季の評定で改めて」
倒木は当面観察を続け、巡回路に印を付けることで、これも合意された。
外の情勢は、重い話だった。
隊商の後ろにいる者たちの、黒紫の研究への関心。南の砦の、外の者との取引の広がりという噂。他の砦が大量の採取を受け入れれば、森の均衡と、氏族の信用の両方が崩れかねない。
「得と損だけの話ではない」。シモンズが言った。「森が痩せれば、死ぬのは我々だ。だが、外との縁を絶てば、砦は別の形で痩せる。どちらに倒れてもいかん」
「商人は穏当な男だった」。ルシェルドが言った。「だが、その後ろにいる者たちが皆、同じとは限りません。トージャを通して伝わってくる先方の様子からも、それは感じる。線引きは、こちらが持ち続ける必要があります」
「四つの砦で、考えを揃えるべきだ」。マグナスが言った。「少なくとも、条件なしの採取をどこも受けないことを、確認し合う。仕組みにしなければ、抜け駆けは止まらん」
「いきなり仕組みにはなるまい」。ルシェルドが静かに言った。「まず、人の往来からだと思う。次の隊商が来る前に、近くの砦へ人を出し、互いの今を知る。約束は、その後でいい」
「なら、うちから出す」。レイカーが言った。「道と話の両方ができる者を選ぶ。情報交換の使者だ」
「これは、一つの団の用件ではない」。マグナスが言った。「出すなら、砦としての使者だ。長老会としても、その前提で考える」
「同感だ」。ゴーンズが言った。「情報は、砦全体のものになる。守護戦士団も同意する」
「話が早い」。レイカーは頷いた。「では、砦の使者として、兵団から出す。……メリベル、適任を選んでおいてくれ」
外の件は、使者を出すことが、出席者の合意で正式に決まった。共同の約束の形までは、まだ踏み込まない。
最後は、次回の隊商だった。前回の合意の線は、全員が共有していた。無理なく集まる分だけを、定期的に。大量の採取と、奥地への立入りは受けない。
「受け入れの段取りは、前回と同じ形を基本にする」。ゴーンズが言った。「仮設の交易場、見張りの増強、護衛との合流。責任は私が持つ」
「素材と薬草の窓口は、前回がうまくいった」。メリベルが言った。「同じ形で、トージャに。長老の目の届く範囲で」
ルシェルドは頷いた。「私が見ます。集める量の判断も、前回の線を守らせる」
マグナスが帳面を閉じた。「では、今日の判断は以上だ。若い者たちへの伝達は、各団の役目とする」
評定は、静かに終わった。
人々が席を立ち、間が静かになっていく中で、ルシェルドは一人、残された記録に目を落とした。
若者たちの仕事が、今日、砦の方針になった。観測の持ち回りも、巡回の仕組みも、使者の派遣も、元を辿れば四人の若者の積み上げから来ていた。砦の未来は、こういう形で作られていくのだと思った。
そして彼は思った。弟子には、まだ語れずにいる何かがあるのだろう。誰かを守っているのかもしれない。だが、相手が誰で、どんな事情なのか、彼は何も知らなかった。今日の場でも、それらしき話は出てこなかった。それでいい、と彼は思った。本人の口から語られる日が来たら、その話を受け止める場所が、この評定であってほしい。その日まで、この砦の大人たちは、若者を裁くだけの存在ではないことを、示し続けなければならなかった。
戸口で、ゴーンズが彼に声をかけた。「長老。……うちの息子のこと、ありがとうございました」
「礼を言われる筋では、ありませんよ」。ルシェルドは微笑んだ。「壁は、砦の宝です。大事に、育ててください」
ゴーンズは短く頷き、団の詰所の方へ歩いていった。その後ろ姿に、ルシェルドは、父親と副団長の両方の顔を見たような気がした。
彼は白紙の帳面を一枚、記録の束の上に置いて、小屋へ戻る道を歩き始めた。




