第4話
「ここだよ」
大通りから少しだけ離れた場所。望月さんの指がさす先。
その喫茶店は、ひっそりと佇んでいた。
窓から店内を覗く。
そこでは、店員らしい女性が手回しのコーヒーミルで豆を挽いていた。
扉を開くとからん、と鈴の音が聞こえた。
同時に挽かれていたコーヒー豆の匂いが店内を漂う。
「あら咲夜ちゃんいらっしゃい」
店員の女性は手を止めてこちらに視線を向ける。
「こんにちは、舞奈さん。今日も来ちゃいました」
女性の視線が僕へと移る。軽い会釈しかできなかった。
「同じクラスの一ノ瀬くんです。ここ、紹介したくて」
「一ノ瀬柚葉です。こんにちは」
「静原舞奈です。よろしくね」
静原さんは微笑むと僕と望月さんをカウンター席へ案内する。
椅子に座るとさっきのコーヒーミルが目の前にあった。
ごり、ごりと音を立てて、豆が少しずつ粉になっていく。
「これいいよね」
望月さんも同じものを眺めていた。
「うまく説明できないんだけど、音も、豆が挽かれていくのを見るのも嫌じゃないんだよね」
「…そうだね。嫌じゃない」
豆を挽く音、カップが軽くぶつかる音、お湯が注がれていく音。
お店にその音たちが静かに広がっていく。
コーヒーカップを手に取る。口に近づけるとさっきの匂いよりも柔らかい香りがした。
「一ノ瀬くんはコーヒー飲んだりするの?」
「家でインスタントのコーヒーはたまに飲んだりするよ。こうやって目の前で豆を挽いて入れてもらうコーヒーは初めてかも」
1口飲んでみる。口に苦味が広がり、舌に残っていく。
「どう?」
望月さんはもう一口飲みながら僕を見ている。
「苦いね」
「苦いならここに砂糖とかあるけど」
そう言って、角砂糖の入った瓶をこちらに寄せる。一緒に小さなスプーンを手に取っていた。
「ありがたいけど、このまま飲もうかな。なんでだろ、このまま飲みたい」
彼女は目を丸くしていた。だけどそれ以上は何も言わず、そっと瓶とスプーンを元に戻す。
雨上がりだからだと思う。外の湿気と、お店の中の乾いた空気。ゆっくりと混ざりあっていた。
「一ノ瀬くん静かなところが好きかなって。だからここ好きになってくれるんじゃないかなって思ってたんだ」
そういう彼女の声は優しかった。学校の時とは違った、明るいけど柔らかい声。
きっといつも1人でいる僕に合わせてくれたんだろう。
「私、静かなところ好きなんだよね」
そう言って、微笑む。ここに来るまでとは違った、安心した笑い。
「ここね、雨が降ると行きたくなるんだ。こうやってコーヒーを飲みながら外を見てると、窓に雨粒が伝っていくの」
窓を伝う雨粒。授業中ふと見ていたものだ。
「雨粒一つ一つって大きさも違うし、落ちていく速度も違う。誰かとぶつかって大きくもなるし、そのまま落ちていく子もいる」
望月さんの視線は外へ向いている。今雨は降ってないが、雨の空気感だけは残っている。
「ね、晴れてる時じゃ見れない、面白いものが見れるでしょ?」
「…面白そうだね」
また彼女は微笑む。本当によく笑う人だ。
「私が雨粒なら、少しぐらいは誰かとぶつかりたいな。一ノ瀬くんは?」
「考えたことなかったな…。1回ぐらいはぶつかってみたいかもしれない」
「だよね。せっかくのチャンスがあるんだもん。1回でもいいからぶつかってみたい」
カップに口をつける。白いカップから暖かなものが体の中を伝っていく。
「面白い人だね」
「そうかな?ふと目に入るだけなんだけどな…」
「自然とそういうの見てるの、なんかいいなって思った」
彼女を見るとコーヒーを飲んでいた。暖かいものを飲んでるからだろう、頬が少しだけ赤かった。
「望月さんはブラック飲めるの?」
「このお店に行くようになって飲めるようになったんだよ。最初は角砂糖3個とか入れないと飲めなかったけどね」
「僕もこれが美味しいと思えるかな…」
「わかんない。…でもそうなるといいなって思うよ」
もう一口、コーヒーを口に入れてみる。
口に広がる苦味。鼻をくすぐる柔らかい匂い。角砂糖を入れたらきっと美味しく飲めるのだろう。
そう思った。
だけど今は、この苦さが嫌じゃなかった。




