第10話
机にカップが置かれる。
喫茶店の窓際席。カウンターと迷ったが、ここがいいと思った。
窓の外では灰色の雲が空を覆っている。
「ゆっくりしていってね」
舞奈さんはそう言うと厨房へ歩いていく。
目の前では望月さんがカップに口をつけていた。
「その、この前はごめん」
膝の上で手を握り、頭を下げる。
ここに来るまで望月さんと目を合わせられなかった。
「顔、上げて」
望月さんの優しい声が聞こえる。
ゆっくりと顔を上げると、彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。
「謝るのは私もだよ。一ノ瀬くんだけじゃない」
「望月さんは悪くないよ。メッセージ送ったのは僕だから」
あの日の大森さんの言葉がよぎる。
『思わせぶりなことしないであげて』
本当はハッキリしなきゃならない。望月さんをどう思っているのか。
「私ね、メッセージを見て最初は嫌われたって思ったの」
「でも、清夏――大森さんから聞いたの。あの日の朝、一ノ瀬くんと話をしたって」
望月さんは僕をどう思っているんだろう。
今までの彼女を見てきて、少なくとも嫌われてはいないと思いたい。
「そもそも最初に誘ったのは私だから。こうなったのは私にも原因があると思ったし、一ノ瀬くんとちゃんと話さないとって考えてたの」
「僕も、望月さんとちゃんと話したいって思って。嫌いになった訳じゃないことを伝えたくて」
張り詰めていた空気が少しずつ溶けてきた気がする。
望月さんの表情も心なしか和らいだように見えた。
「あのメッセージは、僕なりに考える時間が欲しかったんだ。中学のときのこともあって慎重になってたんだと思う」
望月さんに過去のことを話す。
告白されたこと。
曖昧な答えをして、相手を傷つけたこと。
それを繰り返すのが怖いこと。
上手く話せたのかはわからない。
それでも、少しずつ丁寧に言葉を出していく。
望月さんは何も言わず、僕の話を聞いていた。
急がせることも、口を挟むこともない。時々頷きながら、僕の言葉を待ってくれていた。
ただ真っ直ぐ、僕の目を見ていた。
「……そっか」
彼女は少しだけ考えるように黙った。
「一ノ瀬くんが怖いと思ってるもの、なんとなくわかった気がする」
「私はね、一ノ瀬くんにすぐ答えを出して欲しいとは思ってないよ。だから急がなくていい」
「私も同じだから」
「……同じ?」
望月さんは少しだけ笑った。
「今度は私の話してもいい?」
「うん」
望月さんはカップに口をつけ、一呼吸を入れる。
それから、ゆっくりとカップを机に戻した。
「前に雨の日に大切な思い出があるって言ってたの覚えてる?」
「うん、覚えてる」
初めてここに2人で来た時。その道の途中でそんなことを言っていた。
「高校に入学してすぐのときなんだけど、その日、帰ってる途中に傘が壊れちゃって雨宿りしてたの」
「雨は強くて、止む気配もなくて……迎えも呼べなくてすごく困ってて」
「どうしようかなって思ってたときに、傘を貸してくれた人がいたの」
望月さんは一瞬目を伏せる。
少しの間の後、口を開いた。
「……一ノ瀬くんだよ」
「……僕?」
思わず聞き返した。
望月さんは小さく頷いた。
「一ノ瀬くんは『親とここで待ち合わせだから、これどうぞ』って傘を貸してくれたの」
「……私、そのときの言葉も覚えてるの。一ノ瀬くんは覚えてないと思うけど」
そう言って望月さんは微笑む。
「……ごめん。覚えてない」
「ううん。いいの。……私が覚えてるから」
彼女の顔からは、少しも責めるような色はなかった。
「一ノ瀬くんのその何気ない優しさが、私には暖かくて」
「何となく一ノ瀬くんを見るようになったの」
望月さんは噛み締めるように、一つ一つ丁寧に話す。
「望月さんは僕のことを前から知ってたってこと?」
「……うん。あの日の昼休み話しかけたのは、傘のお礼ももちろんあるけど、ずっと話してみたかったの」
窓に当たる雨の音が微かに聞こえる。
時計の針は14時を刺しており、店内には僕ら2人と舞奈さんしかいない。
「ただね」
「これを恋って言うのかはわからない。中途半端なんだろうけど、恋って決めるには早い気がして」
カップの中のコーヒーを見る。
最初は何となくだった。
いつもは水とかサイダーだったのに、いつの間にか飲むようになっていた。
「ここのコーヒーもそう。何となく飲んでて、何となく好きなの」
望月さんはカップに手を添えてそう言う。
「一ノ瀬くんはコーヒー好き?」
「わかんないけど、こうやって飲むのは好きなのかも」
自然と視線が外へ向く。
灰色の雲から少しだけ太陽の光が差し込んでいる。
「雨は好き?」
「どうだろう……でも前よりは好きになったのかもしれない」
窓に当たる雨粒は一瞬で落ちるのもあれば、隣の雨粒と繋がるのもある。
望月さんが好きなのかはまだわからない。
だけど、この時間が嫌いじゃないのだけは今の僕にもわかった。
この作品は一旦これで終わりです!初めて書いたので至らないところもあったんですけど、最後まで読んでくださいってありがとうございました!




