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【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
新たな装い ──保元三年(1158)睦月

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五話

久々に更新ができました。

お待ちくださった皆様に、心より御礼申し上げます。




 理髪の儀を執り行う広間へと着き、入り口で挨拶申し上げる。

 童髪から成人用の髪に結い直す、理髪の役もお引き受けくださった信頼様が、胡床(折りたたみ式腰掛け)の傍に座っていらした。

 

 信頼様は私の姿を目に留め、安座(あぐら)から建膝(立て膝)へと座り方を変えられた。

 一瞬目を見開かれたように思うが、気のせいだろう。


「……鬼武者殿。こちらへ」

「はい」


 差し出された手に指先を乗せると、胡床へ誘導され、座るよう促される。

 まるでエスコートのようだが、この純白の小狩衣を纏っている間は〝神の子〟として扱われるので、これで正しいらしい。


 童でもなく、世俗にまみれた大人でもなく。

 ただ、無垢なだけの存在。


 私は一挙手一投足を神聖なものとして意識し、極力音を立てぬよう留意しながら胡床へと腰を下ろした。

 父上からお声がかかるまで、小揖(15度)の礼にて待つ。


 その場が静まり返っていることに気づいたのは、少し時が経ってからだった。


 お声がかかるまでに、これほど時を要するものなのか。視線を下げたまま、思わずひとつ瞬くと。


「!……父上」


 義平義兄上がハッとなさって、小声で父上を呼ばれた。


「う、む。……頭を、上げよ」

「はい」


 なぜかしどろもどろな父上に内心で首を傾げつつ、ゆっくりと姿勢を正す。

 下座から父上を見つめると、その目には畏怖の色がちらりと見えた。その影には、「これは誠に我が子か」という疑念がちらついていらっしゃるようだった。


 意図せず、いつものように瞬きをすると、父上は肩の力を抜かれた。

 私が〝誠の鬼武者〟であると確信できて、ようやく安心なさったようだ。


 どうやら、熱田の祖父上(おじいさま)から教わった、絹糸をピンと張るように気を高めていたのが原因らしい。

 この儀は神事に近いと伺っていたので、〝神の子〟として場にふさわしい気の高め方をしたつもりなのだが。


 ともあれ、それからは打ち合わせのとおりに儀が進んだ。


「髪をほどきます」


 という信頼様の合図で、両手を胸の前で合わせ、頭を少しだけ前に倒す。

 

 近江さんが結ってくれた鬟がほどかれる。

 丁寧に櫛けずられ、背中の中ほどで一束にくくられた後。信頼様の部下の方が持っていらした桐の箱から、カタリと刃を取り出す音が聞こえた。


「理髪を致します」


 信頼様の少し甘やかで爽やかなお声が、わずかに震えつつも宣言をなさった。

 髪に刃を当てる寸前、


「……切ってしまうのが惜しいくらいに、美しい黒髪ですね……」


 と呟かれたのが、印象に残った。


 剃刀のような形状の刃が、さりさりと音を立てて余分な髪を落としていく。

 腰ほどまであった髪が少しずつ、肩より少し長めで揃えられていくのを感じながら、


「神聖な存在である〝童子〟は、この日限りでお返し致します」


 と、心の中で神へご報告申し上げた。


 神は不浄を厭われる。

 よって、体の変わりに捧げる髪を切る間、何にも染まらぬ純白の装束が必要となるのだ。


 髪の長さを整えられると、信頼様は刃を桐の箱に納められ、張り詰めた気とともに静かに息を吐かれた。

 私も、合わせていた手を腿へと移動させ、添えるように指先を置いた。


 信頼様は呼吸を整えられると、今度は櫛を手に取られた。

 ──いよいよ、父上たちと同じく冠下の髻かんむりしたのもとどりに結われる時が来た。


 先ほどと同様、丁寧に櫛けずられた髪は、元結(もとゆい)としてやや高い位置で一つに結ばれた。ポニーテールの感覚に近いな、と思った。

 そこから上に向かって13回ほど紐で編み上げられ、お殿様のような髪型になったところで、紐が切られる音がした。


「終わりました」


 信頼様が、理髪の儀が無事に終了したことを宣言なさった。

 皆ほっとしたようで、あちらこちらから、「ほぅ」というため息が聞こえる。その中に近江さんもおり、私は安堵した。


 また、涙ぐむ母上の姿には私も感極まりそうになったが、どうにか留めることができた。


胡床:後の床几(しょうぎ)。床几と呼ばれるようになるのは、室町時代以降と言われています。



お読みいただき、ありがとうございます。

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