五話
久々に更新ができました。
お待ちくださった皆様に、心より御礼申し上げます。
理髪の儀を執り行う広間へと着き、入り口で挨拶申し上げる。
童髪から成人用の髪に結い直す、理髪の役もお引き受けくださった信頼様が、胡床の傍に座っていらした。
信頼様は私の姿を目に留め、安座から建膝へと座り方を変えられた。
一瞬目を見開かれたように思うが、気のせいだろう。
「……鬼武者殿。こちらへ」
「はい」
差し出された手に指先を乗せると、胡床へ誘導され、座るよう促される。
まるでエスコートのようだが、この純白の小狩衣を纏っている間は〝神の子〟として扱われるので、これで正しいらしい。
童でもなく、世俗にまみれた大人でもなく。
ただ、無垢なだけの存在。
私は一挙手一投足を神聖なものとして意識し、極力音を立てぬよう留意しながら胡床へと腰を下ろした。
父上からお声がかかるまで、小揖の礼にて待つ。
その場が静まり返っていることに気づいたのは、少し時が経ってからだった。
お声がかかるまでに、これほど時を要するものなのか。視線を下げたまま、思わずひとつ瞬くと。
「!……父上」
義平義兄上がハッとなさって、小声で父上を呼ばれた。
「う、む。……頭を、上げよ」
「はい」
なぜかしどろもどろな父上に内心で首を傾げつつ、ゆっくりと姿勢を正す。
下座から父上を見つめると、その目には畏怖の色がちらりと見えた。その影には、「これは誠に我が子か」という疑念がちらついていらっしゃるようだった。
意図せず、いつものように瞬きをすると、父上は肩の力を抜かれた。
私が〝誠の鬼武者〟であると確信できて、ようやく安心なさったようだ。
どうやら、熱田の祖父上から教わった、絹糸をピンと張るように気を高めていたのが原因らしい。
この儀は神事に近いと伺っていたので、〝神の子〟として場にふさわしい気の高め方をしたつもりなのだが。
ともあれ、それからは打ち合わせのとおりに儀が進んだ。
「髪をほどきます」
という信頼様の合図で、両手を胸の前で合わせ、頭を少しだけ前に倒す。
近江さんが結ってくれた鬟がほどかれる。
丁寧に櫛けずられ、背中の中ほどで一束にくくられた後。信頼様の部下の方が持っていらした桐の箱から、カタリと刃を取り出す音が聞こえた。
「理髪を致します」
信頼様の少し甘やかで爽やかなお声が、わずかに震えつつも宣言をなさった。
髪に刃を当てる寸前、
「……切ってしまうのが惜しいくらいに、美しい黒髪ですね……」
と呟かれたのが、印象に残った。
剃刀のような形状の刃が、さりさりと音を立てて余分な髪を落としていく。
腰ほどまであった髪が少しずつ、肩より少し長めで揃えられていくのを感じながら、
「神聖な存在である〝童子〟は、この日限りでお返し致します」
と、心の中で神へご報告申し上げた。
神は不浄を厭われる。
よって、体の変わりに捧げる髪を切る間、何にも染まらぬ純白の装束が必要となるのだ。
髪の長さを整えられると、信頼様は刃を桐の箱に納められ、張り詰めた気とともに静かに息を吐かれた。
私も、合わせていた手を腿へと移動させ、添えるように指先を置いた。
信頼様は呼吸を整えられると、今度は櫛を手に取られた。
──いよいよ、父上たちと同じく冠下の髻に結われる時が来た。
先ほどと同様、丁寧に櫛けずられた髪は、元結としてやや高い位置で一つに結ばれた。ポニーテールの感覚に近いな、と思った。
そこから上に向かって13回ほど紐で編み上げられ、お殿様のような髪型になったところで、紐が切られる音がした。
「終わりました」
信頼様が、理髪の儀が無事に終了したことを宣言なさった。
皆ほっとしたようで、あちらこちらから、「ほぅ」というため息が聞こえる。その中に近江さんもおり、私は安堵した。
また、涙ぐむ母上の姿には私も感極まりそうになったが、どうにか留めることができた。
胡床:後の床几。床几と呼ばれるようになるのは、室町時代以降と言われています。
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