四話
そろそろ刻限──という頃になり、様子を見に来てくださった朝長義兄上。
「──これは、いかなることかな?」
涙の後を残しつつ「取り乱しまして……」と謝罪する近江さんと、若干うろたえつつ「いや、元はと言えば、私が──」と返す私のやりとりをご覧になり、首を傾げられた。
経緯を説明申し上げると、義兄上は得心なさったようだ。「なるほど」と呟かれ、近江さんの横に屈まれると、何事か耳打ちなさった。
「……っ!」
ハッとして、義兄上の顔を見る近江さん。
「綺麗なそなたを見せたいだろう?後は私が引き受けるゆえ、そなたは化粧を直して参るがよい」
にっこりと微笑まれる義兄上。
拝察するに、儀に出席なさる予定の、近江さんの婚約者殿のことをお伝えになったのだろう。
──なるほど、一番の特効薬だ。さすが義兄上。
近江さんは少しの間ためらっている様子だったが、義兄上のお言葉に甘えることにしたらしい。
「……あの、若様……」
「ここは気にせず、行って参れ。そなたを泣かせたなどと婚約者殿の耳に入れば、私が叱られるのは目に見えているゆえな」
冗談混じりで言えば、近江さんの申し訳なさそうな表情が少し明るくなった。
何度も「すぐに戻りますので」と繰り返しながら、近江さんは退出していった。
「さて。これを羽織れば、支度は完成だね」
「はい」
義兄上が、純白の小狩衣を衣紋掛けからお外しになり、着付けを手伝ってくださった。
本日の『理髪の儀』そして『加冠の儀』まで。つまり生涯で一度だけ着用を許される、純白の小狩衣。
衣擦れの音も澄んでおり、身が清められていく心地がする。
「……困ったな」
腰帯を巻いてくださる最中に、眉を下げられる義兄上。私は「いかがなさいましたか」と訊ね申し上げた。
「そなたがあまりにも目映いのでね。天の使いかと見紛うよ」
「それは、この衣によるものにございましょう」
烏帽子親をお引き受けくださった信頼様の顔を立てるためであろう、父上がかなり上質の絹織物で仕立ててくださったらしい。光に反射して、身に纏う私も眩しく見えるほどだ。
「……そなたの謙遜具合は、相変わらずだね」
義兄上は苦笑なさり、最後まで仕上げてくださった。
私はお礼を申し上げ、気を引き締めた。
──この日のために尽力してくださった方々がこの儀を恥と思わぬよう、私の持てるすべてを尽くそう。
私は、神の御前に赴くような心持ちで義兄上の先導に従い、広間に繋がる庇の間へ歩を進めた。
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