三話
さらに数日後。
元服の儀の当日と相成った。
朝から邸内の空気が華やいでいる。
義平義兄上の婚姻の儀以来の、正式な宴を執り行うゆえか。
私の支度を手伝ってくれている近江さんに尋ねると、彼女は「そのようなこともございましょうが、何と申しましても、若様の晴れの日ですもの」と微笑んだ。
「それは、ありがたいことだ」
本日無事に元服を迎えられるのは、ひとえに皆のおかげである。
私は結い納めの鬟を結ってもらいながら、目を閉じて感慨に浸る。
──家族や邸臣たちは、正室の長男というだけでなく〝私〟を大切にしてくれた。
大内裏においては特に、広房殿を始めとし、寛正殿や主殿寮の方々、雅楽寮の方々にお世話になった。
思いがけず舞童に選ばれたおかげで、伊行様にお声がけ頂いたことは、まことに僥倖であった。
鶴千代殿という、得難い友も得て──
「……若様?」
近江さんが不思議そうに声をかけてきた。
髪結いが終わったにも関わらず、目を閉じたまま動かずにいたゆえであろう。
「あぁ、すまぬな。少々考え事をしていた」
「左様でございましたか」
「この日を迎えるまでに、私は大勢の方にお力添えを頂いたのだと、改めて思うてな」
「皆そうして、大人になるのですわ」
「そうだな。むろん──」
私は近江さんのほうを向き、背筋を伸ばした。
「そなたの助けがあったからこそ、今このように、穏やかな時の中にいられることは言うまでもない」
感謝していると、深揖の礼にて謝意を示す。
耳の下で鬟が揺れ、下げ髪がさらりと前に落ちた。
「……っ」
近江さんが息を詰めた。
「……そのような……」
……もったいないお言葉にございますわ……と応える声が震える。
私のひと言で、これまでの様々なできごとを思い出し、感極まってしまったようだ。
近江さんは母方の遠縁ということもあり、私が生まれた時には行儀見習いとして我が家にいた。
私が五歳の時、前任者から引き継ぐ形で、お付きの女房となったのだ。
女房となる前から、よく面倒を見てくれた近江さんは、私にとっては年の離れた姉のような人でもあった。
「……わたくしは、……若様がお育ちになるのを、……お傍で見せて頂い、た……だけで……」
「近江……」
顔を上げた私は近江さんの傍に寄り、滑らかな白い頬に流れる涙を指でそっと拭った。
「泣かせるつもりはなかった。すまぬ」
「……いいえ、……これ、は、わたくしが……」
「『勝手に』などと言うてくれるなよ。そなたの涙を誘ってしまったのは、私ゆえ」
「……若、様……」
袖で口元を覆い、はらはらと美しい涙をこぼす近江さん。
無粋な私は、女性をうまく泣き止ませる方法がわからぬ。朝長義兄上ならば、「あなたの涙は、私の腕の中か褥で見せておくれ」などと仰るのだろうが、私にその真似はできぬ。
いくつか言葉を掛けたが、「お小さかった若様が、ここまで成長なさって……」と余計に感情が高ぶってしまうようで、何を言っても逆効果だった。
結局、彼女が自然と落ち着くのを待つしかなく、私自身の不甲斐なさを実感する有り様だった。
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