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【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
新たな装い ──保元三年(1158)睦月

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三話




 さらに数日後。

 元服の儀の当日と相成った。


 朝から邸内の空気が華やいでいる。

 義平義兄上の婚姻の儀以来の、正式な宴を執り行うゆえか。


 私の支度を手伝ってくれている近江さんに尋ねると、彼女は「そのようなこともございましょうが、何と申しましても、若様の晴れの日ですもの」と微笑んだ。


「それは、ありがたいことだ」


 本日無事に元服を迎えられるのは、ひとえに皆のおかげである。

 私は結い納めの(みずら)を結ってもらいながら、目を閉じて感慨に浸る。


 ──家族や邸臣たちは、正室の長男というだけでなく〝私〟を大切にしてくれた。

 大内裏においては特に、広房殿を始めとし、寛正殿や主殿寮の方々、雅楽寮の方々にお世話になった。

 思いがけず舞童に選ばれたおかげで、伊行様にお声がけ頂いたことは、まことに僥倖(ぎょうこう)であった。

 鶴千代殿という、得難い友も得て──


「……若様?」


 近江さんが不思議そうに声をかけてきた。

 髪結いが終わったにも関わらず、目を閉じたまま動かずにいたゆえであろう。


「あぁ、すまぬな。少々考え事をしていた」

「左様でございましたか」

「この日を迎えるまでに、私は大勢の方にお力添えを頂いたのだと、改めて思うてな」

「皆そうして、大人になるのですわ」

「そうだな。むろん──」


 私は近江さんのほうを向き、背筋を伸ばした。


「そなたの助けがあったからこそ、今このように、穏やかな時の中にいられることは言うまでもない」


 感謝していると、深揖の礼にて謝意を示す。

 耳の下で鬟が揺れ、下げ髪がさらりと前に落ちた。


「……っ」


 近江さんが息を詰めた。


「……そのような……」


 ……もったいないお言葉にございますわ……と応える声が震える。

 私のひと言で、これまでの様々なできごとを思い出し、感極まってしまったようだ。


 近江さんは母方の遠縁ということもあり、私が生まれた時には行儀見習いとして我が家にいた。

 私が五歳の時、前任者から引き継ぐ形で、お付きの女房となったのだ。

 女房となる前から、よく面倒を見てくれた近江さんは、私にとっては年の離れた姉のような人でもあった。


「……わたくしは、……若様がお育ちになるのを、……お傍で見せて頂い、た……だけで……」

「近江……」


 顔を上げた私は近江さんの傍に寄り、滑らかな白い頬に流れる涙を指でそっと拭った。


「泣かせるつもりはなかった。すまぬ」

「……いいえ、……これ、は、わたくしが……」

「『勝手に』などと言うてくれるなよ。そなたの涙を誘ってしまったのは、私ゆえ」

「……若、様……」


 袖で口元を覆い、はらはらと美しい涙をこぼす近江さん。


 無粋な私は、女性をうまく泣き止ませる方法がわからぬ。朝長義兄上ならば、「あなたの涙は、私の腕の中か(しとね)で見せておくれ」などと仰るのだろうが、私にその真似はできぬ。


 いくつか言葉を掛けたが、「お小さかった若様が、ここまで成長なさって……」と余計に感情が高ぶってしまうようで、何を言っても逆効果だった。

 結局、彼女が自然と落ち着くのを待つしかなく、私自身の不甲斐なさを実感する有り様だった。


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また、お読みいただき、ありがとうございます。


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