六話
「坊。その〝憧れの人〟の関係で喜ばしいことがあった後、困ってるヤツを助けなかったか?」
……えぇと……
「書簡を地面に落としてしまった方が、いらっしゃいました」
「たぶん、それだ」
「あちらこちらに散らばっていたので、近くにいらした数名の方と、拾って差し上げました」
「数名……そうか」
寛正殿は腕を組まれて視線をさげ、「発生源は、そいつらか……」と呟かれる。
ひとつ息を吐かれ、改めてこちらを向かれた。
「……あのな、坊。お前さん、その時にだいぶ柔らかな表情をしていたらしい」
「……そうやもしれませぬ」
自分でも、顔の緩みを抑えられなかった自覚はある。
「美麗な顔立ちの坊に、優しく労りの言葉を掛けられて、有頂天になったんだな。『睡蓮の君』だの、『春黄金花の精』だの、水面下で騒ぎ始めたんだ」
「何か問題でも、あるのでしょうか」
「まぁ……今のところはないな。大方、『菩薩童子』は掃部寮の潮平たちが言い出したんだろうが」
「寛正殿からご報告があった、鬼武者殿が拝まれた件ですね」
「そうなのか!?」
広房殿が合いの手を入れられると、従兄様が食いつかれた。
「広房殿。そういう話は、こちらまで通して頂かねば困るぞ」
「申し訳ございません」
「若の愚痴は、後でな」
「寛正! 元はと言えば、お前が──」
「だから、後だっつってんだろうが」
従兄様のお言葉を一刀両断なさった寛正殿。
「坊は、普段は怜悧な顔で冷静なことが多いだろ。だから、印象の差が大きかったんだな」
「状況も作用したのでは?」
「広房殿の言うことも一利あるだろうな。連中、『胸の高鳴りが……』とか言ってたからな。……中には『あの澄んだ切れ長な目に蔑まれたい……』とか言ってるのもいたが」
「誰だ、そいつは」
「若。その目はヤバい」
「私の若君に、不埒な考えを抱くとは許せぬ」
「いつから若のになったんだよ」
「若君がお生まれになった時分からだ!」
「キメ顔で、変態発言をするな!」
再び言い合いを始めたお二人を、仲が良いな……と親のような心持ちで見守る。
「……すみません、五月蝿くて」
「いえ。気心の知れた仲なのだなと、思っていただけにございます」
小声で謝罪してくださる広房殿に、思うままを返答する。
そういえば──と、ふと思い立つ。
「広房殿に、お伺いしたいことがございます」
「何でしょう」
「『菩薩』と『童子』は、ひとつの言葉として用いて良いものでしょうか」
「えっ……」
広房殿が言葉に詰まるところなど、初めて見た。
貴重なものを拝見して、感動を覚えていると。
従兄様と言葉の応酬をなさっていたはずの寛正殿が、勢いよくこちらを向かれ。
「そこかよ!?」
執務室に、寛正殿の突っ込みが盛大に響き渡った。
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