一話
宗寿丸は遷御の儀の辺りから、『菜根譚』を読むようになった。
再来年──8歳になる頃には、童殿上のお声がかかる対象年齢となるので、「兄上のように、お役目をはたすのです……!」と、張り切っている。
本人は〝キリッ〟として宣言したつもりのようだが、もともとの顔が〝ほよん〟なので、皆の目が『孫を見る祖父母』となっていた。
和み系の顔は、祖母上から来ているらしい。
菜根譚とは、明の官吏、洪自誠殿の著作で、儒教・仏教・道教を融合した随筆集である。
人生の知恵や処世の極意を説いていて、見識を広げるには良い書物だ。……〝17世紀〟の物ということを考えなければ。
書物にしろ食物にしろ、本来の時系列から逸れた物を目にすると、やはりここは歴史上とは異なる世界なのだと再認識する。
✽ ✽ ✽
「『経路の窄き処は、一歩を留めて人の行くに与え』──」
多少おっとりとしているが、利発そうに読み上げる声の可愛らしいこと。
思わず緩みそうになる頬を、意識的に引き締める。
宗寿丸の私室にて午後の学問の講師役を仰せつかった私が、不真面目な顔をしていてはいけない。
「『滋味の濃やかなるものは、三分を減じて人の嗜むに譲る』──」
あまりに熱心な姿に、「我が家は官位が高くないゆえ、お声がかかるのは早くとも10歳頃であろう」と言えないでいる。
「『此れは是、世を渉る一の極安楽の法なり』──」
一文を朗詠すると、私のほうを向いた。
その顔は、「どうですか? 読めていましたか?」と語っている。
「しっかりと読めるようになったな」
「元の文から読み下すのは難しいですが、以前、兄上がお読みくださったのを思い出しました」
「それもまた、素晴らしいことだ。一字一句相違ない」
「ありがとう存じます」
ふわりと笑う宗寿丸は、何かに没頭している時以外、妹と性別を取り違えてきたのでは……と言われるほど淑やかであり。
妹は、その分を加味して生まれたのでは……と言われるほど活発である。
「意味は言えるか」
「えぇと……はい」
「申してみよ」
「はい。……『通り道が狭ければ、立ち止まって道を譲り』……『美味しいものは、腹七分目にして人と分け合う』……『これがすなわち、最も心穏やかに生きるための処世術である』」
「正鵠だ」
「ありがとう存じます……!」
頭を撫でて褒めると、花が開くように笑う宗寿丸。
……これほど、庇護欲を揺さぶられる男の童もおるまい。
つい抱きしめてしまったが、宗寿丸は嫌がるどころか、嬉しそうに抱き返してきた。
菜根譚:菜根を噛みしめるような話。書名は朱子の「嘗て人は常に菜根を咬み得ば、則ち百事做すべし」から。(大意:昔から、人はどのような時でも、堅い野菜の根を噛むように、じっくりと物事にあたれば、何事も成し遂げられてきた)
朱子:本名は朱熹。12世紀の中国の儒学者。
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