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【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
親愛の形は様々 ──保元二年(1157)霜月

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一話




 宗寿丸は遷御の儀の辺りから、『菜根譚(さいこんたん)』を読むようになった。

 再来年──8歳になる頃には、童殿上のお声がかかる対象年齢となるので、「兄上のように、お役目をはたすのです……!」と、張り切っている。


 本人は〝キリッ〟として宣言したつもりのようだが、もともとの顔が〝ほよん〟なので、皆の目が『孫を見る祖父母』となっていた。

 和み系の顔は、祖母上(母上の実母)から来ているらしい。



 菜根譚とは、(みん)の官吏、洪自誠(こうじせい)殿の著作で、儒教・仏教・道教を融合した随筆集である。

 人生の知恵や処世の極意を説いていて、見識を広げるには良い書物だ。……〝17世紀〟の物ということを考えなければ。


 書物にしろ食物にしろ、本来の時系列から逸れた物を目にすると、やはりここは歴史上とは異なる世界なのだと再認識する。



   ✽ ✽ ✽



「『経路の(せま)き処は、一歩を留めて人の行くに与え』──」


 多少おっとりとしているが、利発そうに読み上げる声の可愛らしいこと。


 思わず緩みそうになる頬を、意識的に引き締める。

 宗寿丸の私室にて午後の学問(自主学習)の講師役を仰せつかった私が、不真面目な顔をしていてはいけない。


「『滋味(じみ)(こま)やかなるものは、三分(さんぶ)を減じて人の嗜むに譲る』──」

 

 あまりに熱心な姿に、「我が家は官位が高くないゆえ、お声がかかるのは早くとも10歳頃であろう」と言えないでいる。


「『此れは(これ)、世を渉る一の極安楽の法なり』──」


 一文を朗詠すると、私のほうを向いた。

 その顔は、「どうですか? 読めていましたか?」と語っている。


「しっかりと読めるようになったな」

「元の文から読み下すのは難しいですが、以前、兄上がお読みくださったのを思い出しました」

「それもまた、素晴らしいことだ。一字一句相違ない」

「ありがとう存じます」


 ふわりと笑う宗寿丸は、何かに没頭している時以外、妹と性別を取り違えてきたのでは……と言われるほど淑やかであり。

 妹は、その分を加味して生まれたのでは……と言われるほど活発である。


「意味は言えるか」

「えぇと……はい」

「申してみよ」

「はい。……『通り道が狭ければ、立ち止まって道を譲り』……『美味しいものは、腹七分目にして人と分け合う』……『これがすなわち、最も心穏やかに生きるための処世術である』」

正鵠(満点)だ」

「ありがとう存じます……!」


 頭を撫でて褒めると、花が開くように笑う宗寿丸。

 ……これほど、庇護欲を揺さぶられる()の童もおるまい。


 つい抱きしめてしまったが、宗寿丸は嫌がるどころか、嬉しそうに抱き返してきた。


菜根譚:菜根を噛みしめるような話。書名は朱子(しゅし)の「(かつ)て人は常に菜根を咬み得ば、則ち百事()すべし」から。(大意:昔から、人はどのような時でも、堅い野菜の根を噛むように、じっくりと物事にあたれば、何事も成し遂げられてきた)

朱子:本名は朱熹(しゅき)。12世紀の中国の儒学者。



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