一話
初昇殿の日。私を含む十数名の童は、まず謁見の間に通された。
家格に従って下座に並び、深い平伏にて待つ。
此度の童殿上は、乱の功労者の子息を引き立てるという名目である。
裏を返せば、朝廷へ奉仕させる能力が子息にあるかの見極めと、功労者へ恩を売ることで改めて忠誠を誓わせる意味があるのだろう。
時刻になり、官職をお持ちの方々がお出ましになった。
従一位・関白、藤原忠通卿を始めとする、後白河方の主な方々だ。当然、臣下に身をやつした真の首謀者──信西殿の姿もあるはずだ。
父上から伺った『執念深さを教養人という面の皮で覆い隠した者』を発見しても、眉一つ動かさぬよう努めねば。
名簿に添って名が呼ばれるとのこと。
顔見せも兼ねるので、父君の名に各々の名が付随される。「官職・誰それの何番目、何某」という具合だ。
「従一位・藤原関白忠通が六男、鶴千代」
「──はっ」
最初に名を読み上げられたのは、利発そうな張りのある声の童だった。
忠通卿のご子息──鶴千代殿は8歳にして、昔の儀式・作法などに造詣が深いそうだ。
姿勢を正す際の、わずかな衣擦れの音が澄みやかなのは、きちんとした所作を身につけておられるゆえだろう。下を向いている私の目には、映らないのが残念だ。
「従四位下・平播磨守清盛が三男、梅若丸」
「…………は」
……ゆったりとした声の童だ。
聞こえてくる所作の音も、だいぶ緩やかで、ちらほらと戸惑いの空気が伝わってくる。
「つ、続いて──」
名簿を読み上げるお役目の方も、気を取り直そうと努めていらした。
何人かおいて、次は私の番。
鶴千代殿ほどではなくとも、せめて師に教えて頂いたことを実践できるように願う。
私の振る舞い如何では、「やはり武士は粗野よの」と、父上がいらぬ謗りを受けるのだから。
「従五位下・源左馬頭義朝が三男、鬼武者」
「──はっ」
平伏を解き、ややゆっくりとした動作で姿勢を正して、指を揃えた手を腿へと置いた。
視界を広く持ち、特定の人物に目がいかないようにする。
最奥の御簾の中には、後白河天皇陛下がおわすようだ。
「──ほぉ」
どなたかは、思わずといった呟きをもらされた。
「これは──」
また、どなたかは、言葉を発しようとして、途中で止まる。
──その場が静寂に包まれた。
(……ん……?)
少々、間が長いような……
まだ幾人も、呼ばれるのを待っているのだが。
……なぜ、私はこのように凝視されているのだろう……
これは、……周囲を観察する好機と思うことにする。
視界はそのままに、目から入ってくる情報をまとめていく。
御簾近くにて、黒の袍をお召しの方が忠通卿だろう。いくぶんかやつれておいでのようだ。
此度の乱にて、藤原氏長者の件で朝廷と一悶着あったそうなので、無理もないと思うが。
本来、氏長者選定は他権力不介入とされている。
ただ、此度は首謀者が藤原氏長者の頼長殿だったことで、朝廷につけ入る隙を与えてしまったようだ。
朝廷の意向に添わねば領地を召し上げるとあって、忠通卿は奔走なさったらしい。
だが、結果的に頼長殿の所有なさっていた荘園は没収されてしまったとのこと。
いまだにご心痛はおありだろうが、そのような状況においても、我が子の晴れ姿は嬉しく思われるらしく、表情が和らいでいらっしゃる。
また、やや下座側で黒の袍をお召しの、ふくよかで意志の強そうな方は、おそらく平清盛公だろう。
武士の身でありながら、従四位下を賜るという躍進を遂げられた方だ。
五位の任官ですら、武士にとっては大出世であり、それ以上は不可能に近いとされている。
此度の異例とも言える昇進に、世間で囁かれている〝御落胤〟説が信憑性を帯びてきた。
さらに下座側に、深緋の袍の父上もいらした。正装姿も端整な父上は自慢なのだが……ため息を堪えるような表情はいかがなさったのか。
今にも「……やはりな」と口から出そうなご様子だが、理由がわからないので、反対側に意識を移す。
御簾近くに控える深緋の袍が目に入る。……あれが、信西殿か。
官位こそ正五位下だが、後白河天皇陛下の側近として辣腕を振るうことには目を見張る。強引な手が多く、顔をしかめる方も多いようだが。
人相は、父上の仰ったとおりだった。お世辞にも、好感を抱けるものではない。
(……あれが、諸悪の根源……)
気を抜けば眉間に皺ができそうなので、心の内で般若心経を10回ほど唱えた。
11回目を唱えようとした時、名簿の読み上げの終了を宣言する声が耳に入ってきた。
私は心を無にするための努力に、かなりの時間を費やしていたようだ。
藤原忠通:平安時代後期の公卿・歌人。百人一首では『法性寺入道前関白太上大臣』。
藤原忠通の子、平清盛の子について:幼名の資料が見つからず、創作しております。
※敬称略
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