二話
「大殿様が、お召しにございます」
斜め後ろから、近江さんが小声で知らせてくれた。返答をして、わずかな衣擦れ以外の音を立てぬよう注意を払い、義母上の前に移動する。
挨拶の前に義弟たちに気を配るが起きる様子はなく、胸を撫でおろす。
義母上と短いやりとりの後、退出の挨拶をして北対を辞した。
寝殿の広間に戻ると、父上、母上、義平義兄上、朝長義兄上が普段の席次に座していらした。どうやら私が最後だったようだ。
「お召しにより、参りました」
下座にて挨拶をし、お待たせしてしまったことを謝罪する。
「よい。今若丸を寝かしつけていたと聞き及んでおる」
「ご寛容頂き、ありがとう存じます」
深揖でお礼を申し上げ、母上の隣へと位置を変えて腰をおろす。
父上は「さて」と本題に入られた。
「秋の除目にて、左馬頭を賜った」
「おめでとうございます」
「「「おめでとうございます」」」
母上に続いて、義兄上たちとお祝いの言葉を唱和する。
秋の除目が行われるのは8月である。この時代は7月から秋なので、暦の上ではおかしくない。だが、前世の感覚も残っているので、暑い最中に〝秋〟と言われても……という思いもある。
乱直後の除目はあくまで臨時であり、秋の除目は正式な年中行事に組みこまれている。約1ヶ月が待てなかったとは、信西殿はよほど早急に足場を固めたかったと見える。
「……加えて、鬼武者が童殿上を許された」
「……まぁ」
「何と」
「それは……」
なぜか表情を曇らせる父上の御言葉を受けて、母上を始めとする御三方も、渋面を無理やり抑え込んだような顔をなさった。
童殿上の年齢を鑑みれば、10歳は妥当だと思うが……私自身が何らかの妨げになっているとするならば、これは由々しき事態だ。
確かに、学問や芸術面では励んで参ったが、社交性に関しては胸を張れるものではない。
愛嬌があるとは言い難い私を、家族や家臣たちは分け隔てなく接してくれるが、他人もそうだとは限らない。むしろ、負の要因となる可能性のほうが高そうだ。
さて、どうしたものか……
思案する私の耳に、「……取り止めることは……」という、母上のお声が入ってきた。やはり出仕の真似事など、するべきではないようだ。
皆の負担にはなりたくない。だが、朝廷からの下命には従うほかない。かくなる上は──
「父上」
私は、意を決して呼びかけた。
「うむ」
「お詫び申し上げたいことがございます」
「唐突にいかがした」
こちらを向かれた父上は、いささか困惑なさっている。
私は一度口を引き結び、心を固めて口を開いた。
「……私が稚拙ゆえに、煩わしく思われていたと考えが及ばず、申し訳なく存じます」
「そなた、何を申す」
父上は面食らっていらっしゃる。
「家族や家臣は理解してくれるゆえ、私はそれに甘んじておりました」
「鬼武者……?」
「何を申しておるのだ」
母上と義平義兄上は、戸惑っていらっしゃるようだ。
「私の童殿上が、父上方のご出仕の枷となるならば、私は──」
「鬼武者」
対面に座している朝長義兄上が、私の言を静かに止められた。
「それ以上、口にしてはならないよ」
「ですが──」
なおも続けようとしたが、義兄上の悲しげな微笑みによって、声に出すことは叶わなかった。
源義朝公が左馬頭を任官された時期について:資料により異なる表記でしたので、話の都合上、秋の除目の際に……ということにしております。
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