表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
穏やかな光満つ ──久寿二年(1155)卯月
13/67

八話




 申の刻の初刻(午後3時)。私は北対を訪問した。


 北対の女房さんが中から上げてくれた御簾をくぐる。

 

 奥座に座っていらっしゃる義母上は、『撫子』(上から蘇芳(すおう)、淡蘇芳2枚、白2枚、単に白)をお召しになっていた。

 普段は淡い色が多いので、濃い色をお召しになると、華やいだ印象になる。


 嫡男()の訪問のために、少しでも顔色を良く見せようとなさったのだろう。そのようなことに心をくだいて頂いたのを、申し訳なく思う。


 さらに、さりげなく脇息(きょうそく)にもたれていらっしゃるところを見ると、なるべく早くおいとましたほうが良さそうだ。



 側付きの古参の女房さんに温石を預け、失礼にならない程度の距離をあけて義母上の正面に腰をおろす。


「突然の訪問をお受けくださり、ありがとう存じます」

「……いいえ。……お気遣いいただき、かたじけなく存じます。……かような姿にてお目にかかりますこと、どうぞお許しくださいませ……」

「押しかけましたのはこちらゆえ、お気になさいませんよう」


 挨拶の合間を見て、古参の女房さんから義母上に温石が手渡された。


「……とても温かいこと……若様のお心に、感謝申し上げます……」


 儚げな義母上が、ふわりと微笑まれた。それだけで、差し上げて良かったと思う。


 現在、義母上は血の道を患っていらっしゃる。

 血の道とは、血のめぐりに関する自律神経に支障をきたし、めまい、耳鳴り、動悸(どうき)、冷えなどの症状がみられる女性特有の病気のこと。


 初産の時は発症せず、此度は6ヶ月を過ぎたあたりから症状が出始めたとのことで、薬師殿も注視している。

 本日は特に手足が冷え、めまいも断続的におこるそうだ。


 午前に(きゅう)の治療をお受けになったからか、いくらか改善しているように見える。だが、冷えはなかなか解消しないようで、慎ましやかに温石に手を当てていらっしゃる。


「若様」


 私の斜め後ろに控えていた近江さんが、持参した桜草に意識が向くよう、小声で呼びかけてくれた。私は浅い頷きでお礼を返す。


 義母上に向き直り、静かに声をかけた。はっとなさって、わずかに頬を赤らめるのが可愛らしい。


「……温石が温かいものですから……つい、嬉しく……」

「使って頂けるとありがたく存じます。用意させた甲斐がありますゆえ」



 ここで本題に入った。


「義母上、今日は庭の桜草をお届けに上がりました」


 その言葉を合図に近江さんが膝立ちになり、両袖の上に捧げ持つようにして乗せた赤や紫の桜草の花束を、膝行で古参の女房さんに渡す。

 古参の女房さんも両袖で受け取り、義母上が良くお見えになるよう袖の角度を変える。


「……綺麗だこと……」

「庭師に、『色の美しいものを』とねだってしまいました」

「……まぁ……」


 義母上が優しくお笑いになる。

 古参の女房さんは、義母上のご様子に少し肩の力が抜けたようだ。容態が良いとは言えないので、ずっと気を張りつめているのだろう。


「……わたくしが、このようなものを頂いて、よろしいのでしょうか……」

「少しでも、義母上のお慰めになればとの、皆の総意ですから」


 私の言葉に、義母上は目を見開かれた。


「……ありがとう……存じます……」


 袖を口元に添えられ、涙ぐまれる姿に、1日も早く快復されるようにと願わずにはいられなかった。


脇息:肘掛け。

灸:モグサによるお灸。



お読み頂きありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ