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俺を殺してお前も死ね  作者: 和達譲
『目で追う』
14/82

:第三話 分厚い殻と柔らかい棘 3


常葉亭を出発し、約20分後。

目的の公園に着いた俺と相良は、敷地内の駐車スペースに車を停めた。


"西条さいじょう公園"。

薬川通りの一角に設けられた、素朴さが売りの市民公園。


普段は休日平日を問わず賑わっているそうだが、この時間帯では流石に誰も寄り付かないらしい。

閑散とした広場は夜に染まっていて、月明かりと街灯の光がなければ、軽い散歩も憚られる雰囲気だ。


駐車スペースには他に、自転車が一台と軽自動車が二台停めてある。

いずれも、ドライバーの姿はない。

この様子だと、公園に立ち寄っているのではなく、放置されているだけなのだろう。


今の西条公園には、俺と相良の二人きりだ。




「───俺、そこの自販機で飲みモン買ってくるから。

先に広場のほう行って、待っててくれるか?」


「……わかった。

適当に座ってるから、見付けにきて」



車を降り、二手に別れる。

相良は一足先に広場へ、俺は近くの自販機まで一走ひとはしり。


自分用にホットコーヒーと、相良用にホットココアを購入する。

踵を返し、元いた場所まで再び一走り。



「どーこ行ったアイツ……」



駐車スペースを抜け、広場をあてどなく探し回る。


"適当に座ってる"とか言ってたし、ベンチあたりに陣取ってるとは思うんだけど。

人目を引く割に影が薄いという、芸能人の裏稼業が忍者だったみたいなヤツだから、よく注意しないと素通りしてしまいそうだ。



「あ、───いた」



ふと視線をやった先で、ようやく相良を発見した。

"適当に座っていた"場所は、ベンチではなくブランコだった。


とりあえず、よかった。

逃げずに待っていてくれたことに安堵しながら、俺は相良に近寄っていった。


途中で足音に気付いた相良は、ゆらゆらと揺らしていたブランコを止め、力なく顔を上げた。

街灯の光が薄暗いのも手伝って、常葉亭にいた時より青白い顔だった。



「なんか……、今にも死にそうな顔、してるな。

大丈夫か?車酔いしたか?」


「別に。ちょっと疲れただけ」


「あー……。そうだよな、悪い。

バイト終わりで連れ回されたら、そりゃ疲れるよな。

……とりあえず、これ。そこの自販機で買ってきたやつ。

ったまるから、良ければどうぞ」



相良の隣のブランコに腰掛け、買ってきたホットココアを差し出す。

相良は無言で受け取ると、容器のラベルを見詰めたまま動かなくなった。


なにか言いたそうで、なにも言ってこない。

わざと黙っているというよりは、意見する気力も残っていない感じだ。


俺に問い詰められるのが、よほど嫌なのか。

単純に、仕事終わりで疲れているだけか。

丸まった背中も浅い瞬きも、くたびれかたが中学生のそれではない。




「(幽霊みたいだ)」



やっぱり、学業と併行してアルバイトもなんて、無理があるんじゃないだろうか。

それに、今夜は賄いで済ませたそうだが、普段の食事はどうしているのか。


虐待の疑いがある父親が、息子のために料理を作るとは考えにくい。

そもそも衣食住が整っていれば、相良はこんなに痩せていないし、働く必要もないはずだ。


だとすると相良は、暴力を振るわれているだけでなく、ネグレクトも同時に受けてるってことか。


毎日休まず学校に通うのだって大変なのに。

更には家事も自分でやって、生活費も自分で稼がなければならないなんて。

子どもの身には余るオーバーワークだと、赤の他人でさえ憂えるだろう。



「(前より距離は縮まったはずなのに。

前よりもっと、こいつのことが分からない)」



時間が惜しい。

せっかく二人きりになれたのだから、単刀直入に切り込んでしまいたい。


だが、下手を打ちたくもない。

俺の言葉が仕草が、相良を傷付けるナイフになるかもしれない。


今更になって、少し怖くなる。

念願叶った機運を前にして、腰が引けている自分がいる。


一人の大人として、担任の先生として。

相良にとって俺は、どんな人間であるべきなのか。



「(やべ。

ごちゃごちゃ考え過ぎて、完全にタイミング逃した)」



第一声に困った俺は、誤魔化すためにコーヒーに口を付けた。

緊張で味はしないのに、匂いはいつも以上に苦く感じられた。




「───で、話ってなんなの」



先に相良が沈黙を破った。

ココアの容器に頬を宛てながら、横目にこちらを窺ってくる。



「今さら、変に気遣わなくても、逃げたりしねーよ。

言いたいこと、あるんでしょ。時間なら心配しなくていいし、さっさと言ってさっさと聞けば?」



覇気のない仏頂面、ぶっきらぼうな喋り方。

学校での優等生キャラも、常葉亭での営業スマイルも、面影さえない。

まるでチンピラの風体だが、恐らくはこれ(・・)が、本来の相良楓なのだろう。


猫を被っている気はしていた。

営業スマイルが仕事のための作り物であるように、優等生キャラもまさしくキャラクター(・・・・・・)に違いないと。

とはいえ、本性とのギャップがここまでとは想定外だった。


驚きはない。

無性に、哀しい。

完璧な二面性には訳があり、訳の中には傷がある。

そして傷には痛みが伴うことを、無垢な少年ではいられなかった相良の生い立ちを、嫌でも想像できてしまうから。



"───無理に大人になろうとするな、豊。"



他人を欺くということ。

いくら必要があったからって、子どもに上手な嘘がつけるものか。


いつからお前は、子どもじゃなくなってしまったんだ。

上手な嘘が当たり前になるまでに、お前は何回、人知れない涙を流したんだ。


相良。

お前の背後にいるのは、本当に父親だけ(・・・・)なのか。




「……じゃあ、遠慮なく聴かせてもらうけど。

校則を破ってまでアルバイトをしてるのは、生活費の足しにするためか?

それとも、なにか欲しいものでもあるのか?」



まずは無難な質問から。

相良はココアの容器を持ち替えて、逆の頬に宛てがった。



「大した理由はないよ。

確かにウチは金持ちじゃないけど、生活できないほど貧乏ってわけでもないから」


「ならどうして働く必要がある?

高校生ならまだしも、お前は中学生だ。

大した理由もなく働く道理が、中学生にあっていいわけないだろ」


「………。」


「内密にはしてやる。咎めるつもりもない。

だからお前も、本当のことを話してくれ。

まったく知らんぷりを通すには、さすがに事が大きすぎる」



俺は敢えて厳しく問い詰めた。

煽るくらいで迫っていって、相良の本音を引き出したかった。



「遊ぶための金も、欲しくないわけじゃないけど。そんなのは別になくたっていい。

ただおれ、部活とかやってないし。どうせ暇なら、利益のあることをしようと思って。

貯金はないより、ある方がいいでしょ」


「貯金のためね。それでバイトか。

いつから?」


「二年の夏休みから。

店のおじさん・おばさん説得して、中学生でも雇ってくれって頼んだ」


「なるほどね……」



相良の言い分は理に適っていた。


無駄に時間を持て余すくらいなら、身になることをしておきたい。

貯金はあった方がいいのも正論だし、アバウトながら筋は通っている。


しかしだ。

今の台詞を聞いた限り、金が主題ではなさそうだと、俺には思えてならなかった。




「"暇だったから"、じゃなくて、"逃げ道が欲しかった"、じゃないのか?本当は」



相良が息を詰まらせる。

長い髪の向こうで、仏頂面が動揺に歪んだのが、気配で分かる。



部活は金がかかるから出来ないし、塾も金がかかるから行けない。

かといって、帰宅後まっすぐ自分の机に向かうかといえば、そういうことでもない。


相良はただ、家にいたくなかったんだ。

だから、帰らなくてもいい理由と方法を探したんだ。

その結果、定食屋のアルバイトに行き着いたのも、食い扶持を増やすためなら父親も認めるからじゃないか。


本人に確認をとらずとも、俺には確信があった。

相良のアルバイトと、相良と父親の関係は、複雑に絡んだ一本の線で繋がっている。



"お前は子を持つ親じゃなく、親のある子どもだ。

子どもが親を支えるんじゃなく、親が子どもを守るのが、親子ってものだ。"



相良は賢い子だ。

機転の早さも、手際の良さも、大人顔負けに天晴れだ。


でも、違うんだよ。

お前の言っていることは、至極真っ当なようで、矛盾している。


確かな目的を持たず、生活のために労働をするのは、大人の仕事だ。

なんとなくで金を貯めるのは、大人であっても難しいことなんだ。


人間は、目的にこそ救われる。

たとえ叶わぬ夢としても、目指すべきゴールがないと、自力で立って歩けないように出来ている。


お前は、そのどちらでもない。

大人じゃないし、目的もないと自称した。

なのに立って歩いている。

つまりお前は、本当の目的を隠している。



"半端に子どもをやめてしまった人間は、半端な大人にしかなれなくなる。

いつかお前も、それを実感する時がくる。"



暇だの利益だのと、澄ました言葉を使いやがって。

中学生が夜中まで働く動機には不十分だと、疑問すら湧かない時点で十分ガキなんだよ。


だったらまだ、遊ぶ金欲しさの方が納得できた。

親に虐待される子どもがお前より、親がお前に手を焼かされていた方が、俺は良かったよ。



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