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俺を殺してお前も死ね  作者: 和達譲
『目で追う』
13/82

:第三話 分厚い殻と柔らかい棘 2


俺の注文した"白身魚のフライ定食"は、10分もしない内に運ばれてきた。


正直言って、美味しいかどうかは殆ど分からなかった。

作ってくれたご主人には申し訳ないが、食事中も相良の方に意識が向いていたため、じっくり味わう余裕がなかったのだ。



「お冷やのおかわり、いかがですか?」


「あ、お願いします」


「すいませーん、取り分け用の小皿をひとつー」


「はーい、今お持ちしまーす!」



その間にも相良は、孝太郎さんと連携してテキパキと働いていた。


軽いフットワークで店中を動き回り、ナチュラルな愛想を惜しげもなく振りまき。

厄介なクレーマーや酔っ払い客に絡まれても、毅然と対応する。


見ていて気持ちがいい接客ぶりは、子供ながらに賞賛に値するものだった。



"彼もうちの大切な戦力ですので"。



先程の孝太郎さんの台詞は、俺を黙らせるための方便ではなかったらしい。

ご主人や女将さんとも親しそうだし、少なくとも半年は勤めていると思われる。


学校では勉強を、職場では労働を。

賢いやつは、どこで何をやらせてもソツがないわけだ。




**



食後。

会計がてら、俺はご主人と女将さんに挨拶をしに行った。



「───さっきは変な空気にしちゃって、すいませんでした。

どのお料理も美味しかったです」


「あら、これはこれはご丁寧に」


「こっちこそ、大したモン出してやれんで、ごめんね!」


「とんでもないです。ご馳走さまでした」



ご主人と女将さんは、俺を快く受け入れてくれた。


"彼は楓くんの学校の先生らしい、粗相のないようにしなくちゃね"と。

警戒されるどころか、常連客同様に遇されたほどだ。


孝太郎さんが悪いのではないが、全員から腫れ物扱いされなかったのは、俺としては幸いだった。



「良かったら、またいらしてくださいね」


「いつでも歓迎するよー!」


「どうも」



会計を済ませ、改めて相良の元へ。

店の隅っこにいた相良は、従業員用のスツールに座っていた。

ちょうど客足が途切れたので、小休止に入ったのだろう。



「相良」



俺が話しかけると、相良はびくりと肩を揺らした。



「話したいことあんだけど、後でちょっと、時間もらえるか?」


「……はい」



さすがに観念したか。

俺の要求に逆らうこともなく、相良は全面的に従う姿勢を見せた。


雲を掴むより困難だったはずの接触が、こうも簡単に成功してしまうなんて。

念願叶った機運に免じて、これまでの苦労は水に流すとする。



「あんまり長居するワケにいかんから、俺は一旦出るけど……。

お前のシフト終わるまで待ってるから、何時ぐらいに店じまいするかだけ教えてくれるか?

帰りは俺の車で送ってやるから、深夜でも気にしなくていい」


「……店が閉まるのは、11時だけど。

おれはいつも9時とか、10時前には上がらせてもらってるから……。

たぶん今日も、帰んのは9時以降とかに、なると思います」



俺の質問にとつとつと答える相良。

急に従順になられると、却って俺が調子を崩しそうだ。



「わかった。

じゃあ、そのへんで適当に時間潰してるから。

終わったら、この番号に連絡して」


「……はい」



相良のシフトが終わった後に落ち合うことを約束し、俺は自分の携帯番号をメモに書き残した。

相良はメモを受け取り、エプロンの胸ポケットに仕舞った。



「………。」


「………。」



気まずい沈黙が流れる。

俺たちの動向を窺っているのか、カウンターから孝太郎さんの視線も感じる。


いじめの現場みたいに疑われてないか、これ。



「すいませーん」



そこへ、従業員を呼ぶ声がかかった。

座敷席に座っている、若いサラリーマンの二人組だ。

メニュー表を手にしているので、注文が決まったんだろう。


孝太郎さんはカウンターで接客中。

女将さんも裏口に回ってしまったし、相良が小休止を切り上げるしかない。



「今いきます!」



相良は即座に立ち上がり、同時に明るく返事をした。

俺は最後のつもりで相良の肩を叩き、一方的に告げた。



「学校側に密告する気はないから、あんま深刻に考えんなよ」



相良に背を向けて歩き出す。

玄関戸を開けると、突風で髪が踊った。


夜が深まった分、ドライブをしていた時より涼しい。

"寒い"が"涼しい"に変わった節目こそ、夜に於ける春の報らせである。



「ありがとうございましたー!」



相良以外の重なった挨拶をバックに、今度は玄関戸を閉めて外へ出る。


約束の時間まで、何をして過ごそうか。

暇潰しの選択肢を数えながら、ふと夜空を仰ぐ。



「(あんな顔もするんだな)」



"学校側に密告をする気はない"。

そう告げた時の相良の目は、あまりに綺麗だった。




**


最寄りのネットカフェで暇を潰すこと、一時間強。

知らない番号から、スマホに電話が掛かってきた。


相良だった。

常葉亭の家電いえでんから連絡してきた相良は、たった今シフトを終えたと教えてくれた。

先生を待たせてはいけないと、孝太郎さんが早上がりにさせてくれたのだという。


迷惑をかけた詫びと礼をしに、俺個人でまた常葉亭に伺う理由ができた。



「(早く済むなら、駐車場で待ってても良かったな)」



ネットカフェを後にし、車を走らせる。

常葉亭の軒先には、帰り支度を済ませた相良が立っていた。


上はロンTにパーカー、下はジーパンにスニーカー。

アルバイト中の装いと違うのは、店の制服を着ていたからだろう。


つまり、今の相良が本人の普段着。

学校の制服は家に置いてきたか、手持ちのトートバックにでも仕舞ったのかもしれない。




「おーい、こっち!」



運転席の窓を開け、近所迷惑にならない声量で呼びかける。

気付いた相良は、重い足取りでこちらに近寄ってきた。



「待たせて悪かったな。

ウチまで送ってやるから、乗りな」


「……はい」



相良が助手席に乗り込む。


着替えてきた(・・・・・・)のは、服装だけじゃなさそうだ。

全身に淀んだオーラを纏っていて、営業スマイルとの落差がヤバイ。



「シートベルト、締めたか?」


「はい」


「よし。じゃ、出すぞ」



開けていた窓を閉め、ハザードランプを消す。

ウインカーを出し、車を発進させる。



「えっ。

話するんじゃないんですか?」



すると相良が、驚いた声を上げた。

俺はあくまで運転に集中しながら、片手間に行き先を伝えた。



「お前んって、薬川通りにあるアパートだろ?

そのへんって確か、結構でかい公園あった気すんだけど……。

違ったか?」



情報によれば、常葉亭から車で20分程かかる薬川やくせん通りに、相良の自宅はある。


薬川通りとは、市営住宅を中心に公民館やら公園やらを有する地区である。

後者の公園は広くて緑が多いため、市民の間ではちょっとした名所となっている。


地区には馴染みのない俺だが、公園には何度か足を運んだことがある。

ナビを使わずとも、迷う心配はない。



「合ってます。

じゃあ、その公園で話す、ってことですか」


「そう。

この時間だとカフェはやってないし、ネカフェもなんか混んでたし……。

未成年を居酒屋に連れ込むわけにもいかないからな。

───あ、そういやお前メシは?

途中、コンビニ寄るか?弁当でもカップ麺でも、好きなもん買ってやるぞ」


「メシは賄いで食わせてもらったんで、大丈夫です」



態度は冷たいが、無視はされない。

今なら、忙しいなどと躱される恐れもない。


ただ、無視がなくても無理はあるというか。

心底イヤそう感、しぶしぶ付き合ってくれてる感が露骨で、切ない。



「いつもは帰り、どうしてるんだ?

9時以降となると、バスもないだろ。

けっこう距離あるけど、歩いて帰ってるのか?」


「いつもは孝太郎さんが車で送ってくれてるんで、大丈夫です」



話題を変えて再トライも、やはり撃沈。

助手席からの景色を眺めているのかいないのか、相良はこちらに一瞥もくれない。


付き纏っていた前科もあるし、俺は本格的に嫌われてしまったのかもしれない。

人には知られたくない秘密に踏み入ろうとしているのだから、当然か。



「そっか。

じゃあ、そういうのも含めて、改めて今度、お礼しに行かないとな」



溜め息を吐きたい気分だが、もっと相良の機嫌を損ねてはいけない。

目的地に着くまで安全運転。自主的な発言は控えておこう。


そう自分に言い聞かせて、僅か一分後。

相良の方から俺に話し掛けてきた。



「怒んないの」


「ふぁえ?なン、なにが?」



俺の素っ頓狂な反応には構わず、相良は続けた。



「おれ性格悪いし、こそこそバイトなんかしてるし。

先生にも散々失礼なことしたのに、───なんで怒んないのさ」



俺をぞんざいに扱っていた自覚がある。

実は後ろめたく思っていたとか、可愛いところもあるんじゃないか。

態度は冷たいままだけど。



「別に、怒るほどのことじゃないさ。

まったく相手にしてもらえなかったのは、悔しかったけどな」


「チクんないの?」


「しないって。

本当は駄目なことだけど、人によって、そういう事情もある。

お前だって、ルールなんぞクソ食らえと思って、わざとやってるわけじゃないんだろ?」


「………。」


「ただ、違反行為を認めるってのも、少なくとも俺には権限ないから……。二人だけの秘密な。

今日あったことを俺は見なかったことにするし、今日ここに俺が来たことも、お前はなかったことにしてくれ。

そうすれば、なにも問題ない」



生徒の校則違反が発覚した場合、学校側に通告する義務が教員にはある。

だが、相良のアルバイトを密告する義理は、俺にはない。


相良の家が貧しいことは知っている。

秘密裏に働いているのだって、きっと生活費の足しにするためだ。


遊ぶ金欲しさでとか、軽い動機でやっているのであれば、二つ三つ言いたいこともあったけれど。

家庭の支えになろうと頑張っている少年に、ルールだから諦めろなんて言えるものか。



「前から思ってたけど、あんたってお人好しだよね」



赤信号で一時停止する直前。

相良の囁く声が、車のアイドリング音を貫通して、俺の耳に届いた。



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