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俺を殺してお前も死ね  作者: 和達譲
『目で追う』
12/82

:第三話 分厚い殻と柔らかい棘


4月19日。

さすがに四月も下旬になると、道民も春の訪れを実感できるようになってきた。


空は快晴。

頬を撫でる風は穏やかで、気温も日に日に上昇している。

本州の方と比べると遅いが、桜の木もようやく蕾をつけ始めた。


来月には、夏に向けての企画も順次始動していく。

きっと忙しさにかまける(・・・・)内に、茹だるような暑さがお出ましになるんだろう。


悲しいかな、冬の冷え込みが過ぎるせいで、冬見の春はとても短く、儚いのだ。



「(こっちの冬(・・・・・)も、一緒に春になってくれりゃあいいのになぁ)」



俺の中だけで話題になっている相良楓くんの様子はというと、相変わらず。

なされたり避けられたり、虚しい攻防が続いている。


押して駄目なら引いてみるかで、試しに俺から絡みに行くのをやめたこともあった。

そうしたら、寂しがってくれるどころか、ちょっと嬉しそうにしていやがった。


"鬱陶しいストーカー野郎を振り切ってやったぜ"。

とでも言わんばかりの顔は、まるで憑き物がとれたように清々しかった。

思うんだが、あいつは俺が年上ってことを忘れているんじゃなかろうか。



「(せめてもうひとつでも、取っ掛かりがあれば。

ただ待つのも、苦じゃないんだけどなぁ)」



俺のやり方が間違っているのか。

変化を望むのが性急すぎるのか。


待っていればいいと、葵くんは言った。

あれから、まだ二日しか経っていない。


単に俺の堪え性がないということなら、いくらでも我慢するんだけど。

機が熟すまでとは名ばかりに、時間を無駄にしているだけな気がして、不安だ。




**



「───古賀先生、酒井先生。お先に失礼します」


「はーい、お疲れ様でーす」



放課後。午後6時34分。

残業組の古賀先生、酒井先生に別れを告げ、一足先に帰路に就かせてもらうことに。



「そーだ、カナエせんせ。

小田中オダチューとの練習試合ね、あれ土曜じゃなくて、日曜になったから」


「そうですか。

俺はどっちでも構いませんけど、なにか不都合でも?」


「いやいや、あちらさんの別件と被っちゃっただけ。

時間と場所はおんなじだから、よろしく頼むね」


「分かりました。お疲れ様です」


「アーイ、お疲れやま~」



三学年の生活指導兼、社会科を受け持つ古賀先生とは、すっかり仲良しだ。

なにせ彼は男子バスケットボール部顧問で、俺も中高とバスケをやっていた身。

同じスポーツを愛する同士、意気投合するのは自然なことだった。


今では、非正規ながら男バスのコーチも任されている。

葛西先生といい古賀先生といい、優しい同僚に囲まれて、たいへんに恵まれた職場環境である。



「先生さよなら~」


「はい、さよなら。

できるだけ人通り多いとこ選んで帰るんだよ」


「はーい」



それにしても、以前の学校に続いて、母校でもコーチを頼まれるとは。

こんな風に努力が報われる日が来るなんて、当時は想像もしなかった。


相良にも何か、バスケに関わる何かがあれば、接点を増やせたかもしれないのに。

あいつ帰宅部だから、結局は俺が能動的に動くしかないんだよな。




「───あ、カナエせんせー!これから帰りー?」


「おう、お疲れさん。

今日はみんなより先に上がらせてもらうわ」


「いいなー。

うちら、これから校内ランニングだよ~?」


「試合の後にランニングとか、マジ鬼だよね~」



校舎を出て駐車場へ向かうと、女子テニス部の子たちに遭遇した。

俺を見付けるなり駆け寄って来てくれた三人は、全員3年1組の生徒だ。


彼女ら曰く、帰りのミーティング前に校内ランニングを行うことになったと。

うんざりと肩を竦める姿は、既に疲労感でいっぱいだ。



「はっはっは。

昔の俺と似たようなこと言ってる」


「先生も部活、しんどかったんですか?」


「バスケだっけ?」


「そうそう。

昔は今以上に、モラルもクソもなかったからな。

毎日扱きに扱かれて、ヘロヘロになりながら帰ったもんだよ」


「へー!」


「先生でもそんなになったりするんですね~」



地味な筋トレや体力作りは、目に見えて効果が表れるものではない。

億劫になってしまう気持ちは、よく分かる。


しかし、いざ正念場を迎えて、痛感するのだ。

日々の積み重ねがいかに大事か、己の甘さこそが最大の敵だったと。


理不尽を強いられない範囲でなら、辛くても頑張ってほしい。



「まぁ、無理がない程度に、頑張れ。

帰りは車と不審者に気を付けるんだぞ」


「はーい!また明日~」


「先生も不審者に気を付けるんだぞ〜!」



陽気に手を振りながら、彼女らは持ち場へ戻っていった。

俺は今度こそ駐車場へ向かい、上着のポケットからキーレスキーを取り出した。



「アッ」



自家用車のドアロックを解除した瞬間。

今の今まで失念していたあること(・・・・)が、急に頭に浮かび上がった。



「しまった。

なんも食うモンねーんだった」



ここ数日、帰りが遅かったせいもあって、自炊をできていないのだ。

買い出しもご無沙汰なので、冷蔵庫の中には最早、調味料と飲み物くらいしか残っていない。


久々に定時で上がらせてもらえるんだし、今日こそは自分で作ったメシを食おうと思っていたのに。

運転席に乗り込み、一息ついて思案する。



「(完全に出鼻くじかれたな)」



昨日はコンビニ、一昨日は牛丼屋で、三日前は弁当をテイクアウト。

故にこその自炊のつもりだったが、今から全工程を踏むのは面倒くさい。


迷いどころだが、今夜は自炊はやめておくか。

どこかで適当に外食して、そのついでにスーパーに寄ろう。

材料を用意しておけば、明日こそは家でゆっくり出来るはずだ。


そうと決まればさっそく、店探しだ。

昔馴染みを覗いてみるか、スマホで口コミを調べてみるか。

ふらっと誘われた先で新境地を、なんてのもいいな。



「(こういうノリってあんましないから、たまには良いかもな)」



窓を開け、車を発進させる。

涼しい夜風に当たりつつ、西嶺中学校校舎を後にする。


いざ往かん、まだ知らぬなんとかの飯屋。

目的地を定めずにドライブというのも、気分転換には悪くない。




**


出発から約30分。

ここでもない、ここも違うと、好みの飲食店探しに放浪した末、ようやく目星がついた。


道路沿いに建てられた、古民家風の定食屋。

立地はあまり良くないが、軒先に置かれた行灯看板と、黒一色の外壁が洒落たオーラを醸し出している。

一階が店舗で、二階は恐らく店主の住まいなのだろう。


向かいにある専用の駐車場も、時間帯の割には空きがある。

食事らしい食事をと考えていたし、定食を頂けるなら丁度いい。


ここにしよう。

駐車場に車を停め、"常葉亭ときわてい"と綴られた暖簾を潜る。

表玄関の引き戸を開くと、和食の芳しい香りが漂ってきた。



「(お、当たりかも)」



格調高そうな外観とは裏腹に、内装は至って庶民的だった。


席数は、四人用の座敷席が八つ、一人用のカウンター席が七つ。

狭すぎず広すぎずな開放感があり、肩肘張らずに済む雰囲気だ。


ここに決めて正解だな。

玄関戸を閉めて店内に入ると、座敷客の注文を取っていた従業員が、ぱっとこちらに振り返った。



「いらっしゃ───、!」



従業員と目が合う。

俺は肩にかけていたショルダーバッグを、床に落としそうになった。



「おまえ、なんでここに……」



相良だ。相良がいる。

水色のバンダナで頭を包み、アメピンで前髪を分けた相良は、花柄のエプロンを身に纏っていた。

手には注文票とボールペンを持ち、顔には端正な営業スマイルを貼り付けている。


いや、貼り付けていた(・・)

俺と目が合うなり崩れた営業スマイルは、みるみるうちに焦りから怒り、やがては苛立ちの表情へと変わっていった。

モノローグを添えるなら、"テメエこそなんでここに"、といったところか。



一体どうなっているんだ。

いや、答えは簡単だ。相良はここで、常葉亭で従業員として働いている。

だからエプロン姿だし、営業スマイルだったし、俺に"こんにちは"ではなく"いらっしゃいませ"と挨拶した。


問題なのは、なぜ相良が"ここにいる"かではなく、相良が"働いている"ということだ。

中学生でアルバイトが禁止なのは、本人も承知しているはず。

誰もが認める優等生の彼が、こうも大きな校則違反を犯すだなんて、意外を通り越して珍事だ。




「───どうした?楓。知り合いのお客さんか?」



二人で見つめ合っていると、店の奥から若い男性が現れた。

男性は相良に近付き、相良の肩に手を載せた。



「あ、───孝太郎さん」



相良のことを"楓"と呼んだ男性は、孝太郎こうたろうさんというらしい。


暗い茶色の短髪に、涼しげな目元。

背丈は俺より少し低いほどで、体格は俺より遥かに細い。


そして最も印象的なのが、声だ。

若々しい見た目の割に、渋いテノールボイスをしていて、実年齢とのギャップを窺わせる。


相良と似たエプロンを着ているあたり、彼も常葉亭の従業員であるようだ。

相良にとっては同僚、もしくは上司に当たる人物か。




「えと、この人は……」



孝太郎さんに訳を聴かれ、珍しくしどろもどろになる相良。

校則違反の認識は、ちゃんとあるようだ。



「……いらっしゃいませ。

一名様でよろしいですか?」



埒が明かないと判断したか。

相良を庇うように、孝太郎さんが一歩前に出た。



「ぅえ?あ、はい。一名様で───」


「失礼ですが、お客様は彼とお知り合いなのでしょうか」



てっきり門前払いにでもされるかと思いきや。

普通に話し掛けてきた孝太郎さんに、俺の方が困惑してしまった。


ただし、先程のやり取りを無視するつもりもないらしい。

俺と相良はどういう関係なのかと、すかさず言及された。

孝太郎さんの背後では、相良がばつが悪そうに俯いている。




「えっと、───はじめまして。相良くんの学校で教師をしています、叶崎といいます。

ここに来たのは偶然で……。彼が働いているとは、知りませんでした。

事情は分かりませんが、うちの生徒がお世話になってるみたいで、なんか、すいません」



真面目な相良のことだ。

たとえ違反と分かっていても、已むに已まれぬ事情があって、アルバイトをしているのだろう。

だったら、頭ごなしに怒るわけにはいかない。


相良の立場が悪くならないよう、俺は慎重に言葉を選んだ。

すると孝太郎さんの背後で、相良が驚いた反応をした。



「わかりました。

他のお客様のご迷惑になりますので、とりあえず、お席にお通しして構いませんね?」


「へ?」



品定めをする目つきで俺の全身を確認してから、孝太郎さんは笑顔を取り繕った。

冷ややかな無表情からの完璧な笑顔は、却って怖い。



「彼も、うちの大切な戦力ですので。

お話があるのでしたら、もう少し時間を置いて頂けると、こちらとしては助かります」



孝太郎さんに促され、店内を改めて見渡してみる。


ホールで接客業務を行っている従業員は、確かに彼と相良の二人しかいなかった。

俺が駄々をこねれば、店にも先客にも迷惑になってしまう。



「もちろんです。私はなんでも構いません。

普通に客として、空いてる席に通してもらっていいですか?」


「ありがとうございます。

では、お座敷の方にご案内しますね」



孝太郎さんに連れられ、俺は座敷席に足を延ばした。



「すいませーん」


「あ……、はーい!」



片や相良は、先客に呼ばれて対応しに行った。

まだ後ろ髪引かれる様子ではありながらも、もう相良の視界に俺は映っていない。



「ご注文、決まりましたら、俺に(・・)声かけてくださいね」


「は、はい」



俺は相良の頑張りを肴に、相良のシフトが終わる時間まで、予定していた定食を頂くことにした。



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