シーン12:異世界は勇者を待ち望んでいる
人間たちの王国。
その王城の地下深く。
長い石造りの回廊の先に、巨大な扉があった。
幾重にも封印が施されたその奥に、異世界から訪れる者を迎えるための召喚の間がある。
重い扉がゆっくりと開く。
一人の管理者が入ってきた。
手には、いつもの点検道具。
高い天井。円形に並ぶ石柱。壁面に埋め込まれた魔晶石は淡く青い光を放っている。
その中央、磨き上げられた石床には、巨大な魔法陣が刻まれていた。
幾重にも重なる円環。精緻な幾何学模様。無数の魔術文字。
けれど、その魔法陣が光を放ったことは、まだ一度もなかった。
管理者は、いつものように作業を始めた。
石床を拭く。
溝に入り込んだ埃を取り除く。
魔力の供給経路を確かめる。
石柱を一つずつ回り、術式に損傷がないことを確認する。
衣擦れの音。
小さな足音。
それ以外に、音はなかった。
やがて管理者は魔法陣の中央に立ち、足元の紋様を見渡した。
何の変化もない。
いつもと同じだった。
管理者は道具を片付け、点検記録に印をつけた。
すべて正常。
異常なし。
魔法陣の縁に、わずかな埃が残っていた。
管理者は膝をつき、丁寧に拭き取る。
立ち上がり、静かに頷いた。
今日の仕事は、終わった。
道具を手に取り、扉へ向かう。
足音が遠ざかる。
召喚の間には、再び静寂が戻ろうとしていた。
そのとき。
管理者の足が止まった。
振り返る。
魔法陣の中央。
石床に刻まれた一本の細い線が、かすかに光を帯びていた。
管理者は動かない。
細い光が、ゆっくりと隣の線へ伝わっていく。
一つ。
また、一つ。
魔術文字が淡く輝き始める。
円環の一つに光が灯り、その光を追うように次の円環が目覚めていく。
管理者の手から、点検記録がゆっくりと下がった。
青白い壁が、ほのかな金色に染まる。
空気が、わずかに震えた。
管理者は一歩も動かない。
ただ、目の前の光を見つめていた。
輝きは、少しずつ強くなる。
何も言わなかった。
いや、言えなかった。
そして――
(完)




