竜を伐つ【右路】
青年は決意を新たに扉の前にいた。目を閉じ口を引き締めて一つ頷くと、その重い楕円扉の中ほどのぶ厚い木の把手にちからを込めて両手で押し開いていく。ギギギと、うす闇の中に白光がゆっくりと青年を包んだ。
青年が扉の先へ一歩進むと、そのまばゆい光に、彼は目を細めて思わずてのひらをかざした。目の前には広大な大地が広がり、澄んだ青空に厚く重そうな白雲が灰色の影をいくつも射しながら、遠くかなたまで浮かんでいる。目を転じると白ともうす茶ともとれるさまざまな地層の堆積があちらこちらに見られた。
青年はフッと息を吐くと、複雑に起伏する堆積層をとんとんとステップを踏んで進むと軽快な足どりで大地へ降り立った。そよぐ風に彼は片腕を上げた。砂煙が舞い上がる。目を細めながら前を見ると、白く強い太陽光が真上から照らし、右手には樹林の中にあって深い緑のブッシュが強い生命力を宿して一面を覆って奥へと続いている。左手は中小さまざまな大きさの白茶の堆積層と大地が海岸線へとつながるようにどこまでも伸びている。
青年は右手のブッシュへと進んだ。それまでと一転して木々の間から射し込む木漏れ日の光だけのため辺りは薄暗くなった。キィーキィー、ガサガサ、ブ~ン、コッコッコ。森に息づくさまざまな生命の息吹を彼は感じた。草をかきわけて進んでいくと、ほどなくして何かにつまづいた。足元を見ると棍棒だった。彼はそれを入手すると腰につないだ。
陽が傾くころ、草は青年の腰ほどまで達してかき分けていたが、やがてひらけた場所へ出た。街はずれのようだ。どこからか汽笛の音が盛大にフォッフォーと聴こえる。
と、そこへ黒い獣があちらから二体やったきた。彼らはツバを飛ばしながらグハハと何やらおもしろおかしく会話しながら歩いている。獣の一体が飲み干したドリンクボトルをブッシュへポイと投げ捨てた。もう一体はというとゲヘヘと口元に垂れたハンバーガーのソースを手の甲で拭うと、ねじった袋をこれまた何のためらいもなくブッシュへ放り投げたが、それは遠くまで届かずに街と外を隔てる木の柵に当たって落ちた。
獣たちがそのまま立ち去ろうとしたので、青年はあわてて二体の投げ捨てたゴミを拾うと獣たちへ追いつき注意した。彼は鼻で笑われ逆におどされそうになった。戦闘になった。
青年のこうげき。
獣Aをたおした。
獣のこうげき。
青年はこうげきをかわした。
青年のこうげき。
獣をたおした。
青年は四スッキリをかくとくした。
青年が街中に入り酒場へ行くと、まだ宵の口ともあって店内は空席が目立つ。
カウンター席には、目が点で緑と白が基調の服装の一見ちんちくりんに見える青年と、奥の席に紫のロングヘアーで同系色のスカーフを被り首元で留めた女性がそれぞれ先客でいた。点はやさしさを、大きな瞳は性格の強さをそれぞれあらわしているのだろう。
それから時間が経ち店がにぎわうにつれて彼らは奥のテーブル席へ追いやられ、しばらくして一つの席を共にすることになった。周りの席では武闘家や僧侶に遊び人たちが、骨付き肉にかぶりつきながらそれぞれ仲良く今後について話しているようだ。
世間話をするうちに、青年たちはすっかり意気投合した。目が点のような青年はサマルトリア、女性はムーンブルクと名のった。
やがて夜の闇がとっぷりふけるころ、酒場を出た彼らは近くの宿屋の前でそれぞれハグをして個室に別れると一日の疲れを癒した。
翌日、三人は顔を合わせると笑顔で挨拶をかわした。サマルトリアはぶどう酒を飲みすぎたようで少し体調を悪くしている。昨夜、しばらくの間旅を共にすることを誓ったのだった。青年同様二人も少なくないストレスを抱えているのだった。
街中で装備を整えて、さてこれからどうしようと三人が会話していると、斜め前方の通りに面した道具屋の裏手に黄色のちいさな獣三体が同様の身体つきの獣を囲んでいるのが見えた。青年が二人に目配せをして近づいていく。やがて彼らの会話が聞こえてきた。
「金はどうしたんだ。昨日集金にいったんだろ」獣Aがいった。
「手間かけさせるなよん。俺たちもできれば暴力はふるいたくないわけよん。こっちの手だって痛いしん」獣Bがいった。
被害獣はひざを抱えて丸まり黙っている。
「よぅ、あんまり手間かけさせるなよっと!」いいながら獣Cが被害獣の頭を足蹴にした。
ムーンブルクが出ていこうとするのを青年が片手で制した。もう少し様子をみよう。その強い視線にしぶしぶ彼女は引き下がった。
「固まってないで、なんとかいえよ」と獣A。
「……お金は、ない」被害獣はちらりと獣Cを見上げてから獣Aに視線を向けた。
「あー?どういうこと?!なんでないの」
「それは……」
「おおかたカジノでスッたんだろ。B兄ぃもそう思うでしょ」獣Cがグホグホと獣Bに相づちを求める。
「うん、そうだろうさん。百Gなんて大金そうはお目にかかれないからなぁん」
そこまでいったところで獣Aが獣Bと獣Cに向きなおった。
「おまえら袋の中身が百Gだなんてどうして知ってる?あれは封印して中身はわからないようにしていたし、おれはおまえらに客からブツを回収してこいといったよな。中身は絶対に見るなとも」
「そ、それは……、あっ、そうだ。こいつだ。こいつが中を開いて俺たちに教えてくれたんだよ。なぁ、B兄ぃ」被害獣を指しつつ、獣Cがいった。
「えっとん、そうなるとん……どうなるのん?」獣Bが思考するように視線だけ上にやった。
「おまえら盗みやがったんか」獣Aの拳が怒りで震えている。
「ひーっ、兄貴!おれたちまた掛け子がんばるから許して!もっともっとババァたちを騙してだまして騙しまくるからさぁ。おねがい」獣Cがその場で土下座すると、訳も分からずあわてて獣Bもならった。
「いーや、許さん。さんざん可愛がってやったのによ。おまえら死刑」
そこまで聞いたところで青年たちは獣たちのところへ姿をあらわした。
「そこまでだ。きみたちを処罰する。覚悟はいいね?」青年がいった。
「なんだー?おまえらダレ?」獣Aがペッと唾をはいた。
「誰だっていいだろう。キミが誤ったことをしているから成敗する。それだけだ」
「ケケケ。世の中いろんなアタマのおかしいヤツがいるもんだ。いいだろう、いい度胸だ。キャキャキャ。そっちは中学生と女子高生?笑わせる」獣Aは土下座したままの仲間を見下ろした。「おまえらいつまで座ってる。おれの満足するように、こいつらを叩きのめしたら今後のことは改めて考えてやる」
それを聞いて獣Cがキャッキャッと飛び跳ねた。獣Bも立ち上がる。
戦闘がはじまった。
獣Cのこうげき。
サマルトリアがダメージをうけた。
サマルトリアのこうげき。
獣Bがダメージをうけた。
青年のこうげき。
獣Bをたおした。
獣Aがあらわれた。
獣Aのこうげき。つうこんのいちげき。
ムーンブルクがたおれた。
サマルトリアのこうげき。
サマルトリアが少し回復した。
獣Cのこうげき。
青年がダメージをうけた。
青年のこうげき。
獣Cがダメージをうけた。
獣Aのこうげき。
サマルトリアがダメージをうけた。
サマルトリアのこうげき。
獣Cをたおした。
青年のこうげき。
獣Aがダメージをうけた。
獣Aのこうげき。
サマルトリアがたおれた。
青年のこうげき。
獣Aがダメージをうけた。
獣Aのこうげき。つうこんのいちげき。
青年がダメージをうけた。
青年のこうげき。かいしんのいちげき。
獣Aをたおした。
獣たちをたおした。
青年は三十スッキリをかくとくした。
三人は教会の長椅子に腰かけていた。
「二人ともストレス解消しそこねたな。だけどおもったより手強かったよ、やつら。もうワンターンあったらこっちがやられてた」青年が二人に笑いかける。
ムーンブルクがすぐに反応する。「もうっ!あたしなんか攻撃ターンもなく一撃でやられてんだよ。もー、ムカつく……じゃなくてムンムン」
「ボクもほとんど役立たずだった……」サマルトリアがそういって俯く。
「そんなことないよ。まだまだオレたちのレベルが低いだけさ。しばらくは町付近でレベルを上げるとしよう。城下町やほこらやダンジョンに攻め入るにはまだまだ時間がかかるけど仕方ない。焦ることはないさ」
「そういえば助けられた被害獣のあのコ、仲間にして欲しがってたのにどうして断ったの?」ムーンブルクが青年を横目に見た。
彼は立ち上がり、教会の最前へゆっくりと歩きながら、「いまのオレたちに誰かをサポートする余裕はまだない。仲間は時として力にもなるが足かせにもなるんだ。まずはオレたちがちからをつけないと」そういって天井を見上げる。青年の声が静かな教会内に響いた。彼は笑顔のまま二人を振り返った。
「いまはまだ。だけどいずれ彼の力も必要になる時がきっとくるさ。彼はいつでも酒場で待機してくれている」
それを聞いてサマルトリアとムーンブルクの表情もやわらいだ。
――あぁ、もしもしオレオレ。
――……どちらさまですか?
――オレだよ、オレ。忘れちゃったの?
――……あぁ、ひょっとして【もょもと】かい?
――そうそう、もょもとだよ。
――まぁまぁ、この子は久しぶりに電話をしてきたと思ったら、どうしてケータイじゃなくて固定電話に掛けてきたの?
――あぁ、この前ケータイ水没させちゃってさ。かろうじて実家の番号は記憶してたんだよ。おかげで助かった。
――どうかしたのかい。
――じつはつい最近取引先の重要なデータを不要データと間違えて消失してしまったんだよ。
――あらー、それで?
――このままだとオレの会社での立場が危ういんだよ。助けてくれないかな。
――あたしはどうすればいいのさ。
――うん。少し金がいるんだ。社外秘のデータ復元ソフトというのがあって、それをあるところから購入して顧客情報を元に戻せば大丈夫みたい。
――誰からそのソフトは買うんだい。
――本社のアウトサイダーで影日向みたいな人。ようするに悪どいんだよ。誰かの弱みを見つけては食いついてくるハイエナだよ。
――あたしはどうすればいいのさ。
――うん。復元ソフトなんだけど、それが三百万円。情報社会のご時世とはいえふっかけられたもんだよ。
――三百万?そんな大金ないよ。
――いくらなら出せる?二百万円くらい貯金してるでしょ?
――いや、貯金はまったくないよ。気ままな年金暮らしさ。
――えー?まじかよ。なんとか百万円でもいいから工面できないかな?じゃないとオレ会社をクビになっちゃうよ。
――う〜ん、そうはいってもねぇ……。うん?ちょっと待って。
――なになに、どうにかなるの?お金。
――いや、お父さんの形見のロレックスが確か……二百万の価値があるって生前いってたっけぇ。
――え?!ロレックス!二百万?そこにあるの、いまも。
――もちろんだよ。仏壇そばの金庫に保証書と一緒に入れてあるよ。
――すまないけど、それをすぐに換金してオレを助けてくれないか。
――もょもと。
――なに?
――あんたはじめからあたしのこと全然呼ばないね。
――え、あぁ……と、照れだよ照れ。しばらく顔合わせてないから母さんともお袋ともいいづらくてさ。
――中学二年生から母ちゃんて呼びはじめたよ。
――母ちゃん、わかってるってそんなことは。それで、ロレックスの換金お願いできないかな?お金はいつか必ず返すから。
――ちょっと待ってね。……(ジャラリジャラリ)あぁ、もょもと、あったよホラ(ジャラリジャラリ)。
――おっと、母ちゃん待て待て。高級品なんだから傷がついたらどうすんだ。はやくケースにしまって。
――換金したあとはどうすればいいの?
――うん、銀行のATM送金やネットバンキングは一日の限度額が決まってるから窓口送金でお願いできるかな、母ちゃん。それだと無制限だから。
――いま、二時だけど。間に合うかねぇ。
――母ちゃん、急いでくれ。かわいい息子を助けてくれ。
――わかった。あとで電話するから番号教えてくれるかい?
――了解。待ってるよ。
:
:
――もしもし、母ちゃんか!
――もょもとかい?
――そうだよ、換金は済んだのか?
――それがね、少し困ったことになっててね。あたしもどうしたものかと……。
――なんだよ、困ったことって。もうあんまり時間ないぞ。いま二時四十分。銀行が閉まるまであと二十分しかない。よりによって今日金曜だしよう。
――換金は問題ないみたい。お店の人によれば査定額二百三十万円になるんだって、あのロレックス。
――マジか!よーしよしよし。母ちゃん、速やかに換金を済ませて、そのあと最寄りの銀行にむかってくれ。
――それがね、少し問題があるのよ。
――なんだよ問題って。時間がないからぁ。
――うん。質屋の人がいうには、高額の換金には換金事前保証金とやらを納めないといけないんだって。
――換金事前保証金?なんなのそれ、聞いたことないけど。
――うん。あたしも聞いたことないし、今日はもう引き上げようかなと思って。
――ちょっとちょっと。母ちゃんストップ。え〜っと、その保証金ていくらなの?
――十万円だって。
――十万?どうせ二百三十万円になるんだから、そこから差し引きできないの?
――うん。あたしもそれは訊いてみたんだけど、それはダメみたい。……もょもと、どうする?
――……。
――もょもと、帰っていいかい?
――母ちゃん、十万も持ってないの?
――ないよ。年金の支給日まであと少しだし。
――……。
――帰っていいかい?
――ダメダメダメ。う〜ん、……わかった。オレが十万立て替えるから、それで換金してくれる?
――うん。それなら大丈夫だと思うよ。
――母ちゃんのネットバンキング口座教えて。そこに送金するから待ってて。
――あぁ、ネットバンキングね。はいはい、ちょっと待ってよ。……え〜と、これかな。メモできる?もょもと。
――オッケー。いいよ。
――口座番号は―――
:
:
――母ちゃん、換金は済んだか?
――換金?あたしは今日は家から一歩も出てないよ。あ、十万円は入ってた。ありがとう、もょもと。
――え?どういうこと。ロレックスの換金は?
――ロレックスなんてはじめから持ってないよ、あたしは。
――換金事前保証金は?
――きっとそんな保証金はないよ。それ、あたしの造語。
――ババァ、騙しやがったな。十万円返せ。
――親孝行だねぇ、もょもと。おや、もょもと?って誰だっけ。
――ババァ、返せよ。
――このお金はあたしが世の中のために大事に使わせていただきます。
――ふざけんな、ババァ!返せってマジで。
――あなたも搾取される側の気持ちが少しは分かった?
――……返せよ……。
――今日限り、こんなことはやめてまっとうに働きなさい。あなたはまだ若い。その気になれば何でもできるじゃない。悪事以外のことをね。
――……返せよ……。
――じゃあ、ごきげんよう。
――かえして……。
青年たちはまものを退治した。それぞれ四十五スッキリをかくとくした。
「ムーンブルク、おつかれさま。見事だったよ」と、青年。
「なんとかうまいこといったね」彼女が笑みをこぼした。
「すごいね、話術が。ボクにはとっさの判断であんな芸当はできないや」サマルトリアが両手のひらを上に向けながらいった。
「世の中にはいろんな被害者や困っている人は、まだまだ大勢いる。オレたちの貯まったスッキリ経験値は周りの人々に還元される」
「でも、あたしたちも随分ちからをつけてきたんじゃない?」
「そうだね、ボクもそう思う」
「もっとだ。大物たちはオレたちがまだ近づけないところで左ウチワをあおいでいるに違いない」
三人は決意を新たに手を取り合うと、悪事をはたらく敵へといどんでいくのだった……。
おわり




