訓練所
眠い目を擦りながら、ワイチ達は村正宗の店を訪れていた。
訓練に必要な装備を受け取るためだ。
「訓練用だがな。」
村正宗は並べられた武器を指差した。
「まあ、選んでくれ。」
武蔵は迷わず二本の刀を手に取る。
小次郎は長い刀がなく落胆していたが、それなりの刀を選んだ。
晴明は杖を。
空海は錫杖を手にする。
その横で。
「わぁ♪」
阿国が目を輝かせていた。
「これ可愛い♪」
嬉しそうに鉄扇を広げている。
武蔵が呆れた顔を向けた。
「武器だぞ。」
「可愛いです♪」
全く気にしていない。
そんな様子を眺めながら、ワイチだけは棚の前で立ち尽くしていた。
刀も違う気がするし、杖も違う気がする。
何を選べばいいのかわからない。
そんなワイチへ、村正宗が一本の錫杖を放った。
慌てて受け止める。
「薬師はこれだな。」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんだ。」
相変わらず説明になっていなかった。
「頑張れよー!」
店の外から風ちゃんの声が飛んでくる。
青い尻尾がぶんぶん揺れていた。
「死ぬなよー!」
今度は雷ちゃん。
こちらも負けじと尻尾を振り回している。
ワイチ以外は皆笑っていた。
やがて一行はそれぞれの訓練地へ向かった。
ワイチが案内された薬師の訓練所の建物は静かだった。
薬草の香りが漂う廊下を歩き、小さな部屋で待っていると、木製の扉が静かに開く。
一人の女性が立っていた。
白い衣を纏ったその女性は、ワイチの姿を見ると軽く頭を下げる。
「聖芒ナリアです。本日は宜しくお願い致します。」
落ち着いた声だった。
「あなたの担当になりました。」
「担当?」
思わず聞き返す。
「職業判定で薬師と判定されていますので。」
ワイチは曖昧な表情を浮かべた。
薬師。
その言葉だけは何度も聞いている。
だが。
何をする職業なのかは知らない。
ナリアは机の書類へ目を落とした。
「では確認します。」
そう言って顔を上げる。
「薬学の経験はありますか?」
「ないです。」
「薬草の知識は?」
「知らないです。」
「回復魔法は?」
「使ったことないです。」
ナリアの表情が止まった。
眉間に薄く皺が寄る。
「……。」
ワイチは苦笑した。
「まずいですよね?」
ナリアはすぐには答えなかった。
書類へ視線を落とし、もう一度ワイチを見る。
「薬師ですよね?」
困惑が隠しきれていない。
「適性だけ出ただけで。」
ワイチは頭を掻いた。
「何も知らないんですよ。」
ナリアは小さく息を吐いた。
薬師として召喚された者が。
薬師を知らない。
そんな話、聞いたこともない。
しばらく考え込んだ後、表情を整える。
「わかりました。」
「基礎から始めましょう。」
それからしばらく説明が続いた。
薬師とは何か。
ポーションとは何か。
回復魔法とは何か。
聞いたことのない話ばかりだった。
だが不思議と嫌ではなく、むしろ面白かった。
「では実際にやってみましょう。」
ナリアが立ち上がり、まずは薬学の確認だった。
薬草の判別。
簡単な調合。
ポーション作成。
ワイチは言われた通りに作業を進めていく。
ナリアは完成したポーションを手に取った。
瓶を光にかざしながら中身を確認する。
やがて小さく微笑んだ。
「ポーションできましたね。薬学適性はありますね。」
「本当ですか?」
思わず身を乗り出す。
ナリアは完成したポーションを机へ置いた。
「ええ。」
「問題ありません。」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた気持ちが少しだけ軽くなる。
思わず笑みがこぼれた。
「よかった……。」
何もできないわけではない。
それだけで十分嬉しかった。
「では次に回復魔法です。」
ナリアは両手を胸の前で組んだ。
静かに目を閉じる。
「神々の慈悲よ。」
「傷つきし者へ祝福を与えたまえ。」
「ヒール。」
淡い光が手元へ集まった。
柔らかな光だった。
ワイチは思わず目を見開く。
「すげぇ……。」
「同じように行ってください。」
ワイチは見よう見まねで両手を前へ出した。
「神々の慈悲よ。」
「傷つきし者へ祝福を与えたまえ。」
「ヒール。」
何も起きない。
「あれ?」
もう一度。
「神々の慈悲よ。」
「傷つきし者へ祝福を与えたまえ。」
「ヒール。」
やはり何も起きない。
三度目。
結果は同じだった。
ワイチの額に汗が浮かぶ。
「おかしいな……。」
ナリアも首を傾げていた。
「……おかしいですね。」
眉間に皺が寄る。
何かを考え込むように視線を落とした後、棚から透明な水晶を取り出した。
「こちらへ手を。」
ワイチは言われた通り水晶へ手を置く。
反応はない。
光らない。
何も起きない。
部屋には薬を煮込む鍋の音だけが響いていた。
コト……コト……
小さな音が妙に大きく聞こえる。
ナリアの表情が曇った。
「もう一度お願いします。」
ワイチは手を置き直す。
それでも変化はなかった。
ナリアは何度も水晶を見つめた。
水晶は沈黙したまま。
ナリアは困ったように視線を落とした。
「……言いにくいのですが。」
少し間を置く。
「魔力がありません。」
ワイチは頭を掻いた。
驚きはなかった。
魔法なんて使える気はしていなかったからだ。
だが。
「それって。」
「かなりまずいですよね?」
ナリアは苦い表情を浮かべた。
「回復魔法は使えません。」
「ですよね。」
「今後も習得は難しいと思います。」
思わずため息が漏れる。
「薬師なのになぁ……。」
「じゃあ俺はどうするんです?」
「戦えるんですか?」
「みんなの役に立てるんですか?」
ナリアも答えられなかった。
視線を落とし、考え込む。
薬師として。
指導者として。
こんな例は初めてだった。
しばらく考え込んでいたナリアが、ふいに手を叩いた。
「そうだ。」
ワイチが顔を上げる。
「方法はあります。」
「あるんですか?」
ナリアは棚からポーションを取り出した。
「薬師は回復魔法だけではありません。」
小瓶を軽く揺らす。
「これは飲むだけではなく、傷口へかけても効果があります。」
「塗っても効果があります。」
そして。
「投げて回復させることもできます。」
「……投げる?」
ワイチは思わず聞き返した。
「はい。」
ナリアの表情が少し明るくなる。
「仲間へ届けば回復できますから、戦闘にも参加できます。」
「これも立派な薬師の仕事です。」
ワイチはポーションを見つめた。
薬師の仕事はできそうだ。
だが。
本当にこれでやれるのか?
魔法が使えない薬師は大丈夫なのだろうか?
胸の奥底にある不安は拭えなかった。
次回予告
ワイチです。
薬師の仕事は何となくわかりました。
でも。
本当にこれで戦えるんでしょうか。
魔法は使えない。
剣も使えない。
頼れるのはポーションだけです。
そんな状態で、
いよいよみんなと初めての実戦に向かいます。
次回。
「初パーティー実戦」
正直。
今から不安しかありません。




