魔犬阿吽
黄泉坂の第一門に着くと、重く閉ざされた門の前へ、一人の虚無僧が静かに歩み出た。
「こ、こ、ここまで来たか。」
低く途切れ途切れの声が、門前に響いた。
「私は……八雷の一人……柞雷。」
「この先へ進みたければ……まずは……この子たちを……倒してみろ……倒せたらな。」
柞雷の横から、二つの巨大な影がゆっくりと姿を現した。
一匹は青白い風を身にまとい、もう一匹は全身を走る雷をまとっている。
鋭い牙をむき出しにしながら、二匹は低く唸った。
「この子たちは……黄泉坂の門番……魔犬阿吽、か…か…可愛い…だろ。」
柞雷は二匹の頭へ軽く手を添えた。
「壊しても……構わない、倒せたなら……その先で……私が待っている……これる訳……ないがな」
柞雷はそのまま門へ向かって歩き出していき、その姿を飲み込むように門は、閉ざされた。
柞雷が去ったと同時に、魔犬阿吽の殺気が周りを支配した!
次の瞬間、阿が地面を蹴り、風が爆発したかのような轟音とともに、その姿が視界から消えた。
「は、速いぞ!気をつけろ!」
武蔵の声と同時に、無数の風刃が一直線に襲いかかった。
空海は両手を合わせ、念じた!
「結界!」
透明な壁が仲間たちを包み込み、阿から放たれた風刃が激しく結界を叩き続け、火花のような光が四方へ散った。
ズババババン
間を置かず、吽が大きく口を開き、
紫電が何本も空を走り、一斉に降り注いだ。
ドゴゴゴーン
雷鳴が黄泉坂を震わせた。
風と雷が休むことなく押し寄せ、結界全体が激しく揺れ続けた。
ナリアは次々と回復術を施し、結界越しに傷を負った仲間を癒していった。
阿国は笛を吹き始め、味方の身体が軽くなった。
すぐさま、琵琶を弾き、魔犬阿吽へ弱体の力が流れ込ませたが、二匹の速度はほとんど変わらない。
「私の技能が効いていません!」
その直後、阿と吽が同時に地面を蹴った。
二匹は左右へ大きく散開し、結界を中心に円を描くように走り始めた。
その速度は徐々に増していく。
風刃を叩きつけながら、雷が風刃に絡みつく!
術の波状攻撃が止まらない。
武蔵は二刀を構え、小次郎も刀を抜いたまま機をうかがうが、踏み込める距離ではない。
一歩でも前へ出れば、その瞬間に風と雷の餌食になる。
隙をついて、晴明は鬼の式神を召喚した。
式神の鬼たちは一斉に飛び出し、棍棒で襲いかかった。
阿は風の軌跡だけを残して駆け抜け、吽は雷光となって駆け抜けた。
式神の攻撃は空を切り、二匹の姿を捉えることができない。
「くそ!まるで当たらん……早すぎる!」
武蔵は結界の外へ一歩踏み出した。
「このまま守っているだけじゃ終わらねえ!」
その瞬間、無数の風刃が武蔵へ襲いかかった。
武蔵は二刀を振るい、次々と風刃を斬り裂いた。
「まだまだ!」
さらに踏み込もうとした瞬間、風刃へ紫電が絡みついた。
ドゴォン!
激しい爆発が武蔵の目前で炸裂し、その衝撃で武蔵は結界の内側へ押し戻された。
「武蔵!大丈夫か?」
ナリアはすぐさま回復術を施した。
阿国は笛を吹き、味方の速度を高める。
続いて琵琶を奏で、魔犬阿吽へ弱体の力を流し込んだ。
しかし、二匹の速度はほとんど変わらない。
「やはり私の技能は、無効化されています。」
小次郎は飛燕の構えを取った。
「一瞬でも止まれば届くんだが。」
風刃が迫れば雷が重なり、雷を避ければ次の風刃が道を塞いだ。
二匹は互いの攻撃を重ね続け、近づく隙を一切与えなかった。
晴明は素早く印を結んだ。
「豪火炎陣!」
巨大な炎が魔犬阿吽を包み込んだが、阿は風刃で炎を切り裂き、吽は雷をまとったまま炎の中を突き抜けた。
「ならば、これだ!」
晴明は再び印を結び、
「天雷撃!」
幾筋もの雷が天空から降り注いだ。
阿は風をまとって駆け抜け、吽は雷と雷の間をすり抜けた。
一本たりとも二匹を捉えられない。
「まだだ、まだ終わらんよ!」
晴明はさらに印を結んだ。
「岩石牢!」
轟音とともに巨大な岩壁が次々と地面から突き上がり、魔犬阿吽を囲い込もうとした。
阿は岩と岩の隙間を駆け抜け、吽は雷撃で岩壁を砕きながら突破した。
「くそ!これでもか!」
晴明は再び印を結んだ。
「激流波!」
激しい濁流が黄泉坂を飲み込み、二匹へ襲いかかった。
阿は巻き起こした烈風で激流を吹き飛ばし、吽は水面を雷が走るように駆け抜けた。
「術も捉えられん!」
その間も空海は結界を維持し続け、ナリアは傷ついた仲間を回復し続けていた。
村正宗は巨大な盾を構え、結界の前へ踏み出した。
風刃が盾へ叩きつけられた。
ガガガガガン!
雷撃が盾の表面を激しく走る。
「ぐっ……!」
両腕へ衝撃が伝わり、激しい圧力が襲うが、それでも村正宗は盾を支え続けた。
阿が地面を蹴り、一気に飛びかかり、鋭い牙が盾へ食い込み、押し込む力がさらに強まった。
ガァァン!
村正宗は全身で踏ん張り、その一撃を受け止めた。
激しく揺れる盾の向こうで、阿の首元を覆っていた毛並みが風圧でめくれた。
厚い毛の奥に、金属の輪が見えた。
「ん……首輪……?」
阿が飛び退き、入れ替わるように吽が雷をまとって突進してきた。
村正宗は再び盾を構えた。
激突した瞬間、雷光が首元を照らすと、そこにも阿と同じ金属の輪がはめられていた。
「え! ま、まさか、そんな」
村正宗は目を見開いたまま動けなかった。
握っていた盾が、ゆっくりと下がっていく。
「村正宗さん! 何やってるんですか!」
ワイチの叫びに、村正宗はハッと我に返った。
「しまった!」
慌てて盾を構え直した瞬間、阿が鋭い前足を振り下ろした。
ガァン!
村正宗は歯を食いしばり、その一撃を受け止めた。
さらに吽が牙をむき出しにして飛びかかってきた。
村正宗は盾を押し出し、二匹の猛攻を必死に防ぎ続けた。
ワイチは村正宗のすぐ横まで駆け寄った。
「村正宗さん、どうしたんですか!」
村正宗は魔犬阿吽から目を離さないまま、
「ワイチ……首元を見てみろ。」
「首元……?」
ワイチは阿の首元へ目を向けた。
「……首輪?」
次の瞬間、吽が目の前を駆け抜けた。
その首元にも、同じ首輪がはめられていた。
「これ……俺が作った首輪……。」
鼓動が一気に速くなり、手が震えた。
「まさか……。」
過去の記憶が一気によみがえった。
ずっと胸に引っ掛かっていた違和感が、目の前の光景と一つにつながっていく。
村正宗もワイチも、その場から目を離せなかった。
阿が鋭い爪を振るい、武蔵へ襲いかかってきた。
「くっ!」
武蔵は二刀で受け止め、そのまま弾き返した。
「おい! お前ら何やってるんだ! 戦ってるんだぞ!」
武蔵は地を蹴った。
「天魔剛衝斬!」
「飛燕!」
小次郎も同時に飛び出した。
二人の斬撃が交差し、武蔵の攻撃が阿の身体を鋭く斬り裂き、吽の身体を小次郎が引き裂いた!
ドォン!
阿吽は大きくよろめいたが、再び体勢を立て直し、低く唸り声を上げた。
晴明たちも異変に気付き、視線を向けた。
明らかに様子がおかしい二人。
それでも阿は風を操り、吽は雷をまとって襲いかかってきた。
その時、不気味な柞雷の声が響いた。
「は、ははははっ! ば、バレちゃいましたね。わ、私が作った魔犬阿吽です。
こ、この子たちは、す、す、杉山神社にいた、ふ、ふ、風雷ですよ。さ、さあ、仲間同士で、こ、殺し合いなさい。ど、どうしたんです? ほ、ほら、殺し合いなさい。は、はは、ははは」
「風雷だと!?」
「そんな馬鹿な!」
「嘘だ!」
「絶対に違う!」
「似ても似つかねぇじゃねえか!」
魔犬阿吽が一行へ襲いかかった。
「こいつらが風雷だっていうなら、俺たちに斬れっていうのか!」
「そんなことできるわけねぇじゃねえか!」
「どうすれば助けられるんだ!」
「元に戻す方法はねぇのか!」
「お前ら、何をやっとるんじゃ!」
空海の怒声が戦場を貫いた。
「風雷じゃから斬れん。仲間じゃから傷つけられん。それで、このまま苦しませ続けるつもりか!」
「お前たちが迷っとる間も、あやつらは自分の意思を奪われたままじゃ!あやつらを苦しめ続けることになるんじゃぞ!」
ワイチは、阿吽を診た、彼らの中を流れる、気、血、潤水を。
「ハッ!」
その中は、すでに瘴気に蝕まれており、完全に違う生き物となっていたのだ!
ワイチはすでに助けられないことを悟った。
だが、このままにしてはいけない!
涙を堪えながら、ワイチは、三つの流れを見渡すと、首の後ろだけ、濃い瘴気が一点へ集まっており、そこには、黒い結晶が、うめこまれていた。
「あれだ!」
「武蔵さん、小次郎さん!阿吽を惹きつけてください!」
「村正宗さん!阿吽のどちらかの攻撃を正面で受けてください。その一瞬で霊杭を打ち込みます!」
「心得た!」
武蔵と小次郎が風雷を誘導し、村正宗の盾がまずは、阿を押さえた。
「風ーーーーっ!!」
ワイチは杭管を突き刺し、杭を打ち込んだ。
阿の動きが止まると、吽がワイチ目掛けて飛びかかって来た!
正宗が咄嗟に盾で防御をした。
ワイチは、吽の後ろに周りこみ、力をこめて、杭管を突き刺し、杭を打ち込んだ。
「雷ーーーー!」
霊杭が黒い結晶へ打ち込まれ、夥しい瘴気が吹き出した。
黒い結晶が砕け散ると、阿と吽の全身から黒い瘴気が噴き上がり、その直後に黄泉全体を揺るがす悲鳴が響き渡った。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
その叫びは途切れることなく響き続けた。
武蔵は阿吽を見つめたまま息を呑みこみ、苦しみに身をよじる姿が目に映るたび、笑いながら肩を組んできた風と雷の姿が浮かんだ。
それは小次郎も同じだった。
結晶は砕けたはずの二頭に変化はなく、苦しみ悶える姿は耐え難いものであった。
この時、ワイチ以外の者も、この二頭はすでに助けられないことを悟ったのだ。
ナリア、阿国、しん吉、きゅうすけは、涙を流し、晴明と空海は二頭を見つめていた。
武蔵は阿を見つめたまま掠れた声で
、
「風……。」
小次郎も吽を見つめたまま静かに名を呼んだ、
「雷……。」
武蔵は歯を食いしばりすぎて血が滴りながら刀を構え、小次郎は震えた手で刀を抜いた。
覚悟を決めた二人が、阿吽に迫る!
「天魔……っ、ごう、しょう……っっ!!
「しゅんえん……っ、りゅう、しんふう……っっ!!!!」
二つの斬撃が同時に走った。
阿と吽はその場へ崩れ落ちた。
ワイチは膝をつき、空海は静かに手を合わせた。
晴明は俯き、阿国とナリアは涙を流し続けた。
黄泉には、一行の泣き声だけがいつまでもこだましていた。
阿国です♪
風さんと雷さんが、あんな姿になっていたなんて……。
最後まで諦めずに助けようとしたみんなの想いも、二人を送り出した武蔵さんと小次郎さんの覚悟も、胸が締めつけられるお話でした。
きっと風さんと雷さんも、みんなと一緒に戦えた日々を忘れてはいなかったと思います。
次回、第74話「涙の帰り道」。
ぜひ、お楽しみに♪




