それぞれの役目、作戦開始
毒棘竜が低く唸り、その声だけで地面が震えた。
ワイチは思わず息を呑み、毒棘竜へ目を凝らす。
見える。
白い流れも、赤い流れも、青い流れも、今まで見たどの魔物とは比べ物にならないほど太い。まるで大樹の幹が、そのまま身体の中を走っているようだった。
強い。
それだけは見ただけで分かった。
だが、ワイチの視線は腹で止まる。
青い流れは全身を巡っている。
人も魔物も同じだ。
だが毒棘竜は違った。
腹の下腹部だけ異常だった。
青い流れがそこへ集まっている。
巡っている量ではない。
溜まっている。
やっぱりだ。
ワイチは叫んだ。
「阿国さん!」
阿国は皆の速さが上がる笛を吹いた。
高く澄んだ音色が戦場へ広がる。
笛の音に乗るように、小次郎の姿が霞む。
武蔵が地面を蹴った。
晴明が懐から三枚の紙を放つ。
「行け。」
紙は三頭の狼へ変わり、一斉に毒棘竜へ駆け出した。
その横で空海が印を結ぶ。
淡い光が仲間たちを包み込んだ。
結界。
ナリアも目を閉じ、杖を強く握りしめる。
柔らかな光が仲間たちへ流れ始めた。
少しずつ傷を癒やし続ける術だ。
誰一人迷わない。
全員が打ち合わせた通りに動く。
毒棘竜が威嚇する。
その横を小次郎が駆け抜けた。
銀の閃光が走る。
次の瞬間、毒棘竜の左目から血が弾けた。
巨体が首を振り、牙を剥く。
だが、小次郎はもうそこにはいない。
離れた岩の上へ着地していた。
武蔵はさらに前へ出る。
勝ち上げるための位置へ。
三頭の狼が散開し、尻尾を囲むように走る。
その時だった。
ワイチの目が見開かれる。
腹の下腹部に集まっていた赤と橙が動く。
青い流れを巻き込みながら、腹から胸へ、胸から喉へと一気に駆け上がっていく。
来る。
「ブレスが来ます!」
ワイチの声と同時だった。
阿国が笛を放り、背中の琵琶を掴む。
ベンッ! ベンッ!!
重い音が戦場へ響き、毒棘竜の動きが鈍った。
ワイチの目には見えていた。
腹の下腹部で渦巻く赤と橙が喉へ駆け上がっていくのを!
次の瞬間――
ドゴォォォッ!!
ドス黒い灼熱の炎が吐き出された。
炎は一直線に結界へ叩きつけられる。
半透明の壁がゆがみ、激しく燃える。
空海が歯を食いしばりながら印を結ぶ。
ピキッ!
亀裂が走った!
さらに炎の勢いが増す。
その瞬間――
パリンッ!!!
結界が砕け散った。
吹き荒れる熱風が仲間たちを飲み込み、肌を焼いていく!
熱い! そして倦怠感が襲い、力が抜ける。
咄嗟にナリアが杖を振る。
「神よ、不浄なる力を消し去れたまえ! プリフィケーション!」
柔らかな光が広がり、怠さが消え、身体が軽くなっていった。
召喚された式は餓狼のごとく尻尾へ喰らいつき、肉を引きちぎろうとするように激しく首を振っていた。
尻尾を封じられている毒棘竜を見て、小次郎が走る。
銀の閃光が毒棘竜へ向かう!
狙いは毒棘竜の片目。
だが、その時――
毒棘竜が激しく頭を振った。
ガチンッ!!
激しい火花が散った瞬間、閉じた牙が刃を弾いた。
小次郎は空中で身体を捻り、そのままもう一撃叩き込んだ!
ザシュッ!
血が飛ぶ!
だが刃は目の下を掠めただけだった!
ブォンッ!!
毒棘竜が絶叫しながら身を捩ると、巨大な尻尾が激しく暴れ、喰らいついていた狼たちがまとめて吹き飛ばされた。
そのうちの二頭の狼が紙へ戻り、破れて舞った!
武蔵が飛び込もうとしたが、暴れる尻尾が道を塞いでいる。
武蔵が入る隙を探す。
だが、その巨体が壁だった。
「入れねぇ!」
一瞬、時が止まった。
小次郎は再び踏み込もうとしている。
晴明は術か、式神か。
ナリアの光は途切れない。
阿国の指が笛へ伸びる。
ワイチはどう指示する――。
その時!
「これならどうだ!」
空海が叫ぶと、毒棘竜の足元に細長い結界が走り出し、毒棘竜の片目を潰された側へ潜り込む!
そのまま前脚と後脚の下を走り抜け、跳ね上がった!
ズシンッ!!
巨体が大きく傾く。
毒棘竜がバランスを崩す。
そして――
ひっくり返った。
「今だぁぁぁ!!」
ワイチが叫んだ。
「わかってる!」
武蔵が力強く蹴った!
砕けた土が弾け飛び、起き上がろうと前脚を掻く毒棘竜の懐へ一気に飛び込んだ。
ワイチには見えている。
暴れる白い流れ、荒れ狂う赤い流れ、そして、下腹部に溜まった青。
二本の刀が振り上がり、それに毒棘竜も気付いた。
巨体を捻り、牙を向けたが、
「遅い!」
ズバァァァッ!!
二本の刃が下腹部を十文字に切り裂いた。
次の瞬間――
ドバァァァッ!!
傷口から血に混じった水らしきものが溢れ出した。
毒棘竜の巨体が激しくのたうち回った。
ギャアアアアアッ!!
絶叫しながら尻尾を振り回し、ひっくり返った身体を無理やり戻した。
地面が抉れ、土が舞った。
武蔵は刀を構え直した。
「浅かったか……!」
毒棘竜は武蔵を睨みつけていた!
片目を潰され、もう片方の目元からも血を流しながら、それでも大きく腹を膨らませた。
ブレスが、また来る!
血に混じった水らしきものは、まだ傷口から止まらず流れている。
ワイチは目を凝らした。
赤と橙が再び下腹部から胸へ、胸から喉へ駆け上がっていく。
だが、さっきと違う。
青が足りない。
下腹部から漏れ続けているからだ!
赤と橙だけが喉へ集まっていき、毒棘竜が大きく口を開いた。
「ブレスが――」
言い切る前だった。
口の奥で燃え始めた。
ゴウッ!!
牙の隙間から炎が漏れている。
毒棘竜の喉が大きく膨らんだ。
ギャアアアアアッ!!
毒棘竜が苦しみながら頭を振り回した。
口から炎が漏れ、傷ついた下腹部からも赤黒い火が滲み出してきた。
ワイチには見えていた。
赤と橙が腹の中で暴れていた!
青が少ない為、炎を抑えられてない。
毒棘竜は、中から焼けているのだ!
ただ苦しみ、前脚で地面を掻き、尻尾を叩きつける。
ドンッ!! ドンッ!!!
誰も近づけない。
武蔵も刀を構えたまま毒棘竜の様子を見ている。
武蔵だけではなく、皆、毒棘竜の口とお腹からわずかに見える炎を見ていた。
そのうち、毒棘竜の身体が激しく痙攣し、裂けた下腹部から、激しい炎が舞い上がった!
やがて、尻尾の動きが止まり、前脚が地面を掻く力も消えていく。
ワイチに見えていた赤と橙の流れが、全て混ざり、身体中を覆っていった。
そして――消えた。
毒棘竜は、もう動かない。
残っていた片目の輝きも失われていた。
武蔵がゆっくり近づく。
刀で毒棘竜の鼻先を軽く突いたが、反応はない。
武蔵は刀を下ろした。
「終わりだな。」
小次郎が近づき、しゃがみ込み、潰せなかった方の目元を見た。
血に濡れた傷、目のほんの下。
小次郎は指を一本立てた。
「……指一本分だったか。」
ふと見ると、ナリアがレオンを抱きしめていた。
レオンは泣きながらナリアに謝っていた。
ナリアは、レオンの背中に手を回していた。
「もう大丈夫です。」
ナリアの声も震えていた。
ワイチは毒棘竜を見た。
戦いは終わったのだ!俺たちは勝ったんだ!
「おーい!!」
遠くから聞き覚えのある声が響き、全員が振り返ると森の奥からハロルドたちが駆けてきた。
その足は巨大な毒棘竜の亡骸を見た瞬間に止まった。
「なっ……」
後ろの兵士たちも言葉を失い、黙り込んでいた。
何人もの冒険者が命を落とした魔物が目の前で倒れていたのだ!
「お、お前たちが……やったのか?」
「俺たちがみんなで倒した!」
自慢げに武蔵は言う。
兵士たちは顔を見合わせて驚いている。
ハロルドがレオンとナリアへ視線を向けると
「無事だったか……」
レオンが頷き、ナリアも涙を拭きながら小さく笑った。
「なんとか倒せました。友達の仇も……討てました。」
声を震わせながら天を仰いだ。
やがて武蔵が頭を掻いて
「こいつどうするんだ?」
巨大な毒棘竜を指差した。
ハロルドはようやく我に返ったように亡骸を見ると
「とりあえず村へ報告が先だな。」
「こんなのを倒したなんて言ったら誰も信じねえぞ。」
「じゃあ見せりゃいい。」
武蔵が笑いながら言った。
帰り道は、レオンとナリアは兵士たちに囲まれ、戦いの話を興奮して聞いていた。
村へ着くと治療院の子供たちが出てきてレオンと抱き合っていた。
村人たちは次々に毒棘竜討伐の話を聞き、武蔵たちを見て目を丸くしていた。
「本当に倒したのか!?」
「嘘だろ!?」
「よく生きて帰ってこれたな!?」
「本当だ。俺もこの目で見た。」
ハロルドは興奮しながら答えた
村人たちの歓声が上がり、踊り出す人もいた。
ワイチはその光景を眺めていたら、ふと杉山神社のことが頭に浮かぶ。
風ちゃん、雷ちゃん。
に言わないと!そう思った。
「ちょっと行ってきます。」
武蔵が振り返る。
「どこへだ?」
「杉山神社です。」
「すぐ戻ります。」
そう言うとワイチは村を後にした。
夕日に染まる石段を登り、鳥居をくぐると静かな境内へ足を踏み入れた。
見慣れた狛犬の前まで来ると、ワイチは思わず笑った。
「俺、いろんなのが見えるようになったよ。」
その言葉と同時だった。
「ほんと!?」
聞き慣れた声が響く。
風ちゃんが飛び出した。
「おおっ!」
雷ちゃんも現れた。
二匹はワイチの周りを駆け回った。
「見えたの!?」
それからね、毒棘竜との戦いなど、全部話をした。
「生きて帰ってきたの!?」
「みんなで倒したよ」
風ちゃんが飛び跳ね、
雷ちゃんも尻尾を振り、
「やったー!!すごいじゃん!!」
二匹は境内を走り回った。
ワイチはその様子を見ながら、本当に笑えた。
怖かったし、何度も死ぬかと思った。
それでも仲間がいた。
助けたい人がいた。
そして勝てた。
ワイチは少し照れながら顔を赤くした。
夕日が境内を赤く染め上げ、風が木々を揺らしていた。
自分にしかできないことがあったよ!そう思えたのだった。
次回予告
ナリアです。
友達の仇も討てました。
毒棘竜にも勝てました。
私も、また一歩前に進めた気がします。
次回、
『動き始める世界』




