第7話:史上最大の翼竜
※※※
「ッ……レプリレクス……!?」
「バルーンを叩き割って、出てきやがった……!!」
──同時刻。
照の近くの席でバルーンが破裂するのを聞いた二人は、空を覆うほどの強大な翼竜を前に立ち竦む。
だが、程なくしてあちこちから悲鳴が上がるのだった。アトラクションとは明らかに関係無い、全身が黒ずんだ巨大な怪物。
それは来園客の恐怖心を煽るには十二分であった。スマホでそれを撮ろうとする者もいたが──
「あ、あれ!? 映らない!? でも見えて──」
黒い怪物はスマホに映らない。
そうこうしている間に、巨大な翼竜は辺りのものを構わずに薙ぎ払って地面に降り立つ。
それだけで風圧が巻き起こり、多くの人々を吹き飛ばしてしまうのだった。
「ファン・ファン・ファン」
サイレンの如き叫びが辺りに響き渡る。
現代科学が一切通用しない巨大な怪異を前に人々は散り散りになって逃げ始めるのだった。
「アズダルコ──にしちゃあデカすぎる!! クリオドラコン──いや、首の形状的にケツァルコアトルスか!?」
「よく分かりますね毎度毎度……似た種類もいるのに」
「古今東西の絶滅生物の推定体長と骨格は全部頭ン中叩き込んでっからな!! あんなにデカいのはケツァルかクリオくれーだろ!! 多分アレはケツァル!!」
「どっちでもいいですッ!! 私はあいつを抑え込むので──トリガー、貴方は照さんの所に!! あのサイズでは、私一人では殺しきれません!!」
「ッ……分かった!!」
(って言われても──てるてる、何処に行ったんだよ!?)
この混乱によって人が散り散りになり、一瞬で亜紀良は照を見失ってしまうのだった。
それでも、照を探すしかないのであるが──
※※※
(さぁて、時間稼ぎですが──)
「怪獣映画のようにはいきませんよ」
上着を脱ぎ棄て、”トリガー”たるロケットペンダントを握り締める。
一種の暗示。悲劇の記憶を呼び戻す事で、身体に眠る絶滅少女としての力を覚醒させる。
「トリガーセット──力を貸してください。アーケオプテリクス!!」
体のリミッターは外れ、太古の記憶が呼び覚まされると共に彼女の頬に鱗が浮かび上がる。
そして腕は羽毛の生えた大きな羽根と化し、尾てい骨からは長い飾り羽の生えた尾が生えていく。
まるで鳥人間。だが、その身体構造は何も無い場所で羽ばたいて空へ飛び立つのには向いていない。故に、彼女は服を躊躇なく捲り上げると隠し持っていたワイヤー装置を自らの腕に嵌めこむ。
グラップリングフック──壁に射出して巻き取る事で登ることができる機械だ。
遊園地の飲食店の建物にグラップリングフックを撃ち込んだ彼女は、そのままワイヤーで一気に自らの身体を壁まで引き寄せる。
そして、壁に自らの爪を食いこませて登っていくと、フックを外し──思いっきり建物の壁を蹴った。
それはさながら、風を切る鳥の如く。
息を吸い、目の前の敵を貫くべく、そして己に無意識に掛けたリミッターを更に外すべく、叫ぶ。
鍛え、研ぎ澄ませた”技”の名を──
「──降蹴襲落ッ!!」
超脚力で爆発的に自らを「射出」させた彼女は滑空。そのまま空中で身体を捻ると、ケツァルコアトルスの側頭部に蹴りを見舞うのだった。
悲鳴を上げた巨大翼竜は地面に叩き落とされる。空を飛ぶために軽量化された身体は、大きさの割に思いの外軽い。
更にダメ押しと言わんばかりに、着地したツバサは再び地面を蹴ると地面スレスレで滑空し、連続でケツァルコアトルスに蹴りを連続で浴びせる。
しかし──肝心のケツァルは全く堪えていない様子で再び羽ばたいた。
(ッ……流石超大型……こちらの蹴りなど、どうということはないと──ッ!?)
羽ばたきだけで巻き起こる風は、滑空するための羽根を持つツバサを容易く空へ巻き上げてしまうのだった。
「ファン・ファン・ファン」
ケツァルコアトルスはツバサを完全に標的に定めたのか、再び羽ばたく。
だが、接近してくるケツァルコアトルスを牽制するように風に乗って空を舞うツバサは、両腕の羽毛を硬化させ、弾幕のようにあたりに張り巡らせる。
「──翼打襲嵐ッ!!」
弾丸のように硬化した羽根は風の影響すら受けずにすさまじい速度でケツァルコアトルス目掛けて飛んで行く。
しかし、対抗するように、その後ろ脚には巨大な機関砲のようなものが黒い靄と共に現れていた。
「──!? その装備は──」
弾丸がケツァルコアトルスの足に装備された機関砲から放たれると羽根の弾幕とぶつかり合い、そのままツバサを撃ち抜くのだった。
ほぼ相討ち。ケツァルコアトルスの身体にも羽根の弾幕が突き刺さったものの、黒い雨を浴びたツバサは全身から黒い靄を吐き出しながら墜落するのだった。
「がぁぁあッ──!?」
(不覚でした……や、やはり、自衛隊のヘリを襲ったのは、このケツァルコアトルス──!!)
※※※
「何なんだよ、あのバケモノ!! スマホには映らねえし、なんかめっちゃ撃ってきてるし──ッ!?」
──人が一気に雪崩れ、辺りのパニックに照達は巻き込まれることになった。
羽ばたくだけで辺りのものを破壊していく巨大な翼竜。
後ろ脚に装備された機関砲がばら撒かれ、辺りの建物が黒い靄を噴き出しながら消えていく。
「私達、悪い夢でも見てんのか!? 何で怪獣が出てくるんだよ!?」
「……夢だったなら、どれだけ良かっただろね」
「照ちゃん、何でそんなに冷静なんだよ!?」
変身したいのは山々だ。だが、照はまだ自分から絶滅少女の力を解き放つ術を知らない。
必死に逃げる中、友人の1人が声を上げた。
「おい、よっつん居なくない!?」
「ッ!? は、はぐれたのかも──あたし、探してくる!!」
「バカ、危ないぞ、照ちゃん!」
「でも見捨てられないよ! 固まってたら危ない、皆は先に逃げて!」
「あっ、照ちゃん──!?」
照は踵を返し、人混みに逆らう形でよっつんを探し始める。
自分は良い。最悪変身すれば、敵の攻撃は耐えられる。むしろ、絶滅少女の力を悟られないようにするなら、出来るだけ友人から離れた方が良い。
だが、よっつんは只の人間だ。もしケツァルコアトルスに襲われれば、黒い靄となって消滅してしまう。
(ツバサちゃんの言った通りだ……後悔はしたくない……!! 絶対に……!!)
辺りを見回す。
既に多くの人はケツァルコアトルスから逃げ果せたが──辺りは滅茶苦茶に荒らされていた。
ふと、嫌な予感がした照はケツァルの風圧で圧し折れた街路樹を見やる。それを1つ1つ見ていくと──倒れた木の下で蹲る影を見た。
「ッ……!! よっちゃん!!」
「……照……ちゃん」
「今、助けるね!!」
倒木でよっつんは下敷きになっていた。
すぐさま倒れた木を退かそうとするが、重くて動かせない。
「転んで泣いてる子供が居たんだ……見過ごせなくって……助けてたら……木が急に倒れて……子供は逃がせたけど、自分が潰れちゃ世話ねぇよなあ……」
「黙ってて!! 絶対、絶対助ける!! ぐにににに!!」
「無茶だ、照ちゃん……!!」
(ッ……くぅ!! 絶滅少女の力があれば、こんなのすぐに……!!)
しかし、今此処で力を解放することは出来ない。
彼女自身、友人の命との天秤に掛ければ躊躇なく力を使っただろう。だが、そもそも覚醒の鍵を彼女自身まだつかめていないのだ。
呻くよっつんは「もう良い、逃げろ──」と息も絶え絶えに呟く。
近くではケツァルコアトルスが暴れている。いつこっちに来てもおかしくはない。
だが、照の答えは決まっていた。
「──逃げられるわけないよ!!」
「ッ……」
「友達置いて逃げるくらいなら、死んだ方がマシだよ!! あたしは──もう、誰にも死んでほしくないんだよ!!」
「照ちゃん──ッ」
(そうだ……それが、あたしの戦う理由だ……!! この手が……この爪が届く範囲なら、助けたい……!! 見て見ぬフリなんて、もう出来ない──ッ!!)
「ッぐにににににに!!」
必死に倒木を動かそうとする照。
その顔は真っ赤になっており、脂汗が浮かんでいた。
だが──突如、ぐらりと木が動く。
「ッ……あえっ!?」
倒木はごろごろと転がっていく。照は──ふと、隣を見た。
「──こいつは俺に任せてくれ」
「アキ君──!? 何で此処に居るの!?」
「ふ、古田……!?」
「足捻ってんな……どーせ走れねえだろ。肩を貸すぜ」
「悪い……」
解放された事で緊張の糸が解けたのか、よっつんはそのまま気を失ってしまった。
彼女を肩に負ぶった亜紀良は──改めて照に向き直る。
「何で、来たの……!?」
「今はンな事どうでも良いだろ。よっつんは俺が運ぶ」
「でも──」
「てるてる──言いてえ事は色々あるけど、今は──あのケツァルにガツンとかましてやれ!!」
「ッ……う、うん……ありがと、アキ君!!」
短い言葉だったが、それに背中を強く押された照は頷き、ケツァルコアトルスの方へ走っていく。
友人が逃げたのを見て──照は己の掌を握り締めた。これで漸く、心置きなく暴れられる。
「今は……目の前のあいつを……絶滅させるッ!!」
不思議と力が湧いてきた。
彼女の目が爬虫類のそれへと変わっていく。
友人を傷つけ、折角の遊園地を台無しにした目の前の翼竜を──照は許しはしない。
頬には鱗が現れ、彼女の爪は大きく伸び、腕は肥大化する。
うなじには羽毛が生え、大きな尻尾が生えて地面に落ちるのだった。
「あたしの縄張りを侵すなら──引き裂くッ!」
地面を蹴り、ケツァルコアトルスに肉薄する照。
怒りは怒髪天を衝いており、文字通り本能と衝動のままに突き進む。
しかし──史上最大の翼竜は全てがスケール違いだった。セスナ機並みの全長を誇る翼を羽ばたかせれば、風圧だけで少女の軽い身体など吹き飛ばしてしまうのだった。
「きゃあっ!?」
「ファン・ファン・ファン」
そのまま空中へと飛び上がったケツァルコアトルスは、後ろ脚の機関砲を照に向けると照準を合わせ、一気に射出した。
「──ッ!!」
両腕で咄嗟にガードするが、威力も衝撃もすさまじく、地面に叩きつけられるような感覚すら覚える。
次第に立つ事すら難しくなり、彼女は膝を突いてしまうのだった。だが──脳裏に浮かぶのは、逃げ惑う人々、そして傷ついた友人。
それが彼女を奮い立たせていく。
「逃げるなッ!! 皆……遊園地を楽しみにしてたんだッ!! それを、ぶっ壊してタダで済むと思うな──ッ!!」
「──降蹴襲落ッ!!」
その時だった。ケツァルコアトルスの顔面に、何かがすっ飛んでくる。
決して小さくない打撃を受けたケツァルコアトルスは態勢を崩し、再び地面へと堕ちていく。
そのままキックの反動で宙返りした”何か”が照の隣に立った。
「立てますか?」
「……ツ、ツバサちゃん……なんだよね!?」
「この姿を見せるのは初めてでしたね。これが──私のアーケオプテリクスです。とはいえ、私一人ではあいつに致命傷を与えられない」
流石に史上最大の翼竜は頑丈だ。
更に、地上を地ならしするための機関砲まで備えている。圧倒的に此方が不利だ。
「おまけに、あいつは自衛隊のヘリの装備をコピーしている」
「そうなの──!?」
「レプリレクスは、人類の兵器を模倣する習性があります。奴が空中に居て、我々が地上に居る限り、勝ち目はありません」
「そんなの、やってみないと分かんないでしょッ!?」
「うるさいですね……貴方、覚醒すると気が強くなるタイプですか」
これでも初回に比べれば落ち着いた方である。
二度目ということもあり、彼女自身も己の中を流れる恐竜の力の奔流に慣れつつあった。
「言ったでしょう、地上で戦うなら勝ち目がないだけです。空から奴をぶち抜けばいい」
「え、でも、致命傷を与えられないって──」
「そこで貴女の出番という訳です」
そう言うと、ツバサは照の腕をもんずと掴む。
そして、壁に向かってグラップリングフックを射出。
照を掴んだまま、巻き取り、壁に張り付くのだった。いきなり高所に引き上げられたことで、照の顔が青くなった。
覚醒しても尚、潜在的な高所への恐怖が治ったわけではない。
「えっ、待って!? 待って待って!? あたし、これからどうすれば──」
「なぁに、そのまま捕まってれば良いんです」
凄まじい脚力でツバサは──滑空した。片腕には照を抱いたまま。
ケツァルコアトルスの上を取った今がチャンスだ。
「では、これから貴方を投げるので──奴を貫いて下さい」
「──は?」
腕を振り上げ、思いっきりツバサは照をブン投げる。
彼女はケツァルコアトルスの真上に落とされる。さながら爆撃機から投下される爆弾の如し。
「いやぁぁぁぁぁぁぁーっ!? 何で落としたのーッッッ!?」
それも爆弾は爆弾でも落下速度と勢いで相手を破壊する質量爆弾である。
しかし、こうなれば最早照も腹を括っていた。自慢の爪を思いっきり振り上げ──ケツァルの背中目掛けて振り下ろす──
「ああもうッ!! 何とでもなれェェェーッッッ!!」
ケツァルコアトルスは確かに巨大な空中要塞だ。しかし──それ故に、素早く動く事は不得意であった。
埒外の速度でスッ飛んできた照を避けられるはずもなく、そのまま彼女に貫かれ、どてっぱらに大きな穴を開けることになる。
「ファギィァァァアアアア!?」
絶叫の如き断末魔の叫びと共に、史上最大の翼竜は黒い靄を噴き出して消滅していった。
地面に降り立ったツバサは、そのままつかつかと翼竜の消滅地点まで歩いていく。
「平気ですか?」
「平気に見える?」
恨み節たっぷりに──照は言った。体は地面にめり込んでしまっている。とはいえ、やはりそこは頑丈極まりない絶滅少女。落下によるダメージは殆どない。しかし、当然衝撃は跳ね返っていたわけで、照は生きた心地がしなかった。
「流石、大型獣脚類、素晴らしい力でした」
「恨むよ、ツバサちゃん……!!」