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第6話:トリガーの意味

 ※※※




「照ちゃん、明日土曜だけどさ、遊園地行こうぜ遊園地!!」

「え……?」




 帰りのHRが終わり、物思いに耽っていた照に、クラスメイト達が声を掛けた。

 

「いやさ、よっつんを元気付けてあげよーと思ってさ。照ちゃんも今日、なんか元気ないし」

「こんな時は、皆でパーっと景気よく遊びにいこーよっ!」

「遊園地って……」

「最近、水族館の近くに出来た新しいところあるでしょ? 確か、樹羅シーパークだったっけ。近いし、うちら学割あるから」

「昼休み照ちゃんが居なかったからさ、誘おうって話してたんだ」


 ちらり、と照は亜紀良の方を見やる。

 彼は──気まずそうに此方の方を見ていたので、思わず舌をベー、と出してやった。悪いのは元々あちらだ。亜紀良から謝ってくるまで、照は許すつもりはない。

 それを見ると、流石に居心地が悪いのか、彼は先に教室を出てしまうのだった。


(……色々ありすぎたし、ちょっとくらい羽根を伸ばしてもいいかな)


「うんっ。是非一緒させてよ」



 

 ※※※




 照がベー、と舌を出してきたのを見て、完全に亜紀良は帰路につく途中、落ち込んでいた。

 此処までこじれるとは思っていなかったのである。照を怒らせた事は今までもあったが、このように長引くとは思わなかったのだ。

 完全に怒っている。今の彼女相手に、どう謝罪の言葉を切り出して良いのか分からない。


(マージで嫌われたかも知らん……)




「どうしたのですトリガー? しょぼくれてますね」




 そんな中──背後から声を掛けられ、亜紀良は振り返った。夕陽を背に立っていたのはツバサだった。


「つばちー……!?」

「私が貴方達の学校に転校してきた理由。無駄に聡い貴方なら分からないわけではないでしょう」

「……監視の為だろ」

「同時に、貴方達の支援の為でもあるのです。今日一日貴方達を見ていましたが、随分とぎこちないですね。昨日、あれから何かあったのですか? あれだけ、”守ってやる”だの何だの抜かしていた気がしますが」

「……喧嘩したんだよ。俺が悪ィんだけど」

「何やってるんですか本当に」


 呆れたようにツバサは肩を竦める。


「励まそうとして……失敗した。ついでに電話は着信拒否、LINEはブロックされた」

「本当に怒らせてるじゃないですか、貴方その体たらくでよく今まで嫌われてこなかったですね」

「いやー、正直今度こそ嫌われたかもしれんね」

「何がマズかったか分かってるなら、さっさと謝れば良いでしょう、家だって隣同士なんだし」

「でも、あんなに怒ってるアイツ見た事ねぇし……」

「嫌われても仕方のない事を言ったんだから当然でしょう」

「スゲーな、反論の余地が1ミリもねえ」


 しかし、思春期男子の内心というのは、思った以上に複雑怪奇。意地も少なからずあったし、素直になれない気持ちもあった。


(それに、謝ってまた怒らせたらと思うと……怖い。今度こそ、本当に嫌われるかもしれねー……)


 そんな彼を他所に──ツバサはスマートフォンを取り出す。


「そういえば明日、照さんは遊園地に遊びに行くんでしたか」

「? ああ、目敏いな。そうだよ」

「心配ですね。調べた限り、その遊園地の近辺──と言っても8km程先ですが──1週間ほど前に妙な事件が起こってるんですよ」

「妙な事件?」


 そこには【自衛隊ヘリ墜落】という見出しのネットニュースだった。

 普段、考古学関係のニュース以外に全く興味がない彼だが、嫌な予感がして記事の全文を読んでいく。


「なに……? 自衛隊の戦闘ヘリが墜落。ヘリは原型を留めていたものの爆発炎上、しかしパイロットらしきものは発見されなかった……?」

「ブラックボックスからも、戦闘ヘリがどうして墜落したのかが不明になっています。シノニムは、これをレプリレクスの仕業ではないか、と疑っています。確信には至ってませんがね」

「もしそうなら──」

「……心配なら、着いてきますか?」


 答えは──決まっている。静かに彼は頷くのだった。




 ※※※




 ──次の日の樹羅シーパークは、休日を満喫するべく多くの人で賑わっていた。




「照ちゃーん、こっちこっちーっ!」

「う、うんっ。待ってよーッ」




 オードリーリボンの付いたシャツに黒いカーゴパンツ。霧島照は、オシャレに一切妥協しない。元々背が低く、子供っぽいと言われる彼女だが、華やかな周囲の中に居ても浮かないのはひとえに彼女の努力とセンスによるものだ。

 しかし、肝心のネイルだけは、爪の管理がいよいよ難しくなってきたからか、色を塗るのみに留めているのだった。

 よくつるむ友人4人は、嬉しそうに照を迎え入れる。その中には、バスケ部の後輩が失踪したギャル系の「よっつん」の姿もあった。


「悪いな。気ィ遣わせちゃったみたいで」

「いーのいーの、色々あったけど、楽しい事で忘れるのが一番だかんね」

「ゴメンね。あたしまで誘ってもらってさ」

「水臭い事言うなって、照ちゃん! そんじゃー、時間が勿体ないし、先ずは何処行くーっ!?」

「ウチ、ジェットコースターが良い!」

「おいおい初っ端から飛ばすな……」

「昼食べた後だと猶更、胃の中シェイクされて大変になるぜ? こういうのは、最初に消化しとくもんなんだよっ!」

「あたし、ちょっとジェットコースターは苦手かも……高い所って怖くって」

「冷める事言うんじゃねーよ、ほらいっくぞーっ!!」

「うええええん!?」


 賑やかに遊園地を進む女子たちを──影から見守る約二名。

 片や、遊園地で売っている兎耳付カチューシャに、ごってごての装飾が付いたサングラスを掛けた少女。

 片や、アフロの被り物に、同じようなデザインのサングラスを掛けた少年。

 言うまでも無いが──照の監視兼見守りにやってきたツバサと亜紀良であった。


「なあ、何でそんなにノリノリなんだよ」

「別にノリノリではありませんが」

「いや、エンジョイしてんじゃんか、恰好がよ。俺達却って浮いてねえか?」


 普段のクールな彼女からは考えられない浮かれっぷりの姿に、亜紀良は苦言を呈する。何なら自分も巻き込まれているからである。

 そんな彼女は、普段とは全く変わらない声色のまま返した。


「私は自分が客観的に、どう見られているか知っています。無愛想で、無感情で、無表情。そんな私が果たして、こんな浮かれた格好をすると思うでしょうか?」

「まあ、普通の奴は思わんね」

「だからですよ。仮に照さんが私を見つけたとして、私を私と認識する事はないでしょう。完璧な監視ですね」

「あまりにも人をナメすぎだろ。だからか? だから俺にもこんなふざけた格好強要したのかオマエは?」

「トリガーは黙っててください」

「なあ、昨日から気になってたんだけどよ、つばちー。トリガーって俺の事か? トリガーって絶滅少女の覚醒の鍵だよな。俺ってひょっとして照の起爆剤くらいにしか思われてねーのか?」

「ええ。貴方の価値は、照さんのトリガーである事です」


 完全に照の外付けハードディスク扱いであった。


「それ以外にももっと、こう、あるんじゃねえか!? 人間一人一人に価値があると古田君は思う訳ですよ」

「自分の言動を顧みて下さい変態野郎。公衆の面前で変態野郎と呼ばれないだけマシと思って下さい」

「トリガー呼ばわりも変だよ!!」

「そんな事を言うなら、私の事を”つばちー”などというふざけた仇名で呼ぶのをやめてください」

「いーじゃねーか、別に。親しみを込めて、だぜ」

「……貴方、人との距離感が間違ってるって、よく言われませんか」


 本日何杯目か分からないアイスコーヒー(エスプレッソ)を飲みながら、彼女は嘆息する。こういうところがあるから「ズレ」ているのだ。

 そんな中──


(ッ!! なんだか知ってる気配がしたような気がする!!)


 ──照は振り返った。

 絶滅少女に覚醒したことで、彼女の中では五感に囚われない第六感が発達していた。

 視線の先には──亜紀良とツバサの姿があった。しかし──


「何だ……只の浮かれたカップルだよ……」


 ──浮かれポンチな恰好によるカモフラージュは、見事に機能したのである。

 そのまま、友達と共に涙目でジェットコースターに向かうのだった。


「よし、ターゲットが移動しました。私達もジェットコースターに行きましょう」

「はい? ウソだろ? マジで言ってる?」

「浮かれたカップルのカモフラージュならば、そこまでするべきだと思いませんか? ターゲットを見失いますよ?」

「俺、ジェットコースターとか無理なんだけど」

「そんなところまで仲良しじゃなくてよろしい、さっさと行きますよ」




 ※※※




「おほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、あひあひあひあひあひああああああああああッ!?」




 ──10分後。

 もうフリーフォールと何も変わらない程の急降下コースにより、見事に脳みそをシェイクされた亜紀良と、表情にはあまり出ないがご満悦のツバサがアトラクションから出てくるのだった。

 目を回す彼を、ツバサは肩で負ぶいながら言った。


「空を飛ぶような感覚……やはりジェットコースターというものは侮れないですね。最高の体験でした──ところでトリガー、平気ですか?」

「あひあひあひ……平気に見えるかコレが……うっぷ」

「安心してください。照さんもどうやらノックアウトされたようです」


 指を差した先には、目を回してやはり肩で負ぶわれる照の姿があった。何処に安心する要素があるというのか。


「あひあひあひ……知識は流転して、時空は決断するよ……」

「大丈夫か、照ちゃん!! そんなにジェットコースターが楽しかったのか!?」

「やめてやれよっつん、これ以上は照ちゃんが死んじまう、只でさえ訳の分からん事を口走ってるのに」

「此処ジェットコースターは他にもあるんだぜ!? あと5つくらい!!」

「せ、せめて、間を置こうよ……」

「しゃーねーな……次はオバケ屋敷か」

「心臓が止まっちゃうよ!?」

「ジョーダンだって」


 わいわい、と賑わいながら遊園地を歩く照達。

 その表情は、心から楽しむ年相応の少女のそれだ。

 その後も幾つかアトラクションを回っていったが、我の強い友人たちに振り回されながらも、照は心から遊園地を楽しんでいるようだった。 


「プリクラ撮れたよーっ!」

「ギャハハハハ、よっつんひっでぇ顔ーッ!!」

「おい、やりすぎだろーが照ちゃん!!」

「あははっ、お返しだよー」

「こんにゃろ、照ーッ」


 友人たちと笑い合い、じゃれ合う彼女の姿を見ながら──何処か安心したように亜紀良は言った。


「……良かった」

「何がです?」

「あいつの交友関係。中学までアイツ、結構引っ込み思案だったからさ。俺しか……友達居なかったんだよ。高校も俺と同じ所進学したのは良いけど、正直心配だった」

「だとすれば、それは杞憂だったようですね」

「ああ。昔は事あるごとに俺に泣きついてたのに──今じゃ全然そんな事ねーんだ」


 ずっと隣で、ずっと傍で見てきたからこそ、成長には気付きにくい。

 しかし──思っていた以上に、霧島 照という少女はしっかり者になっていたのかもしれない、と亜紀良は考える。勝手に守る、だのと宣っていたのが少し恥ずかしくなった。


「……案外、俺は照が目覚めた時点でお役御免だったのかも──」

「トリガーというのは、家族同然の人や、その人にとって大事な物であることが多いです」


 ツバサは──首からぶら下げたロケットペンダントを取り出し、机の上に出した。その中には、家族の写真が入れられていた。


「それって?」

「私の家族です。バイエルンに居た頃に撮った家族写真です」

「じゃあ、つばちーのトリガーって──」

「このペンダントです」

 

 その一言で、亜紀良は全てを察した。彼女の家族はもう居ない。彼女の拠り所となる”トリガー”は、ロケットペンダントの中にしか居ない。


「”お役御免”だなんて口が裂けても言わない事です。絶滅少女に覚醒した以上、その子と精神や能力に、大きな影響を与えるのが──トリガーなんです」

「……そうか」

「ある事例では……家族だったトリガーに”バケモノ”と拒絶されたことで能力が暴走し、トリガーを衝動的に殺害。暴走は止まらず、そのままシノニムの手で処分された事例もあります」


 誰しもが絶滅少女を受け入れられるわけではありませんからね、と彼女は続ける。

 トリガーという存在が、どれほど絶滅少女の精神にとって大きな存在なのかを思い知るのだった。


「貴方のように、絶滅少女を受け入れてくれる存在は貴重なんです……トリガー。貴方は照さんの傍から離れるべきではありません。私のように、後悔する人を……これ以上増やしたくない」

「後悔……か」


 そう聞き──バチン、と亜紀良は自らの頬を叩く。




「じゃあ、後悔しねーように……仲直り、しねーとな」




 ※※※




「照ちゃん……あの恐竜バカと何かあった?」

「え”」




 ホットドッグを頬張っていたところだったので、照は咽るところだった。

 

「あ、わり、やっぱ聞かれたくなかった?」

「おいおいやめろよなー。照ちゃん、古田の事大好きなんだから。図星で参っちまうよなあ」

「やめてよ……好きじゃないよ、ゴホッゴホッ」

「その古田だよ。昨日なんか、すっげーぎこちないカンジだったからさ。いつもだったら1日1回は夫婦漫才してんのに、今日は全然それが無かった」

「め、夫婦じゃないよ……! あんな奴の事、知らないよ」

「もしかしてもしかしなくても喧嘩した?」

「……悪いのは、アキ君だもん」


 ホットドッグを丸かじりして、ヤケクソと言わんばかりに彼女はそれをコーラで流し込む。

 尚、それでも食欲は収まる事を知らないのか、まだ五本くらいホットドッグが残っているのだった。


「カーッ、あいつも罪深いなあ」

「デリカシーってもんが無いかんね。本当、許せねー……これだから恐竜オタクは」

「古田の奴らが照ちゃん泣かせるなら、代わりにウチらがアイツにガツンと一発バイオレンスをお見舞いしてやらねーとな」

「ぼ、暴力はダメだよ!?」

「こんなイイ子を怒らせるなんてねぇ。ウチは許せねーよ。よっぽど酷い事言われたんだろ」

「……イイ子なんかじゃ、ないよ」


 かぷ、と2本目のホットドッグを齧り、照は呟いた。


「些細な事だったんだよ。……あたしも、意地張って無視して……悪い子だよ」

「じゃ、悪い子同士お似合いじゃねーか。結構、照ちゃん気が強いところあるもんな」

「ンな──ッ」

「さっさと仲直りしろよ。お前らがいつも通りじゃねーと、ウチらも調子狂うんだっての。つっても、あいつが悪いならあいつに謝らせねーとだけど」

「……よっちゃん」


 やっぱいっぺんシメるか古田、と拳を出したので、慌てて他の友達が引っ込めさせた。


「安心しろよ。照ちゃんがイイ子だとかどうとか関係ねー。うちら、ズッ友だろ」

「ズッ友って、ちょっと古くない? よっつん」

「るっせぇ!! 良いだろ別に!!」

「……ありがと、皆」


 友人の存在が──心強い。

 亜紀良との喧嘩でつっかえていた胸の内が少しだけ解けた気がした。そんな中──友人の1人が声を上げた。


「お、アレ見ろよ。バルーンだぜ」

「すごいっ! 恐竜の形だ!」

「恐竜っていうか──プテラノドン。翼竜だ」

「……照ちゃん、オタクが伝染ってるぞ」

「あっ、ゴメン!!」

 

 上空10メートルほどを飛ぶのは、催し用の巨大バルーンだ。翼竜の形をしたそれは、遊園地の敷地を一定の巡回ルートで回っている。

 そして、パレードは、このバルーンを中心として行われるのだ。その巨大で精巧な造形は来園者の目を引く、文字通り此処の看板だった。

 




 ──しかし、唐突であった。そのバルーンが突如、前触れもなく爆ぜたのは。





「えっ……!?」




 あまりの爆音に、照も含め、その場に居た全員が耳を塞ぐ。

 そして、バルーンに詰められていた白い粉が空気中にばら撒かれ、辺りは一瞬で白煙に包まれる。


「び、びっくりした……!!」

「これも……アトラクションか何かか……?」

「ッ……!!」


 アトラクションではない、という確信が照の中にはあった。

 爆音による驚愕だけではない。何か嫌なもの、悍ましいものが迫る感覚が本能に訴えかける。




「ファン・ファン・ファン」




 間もなく、答え合わせと言わんばかりに白煙を突っ切って、それは羽根を大きく広げた姿で来園者たちの前に現れるのだった。

 とても巨大な嘴に、城塞の如き身体と、空を覆うほどの翼を広げたそれは──悪魔のサイレンを鳴らし、地上の標的を見定める。




(レプリ……レクス……!!)

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