第21話:デイノアース
ジャバウォックが消滅した後。
亜紀良の身体からは青白いラインが消え失せていく。
同時に、騎乗していた照の身体も徐々に縮んでいき──かと思えば、いきなり元に戻ってしまうのだった。
そうなれば、亜紀良も照も、まとめて地面に落ちるわけで。
気が付けば──二人は大の字になって、アスファルトの上で寝そべっているのだった。
そして互いの顔を見つめ合うと、笑い合う。
「……へへ、良かった。てるてる……今度こそ元に戻った」
「ごめんね。心配かけちゃって」
「なぁーに、今更だっての。本当に良かった……」
手は自然に繋がれていた。
互いの信頼を示すかのように。デートは台無しになってしまったが、強敵を二人で乗り越えた経験は──確実に絆を深め、強くするものだった。
「聞こえたよ。アキ君の声……なんて言ってるかは分かんなかったけどね」
「……へへ、そーかよ」
「でもね。最初に聞こえたのがアキ君の声で良かった。それだけで、”あ、大丈夫なんだ”って思えたから」
「俺も──お前の声聞いた時、すっげー安心した。姿や形が違っても……やっぱり、てるてるなんだって思えたから」
「……ね、アキ君。こんな時に意地悪だと思うけど……あたしが人間に戻っちゃって、少し勿体ないと思う?」
「ちょっとだけな。でも、しばらくあんな心臓に悪い思いすんのはゴメンだ」
「あたしもだよ……ほんと、とんだデートだったよ」
指が絡み合う。
見上げると、空に開いた大穴も見えなくなっていた。
デイノアース。ジャバウォック。気になる事は多いが──今は、漸く元に戻った幼馴染を笑顔で迎えよう。そう思っていた時だった。
「ところでさアキ君」
「何だ?」
顔を真っ赤にした照は──涙目で亜紀良に訴えかける。
「な、なにか、着る物無い……? 流石に、恥ずかしい……!!」
「……ほぎゃーッッッ!!」
亜紀良は絶叫して目を逸らす。
だが一瞬見てしまった。彼女の柔らかい肌、薄いが確かに起伏のある胸元。そして、それに反して縊れた腰──絶滅少女は一糸纏わぬ全裸であった。最初の変身で服が全部破れてしまったのである。
しかし、あまりの疲労で、もう起き上がる事すら出来なかったのだった。
「すぐ隠すモン用意する!! 俺の上着!! 後、色々!!」
「おねがい……」
※※※
結果。ツバサは軽傷、胸を切り裂かれた代矢は重傷でしばらく入院する事になった。
また、騒動の鎮静にはシノニムが内外から奔走する事になり、重傷の代矢を除いて亜紀良達は飛行艇に戻る事になったのである。
「ごめん、あたしの所為で……」
「何言ってるでござるか! 照殿は何も悪くないでござろ、いただだだだだ」
「……ほんっとゴメン」
「拙者は! 照殿が元のままでいてくれる! それだけで十分でござるよ──いだだだだだ!! でも絶対にいつか、手合わせで拙者が勝つでござる、いだだだだだ!! 二度もテリジノサウルスに負けるなんて、いだだだだだ!!」
「もう喋んな、ゆっくり休めコラ」
「かたじけないでござるぅ……」
救急車に担ぎ込まれ、去っていく代矢を見送った後──ツバサは溜息を吐く。
「全く以て人騒がせです。本当に──良かった」
「ツバサちゃんもゴメンね。心配かけちゃったみたいで」
「そーだぞー、つばちーが一番必死だったまである」
「だって!! 私……また、仲間を手に掛けないといけないかと思って……ッ」
ツバサは柄にもなく取り乱し、照に抱き着く。
そして、ぐずぐずに泣き始めるのだった。
「ほんとに……よかった……おかえりなさい、てるさん……」
「……ん。ただいま、ツバサちゃん」
「ぐすっ、ううう……てる、さん……」
一度仲間を手に掛けたトラウマが再発したのだろう。
そのまま泣き止むまで、ツバサに抱き着いているのだった。
そして落ち着いた後、改めて状況確認となった。ジャバウォックが勝手にベラベラと喋ってくれた異世界についての情報だ。
「……ジャバウォック、そして俺の父さんの古田安良太は”異世界デイノアース”の出身者。そして、父さんは……自分の出生を周囲の人間には知らせてなかった可能性が高い」
「戸籍は恐らく偽ったものでしょうね」
「もし、ジャバウォックの言ってた事が本当なら、父さんは、デイノアースから悪意を持った侵略者がやってくるのを知ってて、シノニムを作ったんじゃねえかって思うんだ」
「レプリレクスや絶滅少女も……元はデイノアースから来たモノってこと?」
「少なくともレプリレクスに関しては、この世界の技術じゃないでしょう。トリガー、貴方はどう思いますか?」
亜紀良の答えは勿論、決まっている。
「すっげー興奮するッ!!」
「うわぁ……」
目を輝かせ、あまつさえ鼻血まで流す亜紀良にツバサはドン引きであった。
「いや、悪い。確かにジャバウォックはクソ野郎だったけど……デイノアースって、どんな所だろうなって思うとつい。だってよ、絶対恐竜居るぜ、デイノアース!!」
「全くこんな時にワクワクできる貴方の神経にはゾッとしますね……」
「あはは……でも、アキ君らしいよ」
「だろ? 恐竜乗りが居るって事は、乗る恐竜もいるって事だ!」
そうなると、レプリレクスが復元された絶滅動物の姿を模しているのかも分かってくる。
デイノアースには──この世界では絶滅してしまった生き物と、人類が共存しているのではないか、と考えてしまう。
「俺、デイノアースに行ってみたいッ!!」
「アキ君。絶対危ないよ……」
「大丈夫だって。行き方分かんねーから」
「分かったなら行ったんですね?」
「こ、怖い顔すんなよ、勝手に居なくなったりしねーから、父さんみてーに」
「どちらにせよ、これはレプリレクス問題解決の大きな一歩です。同時に、異世界から悪意のある侵略者が此方の世界に来ている事も示す結果になってしまいましたがね」
それにしても──あと一人くらい、デイノアースの事を知っている人が居れば良いんですがね、とツバサは呟いた。
現段階ではあまりにも情報が少なすぎる。肝心の博士は失踪しており、ジャバウォックはティラノサウルスと運命を共にしてしまったからだ。
そんな中、亜紀良は1つ思い当たる節があった。
「……居る。デイノアースの事知ってるんじゃねえかって人」
※※※
「……消えたわね」
空を眺めていた亜紀良の母──古田 由比はほう、と溜息を吐く。
思いを馳せるのは、今どこにいるのかも分からない父親。
テレビには、突如起こった巨大恐竜の出現と消失、そして空に開いた巨大な大穴について報道されていた。
「母さん」
「ッ……お邪魔します」
そんな折。インターホンも鳴らさずに亜紀良、そして照が入ってきたのを見て、彼女は玄関に出る。
そして、二人を気遣うような表情を見せ、声を掛けようとして口ごもる。
亜紀良は顔が絆創膏塗れ。照も腕には包帯を巻いていたからだ。
「ケガしてるじゃない! ──外、恐竜だの何だの出て、ヤバそうだったけど、あんた達は──」
「……母さん」
「おばさん、今日は話があって──」
「”シノニム”。”絶滅少女”。”レプリレクス”──そして”デイノアース”。このうちの1つにでも、思い当たる言葉はあるか?」
「ッ……」
由比は閉口した。
そして、驚いたような顔で二人の事を見やる。
何かを考えているように口を噤んだまま、言葉を紡ごうとしたその時だった。
彼女の背後に黒い影が幾つも飛び掛かる。全長50cm程の羽根が生えた簒奪者──漆黒のミクロラプトルだ。
「ッ──母さん!!」
驚いたような顔を浮かべた由比が振り返った時にはもう遅かった。
既に何匹ものミクロラプトルが彼女に襲い掛かっていたのである。
すぐさま亜紀良は照に目配せする。だが──彼女は爪を伸ばそうとしても伸びない事に気付いたのか蒼褪めた顔で叫ぶ。
「ダ、ダメ!! 変身できない……!! ガス欠──ッ」
「ウソだろ!? か、母さん──ッ」
手を伸ばす間もなく、今度はミクロラプトルたちは亜紀良達は飛びかかろうとする。どうやら、家の中に相当な数が潜んでいたらしい。
黒い影が何匹も母に集る様を亜紀良は、見ていることしか出来なかった──
「──槌ッッッ!!」
「……は?」
──次の瞬間、激しい稲光が辺りに迸り、亜紀良と照は目を塞ぐ。
後に残るのは──黒焦げになって消滅していくミクロラプトル。そして、焼け焦げた床に壁。
その真ん中で悠然と肩を回す母・加古の姿だった。
「あー、弱すぎ。全然ダメだわ。私を殺すなら、ティラノサウルスの二・三匹でも持って来なさいよね」
「……はい?」
「え? え?」
あまりにも一瞬の殲滅劇を前にして、幼馴染二人はあんぐりと口を開けている事しか出来ないのだった。
「あっ一匹逃げた──待ちなさいッ!! 霆ッ!!」
「ケ、ケラウ……なんて?」
「……ギリシャ神話のゼウスの落とす雷だ……」
外に逃げた害虫を追うかのようなノリでミクロラプトルを追いかけ回す由比。
そのまま、隕石でも落ちるような爆音が響き渡る。確実にオーバーキルである。
そうしてミクロラプトルたちを片付けた後、何事も無かったかのように席についた母に──亜紀良は戸惑いを隠せなかった。何処からツッコミを入れれば良いのか分からない。
「はぁー……いつから知ってたの? 知ってたなら、もっと早く教えてあげたんだから。あんたの父さんの事、そして──絶滅少女の事」
「え、えーと、あの……母さん?」
「何? その様子だと知ってるんでしょ? 絶滅少女」
「おばさん……? ウソ……え?」
「ああ、それとも実際に見るのは初めてだった?」
「いや、そういうわけじゃない! あたしも絶滅少女ですから!」
「そう。なら何の問題も無いわねえ」
「あるわ沢山」
そういう問題ではない。
てっきりもう助からない流れかと思いきや、一瞬でレプリレクスを殲滅してみせた母の姿に亜紀良は目を擦るしかない。
「私──絶滅少女なのよ。雷竜のね」
「何でだァァァァーッッッ!?」
※※※
結局二人は、今までの経緯を由比に話す事になった。
数週間前に絶滅少女に覚醒した事。そして、正体を隠してシノニムという組織の監視下でレプリレクスと戦っていた事。
そして、シノニムは他でもない安良太が作った事。何より今日はとても長い一日だったこと、だ。
「じゃあ、母さんは父さんがシノニムを作ってたのは知らなかったのか?」
「そうよ。シノニムに関しては初めて聞いた」
となると──ジャバウォックの言っていた事は大体全部合っていた事になる。
20年ほど前にデイノアースに迷い込んだ少女とアラタは駆け落ちし、この世界にやってきた。
アラタは後の古田安良太であり、この世界で考古学者になった。そして、少女の名は由比。ブロントサウルスの力を持つ絶滅少女だったのである。
「私とアラタは、それはそれはもう長い事冒険してたわ。私、ばあちゃんと喧嘩して、1ヵ月くらい家出してたことがあるって聞いた事無い?」
「そういやそんな話あったな」
「あれね、その1ヵ月は大体デイノアースで過ごしてたの。あっちに行ったのは偶然。時空の裂け目? って奴が繋がったみたい」
「マジかよ!? 何があったのか教えてくれ!」
「全部話すとハリー・ポッターシリーズより長くなるわよ、良い?」
「おばさん遠慮しときます……核心に一生辿り着かない」
「私もそう思う」
いずれにせよ、母が歴戦の絶滅少女だったことに亜紀良は驚きを隠せない。もう口が裂けても「少女」などという年齢ではないのだが、それはさておき。
「何でシノニムは母さんに接触しなかったんだろうな……? 父さんが居なくなったなら、真っ先に当たりそうなもんだけど」
「てかあの人、あたしが面倒事に巻き込まれないように、あたしが絶滅少女なのも誰にも言ってないわね」
「何でだろ。こんなに強いのに」
「あの人の考えてる事は大体分かるわ。もう私を巻き込みたくなかったんでしょ。私──全盛期に比べたら力が衰えてるし……何より、あんたの面倒を見れるヤツが居なくなる」
「衰えてアレなのかよ」
「昔と同じ出力なら家が消し飛んでるんだから」
「こえーよ」
由比は絶滅少女である以前に、亜紀良の母となった。結局の所、安良太は自分に何かあった時の事も考えて彼女をシノニムに巻き込まなかったのである。
「あ、でも最近も何回か殺したわよ黒い恐竜。最近なんか増えてんなー、とは思ってたのよ」
「俺の知らねえ所でそんな害虫みてーなノリで」
「でも便利よ? ブロントサウルスの力。大抵のレプリレクスは相手にもならないし」
「ねえアキ君、ブロントサウルスって……?」
「竜脚類……首がクッソ長い四足歩行の恐竜の中でも特別デカい恐竜の仲間だ」
雷のトカゲを意味するその恐竜は、ジュラ紀後期に生息していたと言われている。体長は20メートルにも達した超大型恐竜だ。
その巨体こそが武器であり、大型の肉食獣でなければ手出しできなかったとされている程だ。
「それはさておき……デイノアースは、こっちでは絶滅した恐竜が当たり前のように生きている世界。人は恐竜と共存して暮らしているんだから」
「何で教えてくれなかったんだよ、そんな夢みてーな場所!!」
「だってあんた、絶対行きたがるでしょ。デイノアースに」
「行きたいッ!!」
「あはは……」
「でも、やめときなさい。進んで行くような場所じゃないわよ──って言っても、あんたからしたら夢みたいな場所だけど」
「余計に行きたくなったね!!」
「アキ君。今はレプリレクスとかの事を聞かなきゃ」
「あ、そうだった……母さん。ジャバウォックって名前に覚えはある?」
「ええ。一回父さんとあたしでボコボコにした」
「ボコボコにしたんだ……」
曰く。ジャバウォックは、恐竜を引き連れて他国を侵略する軍勢の軍団長のような存在だったという。
しかし──結局、アラタを始めとした反抗勢力にその目論見は断たれ、軍団は壊滅したらしい。
「何なんだよ……ウチの母さん肝っ玉って思ってたけど、そんなレベルじゃねーぞ」
「でも、あんな黒い恐竜は使ってなかったわね。あたしも最近目撃し始めた。で、SNSとかでも黒い翼竜を見たなんて話が上がってたし、またデイノアースがやらかしたのかと思ってね」
とはいえ、シノニムとのラインが無い由比では察知した所でどうしようもなく。ただただ周囲に降りかかる火の粉を払う事しか出来なかったのだという。
「……じゃあ、レプリレクス自体はあっちでも最近の技術なのか……?」
「さ、それは分からんね。ただ、あの人がわざわざ私みたいな力を持ってる女の子を集めて、デイノアースの攻撃に備えてたってのは……そう言う事よね」
「ッ……なんか壮大な話になってきた……」
「ま、結局デイノアースに行く手段が無い以上は──今は栓無き話ねエ。ただ、デイノアース側は確実にこっちの世界にアクセスする手段があるんでしょうけど」
一通り話し終えた後──「ま、私は部外者みたいだし……もう少し大人しくしてようかしらね」と言った彼女は疲れたのか、身体を伸ばすのだった。
結局異世界があると分かったところで、今は此方から何も仕掛ける事が出来ないのである。
「さぁてと──亜紀良。ちょっとあんた上に上がってなさい」
「え? 何でだよ」
「気にしないで頂戴。ガールズトークって奴よ」
「ガールって年かよ」
「雷落とすわよ」
「悪かったって」
すごすごと階段を上がっていく亜紀良に苦笑いしながら──改めて照は由比に向き直る。
幼馴染の母としての付き合いは長い。しかし、今目の前に居るのは絶滅少女の大先輩でもある。
「……照ちゃん。この数週間──どうだった?」
「え?」
「戦ってたんでしょ? 最近の貴女、私から見ても生傷絶えないなーって思ってたし、霧島さん……貴女のお母さんね? 彼女も心配してた」
「……」
「もしかしてだけど、あいつの所為で事件に巻き込まれたりとか……シノニムの所為で嫌な思いとか──」
「あたしは……誰かに強制されたりとか、無理矢理で戦ってるわけじゃありません」
由比は目を見開く。自分が想像していたよりも強い決意を秘めた彼女は、はっきりと言ってみせた。そんな彼女に、敢えて由比は問いかける。
「でも、君がやらなくても他の誰かがレプリレクスと戦うと思うけど?」
「あたしよりも強い人がいたとして。あたしの他にも戦える人がいたとして。でも……今、目の前でレプリレクスに襲われてる誰かを助けられるのがあたししか居ないなら……きっと、それはあたしがやるしかないんです」
「……そっか」
「それが最初はアキ君だった。それだけなんです」
「……ちょっと安心した。意地悪な質問したね。思った以上に君が大人だったから──確かめたくなった。私が同じ年頃で同じ答えを言えたかね?」
彼女は遠い目をする。遠い在りし日の冒険に──思いを馳せる。長く、苦しく、辛い事の連続だったが自分は乗り越えられた。だがそれはきっと当たり前の事ではなく、隣にアラタが居たからだ、と考える。
「今この世界で起こってる事件に挑むなら……誰かを頼ろうと思っても、きっと頼れない事もあると思うし、大人が子供を守らないといけない──なんて綺麗事は多分通用しない」
「……」
「でも、困ったことがあったら私に相談してほしい」
「ッ……ありがとうございます」
「その代わりと言っちゃなんだけど──」
少しはにかんで由比は言った。とても大事なものを託すように。
「──あのバカ息子の事、頼んだよ。本当にそっくりなんだ、ウチの旦那に」
返事は──もちろん決まっている。
「はいっ!」




