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第20話:ライドオン

「ツバサ殿ッ!!」




 しかし、間一髪の所でダイアウルフがツバサの首根っこを噛み、拾い上げてその場を脱した。

 ダイアウルフは代矢の下まで駆けていくと、背中に彼女を乗せるのだった。

 力無く顔を上げたツバサは、弱々しい声で言った。


「ご、ごめんなさい……大口をたたいておいて……何も、出来ませんでした……ッ」

「もう良い、喋んな!! クソッ、大怪我してんじゃねえか……つばちー!!」

「……誰か照さんを止めて……!!」


 ぐすり、と泣きじゃくるような声でツバサは言った。


「日本で初めて出来た、友達なんです……っ!! 私だって、失いたくない……ッ!!」

「つばちー……ッ」


 ツバサだって──辛かったに決まっている、と亜紀良は拳を握り締める。

 今この場に居る全員が、照に元の姿へ戻ってほしいと考えているのだ。


「ッ……止めねば!! もう被害が出てるでござるよッ!!」


 再びオオカミ達を呼び寄せて連隊を組み、テリジノサウルスの足元に向かわせる代矢。

 しかし、オオカミに喰らいつかれても尚動きを止めない巨大恐竜は、足音を響かせると共に地面を大きく蹴り──代矢目掛けて必殺の爪による一撃を喰らわせるのだった。

 

「がっ!?」

「ダイちゃん!?」


 忍び装束は鎖帷子諸共斬り刻まれ、代矢も吹き飛ばされてしまう。

 呻きながら再び立ち上がろうとする彼女だったが、胸から血が噴き出しており、咽込むのだった。

 同時に、周囲に現れていたオオカミ達も次々に消えてしまうのだった。


「ダ、ダメです……敵いっこありません……!! 今まで出会って来た全てのレプリレクスのどれよりも強い……ッ!!」

「おい、平気かダイちゃん──うわ、バッサリいってやがる……!!」

「はは、流石照殿でござるな……恐れ入──痛ッッッッたたたた」


 レプリレクスはじりじりと迫りながら、代矢とツバサの方に向かう。

 その様を──亜紀良は、代矢を抱き起こしながら眺める事しか出来ない。

 このままでは援軍が辿り着く前に、全滅だ。

 意を決し、亜紀良は照の前に走り出す。


「てるてるッ!! 俺の声が聞こえるかッ!!」

「ッ……無茶です、トリガー……!!」


 声など届くはずがない。

 完全に照はモンスターになってしまっており、聞く耳を持たない。

 爪を振り上げ──亜紀良目掛けて振り下ろそうとする。しかし、次の瞬間、再びダイアウルフが割って入り、亜紀良を突き飛ばすのだった。

 アスファルトが抉れるすさまじい音と共に瓦礫が飛び散る。


「ッ……ダイアウルフ──ッ」

「わふ」

「……乗れってのか」


 再びダイアウルフの上に飛び乗る亜紀良。吼えたオオカミは再びテリジノサウルスの方まで向かって行くのだった。

 それを見たツバサは──代矢の方を見やる。大きなダメージこそ受けており、立ち上がれていないが、まだ代矢の変身は解除されていない。


「一体何を……!?」

「諦めてはならんでござるよ、ツバサ殿!! 拙者たちでは無理でも、トリガーである亜紀良殿の声なら、照殿を元に戻せるかもしれない……ッ」

「しかし、今更……ッ」

「後悔、したくないのでござろう!? 拙者も──後悔はしたくない──ッ!!」

「……ッ」


 最後の力でダイアウルフを遠隔する代矢。

 爪を振り回して襲い掛かるテリジノサウルスの攻撃を紙一重で躱し続けるのは、流石に何度も照の攻撃を受け続けただけはある。

 加えて攻撃しなければならないわけではないため、回避に徹する事だけ考えれば良い。

 照に声を届けるのは──亜紀良の役目だ。


「照ッ!! 聞こえるかッ!! 聞こえてねえなら、聞こえるまで何度でも言ってやるッ!!」

「グォオオオオオオオオオオオオン!!」

「今まで色んな事あったよなァ!! 此処最近はマジでドキドキしっぱなしだったけど──悪い事ばっかりじゃなかった!!」


 回転しながらの高速斬撃が襲い掛かる。

 巻き込まれればみじん切りは確実の攻撃に対し、ダイアウルフはバックステップしながら飛び退いて大きく後退する──


「俺は、10数年もお前と一緒に居たのに、お前の事……分かってねー事ばっかだった!! そして、俺自身の事もッ!! 俺が自分で一番ビックリしたのは何だと思う!?」

「グォオオオオオオオオオオオオッ」

「俺は気が付いたら、恐竜の事と同じくらいお前の事考えてた、って事だッ!! オマエは怒るかもしんねーけど……自他共に認める古生物バカの俺がだぜ!? スゲーと思わねえか!?」

 

 怒涛の連続攻撃。

 宙返りしてからの地砕き。

 震動によってダイアウルフは空中に打ち上げられる。

 アスファルトが飛び散り、亜紀良の顔にも次々に傷が出来ていく。

 

(あークソ、色々伝えてえ事が多すぎて、まとまらねえ──こうなったら……ッ!!)


 空にダイアウルフが留まった一瞬。

 亜紀良はその背中から飛び降りた──そして、テリジノサウルスの頭目掛けて一直線に向かっていき、




「好きだッ!! 照ッ!! ずっと、お前の隣に居たいんだッ!! だから──戻ってきてくれーッ!!」




 ──その頭に飛びつき、めいっぱいを叫ぶ。

 もう恥ずかしさも惜しさも全て投げ捨てた。

 それが、古田亜紀良の精一杯の気持ちだった。

 当然、頭部に張り付いた異物を取り除くべく、引っ掻いて剥がそうとするテリジノサウルスだったが──




「グッ、グガァッ……グォオオオオオオオオオオオオオン!!」




 振り上げた右手を、左手が抑えつけ──慟哭にも似た叫びが響き渡る。

 ぐらり、ぐらり──とテリジノサウルスの身体が揺れ動き、よろめき──亜紀良は振り落とされそうになるが、それでもしがみつき続ける。


「離す、モンかよ──ッ!!」

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」

「離して堪るかッ!! 目ェ覚ませ……てるてるッ!!」


 次の瞬間だった。 

 漆黒の恐竜の身体に青白いラインが血管のように迸っていく。

 その光に目が眩み、とうとう亜紀良は手を滑らせてしまうのだった。


「──うあっ!?」


 下はアスファルト、身体をぶつければ命は無い。

 希うように手を握るが空を切っただけだった。




『アキ君ッッッ!!』




 しかし、そんな彼の身体を受け止めたのは──テリジノサウルスの掌だった。

 同時に亜紀良の頭の中に照の声が響き渡る。


『あき、君……』

「……てるてる?」

『あき君、ちいさく、なってる……あたし、どうなってるの……?』


 テリジノサウルスは困惑したように周囲を見回す。

 既にその目からは赤い稲光が消え失せており、更に黒い靄が消え失せていく。

 綺麗な翠色の羽毛に覆われた獣脚類恐竜がその姿を現した。

 思わずその姿に見惚れてしまい──亜紀良の鼻から血が垂れてしまう。


(あっれ俺,もしかしてこんな状況なのに興奮してんのか──ッ)


 誤魔化すように手の甲で鼻血を拭い──叫ぶ。


「ち、ちげーよ、オメーがデカくなってんだよ……!!」

『ええ!? あ、そう言えば、周りのもの全部小さい!!』

「一体どうなってやがる……元に戻ったんだよな!? てるてる!?」

『何だか起きたばかりで目が覚めたような……そんな気分だよ……でも、アキ君の声が聞こえたような……気はした』

「はは……そっか」


 その言葉で安心したような残念なような気分になる亜紀良。

 どうやら彼の一世一代の告白は、お流れになってしまったようである。


『でも、自分の身体が自分の身体じゃないような』

「そりゃそうだろ、オメー今テリジノサウルスになってんぞ。原型そのまんま。正直興奮──じゃなかったビックリしたぜ。恐竜のまま意識が戻るなんてな」

『え? ウソォ!? マジのマジ!?』

「はは……でも安心したぜ。姿は変わってるけど、てるてるだ」

『あたしは安心できる要素無いよーっっっ!!』


 頭に直に声が響いてくるような感覚で、彼女の焦りに満ちた感情も一緒に伝わってくる。

 だが、ともあれ──照の暴走が収まった事に安堵する亜紀良なのだった。

 それを見ていたツバサと代矢も顔を見合わせ、微笑み合う。


「どうやら……暴走は止まったようでござるな!」

「姿は戻ってませんが……どうやら、亜紀良さんと意思が疎通できているようです」


 しかし、まだ何も終わってはいない。




「つまらん……実につまらんのうッ!!」



 

 突如、町中に黒い宝石が投げ込まれ、それが黒い靄を放っていく。

 全長10メートルは優に超す巨体、そして強靭極まりない後ろ脚、髑髏を思わせる不気味で巨大な頭部。

 それには不釣り合いなほどに小さな前脚。

 暴君──そう呼ばれる竜の名は、恐竜を然程知らずとも誰もが知っている。




「ゴォオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッッッ!!」




 音圧だけで木々が揺れる咆哮。

 それを前にして亜紀良も照も戦慄する。

 ティラノサウルス・レックス。史上最大の獣脚類だ。

 そして、それを従えるようにして不愉快極まりなさそうに顔を歪めたジャバウォックが背に乗っている。


「下らんのう!! まさか、土壇場で力が目覚めるとは……しかし、それもまた一興!! ふたり纏めて、ティラノサウルスの餌にしてくれるわい!!」


 自分の楽しみにしていた「愉悦」を台無しにされ、憤るジャバウォック。

 だがそれでも最後の安全弁と言わんばかりに、ティラノサウルスを仕向ける。

 その姿を遠巻きから見ていた代矢は──叫んだ。


「あ、あいつっ!! 大神家を壊滅させたという、巨大なレプリレクスとそっくりでござる……!!」

「ティラノサウルス……!! 此処で出ますか、史上最大で最強の肉食恐竜……ッ!!」

「ジャバウォック!! テメェ、わざわざ前に出てきたって事は……分かってんだろうな!?」

『ってか、早くあたしを元の姿に戻してよーッ!!』

「思い返せば20年前もそうだったわい!! 古田亜紀良ァ!! お前の父親は良い恐竜乗りだったが、愛だのロマンだの下らんものの為にワシらを裏切った!!」

「裏切られて当然だろ……テメェはテメェの人望の無さに自覚が無ェのか!!」

「下らん下らん! ワシの書いた脚本は、絶望ッ!! 悲嘆ッ!! そして苦悶に満ちていなければならんのだよッ!!」


 ティラノサウルスの身体が黒い靄となってジャバウォックの身体を飲み込んでいく。


「──そしてワシは、それを眺める事で美味いワインが飲めるというわけじゃ!! まさに愉悦ッ!! ジャババババッ!!」

「クソッタレ野郎が……ッ!! 先生の時は面白い人だと思ってたが、一皮剥けりゃあカスだったな!!」

「此処でお前達を喰い、全員纏めてバッドエンドじゃあああああああああーッ!!」


 レプリレクスとジャバウォックの身体が絡みつき、ひとつとなった。

 目は爛々と燃え盛り、前脚の鉤爪はより鋭くなっていく。

 轟々とした咆哮は先程よりも悍ましさを増し、一直線に亜紀良と照目掛けて駆けずり回るのだった。

 当然、亜紀良を守るべく彼を地面に下ろしてぶつかりに行く照。ティラノサウルスとテリジノサウルス。獣脚類の頂上決戦が此処に火蓋を切って落とされたのである。


「ゴォオオオオオオオオオオオオオーッッッ!!」

『人間の不幸の味は蜜の味!! 最高の肴じゃッ!! お前達はどう啼いてくれる? ええ!?』

『あたし達は……オマエの愉悦の為に、生きてるわけじゃないよッ!!』


 巨大化した爪を頭部に振り下ろす照。

 しかしその皮膚は想像以上に硬く強靭で、突き刺さらない。

 そして顎の一振りだけでビルの壁に吹き飛ばされ、ガラスの雨を浴びるのだった。


『か、身体が重い……! 思ったように動けないッ……!』


 起き上がろうとする照。しかし、想像以上に鈍重なテリジノサウルスの身体に慣れていないからか、立ち直る事が出来ない。

 更に、ティラノサウルスは迫るなり──照の首を大顎で掴むと思いっきりぶん投げ、更に軽々と尻尾で打ち付けてアスファルトに叩きつける。


『スペックが違うんじゃよ、スペックがァ!! テリジノサウルス如きで、ワシに勝てると思うなァ!!』

「てるてるッ!!」


 急いで亜紀良は照に近付いた。

 捕食者の頂点たるティラノサウルス相手に、慣れない身体では動けない。


『動けない相手にィィィ!! 一方的に攻撃するのは、楽しいぞいッ!! さあて、先ずは何処から食ってやろうかのう!!』

「にゃろう……! ユーチューブでたまたま見かけたFPS実況者みてーな事言ってやがる……!!」

『あぐぅ、痛い……!! このままじゃ、皆もやられちゃう……!!』

「ッ……そう言えばアイツ」




 ──お前の父親は良い恐竜乗りだったが、愛だのロマンだの下らんものの為にワシらを裏切った!!




「恐竜乗り……ッ」


 亜紀良は気付く。

 照から離れていたさっきよりも、こうして近くで寄り添っている今の方が、彼女の身体を駆け巡る青白いラインが活性化していることを。

 そして、亜紀良自身も腕に青白い光が血管のように流れている事に気付く。


「てるてる!! 俺を背中に乗せてくれッ!!」

『ええ!? アキ君を!? で、でも絶対危ないよ!!』

「俺を──信じてくれッ!!」

『ッ……分かったよ。信じるッ!!』


 照はごろん、と転がり、背中を空に向ける。そして羽毛を掴んでよじ登った亜紀良は──「よし良いぞ、立ち上がれ!! てるてる!!」と叫ぶ。


「グオオオオオオオオオオオオンッ!!」

「ゴッシャアアアアアアアアアアッ!!」


 最大クラスの獣脚類が睨み合う。

 しかし、今度の照は心なしか全身に力が漲っていた。

 それを示すかのように、両爪にも青白いラインが迸っている。


『何のつもりじゃア? 恐竜乗りの真似事か!!』

「そうだぜ。俺達は──隣で戦うバディだ!!」

『ッ……あーもう!! 何でそんなに嬉しいことばっかり言うのかなーッ!!』


 ジャキン、と爪を構えた照は突貫する。 

 同時に咆哮したティラノサウルスも突貫した。

 二匹は取っ組み合う。

 しかし、先程までは押され気味だった照は今度は爪の一薙ぎでティラノサウルスを弾き飛ばせるほどに力を増していた。

 そして同時に、二人はひとつになったかのように呼吸が一致し、互いの感覚を共有し合っていた。


「分かる……すげえ分かる……てるてるの鼓動、感覚、呼吸……全部一緒になったみたいだ!!」

『あたしも……ッ!! 今なら、どんな相手にも勝てそうな気がするッ!!』

「てるてる、すっげー嬉しいの伝わってくる!! 俺も、お前と一緒に戦えて嬉しいッ!!」

『あたしもだよッ!!』


 ダイナミックエナジーが彼女の感情の昂りと共に身体を駆け巡る。

 爪にエネルギーが集中し、更に硬化した。


武装(エクステンション)──補強(フローター)ッ!!』

「てるてる──ギリギリまで惹きつけろ!! 俺の合図に合わせて決めるんだッ!」

『うんッ──!!』

『良かろうッ!! 正面から──纏めて焼き払ってくれるッ!!』


 轟!! と音を立ててティラノサウルの大口から火の玉が吐き出される。

 しかし──右爪の一振りで火の玉は掻き消され、消えてしまう。

 予想外の出来事に流石のジャバウォックも狼狽えるのだった。


『バカな!? おのれ、噛み砕いてくれる──ッ!!』

「狙いは首だッ!! 腕を噛ませて貫けッ!!」

『うんッ!!』


 左腕を敢えて無防備に差し出した照。

 ティラノサウルスは迷わずそれに向かって噛みつく。しかし──




「──武爪(エクステンション)ッ!!」

『──超刻撃(スカルプチャー)ッ!!』




 ──直後にその喉を下から貫いたのは、右の鉤爪だった。

 この至近距離ならば避けられることは無いし、柔らかい喉笛は良く爪が貫通する。

 肉を噛ませて急所を穿つ。爪を引き抜けば、黒い靄が鮮血の代わりに噴き出し、ティラノサウルスは大顎を放してよろめくのだった。


『がっ、ごっ、がはっ──!? さっきよりも鋭く、強い──おのれ──貴様ら親子にワシが負ける……!? 親子二代にわたって、ワシが──』


 そのままティラノサウルスは崩れ落ちていく。


『だが、勘違いするな……これで終わったわけではない……!! ジャババババッ!!』


 そして、ジャバウォックの身体を吐き出すことなく、そのまま消えていくのだった。

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