アオイの部屋
『ソウタ、もっとすごい、必殺技を教えてよ』
俺は地味なCode技術を教わるのに飽きていた。
『なくはない』
『マジ!』
俺はワクワクして教えてもらうのを待った。
だが、一向に話し出す様子がない。
『教えてよ。もう地味なCode修正飽きたよ』
『じゃあ、これから教えるけど、使ったら必ずやり切るのよ』
『どういう意味?』
ソウタは説明を始めた。
そもそもCode変更は体を動かしたりする技ではないが、非常に体力を消耗する。
『……まして必殺技というレベルになると、もっと体力を削るわけね』
『それは、本当に必殺しろということ?』
『そういうことね。そこで決着がつかない場合、次はないと思って』
俺は少し震えた。
自分が死んだ時のことを思い出した。
女王に転生させてもらい、命を長らえた人間が、この世界で容易く他の人間の命を終わらせていいのだろうか。そういう疑問もある。
『ごめん、考えを読んでしまったけど、殺すことだけじゃないの』
『……』
『この技を使った時の疲労を考えて行動するということよ。技を出した後、疲れ果て、倒れて寝てしまうと思って欲しいの』
そういうことか。
完全に有利な状態に持っていけるつもりがなければ、使ってはいけないということだ。
『これから試しにアラタのCodeを書き換えてみせるから。ポイントを覚えて』
長身の男が、不意に剣を突いてきた。
俺は油断があって、完全に初動が遅れてしまった。
ここで使うしかない。
今までにやったことがないほど、自身のCodeを高速に書き換えていた。
書き換えが終わると、長身の男が突いてきた剣が、俺の胸に当たる直前で止まった。
俺は全力で床板を蹴り込む。
見る間に剣の先端と、俺の体が離れていく。
足で蹴った床から、火花のようなものが小さく飛び始める。
男との距離が、二メートル、四メートルと離れていく。
俺の体は、いつの間にか部屋を飛び出している。
このままだと、壁に激突してしまう。
俺は壁を蹴る為に、空間で体を捻った。
壁を蹴る足に、強い荷重がかかる。
だが、Code改変の力で、体は耐えられるはずだ。
階下に向けて壁を蹴った。
俺は言った。
『な、なんですか? 今の感覚』
ソウタは笑った。
『すごいでしょ』
『けど、うまく動けません』
『非常識な技だから、感覚に慣れることと、その場での体を使い方を学ばないといけないわ』
ソウタがいう通りだった。
まるで重力がなくなったような感覚だった。
体が宙に浮いてしまって、まともに動けなくなる。
下手をすれば、天井と床を交互に使った方が早く移動できるかもしれない。
『Code書き換えそのものの負荷もそうだけど、場内で消費する体力のせいで疲れてしまうのよ』
ソウタは俺のCodeを書き換えたせいで疲れ、俺は場の中で動き、体力を消耗した為に疲れてしまった。
二人はいつの間にか、互いに背中を合わせた格好で床に座り込み、寝てしまった。
階段の壁を一二度蹴り、床を蹴ると、建物の外に出ていた。
階段を蹴って降りていてはスピードが出ない。
俺は路地を挟んで建つ建物の壁を蹴りながら、建物から離れていく。
階段が終わり、坂道を少し進むと、アオイが止まっていた。
俺は急いでCodeを戻した。
時間を止めたのではない。
俺の運動メソッドだけが、すべて他を超越するスピードに書き換えたのだ。
長身の男の剣は、勢いよく動いていた。
だが、俺が床を蹴る速度の方が、何千倍も早かっただけだ。
視覚を認識するフリッカー融合頻度も、体の能力全ての速度が上がる必要があった。
視覚も、思考も、全ての速度が上がってこそ行動が可能になる。
根幹的なルールを書き換える技は、確かに必殺技と言えた。
俺は、ごつごつした石の道を、まるで雪の上でスキー板を履いたかのようにすべった。
スピードを落とし切ったところで、俺は顔を戻し、アオイの手を取った。
突然、視界に現れた俺を、どこまで正しく認識しているかわからない。
彼女は掴まれた手を振りほどくわけでもなく、呆然と俺を見つめた。
「こっちだ」
「……カフェの店員!?」
「説明は後だ!」
俺はアオイの手を引き、坂道をくだり、路地を走った。
走りながら周囲のCodeを探る。
目の前に流れるCodeから、俺は廃屋を見つけた。
「ここを曲がろう」
俺は強引にアオイを連れて廃屋に入る。
扉が開かないよう、壊れた家具を動かして押さえにした。
眠い。
超加速系のCodeを使った代償として、強烈な眠気がやってきていた。
俺は手近にあった椅子に座った。
だが、まだ寝れない。その前に聞かなければならないことがある。
「なぜ狙われている?」
「私の方が知りたいわよ」
「俺は君を女王の……」
「女王の?」
そう聞き返した時、アオイは自分の手を握った男が寝てしまったことに気づいた。
「えっ、何これ? 外れない。あんた、本当に寝てるの!?」
男の指が硬く握られたまま、どう頑張っても外れない。
「勘弁してよ!!」