「 パンと水 」に憧れる
静かな朝
あたたかい布団の中で
目が覚める
まるで
ペリペリと音が聞こえるみたいに
身体から薄皮を剥ぐように
布団を捲り
そうっと起きる
毎朝のルーティン
起き抜けて
真っ先に向かう窓辺
ザザァーっと
カーテンを開けると
遠くに見える山の稜線や
滑走路から飛び立ったばかりなのか
まだ斜めに機首を上げている旅客機や
東の方の山陰から
この世界を照らし始めた太陽の光や
深まる秋を告げる赤や黄色、
とりどりに色づいてきた樹木の葉や
そんなものすべてが
薄い薄い
上質なシルクのスクリーンを一枚、
ふうわりと纏わされて
薄い紗の掛かった
その景色が
どこか、
深い記憶の襞に眠っていた
古い映画のワンシーンみたいで
起きているのに
まだ夢の中にいるような心地がして…
瞬間、私は
呼吸が止まる
こんな風に始まる一日は
大抵は晴れて
気持ちの良いものと決まっている
ああ、
自転車に乗って
何処か知らない町まで
気の向くままに遠出をしてみたいと思う
そして、思い出した
ひとりの女性の姿
姿と言っても
実際に生きている彼女を
この目で確かめたことは無く
ハードカバーの分厚い書籍の中
沢山の文字にその人生を綴られ
頁に収められた
モノクロームの写真の中に
彼女の歩いた人生を認めたことがあるだけ
彼女の名前は
マリー・キュリー
健康診断の時などで
私達がレントゲン撮影をする時の
ラジウム線を発見した女性
キュリー夫人での称が
世間には馴染みが深いかもしれない
彼女の伝記に私が出会ったのは
通っていた小学校の図書室
背の低い本棚は
今の私や、大人の人なら
せいぜい腰ほどの高さで
当時
三年生か四年生かだった私が
彼女の物語に
興味を惹かれた理由なんかは
何も覚えていない
子ども向けに設えた
これもまた背丈の低い
おままごとのような受付のカウンターで
貸出しカードに上から並ぶ
誰か知らない名前の下に
自分の名前と学年とクラスを記入して
その本を借りて
「 本の虫 」だった私は
夕方、下校して家に帰るなり
ランドセルから本を取り出すと
家族で囲む夕食や団らんもそこそこに、
お風呂もバタバタと慌ただしく済ませて
夜が更けていく感覚も忘れ
布団の中でも
夢中になって
彼女の人生を読み進めていった
大人になった現在でも
こんな風に熱中して読書する癖は抜けなくて
どうしたものかと思うけど(笑)
そうして読了し
ようやく気の済んだ私は
貸出しの期日を何日も残して
早々に図書室へ本を返し
それきり
彼女には会ってはいない
けれど
今でも時々、彼女のことを想う
それは今日のように
麗しい一日の始まりであったり
仲睦まじいカップルを見かけた時だったり
仕事に疲れて
ぽうっとしながら
珈琲を飲んでいる時だったりする
パンと水…
年若く、
裕福なわけでも無かったマリーと夫は
それぞれの研究費を優先させて
自分たちの衣食住にかかるお金は
とにかく切り詰めた生活を送り
日々の食事は
フランスパンと水と云う質素
新婚旅行に至っては
自転車で田舎を巡ると云うもの
それでも
お互いを愛し、尊敬し、いたわり、
希望の毎日を過ごして
結果、
世の中の沢山の人々を救ける発見を為す
子どもの頃から
今も変わらず憧れる
彼女と夫の関係
彼女は
間違いなく「 しあわせ 」だったろうと想う
裕福で無くとも良し
お互いを認めて尊重し
惜しみなく愛を注ぐ…
そんな関係に
大人になった今も憧れている




