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09.おめでとう

 学園からまっすぐお嬢の家に向かわず、少し回り道をすると、商店街が姿を現す。当初想定していた客層はもちろん学園の生徒たちだったのかもしれないが、学園周辺が発展したいまでは老若男女で賑わいを見せている。学園の成立前後にポツポツ建ち始めたらしい店舗はどこも新しく、店員も平均して若々しい。話によれば学園の一期生入学が十二年前らしいから、いわゆる老舗を銘打つ店も歴史としてはまったく深くない。


「いいたいことが三つある」

「順番にどうぞ」


 夕陽に照らされた商店街を、おれはお嬢と歩いていた。爺やさんに渡された買い出しのメモにはすべてチェックがつき終わっている。お嬢に荷物持ちをさせるのはどうなのだろうと思った結果、おれが両肩にバッグを提げているかたちだ。


「この決闘、なにか意味があったのか?」

「誇りをかけた決闘だから、それ以上の意味なんて必要ない。違う?」

「違わない。でも二人とも本職は魔法使いなんだろ? 見たよ、トーナメント表」


 年度末におこなわれる学園の大会は一年勉強してきたことの総決算だから、基本的に生徒は全員が参加する。戦闘に特化していない者やサポートに回りたい者はバディとしての参加も認められている。空いた時間にテルキュネスさんからそう教えてもらったおれは、そこで大会が勝ち上がりのトーナメント形式であることも知っているのだ。


「反対の山だったな。二人とも勝ち上がっていけば決勝の舞台で当たるやつだ。白黒はっきりつけるにはぴったりな気がするんだけど、そこにたどり着ける自信がなかったってわけじゃないよな」


 決闘という珍しいものが見られる、というだけの観戦者数ではなかった。お嬢が学園の生徒全員から嫌われていて、エフェリリウスに「討伐」される様子を見たいという雰囲気でもなかった。そしてテルキュネスさんの紹介口上から推測するに、二人の実力は相当な上位に位置すると予想できる。


 だからこそ二人の決着をあそこまで急いだ理由がわからないのだ。


「正直、本当に陽明が欲しかったとしか考えられないんだよねぇ」


 言外になぜこんな男をというニュアンスを感じ取ったが、おれもそう思うからなにもいわなかった。


「じゃあ、二つ目」

「え? 一つ目はいまので解決したの?」

「いいだろ? それで二つ目だけどな、おれが想像したのと周りの反応が違った」

「周り……って観客のこと?」

「失礼なことをいうぞ。てっきりおれはお嬢がみんなに嫌われているものだとばかり思ってた。けどあの空気なら飛んでもおかしくないブーイングが飛ばなかったし、エフェリリウスが負けたあとになにかあるわけでもなかった」

「じゃあ逆に訊くけど、どう思う?」


 少し間を置くように唸ってみたが、考えはすでにまとまっている。


「みんなは誰かを恐れてる。強すぎるお嬢か、それとも誰かがお嬢に与するのを嫌う誰かか」

「へー、昨日の今日でそこまでわかるんだ」

「孤高の狼なんだろ?」

「あれ、恥ずかしかったから正直やめてほしかったんだけどね。テルキュネスさんだっけ? 彼女、結構感情が籠っちゃうタイプっぽいから」


 あれ、やっぱり事前の打ち合わせなしだったのか。面白かったからそれはまぁいいんじゃなかろうか。迫力もあったし。


「三つ目。学園でなにか注意喚起とかあったか?」

「え、なに? 急に変な質問になったけど」

「ストーカーとか変質者とか、そういう類の話」

「昼休みには立ち入り禁止のはずのバディが多数侵入した話?」


 それはおれだろ。悪かったよ。


 本人の名誉を思えば隠しておくべきなのかもしれないが、状況が状況だ。おれはお嬢が情報を悪用するタイプではないと思っていたし、情報に精神を左右されるタイプではないとも信じていた。だから包み隠さずに、エフェリリウスがいっていた被害について話すことにしたのだ。寮という性質上、彼女だけの問題ではない可能性もあるしな。


「いつ彼女とそんなことを話す仲になったのかは置いとくとして」


 置いとかれた。そこにはまったく気を回していなかった。危ない。


「そういうのは聞いたことないかな。あそこ、一応許可なしじゃ入れないし、大丈夫だとは思うんだけど……そっか、内部犯なら防ぎようはないか」

「寮に住んでる人間が協力者なら、侵入できるってことか」

「でもボディガードはいるし、大丈夫だとは思うんだけどなぁ。それよりもその話、してくれてありがとね」

「一応いっておくけど他言無用でな」

「当然。その話で納得できたから助かったくらい」


 助かった? 理由を問うてみると、その答えはシンプルなものだった。


「今日の彼女、剣筋が揺れてたし、踏み込みも甘かったから」


 すごく強キャラっぽい発言をナチュラルに聞けた。それはさておき、家に到着するまでにおれはちゃんといっておかなければならないことがある。ということで。


「四つ目」

「三つじゃなかったっけ?」


 歩きながら首を傾げたお嬢に、おれは笑みを浮かべていう。


「勝利、おめでとう」

「勝って当然の戦いだったけどね」


 一瞬きょとんとした表情を見せたお嬢が、満足げに笑った。







「送還魔法の目処が立ちましたぞ」


 おれとお嬢の帰りを出迎えた爺やさんは、おれの買い物袋を受け取るなりそういった。


「実は昨夜のうちにある程度の情報はまとまっておりましてな。今日は必要な材料を買ってきてもらったというわけでございます」

「チョークや羊皮紙とか、それっぽいなって思いました」


 決して適当な受け答えではない。メモのリストに食料品以外のものがあったから気になっていたのだ。しかしまさかもう(・・)もとの世界へ帰られるようになるとは。


「師匠に連絡が取れたってこと? 人間が召喚されたなんて話をしてよく信じなかったなぁ」

「いえ、そのことについてはまったく話しておりませぬ。無用な混乱を避けるべく、質量の多い魔術書とだけお伝えした次第」

「それ、本当に大丈夫?」

「おそらくは。そう伝えた際、興味深い話を聞きましてな」


 爺やさんに案内され、おれは玄関すぐの位置にあるソファに腰掛けた。お嬢もテーブルを挟んだ向かい側のソファに座り、買い物袋を奥に盛っていった爺やさんが帰ってくるのを待った。


「なんでも魔術書召喚の際、人骨が付随してきた例があるのだとか」

「なにその急に怖い話」


 戻ってくるなりおどろおどろしい口調でいった爺やさんに、お嬢が顔をしかめた。


「その事例では魔術書を抱きかかえていたらしく、魔術書を抜き取ると骨は砂のようになり、風とともにどこかへと消えてしまったそうな。その真偽はともかく、質量が多いという条件を述べた際、向こうはすぐにその例を出し、さらに対処法も教えてくださいました」

「よく伝わりましたね。本自体が大きかったりする場合もあるはずなのに」


 なぜかおれの意見に納得したように、爺やさんが驚き深く頷いた。ちょっと待て、先に考えるべきはそっちだろう。なんか不安になってきたぞ。


「それにその人骨だって、ここに召喚されるまでには()がちゃんとついてた可能性もあります。おれの変わり果てた姿がもとの世界に晒されるってのは勘弁してほしいんですけど」


 これはまったくその通りといわんばかりに、爺やさんが驚き深く頷いた。いよいよもってその送還魔法は避けたようがいい気がしてきたな。


「いえいえ、二度目の反応は冗談ですぞ?」

「一度目は本気だったんですね……」

「転移中の挙動については研究がある程度は進んでいるらしく、どうやら転移前の姿をそのままに留めるのだとか。ご心配召されるな。必ずや、陽章さまをもとの世界へと送り届けてみせまする。月の満ち欠けの関係上、できれば明後日の早朝、遅くともその昼間までにはと考えておりますが、いかがなされますかな?」


 そのときのおれはお願いしますと素直に頭を下げたのだが、どのくらい不安になっていたかといえばその夜ほとんど眠れなかったほどである。仮にも異世界だというのにこの生温い現状がおれの帰還という判断を鈍らせているのか、それともわざわざ安全が確立されていない方法で帰ろうとしているおれをおれ自身が戒めようと頑張っているのか。


 結局朝日をギリギリ拝まずに済んだ次の日、おれが起きたのはとっくに正午を回ったあとのことだった。


 同じ服を長く着続けるわけにもいかず、かといっておれは代えの服を持っていない。助け舟を出してくれたのは爺やさんで、同じような体格の使用人がかつて使っていた服一式を貸してくれたのだった。少しカビ臭い気がするが仕方がない。そろそろ自分でも気になっていたところだ。


 準備があるらしく、お嬢はさっさとおれが召喚された部屋へと籠ってしまったらしい。爺やさんに推奨され、いまおれは屋敷の周辺を散歩しているわけだが、さてどうしたものか。


「排除させてもらう」


 どうしたものかというのはつまり、おれに短剣を向けている女性についての件だった。短剣を向けられるようなことをした覚えはまったくない一方で、おれはこの女性を以前に見たことが思い出した。


 登校中に出会ったエフェリリウスに付き従っていた女性だ。爺やさんのようにイメージ通りの執事服を着たその女性が、おれに迫る。

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