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ひとしきり笑わせ続け、さすがにくすぐり疲れたあたしたちは、ターゲットとなっていた三人を解放する。
「あれ? ぼく、いったいなにしてたんだろう?」
「わたし、いったい……。なっ……、教室の中、めちゃくちゃ!?」
「やだ、なによこれ!? 衣装がぐっちゃぐちゃじゃない!」
どうにか正気を取り戻したようで、三人はそれぞれ周りの状況を見て、驚きや困惑の表情を浮かべていた。
お客さんたちも徐々に落ち着きを取り戻し、クラスメイトに促され、とりあえず座っていた席に戻っていく。
あたしの両親とお姉ちゃんも、ちょっと呆然とした顔ではあったものの、席に戻ったようだ。
「ふぅ……。どうにか事態は収まったみたいだけど、いったいなんだったんだ?」
お客さんたちを誘導していた三橋くんが、誰にともなくつぶやく。
その声に対して答えられるとしたら、おそらく小明麻さんだけだろう。
でも彼女は、三橋くんに答えを返すことなく立ち上がると、突然大声を張り上げた。
「荒井さん! いるのはわかっていますのよ! 出てきなさいな!」
小明麻さんの声に、おそるおそるといった様子で、なにもなかったはずの空間からじわじわ~っと、荒井さんと思われる影が現れる。
それは、小さな男の子の姿をしていた。
「ごごごごご、ごめんなさい、お姉ちゃん……」
体をぶるぶると震わせて、怯えた瞳を小明麻さんに向けている男の子。
両手を胸の辺りで組み、体を猫背に丸めて縮こまっている。
う……うわ~、可愛い~!
思わずそんな感想を抱いてしまう。あたしって、そういう趣味があったんだ……。
って、そうじゃなくて!
つまり荒井さんっていうのはこの男の子で、こんな現れ方をするってことは、笑ちゃんと同じように妖怪の一種ってこと?
「ふふふ、そういうことです。わたくしが今回の春祭のために、お呼びしたのですわ。実は四月の初めにも一度、妖怪たちを集めてサクラさんが中心になってお花見大会をやりまして、そのときにもお呼びしたのですけれど」
あたしが訝しげな顔をしていたことに気づいたからか、はたまたあたしの心の中を読んだのか、小明麻さんが疑問に答えてくれた。
それにしても小明麻さんって、ほんとに得体が知れない人だわ……。
クラスメイトもみんな、あたしと同じような思いを抱いているのだろう、彼女に対して微妙な視線を向けていた。
「そのお花見でハメをはずしてしまって、荒井さんにお酒をたくさん呑ませてしまったんですよね」
こともなげに、そう独白する小明麻さん。
「お酒って……荒井さん、こんな小さいのに……! っていうか、小明麻さんも呑んだの!?」
「うふふ、小さい子供の姿をしているといっても、荒井さんは妖怪なので問題ありません。わたくし自身はもちろん、お酒は呑んでいませんわ」
呑んでなくても、酔っているような迷惑さを発揮してるけどね。あたしは心の中でつけ加えていた。
「以前、委員長が嫉妬に駆られたことがありましたよね? あれも、実は酔った荒井さんが心の中に入り込んでいたからでしたのよ」
荒井さんは小さい子供の妖怪だから、体力が足りない。
そのため、疲れてしまったり、あるいはお酒に酔ってしまったりといった場合、人の心の中に入り込んで体力が回復するまで眠るのだという。
委員長が暴走したときは、荒井さんが彼女の心の中に入って眠っていた。そして、お酒のせいで荒井さんから漏れ出していた力が、委員長の思考に影響を及ぼしたということらしい。
「ともかく。荒井さん、話していただけますわね?」
小明麻さんは、怯えた目をして震えたままの荒井さんという男の子に、優しく問いかける。
ここで否と答えてしまったら、どうなるかわからない。そんな雰囲気を、荒井さん本人も感じたのだろう。
無言で頷くと、体と同じように震えたままの声で、ぽつりぽつりと話し始めた。
☆☆☆☆☆
「ぼくは、小豆洗いです」
荒井さんは、そう言った。
小豆洗い……。そういう妖怪の話は、聞いたことがある。
妖怪部などという部活に無理矢理とはいえ入部した手前、少しくらい知識を持っておくべきかも、なんて思って本を読んだりはしていたのだ。
だけど、確か小豆洗いといえば、川で小豆を洗っていて、近づいた人を川に引き込んでしまう妖怪だったような気がする。
妖怪にまつわるお話って、地域によっていろいろと違っていたりするものだけど。
それでも、こんな男の子の妖怪だなんて、聞いたことがなかった。
しかも荒井さんの場合、小豆ではなくて、いろいろな野菜を洗っていたということになるはずだ。
美野ちゃんが分けてもらったと言っていた野菜というのが、この荒井さんが洗ったもので、そのせいで霊力……妖怪の場合、妖力になるのかな? そういった力がこもってしまったんじゃないだろうか。
「うふふ、香紀さん、結構鋭いですわ。でも、五十点、といったところでしょうか」
また、あたしが心に浮かべた疑問に、小明麻さんから答えが返ってきた。……ほんと、得体が知れない……。
「あの、続けていいですか……?」
遠慮がちな言葉を挟んで、荒井さんは話を続ける。
「ぼくは小豆を洗う妖怪ですけど、最近は小豆だけじゃ需要が足りなくて……。それで、いろんな野菜を洗うようになったんです」
……いったいなんの需要だろう、というツッコミを入れたりはせず、あたしは話を聞き続ける。
「夕方になって人がいなくなったあと、ぼくは給食室に忍び込んで野菜を洗っていました。そのときに聴こえてきたんです。とても心地よい歌声が」
聴こえてきたのは、春祭の練習をしていた美野ちゃんの歌だった。
その歌声に酔いしれた荒井さんは、お酒に酔ったときと同じように眠くなり、ふらふらと美野ちゃんのもとへと引き寄せられた。
美野ちゃんの優しい歌声を間近で聴いた荒井さんは、その響きにお母さんの温もりを感じたのだという。
すーっと美野ちゃんの心の中に入り、そしてそのまま眠ってしまった。
「おそらく眠っている妖怪は、存在が安定していないんでしょうね。練習している美野さんの歌声に乗って周囲に流れ出た荒井さんの妖力の一部を、委員長さんや桜之城くんが吸い込んでしまった。そんなところなのでしょう」
小明麻さんが再び口を挟む。
委員長と友親くんは、美野ちゃんに巻き込まれただけだったのね。
……美野ちゃんだって、巻き込まれたようなものだとは思うけど。
「あっ、そっか。それじゃあ、美野ちゃんが給食室で野菜を洗ってたのも、荒井さんの影響だった、ってことなのかな?」
「そんなことがあったのですか。なるほど、そのせいで野菜に荒井さんの妖力が漏れ出して移ってしまい、今日の料理でそれを食べたお客さんたちが、美野さんの歌に反応して暴走し始めた……。きっと、そういうことなのですね」
あたしのつぶやきに、小明麻さんが細かな分析を加えていく。
「はぁ……。それにしても、この歳でお母さんの温もりが感じられたって……。さすがにちょっと、ショックだわ……」
荒井さんに取り憑かれていた当人である美野ちゃんは、違った意味でがっくりと肩を落としているようだった。
「うふふ、小さい子の姿で現れる妖怪は、もともと幼くして亡くなった子の霊ということが多いですから、気にしなくていいと思いますわ。荒井さんの外見は五歳くらいですし、そのくらいの子から見たら、わたくしたちなんてもう立派なオバサンですわ」
小明麻さんはそう言って、美野ちゃんを慰めようとする。
でもあたしはその言葉の一部に、ぎゅっと胸を締めつけられた。
小さい子の姿で現れる妖怪は、もともと幼くして亡くなった子の霊ということが多い……。
それじゃあ……笑ちゃんも、そうなの?
あたしが控えめに視線を向けると、笑ちゃんはにこっと笑顔を返してくれた。




