見えない真実
俺が敵のリーダー格と思しき存在と対面する前に、椿から言われていたことがあった。
「単身突撃は駄目だよ。乗り込む時は奴隷商会の構成員と一緒にね」
唐突に始まった作戦会議。
俺は有無を言わさず、そこに参列させられた。
出席者は、『議長』椿と『聴衆』茂の二人。
……これは本当に会議なのだろうか?
「何故そんなことをしなくちゃいけない?」
事実上、取り決めが為されたあとの方針に口出しをしてみる。
穴があればこの会議も話し合いらしくなるはずだ。
「敵の幹部が他人の視界を奪う宿願を持っているからさ」
「奪う?」
他人から視界を奪うと言うことは、失明させられる危険性がある、ということだろうか?
「覗き込む、と言い換えた方が分かりやすい?敵に視界を覗かれてる間も茂の方は何も変わらないよ、多分」
……多分ってなんだ、急に小さな声になったぞ。
「おい、最後なんて言った?それに、なんで敵の能力の影響を受けるのが俺だけなんだ」
言い返してはみるものの、合点がいった。
他人の視界を覗く人間が相手なら、単騎で突っ込んだら易々と罠にかかって終わりだ。
突撃する人員が二人に増えたとて、大した違いは生まれないだろう。
「あと、敵の数は多分想定より減る。25人も居れば結構残ったね、ってくらいじゃないかな」
「120人相手じゃないだけマシだけど、それでも十倍以上か……待て、敵の数が減る要因はなんだ?」
どこで仕入れたか分からない情報とはいえ、もしこれが本当だとして敵が人数の利をわざわざ削る必要があるのか。
「狙いがバレてる。奴隷を逃す算段を既につけてるはずさ。今回の目的地はヒーロー連盟でいうとこの支部に過ぎなかったみたい」
「わざわざそこに向かう理由もない気がするんだが」
ミッションも達成できず、数の不利が完全に消えたわけでもない。
その認識で問題がないなら、俺には椿の作戦が持つ意図が見えない。
「私は篠川椿、連盟所属のBランクヒーロー『追憶』――今はそれで納得して」
「そうか……」
力強いその宣言に、考えるより早く納得してしまう。
「そして、潜入するのは君に任せたい」
椿の指が俺の腰に触れた。
――正確には、腰に刺した拳銃に。
幹部との戦闘は任せる、という意思表示で間違いないと思う。
「……それはそれとして、どうやって敵とアジトまで進めばいい?」
どこまで話を進めても、この会議で1番の難点はそこになる。
敵に仲良く案内してもらうことなど期待できない。
「秘密兵器を使うのさ。結局は、構成員の視界を借りたいだけだからね」
椿は側面にドッヂボール位の大きさの球を手渡して来た。
「これは特殊なガスを溜め込んでいてね。経皮感染はしないけど、少しでも吸ったら体が麻痺する代物だよ」
ちゃんと即効性、と椿は更に説明を付け加えた。
手で回してみると、一箇所だけ出っ張りがある。
おそらく、ここを押せばそのガスが放出されるのだろう。
「これも預けるね?」
二つ目の小道具はゴツゴツした手触りのするものだった。
やけに立体感のある作りだ。
「ガス関連ってことはガスマスクか?」
「いや?それは、閃光弾だよ。作戦が終われば空に、失敗したら自爆して」
「お前は鬼か」
更に続けて、椿は彼女のポーチから何かを取り出す。
「何を隠そう、マスクは一つしかないからね……怖い顔しないで?冗談だよ」
一瞬、彼女を置いて帰ろうと考えた。
すると、彼女が慌てたようにそれを押し付けて来る。
ちゃんと、2人分用意してたらしい。
「黒でいいんだよね?」
「相棒役が目立つ必要はないからな」
三つ目の秘密兵器を鞄の中に流し込み、腰の銃とナイフに手を当てる。
「うん、それじゃ行こうか!」
―――――
「と言うわけだ、凄いだろ?あいつは」
用意を終えた閃光弾を上空に向けて発射する。
これですぐに追いついて来るはずだ。
「あり得ぬ」
隣から、そんな声が聞こえた。
捕縛済みの敵幹部の女だ。
「そのような会議など出来ぬはず。妾は全てを見ていたというのに!」
まあ、気持ちは分かる。
俺自身、先ほどまで椿のことを期待外れだと感じていたのは嘘じゃない。
「妾の宿願は情報戦で無類の強さを発揮する。そのような手品などにかかるはずが……あの戯言は全て演技で、作戦自体は既に決まっていたとでも」
「あいつはどうだか知らないが、俺は巫山戯たつもりはないぞ」
「なら何故こうなった!?いや、貴様らはどうせ捕らえられる。あのヒーローは今も15人を相手に――」
女の騒ぎ立てていた声が途切れた。
向こうの惨状が見えたのだろう。
「夢じゃなくて現実を見ろよ。その能力は飾りか?」
おそらく、椿がガスの方に走って追手全員を手玉にとっている頃合いだ。
少なくともこの場所での戦いは俺たちの勝ちだ。
「何故だ!?何故こうなる!?本当に宿舎で話し合いしていたのなら、妾は――妾たちはどうしてそれを知らない!?」
目を瞑れば終わる話ではない、と女は言い放つ。
なら、他の幹部の宿願も加味した上で椿はあんな方法をとったのだろう。
「目が見えない、耳も聞こえない。そんな奇跡の少女を知っているか?」
「……なんの話だ?」
まだ混乱が収まっていないのかもしれない。
指揮官ならもう少し落ち着くべきだと思うんだけどな。
「その少女、ヘレン・ケラーがどうやって言葉を認識したと思う?」
「……まさか」
そう、それが答え。
「いつ、俺たちが口に出して会話をしたと言った|?」
俺たちが用いたのは指文字。
最初に手を繋がれたときは何事かと思ったが、その意図を理解した後は会話をそのまま続けるだけ。
手のひらの感覚さえあればどうとでもなる。
「作戦通り奇襲をかけて側付きたちは考える間を与えず撃った、難しいことじゃないはずだ」
腕を組みながら見下ろしてみる。
幹部は屈辱に震えている様子だ。
「――おーい、茂ー!」
敵の幹部と言葉を交わす最中、椿の声が届いた。
軍服姿に似合う赤いマスクを付けている。
「あれ?茂のマスクは?」
「すまん、無くした」
ガスを発動させたタイミングなら確かに付けていたのだが、いつの間にか無くなっていた。
アジトに突入する過程で落としたのかもしれない。
「……初めまして。茜さん」
「当たり前のように妾の名は知っておるか……」
一瞬何故か寒気のする笑顔を向けて来たのち、椿は敵幹部に向き直った。
そうか、あの幹部の名前は茜というのか。
「今あなたと会ったことで下っ端と接触した時とは大違いの細かい情報を知れたよ。お礼を言わなきゃと思ってね」
「っ、小娘が!」
縄で縛られてるというのに激しく足を振り抜く茜。
その蹴りを軽い身のこなしで難なく避ける椿。
大の大人を少女が揶揄う奇妙なやりとりだ。
「そんなに怒ると皺が寄るよ?あ、もう捕まるし関係ないか――お嬢様」
「おい、やり過ぎだ」
椿を諌めていると、サイレンの音が聞こえて来た。
ヒーロー連盟のものではなく、警察のものだ。
「連絡してたのか」
「まぁね、後は任せよ」
日本では特に、この二つの組織の結びつきが強い。
「じゃ、良き監獄ライフを。奴隷商会の人たち全員そっちに送るから待っててね」
垣間見えた性格の悪さを隠しもせず、椿はその場から立ち去った。
俺もそれに付き従う。
「一応、次につながる布石は作れたな」
「あの女が居なければ、情報漏洩対策も筆談で事足りるからね」
お互いに向き合い薄く微笑む。
「本当に良かった。お前が俺の尊厳を破壊する、とか言い出すから本当に怖かったぜ」
「うん?あれは嘘じゃないよ?」
「はっ?」
椿は返した閃光弾の筒の端を取り外す。
見間違えるはずがない。
そこに合ったのは録音機だった。
「あの人の記憶を覗いたんだけどね?茂、結構カッコ付けてたじゃん?……しかもこれ、連盟に提出しないといけないんだ」
「待てよ!」
俺の初仕事の途中経過記録に、あの音声データが載るとでも?
絶対嫌だ。
年上の『相棒役』たちに笑われる。
「カッコよかったですね〜茂」
「黙れ!」
「良かったよ?私にも言ってくれる?」
「近づかないでくれ!」
みたいにお兄さん、お姉さんたちに煽られる構図が今にも目に浮かびそうだ。
「まぁ、その、強く生きて?」
椿の優しさも今は痛い。
彼女には隠し事は無駄だと分かってるからまだいい。
でも、他の人にこれが知られるのは……。
「提出、取り消せない?」
「学校の休みの欄が出席停止から欠席になるのと、減俸が確定するけど……それでも良いなら?」
「ごめんなさい」
勝手に体から力が抜けていく。
もう、帰りたくない。
「でも、私一応言ったよね?茂の尊厳を破壊してしまうかもしれない、って」
断定じゃなかったのはそういうことかよ。
スマホを開いて駅に向かおうとする俺の腕を椿が掴んだ。
「ほら、今日は宿を取ってるわけだしさ?少し休も?……キモチの整理をつける時間は作れるよ」
「……そうだな」
一応、出来ることはやり切った。
次のフェーズに切り替えるまで、別のミッションを進めることにしよう。
「茂も、私のことを舐め過ぎたね」
今度は頬が緩むほど深い笑みで、椿はこちらの顔を覗き込んできた。
「にしても驚いたよ。意外と強いんだね?」
「茜?にも言ったが、固まった的を銃で撃っただけだぞ?訓練したら難しいことはない」
こうは言ったものの、腕が上がるのが速かったのはちょっとした自慢だ。
「……」
「どうした?」
腕を顎に当て、首を傾げた椿は不思議な表情をした。
「……ふーん、結構辿らないと分からない過去もあるものだね」
「何のことだ?」
「……まだ秘密」
椿は俺のことを知っているのに、俺は彼女のことを殆ど何も知らない。
それがいつか、お互いに理解し合える関係になれたらいいな、と心から思った。
「へぇ、それはいいね。でも、まだ知った気にならないで」
宿に向かって、椿がペースを上げて走り出す。
奴隷商会に対するこれからと、沢山のミッション。
――話し合う時間はいくらあっても足りない。
そう考えると、自然と足が彼女を追いかけていた。
そして、俊足の彼女が宿に飛び込む直前。
「待ってるよ!」
振り返ったその唇が、そんなことを呟いた気がした。




