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第八話 沈黙の不気味

首相官邸のエントランスホールは、本来であれば厳粛な静寂が支配すべき空間である。だが現在のそこは、詰めかけた百名近い報道陣の体温と、機材が発する排熱によって、大理石に囲まれた室内の温度は平時より確実に三度は上昇している。

「総理! こちらへ目線をお願いします!」

「山屋総理、法案の提出に向けて一言!」

飢えた獣のように群がる記者たちの発する熱気と大声で発せられる質問が、大理石の空間に反響していた。

その中心で、山屋はかつての怯えたような猫背を完全に矯正し、胸を張って無数のマイクの束を見下ろしていた。ほんの数週間前まで、党内はおろかメディアの人間でさえ、彼の存在など景色の一部としか認識していなかった。それが今や、彼の一挙手一投足が国家の命運を左右するトップニュースとして扱われている。

「国民の皆様の声が、私に不退転の決意を与えてくださいました。旧態依然とした政治資金の透明化。この法案の成立こそが、我が政友党が、そして日本の政治が生まれ変わるための唯一の道であると、党内の諸先生方たちもついに理解してくださったのです。私は、この歴史的使命を必ずや成し遂げます」

山屋の甲高い声が響くたび、フラッシュの波が激しさを増す。彼はカメラの向こう側にいる数千万人の有権者に向けてドヤ顔で微笑み、テレビ局のレンズを一つ一つ丁寧に見据えた。彼の視線の先には、自分を神のように崇める無力な大衆の姿がはっきりと幻視されていた。

彼の脳内では、自意識という名の風船が破裂寸前まで膨張していた。大衆の熱狂という強烈な外的刺激は、彼の中枢神経に致死量に近い快楽物質を分泌させ、政治家として本来持つべき「危機察知能力」という安全装置を完全に焼き切っていた。

(私が、ついに党のドンを屈服させたのだ!)

自分はただの「無害な神輿」として担ぎ出されたのではない。時代が、この腐敗したシステムを破壊するために私という英雄を選び出したのだ。その歪んだ自己肯定感は、すでに客観的な論理による修正が不可能な領域へと達していた。

山屋肝入りの「政治資金規正法改正案」は、企業・団体献金の規制強化やパーティ券購入者の公開基準引き下げといった、政友党の集金システムを根本から破壊する劇薬であった。当然、党内の主流派からは猛烈な反発が起き、法案は提出前に潰されるだろうと誰もが予測していた。

だが、事態は永田町の常識というレールから静かに外れ、不気味なほどの無抵抗で進み始めた。

法案は与党の総務会であっさりと了承され、臨時閣議を経て、いとも容易く衆議院へと提出されたのだ。

表向きには、内閣支持率七十パーセント超という驚異的な世論の圧力が、抵抗勢力をねじ伏せた形になっていた。山屋は、自分が放った光の強さが、石橋裕雄という巨大な闇を完全に駆逐したのだと本気で錯覚していた。


「おかしい。絶対におかしい。」

参議院議員会館、天馬薫子の自室。

テレビに映し出される山屋の誇らしげな会見映像を見つめながら、八村は、手元の分厚い取材ノートにペン先を突き立てたまま低く呻いた。そのノートには、過去数十年にわたる重要法案の審議日数が細かなデータとして書き込まれている。

「天馬さん、これはどう考えてもおかしい。総務会了承も閣議決定も、トントン拍子に進みすぎている。通常、党の資金源に関わるようなセンシティブな法案であれば、各派閥への根回しや総務会での紛糾だけで最低でも数週間は消費される。それが今回は、たったの三日です。三日ですよ。党の重鎮たちが、自分たちの首を絞め、資金源を完全に絶つような法案に、なぜこれほど素直に、一切の抵抗を見せずに『YES』を出したんです? 政治的な力学から言ってあり得ない」

デスク越しに座る天馬も、組んだ両手の親指を神経質にこすり合わせていた。彼女の脳内でも、八村と同じ論理的な矛盾が警報を鳴らしている。

「ええ。私もそれが不気味でならないの」

天馬の表情に、勝利の喜びは微塵もなかった。あるのは、足元の床の強度が偽装されており、いつ真っ逆さまに崩れ落ちるか分からないという、不可視の恐怖だけだ。

「政友党の議員たちにとって、この改正案は猛毒。その毒まんじゅうを無抵抗で飲み込むということは、政治生命を自ら絶つに等しい。にもかかわらず、党内のベテランからも公然と反旗を翻す者が一人も出ない。まるで、見えない巨大な力によって、全員の声帯が物理的に切除されているみたいに……」

「石橋、ですか」

八村の言葉に、傍らで来客用の静岡茶を淹れていた桂東が、急須を持ったまま顔をしかめて口を挟んだ。湯呑みに注がれた緑色の液体が、LEDライトの光を反射して微かに揺れている。

「でも、石橋はここ数日、完全に沈黙してるわよ。毎日の記者会見でも『審議状況について政府としてコメントは差し控える。』って、一言一句違わずに同じ台詞を繰り返すだけ。あの妖怪が、自分の権力の源泉である集金システムを壊されるのを、手も足も出さずに黙って見過ごすはずがないわよね」

天馬はテレビの画面を睨みつけた。画面の中の山屋は、自分が歴史の主役であると信じて疑わない無邪気な笑顔を振りまいている。

「だからこそ、恐ろしいのよ」

天馬の声は、薄氷を踏むように震えていた。

「石橋裕雄という男は、想定外の事態に対して怒りや焦りといった人間的な感情で動く生き物じゃない。彼が完璧な静観を決め込んでいるということは、再構築したシナリオが一ミリの狂いもなく推移しているという明確な証拠だと思う……」


あるときは高級料亭の密室。あるときは高級ホテルのスイートルーム。石橋は、党の金庫番である指宿を通じて、政友党の衆議院議員たちに対し、極秘裏に、しかし絶対的なプロトコルを伝達していた。

「いいか。今は、山屋の法案に賛成するフリをしろ。絶対に表立って反対するな」

赤坂の料亭の一室で、指宿からその言葉を直接告げられた中堅の衆議院議員は、冷や汗でワイシャツの背中を濡らしながら必死に懇願した。

「しかし指宿さん、この法案が通れば、我々の派閥は干上がってしまいます。次の選挙を戦うための弾が完全に枯渇する。ここは党を割ってでも止めるべきでは……」

だが、指宿は手元の懐中電灯のコレクションカタログから目を離すことすらなく、冷徹に言い放った。その口調には、目の前の男の苦悩に対する同情など一ミリも含まれていない。

「今、山屋に逆らって『裏金を守る抵抗勢力』なんてレッテルを貼られてみろ。内閣支持率七十パーセントの世論を敵に回せば、お前たちの票なんか一瞬で吹き飛ぶぞ。次の選挙に落ちれば、弾どころかお前自身がただの無職だ」

衆議院には解散があり、いつあるかも知れぬ選挙に怯えなければならない構造的弱点がある。彼らにとって、熱狂する世論は自分たちのバッジを物理的にむしり取る恐怖の対象だった。

彼らが保身の計算式の間で完全にフリーズしたその瞬間、指宿は石橋から預かった「解答」を口にした。

「泥を被る必要はない。法案が衆議院を通ったとしても、まだ終わりではないことを思い出せ。……この国には、もう一つ扉がある」

その言葉の真意、すなわち「参議院という別の生態系で法案を殺す」という石橋の設計図を理解した時、衆議院議員たちは一様に安堵の息を吐き、従順な羊のように山屋の法案に賛成票を投じることを誓約した。彼らの脳内では、国家の将来や政治理念といった高尚な要素は瞬時に除外され、「どうすれば自分が次の選挙で生き残れるか」という最短ルートの計算だけが弾き出されたのだ。彼らは石橋の掌の上で、ただ自己保身という本能的なアルゴリズムに従ってスイッチを切り替えられただけの、無機質な計算記号に過ぎなかった。


同時刻。毎朝新聞社、政治部フロア。

深夜の喧騒が嘘のように静まり返ったフロアの片隅で、月島は、部下である八村が血走った目で提出してきた記事のゲラを、感情の抜け落ちた無表情で見下ろしていた。フロアには、遠くで稼働する空調の低い駆動音と、キーボードを叩く乾いた音だけが等間隔に響いている。

『与党内の不自然な沈黙〜山屋法案に潜む罠〜』と題されたその記事は、八村の鋭い直感と執拗なデータ収集が捉えた永田町の異常性を、的確な論理で突いていた。

「月島デスク、……いや、三日月デスク」

「月島よ」

即座に訂正しながらも、月島の視線は原稿から動かない。

「なぜこの記事をボツにするんですか。山屋総理は踊らされているだけだ。党内の抵抗勢力がこれほど静かなのは、法案を潰すための確固たる裏のシナリオがすでに稼働している証拠です。これを書かなければ、我々メディアも世論の熱狂に加担するだけの共犯者になります!」

八村の熱を帯びた抗議に対し、月島は小さくため息をつき、原稿を指先で弾いた。

「八村くん。あなたの目は確かよ。記者としての嗅覚も優秀だわ。でもね、あなたは目の前で勢いよく流れている『川の激しさ』ばかりに気を取られて、その先にある『巨大なダム』の存在を忘れているのよ」

「巨大なダム……?」

「この記事は世に出せない。毎朝新聞は明日、山屋総理の偉大な第一歩を全社を挙げて称賛するわ。……お疲れ様。今日はもう帰りなさい」

月島の冷ややかな、しかし絶対的な拒絶の前に、八村はギリッと奥歯を噛み締め、やり場のない怒りを抱えたまま自席へと戻っていった。

彼が去った後、月島は手元のゲラを一切の躊躇なく大型シュレッダーの吸い込み口へと滑らせた。

彼女のデスクの引き出しの最深部には、石橋の秘書から定期的に届けられる分厚い茶封筒——官房機密費が、札束という絶対的な質量を伴って鎮座している。

月島は、政治部記者として長年永田町のシステムを観察してきた経験から、石橋が仕掛けた罠の全体構造をすでに完全に理解していた。

山屋は、法案が衆議院を通過すれば自身の完全な勝利だと錯覚している。世論もメディアも、衆議院での審議のスピード感ばかりに熱狂している。

だが、国会というシステムには、憲法によって定められた冷酷なまでに絶対的な「関所」が存在するのだ。

「衆議院は、あくまで入口に過ぎないのよ……」

月島は誰に聞かせるでもなく、音の出ない唇の動きだけで呟いた。

いくら入口の滑りが良くとも、そこを通過した法案が向かう先には、もう一つの巨大で、途方もなく重い扉がそびえ立っている。

任期六年。解散なし。世論の風向きなどという不確定要素を一切意に介さず、ただ一人の絶対的な権力者の恐怖支配によって完璧に統制された、暗黒の密室。

参議院である。

そして、その参議院の扉の鍵を握る門番こそが、他ならぬ石橋裕雄その人なのだ。

石橋は、山屋を「最も高い木の上」まで自らの足で登らせているのだ。衆議院を意図的に通過させ、法案成立が目前に迫ったと国民全体に錯覚させ、山屋の全能感を極限まで膨張させる。

そして、彼の全能感が頂点に達し、勝利の美酒に酔いしれ、もはや自力では降りられなくなったその瞬間にー出口の扉を、完膚なきまでに封鎖する。

「かわいそうに。彼らは自分が蟻地獄の中心に向かって、全力で祝福のパレードをしていることに気づいていない」

月島はパソコンのモニターに視線を戻し、明日の朝刊のトップ見出しをタイピングし始めた。

『山屋総理、歴史的快挙へ。規正法改正案、衆院通過は確実。』

それは、真の権力者によって計算し尽くされた、いけにえの羊の首にかける美しい花飾りであった。


翌日、衆議院本会議場。

有権者の負託を受けた四百六十五名もの人間が同じ空間で呼吸し、発する体温と息苦しさは、目に見えない熱気となって議場内に澱んでいた。ステンドグラスを透過した鈍い太陽光が、ホコリの舞う空中を薄ぼんやりと照らし出している。議場全体を包み込むざわめきは、無数の思惑と駆け引きが交錯して生み出される、巨大な生き物のうなりのような不気味な雑音だった。

自席に座る野党第一党・正大党代表の専健太は、手元の分厚い議案書に視線を落としたまま、己の脳内で解の出ない連立方程式と格闘していた。

洗井前政権が残した漆黒の暗部。茨城での買収ルートの資金源や、スキャンダルの濡れ衣を着せられて不自然に失踪した戸頃秘書官の件など、政友党の急所とも呼べるブラックボックスの解明は、何一つ進展を見せていない。政改特という公式な解剖台を用意し、メスを握る位置まで辿り着いたにもかかわらず、肝心の臓器は阿田や指宿、檜山が構築した分厚い防壁によって、すでに完全に隠蔽・摘出された後だった。本来であれば、疑惑の真相究明を棚上げにしたまま、与党が提出した法案の採決に応じることなど、野党の戦術としてはあり得ない「敗北」である。徹底審議を求め、議事進行を遅延させ、与党の体力を削るのが抵抗のセオリーだ。

だが眼前に提示されている「政治資金規正法改正案」そのものの内容は、皮肉なことに、野党第一党の正大党が長年マニフェストとして掲げてきたそれと完全に一致する、極めて合理的な設計図であった。企業・団体献金の規制強化、パーティ券購入者の公開基準の引き下げ。論理的に考えれば、これに反対する理由は一つも存在しない。

さらに彼らの手足を根本から縛り付けているのが、「内閣支持率七十パーセント超」という、世論がもたらす圧倒的な質量であった。国民は山屋を「既得権益を打ち壊す悲劇のヒーロー」「真の改革者」として狂信的に支持し、法案の一刻も早い成立を渇望している。

この異常に加熱された世論という名の巨大な暴走機関車に対し、真正面から線路に立ち塞がり「反対」のプラカードを掲げることは、政治的自殺を意味する。『洗井前政権の暗部は明らかになっていない』という正論を振りかざしたところで、山屋に熱狂している大衆の耳には届かない。自らの主張とも一致するこの改正案に反対する論理的理由も、高支持率を誇る山屋政権に真正面から楯突くという『巨大な波に逆らって突き進むだけの、無謀とも言える覚悟』も、今の野党には完全に欠落していた。

「……飲むしかない、か」

専は微かに息を吐き、隣に座る党幹部と苦渋の視線を交わした。疑惑の追及という本来の目的を切り捨て、目の前の法案成立という現実的な道を選ぶ。それが、歪みきった永田町の論理が導き出した唯一の帰結だった。

一方、与党・政友党の議員席もまた、別の意味で異様な磁場に支配されていた。

彼らにとって、この法案は自らの政治活動の血液とも言える資金源を断ち切る猛毒である。

しかし、政友党の議員たちは誰一人として声を上げず、彫像のように硬直して座っている。彼らの表情には、政治家としての個別の意思も、誇りも、政策に対する抵抗の色も、完全に漂白されていた。

彼らの脳髄の奥底には、参議院、ひいては党のドンである石橋から発せられた「泥を被る必要はない。衆議院を通っても、まだ終わりではない」という絶対的な命令が深く刻み込まれている。彼らは今、政治家としての自律的な思考を完全に放棄し、石橋という恐怖の超権力者に操られる手駒と化していた。目前に迫る選挙への恐怖から逃れるため、世論に迎合する「賛成」の動作を実行しつつ、本当の処刑は参議院という光の届かない別室で執行されることを知っている。彼らの無表情な沈黙は、強固なシステムへの完全な服従を示す、不気味な服従の証であった。

議長席のマイクから放たれた低く重厚な声が、議場の沈黙を一瞬にして切り裂いた。

「これより採決いたします」

その一言で、議場の空気の密度が一気に高まる。数百人の視線が一点に集中し、物理的な沈黙が空間の隅々までを行き渡らせた。

「本案の委員長の報告は可決であります。本案を委員長報告の通り決するに賛成の諸君の起立を求めます」

そのアナウンスが完了した直後。

議場という巨大な物理空間において、極めて均質で機械的なモーションが展開された。

政友党の議員たちが、まるで一本の見えないワイヤーで一斉に吊り上げられたかのように、一糸乱れぬ動きで起立したのだ。それからコンマ数秒遅れて、野党第一党・正大党をはじめとする野党議員たちも立ち上がる。

数百着のスーツの生地が擦れる音、木製の椅子が跳ね上がる鈍い音が幾重にも折り重なり、重々しい振動となって天井のドームへと反響する。

与野党の垣根を越え、議場の過半数を優に超える人間たちが、一つの法案のために直立している。それは議会制民主主義が機能した理想的な光景のように見えて、その実、石橋の張り巡らせた罠と、世論の同調圧力が生み出した、気味が悪いほど完璧に仕組まれた茶番劇に過ぎなかった。

議長は起立した議員の波を無機質な目で見渡し、感情を一切交えない事務的なトーンで告げた。

「起立多数。よって本案は委員長報告の通り可決いたしました」

万雷の拍手が議場を包み込む。

議長席の横、ひな壇に座る山屋は、その拍手の波を全身に浴びていた。彼の顔には、隠しきれない恍惚の笑みが張り付いている。

そのすぐ隣には、法案の所管官庁である総務省ーそのトップたる大臣を務める小鳥遊が並んで腰を下ろしていた。派閥の順送り人事によって大臣の椅子に収まっただけの彼は、山屋に対する忠誠心も、この法案に対する情熱も一切持ち合わせていない。彼の脳内に去来しているのは、国家の未来などではなく、敬愛する詩人イェイツの詩の一節くらいのものだろう。ただそこに「配置されている」だけの無害な舞台装置のような男の横で、山屋は己の全能感に深く酔いしれていた。

大衆からの熱狂的な称賛が、彼の理性を完全に麻痺させていた。党内の抵抗勢力に打ち勝ち、野党をも屈服させ、歴史的な法案を衆議院で通過させた。自分は今、間違いなくこの国の頂点に君臨する最高権力者なのだと、その思い上がりはすでに引き返すことのできない領域にまで達していた。

だが、議員会館の自室で中継を見ていた天馬の背筋には、鋭い氷の刃を突き立てられたような悪寒が走っていた。

総務会の了承から閣議決定、そして衆議院本会議での可決まで。

党の根幹を揺るがすはずの猛毒の劇薬が、何の波乱もなく、ヤジの一つも飛ばず、ただ粛々と事務的なプロセスの通りに処理されていく。

抵抗が、まったくない。

この一切のノイズを排したスムーズすぎる進行こそが、最大の異常事態なのだ。

天馬は自室のテレビの電源を乱暴に切り、画面に吸い込まれていく偽りの熱狂を一瞥すると、立ち上がって窓際に歩み寄った。

ガラスの向こうには、国会議事堂の巨大な石造りのシルエットが沈黙の塔のようにそびえ立っている。奥が先ほどまで熱狂に包まれていた衆議院。そして手前が、これから法案が送付される参議院だ。

衆議院という「入口」を、法案は滑るように通過した。だが、それは石橋裕雄という怪物が、獲物を逃がさないためにあえて門を大きく開け放っていたからに過ぎない。

天馬の視線は、議事堂の手前側ー一切の熱を持たず、ただそこにあるだけで重圧を放つ「もう一つの院」へと、静かに、そして鋭く向けられていた。

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