祈祷師
「長くなりそうだから」とメアリーは椅子を2脚持ってきてセルムのいるベッドを囲んだ。
ベッドの上にいたセルムは「1人だけ特等席みたいすね」と申し訳なさそうしてメアリーと席をと交代したがったが、さっきまで危篤だったのだからと押し留められた。
「それでえーっと。シュナちゃんが祈祷師で、それがバレると死ぬまで国にこき使われるからヤバいーーーという認識で合ってます?」
「合ってるよ。でもまだ足りないね」
「足りない?」
メアリーはセルムを顔を見つめながら、真剣に尋ねた。
「セルム、あんたこれを聞いたら人生が変わるけどいいかい?」
「人生?なんかよくわからないけど…俺重体で死ぬかもしれなかったんですよね?シュナちゃんが祈ってくれて生き延びれたーーーという認識で合ってます?」
「合ってるよ」
セルムはニッと笑う。
「じゃあ残りの人生はシュナちゃんのために使うっす」
「よし、よく言った。じゃあ教えるよ。祈祷師の祈りはね…祈祷師自身の命を分け与えているんだよ」
セルムの表情が一瞬にして強張るが、それを予見していただろうメアリーは事実だけを淡々と答えていく。
「あんたが生き延びられたのはシュナちゃんが命を分け与えてくれたからだよ」
「俺に命を分け与えたってことは、その分シュナちゃんの。命が短くなったって、こと…」
「合ってるよ。±0。恒常性ってやつさ」
「そんなことって…」
「これで国に祈祷師だということがバレたらまずい理由がわかったかい?」
「王家に死ぬまで使い潰されるって事は、もしかしたら強制的に…」
「そう。文字通り死ぬまで祈らされるのさ」
顔面蒼白になったセルムは慌ててシュナの手を握りしめた。大きな手はすっぽりとシュナの手を覆い隠し、小刻みに震えている。
「…シュナちゃんごめん!謝って済む事じゃないけど、どうしよう!俺取り返しのつかないことさせてしまった!」
ところが、当のシュナは2人のやりとりを聞いているうちに、全ての事がストンと腑に落ちたお陰ですっきり顔をしていた。シュナの頭の中は急速にクリアになっていく。
「あの…実は家族が亡くなる当日からみんなの頭の上に数字が見えるようになっていたんです。ずっと不思議だったんですけど、謎が解けました」
「え?」
「セルムさんの頭の上に浮かんでる数字はついさっきまで『赤い0』だったんです。だけど今3650に増えてます。ちょうど10年分」
「10年分も…ごめん、ごめん」と風に掻き消えそうな声が聞こえる。シュナは首を振りながらセルムの大きな手を握り返した。
「父さん達が死んだ日、みんなと一緒に死にたくなるくらい辛かったけど、セルムさん達に心配して貰ってすごく嬉しかったんです。だからいいんです。10年が長いか短いかわからないけど、どうぞセルムさんの好きなように使ってください」
「でも…!」
「もう周りの誰かがいなくなる事の方が辛いんです。だからいいんです」
涙ぐんでいるセルムの頭を容赦なくメアリーの鉄拳が下される。
「あんたは脳筋のくせにグジグジうるさいね。どうしようも出来ないことを悔やむより、もっと脳筋らしくポジティブに考えな。残りの人生シュナちゃんのために使うんだろ!?」
「そう…残りの人生10年、シュナちゃんの為に使う!シュナちゃんの為だけに使う!王家になんか使い潰されてたまるか!絶対に守る!」
「私もそうします」
3人で病室の入り口を振り向くと、そこには全身ズタボロになった衣服を身につけながらも、その美貌故に色気さえ醸し出している美丈夫のダダが立っていた。