第54話 想い出になる君は風の歌を聴いている
トラバント北部 アーリィの故郷のさびれた村
十一月。
地面に積もる白樺の黄色い落ち葉が、冬の到来を告げていた。
うらぶれた小さな村に、アーリィ・リリンは滞在していた。大きくなって再び訪ねたら、あの頃より街が小さく感じられた。
アーリィの家は跡形もなく、村の宿屋に泊っている。
今日は墓地に向かう。
「家の墓はどこだろう」
墓地に吹く秋風に身をまかせる。三角帽子を被っていないから、頭部が冷たい。
十字架の前にたたずむ女性がいた。
女性はこちらを向き、驚いて立ち上がった。
「アーリィ?」
彼女の名前を知るすこし年配の女性。
「えっ?」
「こんなに綺麗になって。帰ってきたのね……」
「どちらさま?」
困惑するアーリィに女性は深く頭を下げる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。あなたには謝っても謝りきれない」
「ああ」
アーリィは気づいた。この人は村長の奥さんだ。
「あなたを疫病神だと憎んで、ひどい扱いをしたうえに、人買いに売ってしまって。誤りだったと、ずっと後悔していた。あなたにどう償えばいいの……」
夫人から受けた仕打ちは覚えていたが、顔をすっかり忘れていた。
アーリィは、女性の頭に手をかざし、術をかけて記憶を消そうとした。そうすれば、みじめだった小さい頃の自分は消滅する。
「でも、そんなことしちゃダメね」
この場にリリイがいたら、きっと怒るだろう。
アーリィは手を下ろした。
「私の親兄弟のお墓を教えて。それで許すから」
「案内しましょう」
アーリィは家族の墓に祈りを捧げた。
「この村に住むつもりはありませんか。わたしの家でもいいですよ」
女性が伺う。アーリィは断った。
「気持ちの整理がつくまで、この村にいさせてもらうの。でも住みたくないの」
「そうですか……」
―――
「アーリィー!」
遠くから彼女の名前を呼ぶ声がする。
「リリイ?」
アーリィは墓地の外れの路に飛び出した。
トラバント家の白馬の馬車がこっちに向かってくる。
「アーリィ。ここにいたよ!」
アムブロシアが銀色の客車から顔をだす。
「アンジィー様!」
リリイとレミー、アムブロシアとディータが乗っていた。
「数日間、トラバントを探しまわったよー」
レミーが声をはりあげる。
みんなは車から降りて、アーリィを囲み代わる代わる抱きしめた。
「リリイ……。レミー様。アンジィー様……」
「会いたかった。ここがあなたが話してくれた故郷の村よね?」
「完全に想い出してくれたのね。約束を破ってごめんね」
申し訳なさそうにするアーリィをリリイが抱きしめた。
「はい。三角帽子と五芒星のネックレス。受け取って。五芒星があなたを想い出させてくれた」
この五芒星が、リリイに風の精の力を呼び込む媒体となった。
「確かに受け取ったの」
アーリィは三角帽子を頭に載せ、ネックレスを首にかけてにっこりほほ笑む。
「レミー様とアンジィー様は、どうやって思い出したの?」
「お母さんが思い出させてくれたのさ。アーリィは小さいころに城に来た。だから家族同然なんだよ。家族を忘れるなんて、悲しいだろ。お母さんが強く念じてくれた」
「ヴァネッサ様……。私は家族……。会いたいの」
アーリィは涙をこぼした。
「また学院で錬金術を勉強したらいい」
レミーが提案する。
「私はもうレミーの教師の任期は過ぎたわ。だって、教えられることみんな教えちゃったもの。学院の単位を全部とってないから、また一緒に勉強しようよ。アーリィ」
リリイが誘う。
「あー、ずるい。俺もまた学院に戻りたくなったよー」
卒業資格を得ているディータが羨ましそうにする。
「僕も入るつもりだ」
レミーが言う。早く腕を磨きたくてたまらないようだ。
「わたしも入る! リリイとアーリィと一緒にいたいから」
今度はアムブロシア。
「アンジィー様も錬金術師を目指すのですか?」
リリイ、アーリィたちは笑った。
秋の高く、澄みきった空。
アーリィを囲むみんなの笑顔は、色づき始めた紅葉のように柔らかく暖かかった。




