第1話 リリイ・メディナ
錬金術師リリイ・メディナは、大理石の円柱が立ち並ぶ学院の廊下を、ヒールの音を立てて歩いていた。
彼女は『ハーベストランド錬金術学院』に在籍し、卒業後の進路が決まらず焦っていた。
中庭を囲む廊下に貼り出された掲示板の前で足を止め、小さく溜め息をつく。
めぼしい働き口がない。求人の活発な時期はとうに過ぎていた。
「リリイ」
呼ばれた先に目をやると、人懐っこく笑顔を見せる同級生のディータ・ラウズが立っていた。
喧嘩が強そうな野性的な顔をしていて、体は程よく筋肉がついて引き締まっている。
彼は機会があれば、しばしばリリイに話しかけてきた。
リリイはディータを、尻尾をふってじゃれあおうとする、うざったい大型犬みたいなものとしか思っていなくて、いつも適当にあしらっている。
ディータは、背中に背幅と同じくらいの大きな剣を垂直に差していた。
その大剣は、彼が『ハーベストランド』の軍隊に採用されたことを意味する。
「まだ行き先が決まってないのか。掲示板だけじゃなくてさ、教師に相談しろよ」
「ディータ。よくもぬけぬけとアホ面さらして人の進路を心配しつつ、さりげなく内定報告しているんじゃないわよ」
リリイは、長身の彼の背後へまわりこみ、つま先立ちで大剣の鞘を掴み、思いっきり体重をかけた。
彼女のポニーテールの尾が弾んだ。若い女の香りがディータの鼻腔をくすぐり、彼の鼓動を叩いた。
リリイ・メディナは、いろいろと物をよく見通しているかのような澄んだグレーの瞳が特徴的だ。
ふわふわしたくせ毛のポニーテールで、目と鼻のパーツが整った小顔。
桃色の唇は瑞々しく、キスで口をふさぎたくなる衝動を与える。
体つきに自信がなければ決してできない、両肩が露わになるワイン色のチューブトップ、その服のまんなかに切れ目があって、胸の谷間をのぞかせる。
フリルのある黒のスカート、首筋に黒色のスカーフを申し分程度に巻いている。
学院内はもちろんのこと、教会をはじめとするどんな場所でも、彼女はこのような格好を好んだ。
「何をする、リリイ!」
ディータは膝が折れて倒れそうになりながら必死にこらえる。
「お、重いって、冗談じゃないって」
重いの一言は余計だった。
リリイは腹を立てて、ますます力をかける。
「生意気。ディータのくせに」
「参りました。降参だ。本当」
ようやく彼女は力をゆるめた。
余計な汗をかいたディータは軍隊風に直立し、あらためて彼女と向き合った。
「……ということで、俺はこのたびハーベストランド軍に入ることになった」
「背中のものをみればわかる」
リリイは腕を組みながら、相手をじっとにらんだ。
そのキツいまなざしがまた、彼の心を揺さぶった。
「今の絡みは祝福の思いを込めたんだろ? それとも、単純にくやしかったのか?」
「バカ。軍隊に入るなら、気を引き締めなさいという意味よ。つまり、国を守るって仕事の【重み】を感じなさい! ってこと」
彼女のこんな言葉でも、彼にとっては十分に嬉しかった。
「ありがとうな。ハーベ(ハーベストランドの略称)を守るためにがんばるよ」
学院の中庭の空から、初夏のさわやかな風が二人に届いた。
「それじゃ、あんたのいうとおり、先生に相談してみる」
彼女は腕組を解いた。
押さえこまれていた胸が、布ごしにあらわになる。ディータはそこに視線を置いた。
「リリイ。一緒にいこう。俺も先生に用があるんだ。内定報告しにさ」
リリイは眉をしかめた。彼の視線に気づいていた。
「あんた、ちょっとは空気を読みなさいよ。私が就職の相談をしている間にあんたがあいさつ回りをしたら、私の立場がないじゃない」
「じゃあ、おれはどうしていろと」
「私が教官室で相談時間をたっぷりとって、用を済ませた後にしてちょうだい。あんたはもう、ヒマなんでしょ」
「ふざけるな、お前を中心に世の中が回っているわけじゃない。いくぞ」
「あっ、ちょっと」
リリイはディータに組んだ腕を解かれ、手首をがっちり掴まれたまま、教官室に連れられた。




