2、妹の物騒な才能に目をつけた大魔法使い
西の城へと続く道中。
馬車の中で、猿轡を嵌められているくせにセシリアは後頭部から前にせり出してきた怪物とずっと何かを話している。
「ムームン、ムググ、ムミムミ……」
「キンニク、キンニク、ダイジ、ダイジ」
「むむむむむ、ムー、ムー、むんむんむんむん」
「チセイ、チセイ、バカハダメ」
「むむみ、むむむーむむむ」
「でもやっぱり、性格が大事よ」
……………怪物が急に普通に喋った。お前もしかして女なのか?
俺は頭痛がするのは、低血圧のせいだと思う事にして寝ることにした。
そして、まだ日が傾くには早い時刻、俺たちは重厚な黒鉄の門をくぐり、目的地である『西の城』へと到着した。
この城は、暗黒の森から溢れ出す妖魔や隣国の侵略を食い止める、王国防衛の最前線だ。
その防衛の要を担っているのが、俺の友人であり、王国最強の大魔法使い――ユーリシスだった。
「やあ、バッシュ。大祭典の日に急な訪問なんて珍しいな」
城の最上階にある魔法書だらけの執務室。
長い黒髪と知性に満ちた美しい顔立ちのユーリシスが、柔らかな微笑みで俺たちを迎えた。
彼のまわりには、圧倒的な魔力に惹かれた小さな精霊たちがキラキラと輝きながら飛び回っている。
セシリアはユーリシスを見るやいなや猿轡を(主に怪物が)噛みちぎり、食らいつかんばかりの勢いでユーリシスの前に躍り出た。
「初めまして、大魔法使い様! 私がバッシュお兄様の可愛い妹、そしてユーリシス様の記念すべき『運命の女性』となるセシリアですわ!」
初対面でいきなり暴論を吐き出したセシリアを、ユーリシスは優雅にスルーし、俺の肩をぽんと叩く。
「バッシュ。君が急にここへ来たのには何か事情があるのだろうけれど……まさか怪物を連れてくるとは予想外だったよ」
ユーリシスが、セシリアの後頭部を見つめる。
「この怪物、僕への嫌がらせじゃないんだよね?」
後頭部の怪物が三つの目を細めた。
「ダイマホウツカイ……ダイマホウツカイ……オイシソウ。タベテモイイ?」
物騒なことを宣う怪物。
「まあ、ダメよ。怪物くん。ユーリシス様は私の記念すべき『彼氏第一号』になられる方なのですから、食べるなんてとんでもないわ」
怪物に『怪物くん』と名付けて可愛がり、人を食べてはいけないと教えている妹を見ても、ユーリシスはまるで動じず、ただ優しく笑っていた。
そんな友に、俺は疲れた顔で説明する。
「ユーリシス、すまん。このバカ妹が人に呪いをかけたんだが、それを跳ね返されて、こんな怪物に取り憑かれやがった。なんとかならないか?」
「呪詛返しにあったのかい?」
ユーリシスの笑みが消えた。
セシリアの後頭部にいる怪物へ視線を向け、しばらくじっと観察する。
「……なるほど。これは興味深いね」
そう言って指先をかざすと周囲の空気がわずかに揺らいだ。
先ほどまで光っていた精霊たちも、何かを察したように一瞬で姿を消す。
「普通、呪詛返しなんてされたら、呪った本人に相当な苦痛が襲ってくるはずなんだ。でも……」
ユーリシスはセシリアの顔を見つめた。
「彼女には、その痕跡がまるでない」
「そうなのか?」
「うん。呪詛を、そのまま受け止めているわけじゃないんだろうね」
ユーリシスは怪物へ視線を移す。
「呪詛返しによって膨れ上がった呪詛を、彼女は自分の魔力で圧縮し、怪物に変えたんだ」
「圧縮?……圧縮して、この怪物になったって事か?」
「そういうこと。しかも、ただ怪物に変えただけじゃなくて、自分自身と融合させて、後頭部に取り込んでしまっている。だからこんな奇妙な形になったんじゃないかな」
「じゃあ、自業自得だな」
「そうとも言うね」
ユーリシスは怪物を興味津々に眺める。
「しかし、この怪物はセシリア殿に忠実だ。彼女が命令すれば、人を食べることすら我慢している」
「そこに感心するのか?」
「普通、怪物や妖魔は人の言うことなんて聞かないよ」
ユーリシスは完全に研究者の顔になっていた。
「まったく、自分だけの怪物を作り出すなんて、本当に驚きだ。こんな凄技、僕にもできないよ」
「おい、妹をあんまり褒めるな。こいつは調子に乗るぞ」
「うーん。でも彼女には天才的な大魔法使いの素質があると思うよ?」
そう言って、ユーリシスは目を輝かせる。
セシリアが大魔法使いになる?
バカ妹が?
そういえば朝、教会からもスカウトされたと言っていたな……
どうやら妹は婚活に失敗しても、就職口には困らなそうだ。
「……で、ユーリシス。結局、この怪物をセシリアから剥がす方法はあるのか?」
しかしユーリシスは驚いたように目を見開いた。
「バッシュ!君は何てことを言うんだい?こんな素晴らしい兵器を壊そうとするなんて、とんでもないよ!」
「…………は?」
俺は固まった。
「ちょっと待て。俺たちはお前に『剥がす方法』を聞きにきたんだぞ?」
「剥がしたりしたら、せっかくの兵器が壊れてしまうじゃないか!」
ユーリシスは真顔で答えた。
「暗黒の森から押し寄せる妖魔を一掃できるほどの素晴らしい兵器なのに、それを潰すなんてとんでもない!」
「いやいやいや! こいつは兵器じゃない!俺の妹だ!」
「お兄様、ユーリシス様のおっしゃる通りですわ」
セシリアが口を挟む。
「なんだと!お前はどっちの味方なんだよ!」
「だって、怪物くんたら、魔王直属の配下だって瞬殺できるっていうんですもの!」
セシリアは怪物を優しく撫でる。
「こんなに強くて、しかも私の言うことをなんでも聞いてくれる存在、もう手放すことなんて出来ません」
「お前、こいつを剥がしたくて此処に来たんだろう?!」
「そうでしたっけ?」
「お前なぁ!」
「だってよく考えたら、とても役に立ってくれそうじゃありません?」
そう言われた怪物はセシリアの後頭部からぐんと体を伸ばし俺の鼻先まで伸びてくると嬉しそうにカチカチと歯を鳴らした。
「ギギギ……ヤクニタツ……ヤクニタツ。本当に役に立つわよ」
「ほら!」
セシリアが微笑む。
「私たち、とっても相性がいいんですの!」
「…………」
どうやら俺だけが、最初の目的を覚えているらしい。
「私たち、マブダチですわ!」
「ギギギ……マブダチ……」
「マブダチとかそんな言葉使うんじゃありません!!」
そんな俺とセシリアのやり取りを見ていたユーリシスがセシリアの前に跪いた。




