1、お兄様、どうしましょう
「バッシュお兄様、どうしましょう」
七日間にわたる王国最大の祭典が始まった朝。
昨日、十六歳の誕生日を迎えた妹のセシリアが、暗い顔で俺の部屋に現れた。
ベルレクト子爵家の長男で王立大学へ通っている俺は、起きたばかりのまだ働いていない頭で、ベッドの上から妹に顔を向けた。
「大祭典初日の朝くらいゆっくり寝かせて欲しいんだが」
しかし、セシリアは無言で結んでいた髪をほどき、髪をかき上げた。
「悪役令嬢を呪おうとしたら、こんなんなっちゃいました」
「…………」
俺の脳は完全にフリーズした。
さらりと解かれた美しい金髪の間から覗いていたのは、おぞましい紫色の皮膚。
ぬらぬらと光る三つの目。
そして、ギザギザの牙。
――怪物の顔。
それが、妹の後頭部から生えている。
(寄生獣か?)
悲鳴を上げられなかったのは、低血圧で声を張り上げる元気がなかったからだ。
代わりに俺は、至極冷静に妹へ尋ねた。
「……セシリア」
「はい、なんでしょうか、お兄様」
「悪役令嬢って、誰なんだ?」
「公爵家のシレーネ・ノァレリース様です。あの方ったら、いつもアンドリュー殿下の隣にいるんですもの!」
「いや、婚約者だからな」
「それだけではありませんの。アンドリュー殿下の周りには、宰相の息子のカイン様や、将軍の息子のヒース様、魔法大臣の息子のレイモンド様など、素敵な殿方がたくさんいらっしゃるでしょう? なのにシレーネ様が隣にいるせいで、私が近づく隙もありませんわ」
「ちょっと待て」
「それに金鉱山を持つ伯爵家のメイナード様と――」
「メイナードはまだ四歳だな」
「メイナード様は将来有望です。それから、真珠王と呼ばれる交易商の――」
「もういい。つまり、婚約者のシレーネ嬢に嫉妬しているだけなんだな?」
「違うのです。少し身の程を分からせたいと思って、醜くなる呪いをかけただけですの……でも、うっかり跳ね返されてしまいました」
「うっかり」で済むレベルの怪異ではない。
というか、今、さらっと、
『公爵家の令嬢を呪おうとした』
とか言ったぞ、こいつ。
すると、妹の後頭部に生えた怪物が、
「ギギギ……ウラヤマシイ……ウラヤマシイ……」
と、低音ボイスで呻き始めた。
「お兄様。これでは今日の祝賀パーティーに行けませんわ。どうにかして引き剥がしてくださいませ」
「……低血圧の俺に言うな。聖職者に祓ってもらえ」
「酷いことをおっしゃらないで。教会に行ったりしたら、『呪いを行使しようとした邪悪な存在』として、私が逮捕されてしまいますわ」
妹には邪悪だという自覚はあるらしい……
「体調には何の問題もないんだろう? なら、それが消えるまで大人しくしていろ」
「まあ、そんな……。今日はアンドリュー殿下も祝賀パーティーにいらっしゃいますのよ。せっかく殿下と仲良くなって将来への恋愛フラグを立てる予定でしたのに、この機会を逃すなんて悲しいですわ」
「アンドリュー殿下と恋愛フラグ? 王族と? そんな簡単にいくものか」
「今日はただ一曲ダンスをするだけで良いのです。きっとそれだけで、殿下は私とのひと時が忘れられない思い出になるはずですわ」
「その自信と図々しさ、悪役令嬢とはお前のことじゃないのか?」
「違いますわ。実は私は聖女なのです。昨日、教会でお告げを受けました」
「はあ? お告げ?」
「大司祭様が、私には世界の邪を祓える程の強力な聖なる力が眠っているので、邪教徒などに利用されないうちに、聖女として教会に入り、修業しなさいと」
「それはいい。世界のために、ぜひ教会へ――」
「お断りしました」
「……なぜだ」
「だって、聖女って恋愛禁止なのですよ。せっかく可愛く生まれたんです、素敵な殿方たちと、最低でも百人と恋に落ちる予定ですのに、修行なんてしていたら時間が足りませんわ」
「可愛いかどうかは知らないが、百人と恋愛なんて、なんて不誠実な女だ」
「それは誤解です。私は十七歳の最後の日までに九十九人とお付き合いをし、十八歳の誕生日にアンドリュー殿下と『真実の愛』を見つけて、結婚する予定ですが、付き合っている間は誠実に相手を愛しますわ」
「十八歳までって、あと二年じゃないか。その間に百人と付き合うのか!?」
「はい。平均して一人あたり約七日のペースでのお付き合いです。過密スケジュールになりますから、修行などしていられません」
「月間ノルマ、約四・一人だな……。恋愛というより、一種の罰ゲームだ……」
「ですから、シレーネ様は邪魔なのです。いちいちライバル令嬢と恋の駆け引きをして、惚れた腫れたをやっている場合ではないのです」
「ライバル令嬢? 淑女と名高いシレーネ嬢と、頭に怪物をくっつけている子爵家のおバカな令嬢がライバル?」
鼻で笑った途端、妹の後頭部から怪物が飛び出した。
「ギギギギギッ!」
怪物が俺の寝間着に噛みつく。
「おい!」
ビリッ。
「俺の寝間着を食うな!」
怪物は引き裂いた布切れを咥えたまま、妹の後頭部へ戻った。
「……お兄様」
「なんだ」
「今の発言は撤回してくださいませ。『怪物くん』が怒っています」
「お前がやらせたんだろう?あと、変な名前をつけるな」
「違います。怪物くんと私は別物です。ですが、私を傷つけるような人には容赦がありません。言動には気をつけてくださいね。名前については、お兄様のセンスが無いだけです」
妹がそう言いながら口の端を吊り上げるのを、俺は見届けた。
次に下手なことを言ったら、今度は下着まで食われそうだ。
「はあ、仕方がない。人に迷惑をかける前に、その頭の怪物を祓ってもらいに行こう」
「だから教会は嫌です」
「教会じゃない。西の城の大魔法使いユーリシスに会いに行く。彼は俺と友達だから、何か知恵を貸してくれるはずだ」
「ま! 美形のユーリシス様! なら、最初の私の彼氏にしますわ!」
俺は叫ぶ妹に猿轡をはめてから、ゆっくりと朝食を摂り、昼過ぎに出立した。




