十五歩目 きらきら
「なんだかすごい報告書ね」
後ろからかかった声にヴァルは背後を振り返る。
いくつかの書類を持ったシャリアがにこりと笑ってヴァルの後ろを通り過ぎて正面に座る。
そんなシャリアを目で追ったヴァルは自分が見ていた紙面へと視線を戻す。
「……盗み見はだめじゃないですか。シャリアさん」
「共有情報でしょ。正直、その情報があってもエレメンターを『辞めてもらう』、って事にはならないのが世知辛いよね」
「実績がありますから」
ヴァルが見ていたのはネスタから聞き取りした《燃え盛る陽》パーティーでのネスタが受けた待遇のまとめだ。
エレメントは神から与えられた『魔』を討伐するための力であり、相当な実力差などが無ければエレメントによってエレメンター同士で危害を加える事は出来ない。
けれど各々が持つ武器は『魔』やエレメンターを問わず、一般市民だって傷つける事ができるものだ。
『魔』への攻撃の間あるいは近辺に「居た」から諸共に剣による攻撃を受ければ、パーティー同士であっても怪我を負う。
ナイトというジョブは近接戦闘、前衛向きの攻撃もこなせるがメインは前衛攻撃陣の補助だ。
けれどネスタは《燃え盛る陽》パーティー内でアタッカーと遜色ないほどの攻撃に参加し、なおかつ『魔』からも味方からも受ける攻撃を耐えてきた。
当人は聞き取りをするヴァルに「そのおかげで攻撃も防御もステイタスが相当あがった」などと前向きな事を言っているが、パーティーメンバーとしての扱いではない。
《燃え盛る陽》パーティーにネスタが所属する以前は平均的なナイトらしく防御をメインにしていた為、《燃え盛る陽》パーティーでの扱いを受けても高い防御がネスタの身を守っていただけで、これが全くの初心者ならば耐えられなかった。
―――― 最悪、『魔』からの攻撃以外によって、命を落としていたかもしれない。
「こういうのどうにかできないもんなんですかね」
「エレメンター頼みの状況で戦闘員を減らすなんて無理よ」
あっさりと返されたシャリアの言葉に、予測していたヴァルはそっとため息を吐いた。
神の息吹を身に宿したエレメンターが全員戦えるわけではない。
ギルド職員のように戦闘職ではない者がいたり、怪我や年齢で引退したり。
個々の才能の差によってステイタス値の伸びは変わり、誰も彼もが時間を費やせば上級パーティーに成れるわけではない。
「とりあえず。ヴァルくんの担当パーティーさんは良い人達みたいだし、ギルド職員のお仕事頑張ろうよ」
「―― ……はい」
気を取り直したようなシャリアがそう言えば、ヴァルはただ大人しく頷いた。
両手でギュッと杖を握りしめて目を閉じるフワワは、息を吸って、ゆっくりと吐く。
そうして閉じていた目を足元に向けて意識をそこに集める。
―――― 最初は風の足場を作る。
光の粒が舞い落ちるように足元に集まって、ゆっくりと風が渦を巻くように留まっていく。
足元で留まっている風の塊に意を決したようにフワワはその上に乗るように跳ねた。
不安定にゆらゆらとした足場の上に、確かに立っている。
「……っ集中!」
風の上に立っている事実に目を輝かせて喜びそうになったのを自制するように言ったフワワは、大事に握りしめた杖に意識を集める。
きらきらとした光の粒が杖の先の石を中心に溢れるのと同じように、少しずつ足元の風が大きくなって、ほんのわずかフワワの身体が持ち上げられていく。
「ええと、これで身体全体を包むように、広げるっ」
食事を一緒に摂った後、メイに教えてもらった内容を復唱しながら、そうなるように集中する。
けれど、風は大きくはなるものの、復唱した内容通りにフワワの全身を包むような形にはならず、不安定な足場が大きくなったことで揺らぐ感覚も大きくなっていく。
広げよう、と思えば思う程、足場だけが大きくなって、フワワの身体が揺らいで体勢が崩れる。
「わぁっ!?」
膨れ上がった風が広がるのではなく上に行こうとしたために足だけ持ち上げられ、真後ろに倒れたフワワが声を上げる。
―― ぽすん、と。
後ろで待機していたカナカが受け止めたことで、フワワは頭も背中もどこも地面に打ち付ける事なかった。
ホッと一息ついてその状況を飲み込んだフワワは、顔を持ち上げてカナカを見上げて笑った。
「ありがとう。カナカくん」
「別に。……そのために、いるんだし」
パッと顔を逸らしたカナカに支えられながら自分で立ったフワワは、その言葉になおの事笑顔を浮かべた。
「うん。だからすっごく安心してできるよ! ……また、だめだったけどね」
えへへ、と恥ずかしそうに、けれど少しだけ落ち込んだように言ったフワワにカナカは自分の膝より上あたりに手のひらを下にした状態で止めた。
「これぐらい浮いてた」
「ほんとっ!? さっきよりも浮いてるよねっ?」
パッとしゃがんだフワワがその高さを確認して、青い目をきらきらと輝かせながらカナカの手より下あたりにおいて嬉しそうにそう言ったのに、カナカは頷く。
「やる度うまくなってるし、別に急いでないし。いーんじゃないか」
手を戻してそう言ったカナカに、杖をギュッと握ったフワワが目を細める。
「うん。でも、もっとうまくなって、ちょっとでも自分の身を守れたら、もっとみんなが動きやすいでしょ?」
そう言って膝を伸ばしたフワワがカナカと目を合わせる。
「私、今はまだ討伐の役に立たないけど、だからこそ、せめてみんなの邪魔にならないようになりたくて」
「役に立ってる。邪魔じゃない」
きっぱりと否定するカナカにきょとりと目を瞬かせたフワワは、少し遅れてから力が抜けたような笑顔を浮かべる。
「ありがとう。やっぱりカナカくんはすっごく優しいね」
嬉しそうに頬を少し染めて笑うフワワの言葉にカナカは何か言おうとした口を閉じて、ゆっくりと顔を逸らして、近くに居るフワワですら気のせいかと思う程小さな声で「べつに、ふつう」と言った。
それに笑い声を零したフワワが強く杖を握りしめていたままの手の力を緩めて、片方を離す。
開いただけのなんにもない手のひらを少しだけ見つめたフワワは、ゆっくりとその指を曲げて緩く空気を掴むように拳を作る。
「ゆっくりでも、遅くても、いつかもっと強くなって、カナカくん達のこと守ったり、助けたり、できるようになれらたいいなって思うから。やっぱりもっと頑張りたいの」
「……無茶しない程度に、な」
「っうん!」
素っ気ないながらも心配していると分かるカナカの言葉にはじけるような笑顔を浮かべて頷く。
その勢いにカナカはバッと踵を返した。
「そろそろ飯の時間だ」
「うん! ヴァルさんが言ってたけど、ご飯美味しいね!」
「……そーだな」
否定する事でもないと頷いたカナカにフワワも嬉しそうに笑う。
夕食用に買って来たものを思い出しながら「お野菜たっぷりのやつがね、すっごく美味しそうだったんだよ」と言うフワワを横目で見たカナカは、視線を落として自分の足元を見ながら進む。
日が暮れて、影が濃くなっている。
上を見上げれば嫌になるほどの『夕焼け空』が映えているのを知っているから、カナカは今までこの時間が好きではなかった。
けれど、今は。
一人分だった影にもう一人分の影が重なって、視界に青色が輝いた。
「カナカくん? どうしたの?」
俯きながら歩いているカナカを不安そうに眉尻を下げたフワワが覗き込む。
それにバッと勢いよく身を引いたカナカに、覗き込むために前のめりなっていた上体を起こしたフワワがきょとりと目を瞬かせる。
「大丈夫?」
「……っ、ちょっと、考え事してただけだから。なんでもない」
「そう? ならよかった」
安心したように笑うフワワにカナカもそっと息を吐く。
「カナカ。フワワ」
そうしている間に庭に続く貸し家の窓を開けたネスタが二人を呼ぶ。
「そろそろ夕食にしよう」
ネスタの後ろから顔を覗かせたソノラが持っている鍋を見せる。
「ヴァルさんが様子見ついでにいらっしゃって、ギルド近くの宿で作ってもらったスープ奢ってくれたんです。温かいうちに食べましょう」
「わぁっ! ヴァルさん、優しいね」
「あとで依頼押し付けてこないだろうな……」
きらきらとした笑顔で喜ぶフワワに対して胡乱げにソノラの持つ鍋を見るカナカに、ネスタがひらりと一枚の紙を差し出した。
「そう言いそうだから『ただの差し入れです』の証明書だそうだ」
「…………」
几帳面に整った見やすい文字を睨みつけるカナカに、ネスタは苦笑した。
フワワはなんというべきかわからずに「わぁ……」と視線を泳がせ、ソノラはくすくすと笑いを零す。
そうして、ふ、とソノラが「そういえば」とネスタを見た。
「あの人、よくネスタを見て渋いものでも食べたような微妙な顔をするのはなんなんでしょうね?」
「そういえば……さっきもしていたような。なんでだろう?」
「ネスタくんがきらきらしてて眩しいってお顔じゃない?」
「運が無さそうな顔だなって思ってるんだろ」
前向きなフワワの言葉に対してきっぱりとそう言い切ったカナカはネスタの持っている紙を受け取って雑に折り畳んでポーチに仕舞いこんだ。
ネスタはカナカの言葉に一、二秒ほど考え込んで、それから衒いのない笑顔を浮かべた。
「なら、仕方がないな」
「そんな、輝く笑顔で認める内容でしたか?」
「ま、眩しいよぅ……」
「飯食べるぞ」
外の映えるような夕焼け色の輝きとはまた別の輝きを放つネスタの笑顔に、眩しさを感じたソノラが身体の向きを変えてネスタを直視しないようにし、フワワは真っ直ぐに見てしまった目を両手で覆った。
その間を縫うように窓から室内に入ったカナカが、通り過ぎる際にソノラから鍋を取って、テーブルに向かう。
手早さに礼を言い損ねたソノラは少し遅れて小さく礼を口にし、フワワは「手を洗ってくるね」と大慌てで中に入る。
「日が暮れたら一気に冷え込むそうですし、窓とカーテンも閉めちゃいましょうか」
「あぁ。きっとそれが言いたくて来てくれたんだろうな」
「意外、というのは失礼かもしれませんが、世話焼きな人ですね」
ネスタが窓を閉めてカーテンを引きながらソノラがくすくすと笑う。
カーテンに見えなくなっていく眩い夕焼けを横目に映したネスタが、ほんとうに、と囁くように肯定した。
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