第86話 評定
1547年(豊新元年)7月下旬 春日山城
「領内への新貨幣への移行、街道整備、各種法令の浸透、いずれも順調に推移致しておりまする。懸念されていた新領での混乱は今の所、見られませぬ。」
「今年度の税の徴収で有りますが、越後・越中・信濃・上野・武蔵・出羽では米、各種雑穀、商業税、港湾使用料、いずれもこのままいけば、過去最高を見込んでおりまする。本年より徴収予定の北海国・琉球国・高山国ではそれぞれ、石高換算にて12万石、10万石、25万石程の徴税が見込まれております。」
「直江津、小田原、敦賀、津島、新北(台北)、琉球、函館、各地での交易は驚く程に順調じゃな。特に良く売れておるのが、南方向けの絹に軍馬、北方では毛織物、磁器、硝子、食料、各地で人気なのが酒や真珠、刀剣といった所じゃ。貿易収支は大幅な黒字、売ろうにも物が足りん状況じゃ。さらなる増産を願いたい所じゃ。」
「南朝方との交渉は進展しておりませぬ。と言うよりも、南朝方の混乱により交渉先が定かでないと言った方が正しきかと。その混乱は、暫くは静まらぬでしょうな。そんな状況に嫌気をさしたのか、西国の幾つかの大名家より此方に誼を求める使者が参っております。海外においては、呂宋周辺の幾つかの国と国交を結ぶ事に成功しております。」
政務局長・直江景綱、財務局長・村井貞勝、商業局長・蔵田重久、外務局長・上杉定実からの報告だ。
今日は四半期に一度、各局の局長、軍団長が集まる局長会議が春日山城の評定の間にて開かれているのだ。
毎回、政策の進捗状況や課題について活発な議論が繰り広げられているこの評定で、現在は内政畑の局長の報告の最中である。
「南朝を謳う小勢など、踏み潰した方が早かろうに。」
「そうで御座るな。我等は既に敵勢を圧倒する力が有り申す。日ノ本を早期に統一し、海外進出への憂いを取り去るべきでは?」
「大殿、宗滴殿、現状では近江、東海の統治にも苦心し、奥州等は、ほぼ手付かずの状況ですぞ!」
「支配した以上は、統治せねばならね。人手不足の中、安易な拡大を目指せば破綻を招きますぞ!」
「そんな事は、土地を切り取ってから考えれば良いではないか。喰えるときに喰うは、乱世の掟よ。」
「何も、十年も二十年も待て。とは、申しておらぬ!此方の体制が整う数年を、国の基盤造りに費やすと申しておるのじゃ!」
武闘派軍長の代表格である大殿と宗滴の脳筋発言に、景綱と上杉君が噛みついた。
この程度の口論は、よくある事だ。
様々な意見が出て来るの良い事だが、禍根を残すのは不味い。そろそろ止めよかと考えていたら
「為景君、宗滴君、煩いですわ。次は、私の報告なの、静かにして欲しいわ。」
「おぉ!そうであったな。済まなかったのぅ〜。」
「それは舞殿、失礼仕った。皆の者、静かにせぬか!」
医学局長の舞ちゃんの話を聞いて、前科7犯の凶悪犯の様な形相で話していたジジイ共の雰囲気が、まるで溺愛する孫を猫可愛がる好々爺の形相にガラリと変わった。
いろいろ、ジジイ共にツッコミたい所であるが、まぁいいだろう。
「以前、景重君に取り寄せて貰った、キナの樹皮から麻剌利亜の特効薬の開発に成功したわ。景重君、増産体制の確立を頼んだわよ。ただ、弱冠副作用が出るのと原虫が今後、耐性を獲得する可能性も考えられるから、過信はしないでね。」
何でも無い事の様に話しているが、とんでもない偉業である。
感染症の中でも、主に熱帯地域で蚊によって媒介されるマラリアは、現代でも多くの死者を出している厄介な疫病だ。
これから、南方への進出が本格化する中、マラリアなどの感染症対策は必須と言えるからな。
「流石、舞ちゃん。正直、助かる。最優先で増産体制に移行する。」
「はい、ありがと。後は、昨年と比べて領内の新生児、乳幼児の死亡率が2割程低下したわ。これで、他領と比べると長尾領の幼児の死亡率は十分の一以下の数字。医療知識、衛生観念の普及、景重君の政策が効を奏した形ね。立派だわ。ただ、これ以上の医療を普及させようと考えるなら……」
「……圧倒的な人材不足か。」
「そう、新しい医学の心得を持つ者が、圧倒的に少なすぎるわ。今は新領は私の弟子が定期的に診察して、なんとか廻しているけど、それも限界が近いわ。」
そうだよなぁ。長尾領はどこもかしこも、人手不足だが、特に医者や技術職は、その人材不足が顕著に表れている。
そもそもにして、今の長尾家の医学・技術は、俺と云う異分子が持ち込んだ現代知識を基としており、これまで日本で培われてきた技術とは根本的に異なっているのだ。
医者や技術者の人材の育成は、ほぼゼロからのスタートなんだよ。そう簡単に育成できるものではないからな。
「応急処置に過ぎないが、医学舎の学生を前倒しで現場に赴いてもらおう。どうだ、それでいけそうか?」
「それしかないわ。取り敢えずは、現場で覚えて行って貰いましょう。でも、そんなに長くは現場はもたないから、対応はよろしく頼むわね。」
「あぁ。盛舜、追加で医学舎の学生を募集を頼む。才有る者の授業料は無料で構わん。来年度の募集も2倍、いや3倍で頼む。」
「はははは、舞殿が苦労されておると聞いては、この老骨が骨を折らねばならんでしょう。お任せくださいませ!」
御機嫌に答えた人の良さそうなジジイは、矢田清兵衛に代わり新たに教育局局長に就任した蘆名 盛舜、そうかつて俺に会津で俺に一杯喰らわしやがった曲者のジジイだ。
まあ、随分と昔の事だし俺もすっかり忘れていたから遺恨なぞは無いんだが、即位礼で息子の盛氏と俺に挨拶しに来た時には
『あの時は、良き学びとなったじゃろう。感謝して頂いて構いませぬぞ!』
そう、ぬけぬけと言い切りやがった。
ほんと、この時代を生き抜いてきたジジイ共は癖強いわ。
名前:蘆名 盛舜 男
・統率:70/78
・武力:38/65
・知略:90/91
・政治:83/85
・器用:71/75
・魅力:78/88
適性:政務 外交 教育
とはいえ、その能力も中々のものだし適性に教育まで持っていた為、軍務局長を兼任して苛酷な労働環境下にいた清兵衛に代わり教育局長に抜擢した。
にしても、舞ちゃん何気にジジイ受いいよな。
その後も、やる気に溢れる国土開発局長・水越勝重からの報告、技術局長・平岡玄葉の革新的な報告、芸術文化局長・朝倉孝景からの無難な報告・目に濃い隈を残す疲れ切った奥州局長・安東 舜季からの憐れを誘う報告と続き
その後、新貨幣の偽造対策を巡って造幣局長・織田信秀と偽造対策局長・斎藤道三の熾烈な言い争いが、一時掴み合いにまで発展すると云う事態の為に一時中断となった評定であったが、残すは東南アジア地域への進出、交易、開発を進める南方局長・北条幻庵からの報告を残すのみとなった。
「現在、呂宋進出及び交易拠点である呂宗北部・亜巴里、東部・樫倉、南部の名賀の状況ですが、現状は現地の民との関係も良好の上、遠くインド、ペルシア、アラビアからも、商人が訪れるようになってきておりまする。周辺国との関係ですがマニラ、ブトゥアン、セブとは良好な関係を結ぶ事が叶いましたが、南部のスル、マギンダナオ、ラナオ等の諸国との関係は今の所良好とは言えませぬな。特にスールー王国は、海賊を生業とする国で御座いまする。今の所こちら側に大きな被害は御座いませぬが、注意を怠る事は出来ませぬな。」
「ほう。海賊とな………」
「それは、いけませぬな。」
武闘派ジジイ共の眼がキラリと、光輝いた。




