第85話 宣教師
1547年(豊新元年)5月下旬 春日山城
「こ、此度はお目通り叶いまして、きょ、恐悦至極に御座いまする……」
「此の度は、拝謁賜りまして真に有難く存じあげまする。」
「今更、のこのことやって来るとは、お主等、随分と物忘れが激しい様だな。まさか、お主等が当家に致してきた事、忘れたわけではあるまいな?」
俺の前で平伏する2人の坊主、一人は腹に贅肉を蓄えた恰幅の良い中年の坊主は堯尊、天台宗の本山寺院・比叡山延暦寺のトップである、天台座主を務める男だ。
そして、もう一人の一見すると人の良さそうな顔をした30前後の坊主は、一向宗の門主で大坂本願寺住職・証如である。
最澄の開創以来、日本仏教の中心的存在であった延暦寺と、一時は国すらも統治した一向宗のトップと云えば日本の寺社勢力の中心と云える者達だが、こいつらの置かれた現在の状況は、決して良いとは言えない。
というか、寧ろ最悪の状況に置かれていると言っても良い。
延暦寺、本願寺、共に先の畿内での戦にて将軍方として長尾家と敵対していた勢力である。延暦寺は表立っては動きはしなかったが、裏で将軍方と繋がり物資・人員の援助を行っていた上に、敗れた幕府方の武将を現在も匿っている事が情報局の調べで判明している。
大阪本願寺・証如に至っては、先の長尾包囲網の陰謀の主犯とも言える存在である。
その代償として現在、周囲を長尾領に囲まれた延暦寺は、門前町で有る近江堅田を、うちに占領され、周囲に築かれた砦により完全に物資・人員の搬入を制限され、
近江軍・北条氏康の軍団の包囲下に置かれている状況だ。
その包囲は徹底したもので、既に食料や塩等の必要物資が枯渇し、比叡山では苦境に喘いでいるとの事だ。
史実での信長の比叡山焼き打ちよりは、大分マシだろ。日頃の修行の成果の見せ時だ。
そんな悲惨な延暦寺よりも更に酷い状況に置かれているのが、一向宗の門徒達である。
一向宗はうちの情報操作によって随分と評判を落としていた所に、先の畿内での戦の将軍方の完敗の主因となる、敵方から見れば裏切りとも取れるやらかしをしている。
味方の背後から味方の居城を攻め立てたのだから、そう取られても仕方無いよな。
結果、長尾領だけでなく畿内、西日本でも一向宗の評判は『裏切り者』として地に堕ち、各地で一向宗門徒は弾圧され、棄教する者が後を絶たない状況だ。
その上で現在、北伊勢の一向宗の重要拠点である伊勢長島は、
帝による『民を惑わす邪教を掣肘せよ!』との勅命の元
京志郎率いる東海軍と海から春日将次郎率いる相模水軍により完全に包囲されている状況である。
伊勢長島は木曽川と長良川、揖斐川が合流した河口の中州に築かれた要害の地、そこに伊勢国の門徒を統括する願証寺が建立され、海上交通の要所として発展して一向宗の一大拠点まで成長していた。
その門徒の数は最盛期には10万まで膨れ上がり、門徒たちによる宗教的な自治都市が形成されている。史実では2度も信長の攻撃を跳ね返しているが、此度は隣接する尾張・美濃・北伊勢は既に長尾領となっている上に伊勢湾の制海権すら一揆勢は失っているのだ。
無理攻めなどしなくても、伊勢長島の運命は最早、風前の灯火と言っていい。
そんな、随分と苦境に立たされている寺社勢力のトップ2人が、何故わざわざ春日山まで俺を訪ねて来たかと云えば
「ふ、、不覚にも、このような事態を引き起こしてしまい、誠に申し訳ございませぬ。何卒、ご寛恕のほど、ど、どうか、お願い申し上げまする。」
「我が過ちを犯し、御心痛をおかけいたしましたこと、痛恨の極みに存じまする。我は罰して頂いて構いませぬが、どうか我の一命を持って長島の包囲を解き長島の門徒達は御容赦くださいますよう、伏してお願い申し上げます。」
そう、苦境に立たされたこの坊主共は俺の所に詫びを入れにやってきているのだ。
「ふん。長きに渡る戦乱の最中、叡山は護国鎮護を口で唱えながらも天道を顧みず酒乱、淫乱を重ねた上に随分と民から悪辣に儲けていたようじゃな。証如よ、お主等一向宗は、日ノ本各地で無知な農民を唆し一揆を扇動し日ノ本に騒乱を撒き散らした。先の畿内での、戦の発端もお主であろう?叡山にしろ一向宗門徒にしろ、俺にはこの日ノ本に残して置く価値があるかどうかは、疑問しかないな。このまま、日ノ本から消し去るのも有りかと、思っておる所で有るが……」
「なっ!?お待ちを!」
「お怒りはごもっともなれど……どうか短慮は、我等も新たな国造りに必ずや役立って見せまする!」
「ほう……証如よ。お主達が、どう日ノ本の役に立つと言うのじゃ?長尾領は見たか?お主等の教えなぞ無くとも、民は随分と豊かで街は栄えておろう?」
「……ぐぅぅ。しかし……」
証如の顔が苦悶に歪む。
一向宗の教義は「南無阿弥陀仏」と唱えれば誰でも極楽浄土に行くことができるというものだ。身分に関係なく誰にでも平等に開かれた宗教だったため、争乱で苦しむこの時代の農民や商人、武士などあらゆる階層に受け入れられ、急速にその勢力を拡大する事が出来た。しかし、戦乱が終息して豊かになった長尾領は一向宗が言う現世に現れた極楽浄土に近しい存在だ。
人は来世での極楽浄土よりも、現世の極楽を求める者だよな。
「日ノ本を乱す邪教など要らぬ。根切にしてやろうぞ!」
「……御慈悲を!!」
「!?お待ちくだされ!!」
クククク、焦ってる焦ってる。
ざまぁ。まぁ、溜飲も下がったし、脅すのはこの位で勘弁してやるかな。
俺は、日本が近代化する上で宗教勢力が力を持つのは、近代化への妨げにしかならないと思っている。
日本が明治維新において、逸早く列強に成れたのは、信長の時代に力を持った日本の宗教勢力を徹底的に叩き、衰退させた事が大きいと考えている。
以後、江戸幕府も寺社勢力を完全な統制下に置き寺社勢力の政治権力を統制した。
それによって、その後の日本での宗教勢力の影響力は限定される事となり江戸幕府とそれに続く明治政府は他国と比べ宗教勢力の影響力をある程度は排除することに成功している。
政教分離は、日本が近代国家に至る上で、必要不可避なものだ。
その為には、信長の様に比叡山の焼き打ちや、長島の一向宗門徒の大量虐殺を行うのも、一つの手段ではあるのだが、俺の趣味では無いし、何よりも勿体ない。
この時代の僧侶達は確かに一部は堕落し世俗化してはいたが、識字率の低いこの時代、日本では数少ない知識階級の一端である。
「とも、思わぬでも無いが……その方達が長尾の法に従った上で、今後の働き次第では、その存続を認めてやっても良い。頼重。」
「はっ!それではご説明させていただきます……」
俺の呼び掛けに応え話し始めた口髭がヤケに似合うイケオジは、代々信濃一宮諏訪大社上社の大祝をつとめてきた信濃の名族【信濃四大将】の一人である諏訪頼重、諏訪ちゃんのパパで、まぁ俺の義父に当たる。
その立場は先日、寺社勢力の統制の為に新しく立ち上げた、寺社局の初代局長である。
長尾家の寺社勢力に対する基本的方針としては、寺社勢力の武装解除、寺領没収、政治介入の禁止、その他に強引な信者の獲得や寄付などが禁止されると云う現代では当たり前のものだが、それらの法を護る事を誓約した寺社に対して、長尾領での布教と保護を与える、布教許可状を発行するといった感じだ。
勿論、不祥事を起こした寺社からは許可状を取り上げるし、真面な寺社には新たに発行することも有る。
現在、長尾領の主だった寺社はその殆どが、この寺社局の統制の元に置かれている形だ。勿論、坊主達の不満はあっただろうが各地に軍を配備した上でこの発表をしたら、皆大人しく従ってくれたよ。
「……帰山し、他の者達にも……」
「…………それは、余りにも……。」
頼重の話を聞いていた坊主共が、何やらごねている
気持ちは判らんでも無いが、俺には関係ないな
出来れば殺したくは無いが、根切したとしてもそれは、日本の発展の為には致し方ない事だと思っている。
俺は、どちらでも良いのだ。
お前等に選べるのは屈服か滅亡、そのどちらかだ。
「それならば、致し方なし。叡山と長島の門徒共は皆ごろ……」
「!?仰せのままに!!」
「!?本願寺門徒は生涯、忠誠を誓いまする!!」
慌てて同意する坊主達
「はははは。そうかそうか、人死にが少なき事は良き事よの。それとの、お主等には、任せたき仕事がある。日ノ本が北海国、高山国、琉球国・呂宋(ルソン・現フィリピン)等に拡大していっておる事を、お主等も存じておろう?」
「話には聞いてはおりまするが……」
「は、はい。存じ上げておりまするが……」
クククク、突然の話題の転換に『まだ、何かあるのか?』警戒してるな。
まぁ、心配するな。そう、大したことじゃないさ。
「日ノ本が広がったのは良いのじゃがな。その地には当然、元から住んで居る民が居る。その者達は日ノ本の民とは言語、風習、宗教全てが異なっておる。無智蒙昧な者共も多くてな些か難儀しておる所よ。お主達、仏の教えを広める事が生業で有ろう?人選は任せる上、彼の地に赴き、その教えを広めて参るが良いぞ。」
「なあぁぁぁぁ!」
「げぇぇぇぇえ!」
うん。喜んで貰えた様で、何よりだ。
現在、新たな支配地には学舎や神社を建て徐々に原住民の日本人化を促す施策を行ってはいるが、どうにも人手不足感は否めない。
史実で欧米諸国が行った軍事力を背景にした、強圧的な統治には限界がある。
結局、第二次世界大戦後に殆どの欧米植民地は、本国からの独立を望んでいたしな。
俺は出来る事なら、占領地の恒久的な日本化を目指す。
俺はこれから統治する事となる、新たな支配地を経済、文化によって統治していく心算である。その日本人としての文化に、大きな影響を齎すのはその宗教だ。
他国の一神教の宗教に比べて見れば、八百万の神を奉る神道や多神教の仏教は現地民にも受け入れ易いはずだが、引き籠り画伯に頼んで布教に役立ちそうな、文字が読めなくても分かり易い宗教書も用意させている。
俺の希望は、先ずはアジア各国・オセアニア地域に日本文化園を出現させる事に有る。
お前等、割と行動力有りそうだし
あっちでは、キリスト教やらイスラム教、ヒンドゥー教なんかと
色々大変だと思うが
新天地で「宣教師」として、仏教の布教を頑張ってくれよ!




