第128話 弱肉強食
1553年(豊新7年)4月中旬 春日山城
「待たせたな。」
俺が、近習を従えて評定の間に入った時には、この評定に参加予定の全ての幹部達が揃っており、それまで聞こえていた雑談が潮が引くように止んだ。
眼に見えぬ緊張感が室内に走り、諸将が俺に頭を垂れる。
上座に着座し、軽く咳払いをすると、集まった面々をゆっくりと見渡す。
封建時代だから仕方ないとはいえ、現代人としての記憶を持つ俺には、こういう畏まった雰囲気には未だ違和感を覚える。
当初は、人を待たせるのもどうかと思い、評定に一番乗りを果たした事もあったが、俺の後に評定に現れた幹部達が、皆青い顔で俺に土下座して謝罪するのだ。俺としては、時間前に来ている幹部を叱る謂れも無いんだが、そう言っても誰も納得してくれなかった。
それ以来、【郷に入っては郷に従え】で、当主らしく最後に登場する様にしている。
ただ、せめてもの抵抗として畳と板張りだった評定の間を、全面改装して巨大な大机を中央に配置して椅子を配する様式に変えた。
これで、土下座とかは出来まい。
「では、始めようか。」
「それでは、先ずは外交局・局長土佐林禅棟より!皆様にご報告させて頂きまする。」
昨年、高齢の為に引退した上杉君、その後任として新たに外交局長に上り詰めたのは土佐林禅棟こと腹黒坊主。
外交局長と自慢気に名乗る、そのドヤ顔に少々辟易とさせられが、その実力、実績共に確かな有能な人材であることは疑うべきも無い。
オスマン帝国大使を4年近く勤め上げ、日本では貴重な海外を識る貴重な人材でもあるし、なんだかんだ言っても、俺はこの腹黒坊主に期待している。
「先日ルソン島にて起きました、我が国と通商関係にあったマニラ王国の滅亡で御座いますが、それを指揮したスペイン指揮官はロペス・デ・レガスピ、10隻の艦隊と千を超えると推定される兵士と共に、当初は我等南方艦隊の本拠レイテ島沖に現れましたが、南方艦隊を率いる秋山信友殿との睨み合いの末に、北西に向け退散致しました。」
「成程な。我等には叶わぬと見て、退散致した後にマニラを襲ったと云う訳か。」
「そうなりますな。マニラに向かう途上にて、明、イスラムの交易商人や現地の住民と諍いを起こしている事が確認できました。マニラ王国到着後は、どうやら王に歓迎された様ですが、同盟を装って欺き不意打ちによって王国軍を打ち破り、マニラを占拠致したようです。」
「それで、今マニラはどうなっておるのだ?」
「マニラ一帯を制圧したスペイン提督ロペスは、その地に城塞都市の建設を開始し、『この街が呂宗の首都であり、呂宋がスペイン帝国の恒久的な領土になった。』と宣言致しました。」
腹黒坊主と大殿との、やり取りで皆が大方、現在の状況を理解した様だ。
「ほう。マニラだけに飽き足らず、呂宋全域をスペイン領と言い出しましたか。」
「これは、我等長尾家に喧嘩を売っているのでしょうかな?」
北国軍軍長・柿崎景家と関東軍軍団長・北条綱成、武闘派の2人が不満な表情を見せる。
「クックククッ。長尾も舐められたもこよのぅ。」
そして、長尾家武闘派筆頭の大殿が煽る。
最も、不満そうなのは武闘派連中だけでなく、政務畑の連中も同じである。
呂宋に進出を果たしてから、早くも6年が経過している。ルソン島東岸からレイテ島、南部のミンダナオ島等、呂宋各地には既に多くの人日本人が入植して、各地に日本人街を建設し、長尾家も都市建設から開墾、港湾整備、街道、病院、学舎等のインフラ整備に巨額の投資を継続して行っているのだ。
今更「此処はうちの土地だから。」等と、寝言を言われてもとても納得出来るものではない。
「敵は小勢に過ぎませぬ。この期は、呂宋全土を当家が掌握する絶好の機会と成りましょう。」
「うむ。西方艦隊、南方艦隊を動かせば、軽く蹴散らす事ができましょうな。」
参謀局局長・山本勘助、副局長・宇佐美定満、2人が言う事は最もでは有る。
現在、各方面軍、各水軍は4年の月日を経て、その編成を大幅に変更、強化されている。
◯越後水軍→日本海艦隊 母港︰直江津
海兵︰2万 艦艇数:280隻
提督︰五島平八 副提督︰鬼頭吉成
越後水軍から日本海艦隊に名を改めた、うちの主力艦隊、主として日本海航路の防衛、制海権の確保を主要目標とする。
◯東海水軍→西太平洋艦隊 母港︰尾張熱田→名古屋
海兵︰1万5千 艦艇数:250隻
提督︰春日将次郎 副提督︰富永 直勝
東海水軍から西太平洋艦隊と名を改めた、この艦隊は日本近海の太平洋航路の防衛
制海権確保が戦略目標だな。
◯瀬戸内水軍→西方艦隊 母港︰新北(台北)
海兵︰2万 艦艇数:340隻
提督︰朝倉宗滴 副提督︰安宅冬康
瀬戸内水軍は、母港を台湾の新北に移し九州→台湾→呂宋、九州→琉球→台湾→呂宋といった、今や日本の主要交易路と成った交易路の確保、近海の防衛を担う重要な役目を担っている。
〇南方艦隊 母港︰レイテ島
海兵︰2万 艦艇数:350隻
提督︰秋山信友 副提督︰織田信長 乃美宗勝
現在、日本の領海の中で最も緊張が高まっている呂宗周辺海域から香辛料諸島、豪州への航路と呂宋から中東へ向かう、日本の重要航路の確保とその周辺海域の制海権確保を目的とする。今後ますますその重要性が高まっていくだろう。
〇東太平洋艦隊 母港︰桑港(現・サンフランシスコ)
海兵︰7千 艦艇数:150隻
提督︰岸辺凪 副軍長︰村上武吉
森可成が樺太からカムチャッカ半島を経てアリューシャン列島に沿ってアラスカに到達し、龍造寺隆信がハワイを経て太平洋を横断して北米大陸のロサンゼルス近郊に到達した。二人が北米大陸に到達するに至って、新大陸への新たな航路が拓かれ、北米大陸の西海岸にも日本人の入植が始まった。
それに伴って、新たに新設されたのがこの東太平洋艦隊だ。
その提督には、凪を抜擢した。太平洋を遥かに隔てた日本との距離が大きなリスクだが、彼女なら何とかしてくれそうだと思ったからだ。
この艦隊の戦力であれば、おそらく南方艦隊を動かすだけでマニラから、スペインは追い出す事は出来るだろうが…
「禅棟、ポルトガルの動きはどうなっている?」
アフリカ航路を抑えるポルトガルが、スペインと組めば、スペインの艦隊がメキシコから遥々太平洋を越えてアジアに至る航路では無く、アフリカ経由でアジアに至る事も可能となる。そうなると、航海の距離も船の消耗もかなり抑えることができ、大規模な艦隊をアジアに送る事も可能となる。
「本来ならば、ポルトガルとスペインはアジアの権益を巡って対立関係にあったのですが、ここ数年で急速に関係を改善して来ておりまする。我等に対抗する為に、裏で繋がっている可能性は高いですな。」
「ほう。スペインと戦に為れば、もれなくポルトガルも付いて来ると云う事か!」
駄菓子のオマケじゃねぇんだよ。喜ぶな!ジャンキージジィめ。
欧州諸国でも逸早く大航海時代に突入し、南米大陸のその殆どを手中に収め今、黄金の世紀を迎えているスペイン、アジアへのアフリカ廻り航路を手中にしアジア貿易を独占して、海上帝国と称されるポルトガル。この時代最強の海軍国家と云える、
2カ国を同時に相手するのは少々骨が折れるが……
南朝を滅ぼし内戦を終結させてから、この4年間は内政に力尽くしてきた。
今日本の国力は、かつてない程に充実している。
俺は、今世でアジアをヨーロッパの植民地にさせる気は無い。
そうとなれば、スペイン、ポルトガルと衝突するのも時間の問題だったんだが、欧州諸国のアジア進出の野望を早めに砕く為にも、此処で潰して置く事が正解かもな。
「禅棟、マニラのスペイン兵に対して勧告を行ってくれ。1月以内に、マニラから立ち退け、退去しなければ、容赦はしないとな。」
「段蔵、オスマンに駐在中の情報局員にスペイン、ポルトガルの諜報に力を入れさせてくれ。決して艦隊の動きを見逃すな。」
人類の歴史上、国境が話し合いで決まる事は稀だ、殆どの場合に於いて国境は、相争う者同士での、勝敗によって決まる。
悲しい事だが、これからの数世紀は、世界は力持つ者が弱き者を喰らう弱肉強食の時代だ。悪いが日本の将来の為に、スペイン、ポルトガルには、少々早いが世界史の主役の座から退いて貰うとしようか。




