やばいやつが来ました
短いので本日2話更新です。
これで呼ばれなくなるだろう、そう思っていたが、この夜から悠花は毎晩のように呼び出される事となった。
(今夜も不機嫌そうだな……)
眉間のシワは、日に日に深くなっているのではないか。悠花は男が何かをする前に、さっさと歌い始めた。曲は多少変えているが、だいたいは子守歌だ。それですぐ寝入ってくれるのだからありがたい。悠花は、毎夜『いい仕事をした』と思いながら部屋に戻っていった。
悠花がそんな扱いになってから、色々と環境が変わった。宝飾品が届くようになったのである。
「ひっ……また来た……!」
目も眩むような宝石が、箱の中でまばゆい光を放つ。しかし一般庶民の悠花には、どうしていいのか分からなかった。身に着けるのも怖ければ、部屋に置いておくのも怖い。悠花はその箱を全て、風呂場の棚に隠して視界に入れないようにしていた。
「うぅ……自分の部屋にあんなのがあると思うだけで胃が痛い……」
贈り物なら今までにだってたくさん貰ったことがある。しかしそれは花束だったりお菓子だったりと、ささやかなものだった。それがいきなり、宝飾品である。もう少し段階を踏んで欲しい。そもそも何でそんな高価なものを貰えているのかも分からなかった。
(もし棚がいっぱいになったら……あの、制服の人に言えば引き取ってもらえたりするのかな……)
悠花が顔を知っているのは、獣耳の男と制服のようなものを着た男だけだ。エステの女性たちは、顔ぶれが変わるのでまだ覚えきれていない。
エステは、嬉しいと言えば嬉しいのだが拘束時間が長い。おかげで、あまり練習時間が取れなくなっている。
「歌う時間が欲しいんだけどなあ」
そうジェスチャーで何とか伝えてみたものの、全て無視された。多分あの獣耳の男の、リラックスタイムの方が優先されているのだろう。
あの男の部屋で歌うのは好きだ。悠花の部屋より広くて、反響する。あの白い石造りの部屋に、自分の声だけが響いているのだと思うと楽しくはあった。
そうして、悠花の生活が変わってしまったある日の事だった。
「―――――!」
外から聞こえてきた絹を裂くような悲鳴に、思わず悠花は鉄格子に近寄り、カーテンの隙間からそっと外の様子を伺った。中庭では、人々が空を指さしている。
「……は!?」
釣られるように悠花も空を見上げると、青い空には黒い点が浮いている。
「……何あれ」
なんだか分からないものを見ているうちに、その点はどんどん大きくなっていった。
「は!?」
見間違えではないのか。見間違いだと思いたい。ぐんぐんとものすごいスピードでこちらにやってくるそれ。黒っぽい鱗に覆われた、恐竜のような顔が次第に見えてくる。
(ドラゴンじゃん……!?)
踊り子は襲われることも無さそうだと無視していたが、やはりあいつは人を襲う生き物ではないのか。その証拠に、中庭の人たちも随分と騒いでいるし、槍を持った兵士もやってきた。
「……これ、まずいんじゃ……」
もしドラゴンが暴れても、部屋に鍵をかけられた悠花では逃げることができない。そうなったら、悠花はここで死ぬしか無くなる。
「ど、どうしよう……」
震えているうちに、ドラゴンは中庭へと降りてきた。
(やっぱりあいつ人を襲うんだ……!)
兵士がドラゴンを取り囲むが、ドラゴンは動じてもいないようだった。
「む……むり……」
怖くて仕方がない。悠花はカーテンを締め切り、万一カーテンがめくれても大丈夫なように、風呂の隅に逃げた。
(怖い怖い怖い怖い)
頭を抱えて震えているが、外の喧騒は収まらない。悠花は更に身を縮めて、眼を固く閉じた。




