対話
2話目です。
サハリールは、大陸の西にある国だ。広大な砂漠の中に、ぽつんぽつんと町がある。しかし王城は水が豊富な地に建てられただけあって、王都は白亜の王城を中心に砂漠の際まで広がっている。街に緑は少ないが、王城の中は違う。王の権力と贅を凝らした王城は、砂漠の中にあって花が咲き、木が木陰を作っていた。
(……見えてきましたね)
翼を休めることもなくサハリールに向かったフィンヴィールの眼には、遠くからでもよく王城が見えた。あのどこかに番が居る。居場所はハレムだ。それは分かっている。
(……騒ぎになってしまいますが、手っ取り早い方法でいきましょうか)
一刻も早く、番の無事な姿が見たい。そのためなら少々の無茶はするつもりだった。
(……きっと、あそこがハレムでしょう)
王城の、奥の奥。外界から離れた、閉じた場所。ちょうど良く広い庭園があったので、フィンヴィールはそこに向かっていった。
「竜だ!」
「何用だ!」
空からの侵入者に、武器が突きつけられるのは想定内だ。しかし自分は、番を連れ戻したいだけである。着陸したフィンヴィールは、第一声に非礼を詫びた。
「サハリールの尊き御方の城に、無断で侵入した非礼をまず謝らせていただきたい」
「竜が何の用だ!」
無数の槍が突きつけられるが、怖くはない。この程度の武器は、鱗も通さないだろう。
「私は、私の番を求めてここに参りました。我が番は、卑劣に貶められ、奴隷としてこのハレムに売られてしまったのです」
フィンヴィールの言葉に、兵士たちの警戒が若干和らいだ。
「何の騒ぎだ」
――と、威圧を伴う声が響く。
(獅子の耳……であれば、この方が)
「砂漠の国、慈悲深き月のようである御方、私はガリュオンの森人の子フィンヴィール。ガリュオンでは将軍の座に付いております」
フィンヴィールが身分を明かすと、場がざわついた。竜は強い。獣人では束になって勝てるかどうかと言ったところだ。しかもそれは、並の竜の話である。竜の中で最も強い者が将軍職に就くというのは知られている。つまり目の前に居る竜は、絶対に敵わない相手だった。
「無体なことは何も申しません。私はただ、ここに売られた番を取り戻したいだけなのです」
竜の偏執的な愛は広く知られている。そして一歩間違えば、その愛が大惨事を引き起こすことも。現に南の国では、竜の番を人質にして国が滅んだのだと最近噂になっている。
「……王よ。女奴隷の1人、すぐに手放した方が良いでしょう」
「そうだな。面倒事は嫌いだ。ガリュオンのフィンヴィールよ、お前の番はどんな女だ」
要求が受け入れられそうなことに、フィンヴィールはほっと息を吐いた。力で解決できるだろうが、対話で済ませられるならそれに越したことはない。竜は温厚な種族である。
「我が番は黒目黒髪、まだ幼げでありながら、類まれな歌を歌います」
その言葉に、人々は動揺した。思い当たる人物が居る。
「あとはどこの辺境の者なのか、言葉を知らぬのです」
補足説明に、動揺はより大きくなった。どう考えても、王のお気に入りの小鳥である。
「王よ……」
「…………」
王の眉間のシワが、より深くなった。だが、他の女たちからしてみれば、フィンヴィールの言葉は福音のようだった。王のお気に入りの娘が、居なくなるからである。
「……それは、チェスミスイヤフの事なのでは……」
「ええ、とても歌の巧い奴隷よね」
「チェスミスイヤフ……」
一座では、ネレイアと呼ばれていた。ここではそう呼ばれているのか。そして、くじけずに歌を歌っていたらしい。どうやら元気にしているようで、ほっとする。
「王よ、いくらお気に入りとは言え、奴隷1人と国は引き換えにできませんぞ」
「……分かっている……!」
お気に入り、という言葉にフィンヴィールは耳ざとく反応した。
「……っ……!」
その視線に、王が怯む。
「……チェスミスイヤフを……連れてこい……!」
「ありがとうございます、寛大な御方。もし叶うのであれば、彼女を連れて帰るための入れ物を賜ることはできますか? 彼女をずっと握って飛ぶのは、あまりにも危ない」
握って飛ぶ、という言葉に、王の顔が引きつる。
「……いいだろう。何か適当なものをくれてやる」
王は、奥歯を噛み締めたままそう言った。
「ありがとうございます。もし今後王や国に何かありましたら、ガリュオンへ報をください。私の名において、力をお貸ししましょう」
「おお……!」
フィンヴィールの言葉に、集まっていた家臣や兵士たちは嬉色を表した。竜の力があれば、万一戦争が起こっても恐れることはない。
「女奴隷1人で竜と縁ができるとは……! 王よ、国のためですぞ!」
「分かっている……!」
王は苦虫を噛み潰したような顔でそう吠えた。
(ああ、やっと貴女を連れて国に帰ることができる……!)
フィンヴィールは、今か今かと番が姿を表すのを待った。




