大変な書類
「何だった?」
「いや、分からなかった」
「は?」
ここは城塞都市レグダム。大陸南方の国、エスギルの地方都市である。街の治安維持に当たる警備騎士団の詰め所で、叩かれたドアの音に様子を見に行ったのだ。
「誰も居なかったのか」
「居ない。これだけ置いてあった」
様子を見に行った者の手にあったのは、小さな花と白い、折りたたまれた何か。受け取った同僚が、何の気は無しにそれを開き――……。
「…………は?」
絶句した。
「何か書いてあったのか?」
「…………」
そう問われ、固まった表情のままで書面を見せる。
「…………え?」
覗き込んだ数名が、同じような表情で固まったのも無理はない。
『この手紙を持つ者は、ガリュオンの将軍、森人の子フィンヴィールの番である。フィンヴィールの名において、その全てを保証する。黒目、黒髪を持つこの少女を、どうか保護しガリュオンへと知らせるように。
森人の子 フィンヴィール』
文章は簡易的とは言え、血の署名が入っている。これを偽る馬鹿は居ない。
「竜の……番?」
「……この手紙、誰が持ってきてたんだっけ……」
「…………誰も、居なかったんだよ……」
男所帯で騒がしい詰め所が静まり返る。
「さ……探せ……!」
「ガリュオンに連絡もだ! スレイプニルで大使館まで飛ばせ!!」
ガリュオンは大きな力を持つ国だ。その国の将軍と言えば、国で最も強い者――人の国すら個人で陥落させられる。そんな相手の番だ。保護できていなければ、何があるか分からない。竜は温厚な種族だ。しかし、番に関することに対してだけは違う。
「……これって、俺達の軍を壊滅させた、アガリスに居た人ですよねえ……」
「ああ、アガリスが番を人質にしてたから言う事聞いてたって話だったよな……」
エスギルが、アガリスの属国になったのはつい最近。属国からまた独立――アガリスが滅んだのも、1ヶ月ほど前の事である。アガリスが番を人質にし、兵器として使っていたのがガリュオンの将軍、フィンヴィールであること、アガリスはガリュオンが滅ぼしたため属国となっていた国々は元の通りに戻れること等を書いた書面は、アガリスの支配下になった国々に配られていた。レグダム警備騎士団の中でも、対アガリス戦へ従軍した者がいる。
戦場に居たものから聞いた、絶望的な力の差。連合軍であったにも関わらず、壊滅した恐ろしさ。その恐怖からアガリスに下ったのだ。その相手の、番である。
「見つけないと、まずい……!」
『金眼の竜には近付くな』――小さい頃から、繰り返し聞かされる話だ。同時に、金眼の竜が迎えに来る話も、おとぎ話のように聞かされてはいるが。ともかく、恐ろしさを知っている相手である。番を保護できなかった時、どうなるか想像もしたくない。
「黒目黒髪!? 他に特徴は!?」
「ねえよ! もっと特徴書いてくれよ……!! 種族とかさあ!」
「誰か獣人騎士を! 非番でも連れてこい!」
黒目黒髪の少女など、国によってはさして珍しい特徴でもない。それが、レグダムのような大きな街になれば、何人居るかも分からない。
「番はアガリスから来たんだよな!? 住人は除外して探せ!」
「門番に連絡して、ここ数日の出入りも確認しろ!」
こうして、騎士団をあげて番の捜索が始まった。
「……そっち、どうだ……?」
「あの文書には確かに匂いが付いてたんだが、ここからすぐに大通りに入って分からないってよ」
「獣人の鼻でもダメか……」
それから数日。騎士団は手がかりの無さに頭を抱えていた。
「そもそも、『これ持ってたら保護する』って書いてあるのに、なんで置いてくんだよ……」
「竜の束縛はやばいって聞くからな。逃げたかったとかじゃねえの?」
「はは……でも、見つけないとな……」
愚痴を言い合っていたところに、巡回に行っていた騎士たちが戻って来る。
「……どうだ?」
「ダメだ。旅行だの商売だの、対象が多すぎて見当も付かん」
「こっちも旅芸人の一座を見てきたが、そんな特徴の少女は居なかった。……でもあの歌姫、すごかったな……」
「何見てきてんだお前」
「行ったらちょうど、昼公演の最中だったんだよ! 少女って年齢に見合いそうなのは、ものすごい子供と踊り子、歌姫くらいだったが黒髪黒目は居なかった」
「あの話題になってる歌姫か。古代人の生き残りとか言う」
「どうせ嘘だとは思うんだが、歌は本物だな。……こんな状況でも無けりゃ、まともに聴いてみたいんだが」
仕事柄、警備騎士団は街の事情に詳しい。街の端にやってきた旅芸人の一座のことは、数日で一気に有名になっていた。
大きな街だ。そんな芸人の一座の興行は珍しい話ではない。ありきたりな芸、ありきたりなペテン……違法行為で無い限り取り締まる事はないが、胡散臭い連中ではある。大言壮語で飾り立て、やれ珍しい種族の血を引くだの、やれ未来を当てるだの、似たりよったりの流れ者だ。
そんな中で話題を攫ったのが、『古代人の生き残り』という歌姫だ。歌うのは、公演の最後のたった3曲。それで、初日のうちに観客の心を鷲掴みにしていった。噂が噂を呼び、聴いた客は再び見に行き、街ではすっかり話題の中心である。領主が召し出そうとしたとかいう噂も聞こえてくるほどだ。
「聴いたヤツの話じゃ、すごいらしいな」
「ああ。天幕の外から聴いただけだが、何人も泣いてたぜ。俺も昔の恋人が思い出されて辛かった……」
「そういう歌詞なのか?」
「いや、歌詞は何語かさっぱり分からん。ここらの言語でも、共通語でもなければ、もちろん魔法言語でもない」
「『本物』じゃん……」
「あの一座はもっと売れるだろうな。あの歌姫が独立しなきゃ、だが」
「させてくれないだろ。看板だぞ」
「だよな」
現実逃避の会話は弾む。しかし、竜の番については一向に行方が分からなかった。
「本当に居るのか? この街に……」
「ふらっと現れたんだから、ふらっと居なくなってる可能性もあるよな……」
数日後。騎士たちはさらに頭を抱えていた。手がかりが少なすぎ、街に人が多すぎるのである。出入りも多いし、対象の人数すら絞れない。
「出入りした者の中に、条件に当てはまる少女は?」
「居ましたが、本人や同行者の証言から別人だと思われます」
「騙りもいないかー……」
「竜本人に照合されたら即バレるのに、危ない橋は渡れませんよね……」
金眼の竜が迎えに来るのは、おとぎ話だ。番を見つけた竜が迎えに来るのを、誰でも1度は夢に見る。しかし、そんな幸運に預かれる者はそうはいない。それに、迎えに来た竜が好みでなかったら? すでに愛する相手が居たら? そちらの方がずっと恐ろしい。自分は好きになれないのに、竜は執念深く追ってくるのである。国すら独りで落とせる力を持ち、大陸を縦断できる翼もある。どこに逃げても探し出され、ついには人間の恋人と共に命を断ってしまった悲恋もある。竜もその後を追ったらしい。誰も幸せになっていない。
「……よく考えたら、ガリュオンの将軍さんは自分の番の位置が分からないのか?」
「最初から番の位置が分かるんじゃなくて、番に後から魔法をかけるらしい」
「最初から番の居場所が分かってるなら、もっと苦労しないだろあの人たちも」
「それもそうか」
竜は、縁遠い人たちだ。しかし、結婚も気軽にできないというのは同情する。
「話題の旅芸人も居なくなったなあ」
「あー、結局見に行けなかったんだよな」
「この騒ぎが無けりゃなあ……」
探しものは見つからず……その日も警備騎士たちは、重い気持ちでガリュオン当ての報告書を書いた。
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