ついに手紙を渡しました
(お買い物だ……!)
獣人多めの国での公演も、大成功だった。2日目からは、悠花に宛てた花すら届くようになり、悠花目当ての客が天幕の外まで溢れたらしい。こうなると利に聡いのが座長である。急遽昼は座席を取り払い、全て立ち見にして、悠花に夜と同じように3曲歌わせるだけの公演を行った。それでもまた天幕の外まで人が溢れたのだから、悠花も驚いていた。
こうして、とても機嫌の良い座長は、次の街に着いて荷下ろしが済むと、団員全員に金銭を渡して上機嫌で去っていった。きっと飲みに行くのだろう。そして悠花は……。
「――――、―――!」
「待ってよー」
踊り子と2人、買い物に来ていた。悠花より少し年下であろう踊り子の爪に模様を描いたことで、一気に仲良くなったのだ。言葉は分からなくても、身振りで通じるものはある。硬貨の入った革袋を指差し、自分と踊り子を交互に指差すと、どうやら買い物の誘いだと分かってくれたらしい。こうして悠花は、新しい街で踊り子と2人で大通りを歩いている。
(ここは今までで一番大きな街かも……)
何も無い街道を進むと、ぽつりぽつりと見える家々と畑の向こうに、教会の鐘楼とその周りに固まった家々。そんな、のどかな町ではなく、この街は城壁と大きな門をくぐらなければ中へと入れなかった。しかも、門の前には門番付きである。今までそんなものは見たことがない。
「――――、―――?」
「え? わっ、綺麗!」
はぐれても呼び止められない悠花は、踊り子に手を繋いでもらって露天を冷やかしていく。数年もしたら美少女から美女になるであろう踊り子が、ひとつの髪飾りを手にとって髪に当ててみせた。
「似合う! すっごくいいよ!」
オリーブ色の髪に、金色の髪飾りが良く映える。悠花が褒めて見せると、踊り子はそれとは別に銀色の髪飾りを手に取った。
「そっちも買うの?」
そう悠花が聞くと、髪飾りを悠花の髪に当ててみる。
「え、わたし? ……似合う?」
首をかしげると、踊り子が満足そうに頷いた。
「じゃあこれ、買っちゃう! おそろい!」
踊り子が手のひらの上に必要な硬貨を乗せて見せてくれ、悠花も同じ硬貨を袋から取り出す。
(これは多分、そう高いものじゃない……)
銀色の硬貨が3枚。それで少々の銅貨が返ってきた。
(銀色のコイン1枚が、だいたい1000円くらいってとこかな……?)
大雑把にでもあたりを付けないと、硬貨の価値が理解できない。
(この髪飾りの値札が、多分こっち……)
言葉は理解できなくても、文字なら慣れれば分かるはずだ。
(この文字列で、銀色コイン3枚出して銅貨4枚がおつり……)
他のアクセサリーを見ている踊り子を横に、しげしげと値札を眺めていた時だった。
「――!」
「―――!!」
「なに!?」
轟音と共に、誰かが少し離れた屋台に突っ込んだ。
「え……ケンカ!?」
突っ込んだ誰かに、また別の男が殴りかかっていく。
(逃げないとまずいんじゃ……)
そう思って踊り子を見ると、冷めた目で男たちの喧嘩を眺めていた。
「え……」
見れば、露天の店主も同じである。それどころか、周りの人間もそう気に留めている様子はない。
(そ、そういう常識……?)
暴力なんて、身の回りになかった。だからどうしていいのか分からない。悠花がおろおろしているうちに、剣を持った揃いの服と甲冑の人たちがやってきた。
(なにあれ……警察みたいなやつ……?)
周りの観客と軽く本人たちに話を聴き、喧嘩をしていた2人を連れて行く。
(警察みたいな人たちだ……!)
あの人たちになら、手紙を渡せる。悠花は、肌身離さず持っていた手紙にそっと手をやった。
(どこで渡せば……)
迷っているうちに、警官(?)たちが遠ざかっていく。
「ごめん踊り子ちゃん、わたしちょっと行ってくる……!」
踊り子に声をかけ、悠花は一団の後を追った。
(えっと、確か今ここを曲がっていって……)
大通りを抜け、道を曲がる。広く、明るい通りは治安が良さそうだった。
(居た……!)
翻ったマントが見え、それに向かって駆けていく。
「この、建物……?」
確かにここに入っていくのを見た。しかし大きく、重厚な扉の前に圧倒される。
「そもそも、なんて言って渡せば……?」
言葉は分からない。悠花では、どうあっても説明できないだろう。
(でも、絶対に手紙は渡さなきゃ……)
説明ができないのなら、手紙を置いてくるしかない。とはいえ、扉にポストのような気の利いたものも無い。悠花は周りを見回すと、手頃な大きさの石を手に取った。
(扉を開けたらすぐに分かる場所に置いて、飛ばされないように……)
扉の真正面の石畳に、手紙と、重石を置く。さらに目に付くように、そこらに生えていた雑草の花も添えて。
(あとは……)
思い切り扉を叩き、悠花はすぐに物陰に隠れた。
「――? ……―――?」
出てきた、先程の警官と同じ服装をした男が、悠花の置き手紙に気付いて拾い上げる。そして周りを窺い、差出人が分からなさそうなのを見て取ると、困ったように頭をかきながら中へ戻っていった。
「…………よかった……」
手紙は確かに受け取ってもらえた。これで鉄仮面にも救いの手が差し伸べられるかもしれない。
(鉄仮面さん、わたし、ちゃんとお手紙渡したから……)
あの男には、救われてほしい。あの穏やかな男が、理不尽な暴力に晒されてほしくない。あの塔から逃げ出して、1ヶ月弱。まだ間に合うと信じたい。
悠花は緊張の糸が切れたように、その場からよろよろと立ち去った。
「――、――――!」
「わっ」
大通りへ戻ると、踊り子が怒ったように詰め寄ってくる。どうやら悠花を探してくれていたらしい。
「ごめん、大事な用事があったんだ」
通じないと思いつつも、そう言葉を返す。
「ごめんごめん、なんか奢るから!」
あたりを見回して目に入った屋台では、何かスープのようなものが大きな鍋で煮込まれている。それを指差し、自分と踊り子を指差すと、ようやく踊り子はその怒りを静めたようだった。
「! 甘い!」
スープだと思ったそれは、どろりとした、しかし甘い飲み物だった。中には小さく切られたドライフルーツが入っている。
「これ、おいしいね」
少しカップを掲げてみせると、踊り子が頷く。秋が深まり、涼しくなってきた昼下がりには温かさが染みる。
(何か……南国風味のあるお汁粉みたいな……)
はふはふと息でそれを冷ましながら飲むと、ほんのりと身体があたたまった。
(気がかりだった手紙も、やっと渡せた)
渡せる場所は無いかと、町に行く度に馬車から周りを見回していた。こうして踊り子と仲良くなれたからこそ、一緒に買い物に行き街を見て回ることもできたのだ。
(きっとあの手紙を見て、誰か助けに行ってくれるよね……)
顔も分からない相手なのに、と思う。でも、一緒に過ごした時間で、あの男が紳士的な事は知っている。2人だけの、小さな世界だったのだ。優しい同居人には、すっかり情が移っている
「……ありがとね」
そう悠花がお礼を言っても、踊り子は分からないと言うように首を傾げた。
ブックマークとポイント、ありがとうございます!




