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獣人の国に来ました

 街道を馬車でひた走り、数日。


「わー……」


 悠花は、たどり着いた町をずっと眺めていた。


(今までと、全然違うんだ……)


 石畳の、中世風。それは変わらない。しかし決定的に違うのは、町を歩く獣人の多さだ。人間ぽいのに動物の耳が付いている人から、動物そのものの顔をした人まで、幅広いタイプの獣人がいる。だからこそ、ただの人間が多い町とは、町並みからして違う。


「―――、――――!」


 行き交う言葉は相変わらず変わらないが、今までと大きく違うのは家だ。ドアがずっと大きかったり、逆にずっと小さかったりする。


(体格に合わせて、家も違うんだ……)


 規格が違うなら不動産屋は大変だなと思いながら町並みを眺めていると、町外れの広場で馬車が止まった。


(今回はここでやるんだ)


 新しい町は面白そうだ。だが、見る限り手紙を渡せそうな場所は無かった。男衆が公演用の天幕と宿泊用の天幕を広げ、女衆は寝床を整えたりしている。悠花もそれに混じっていると、いつも食事を作っている女性の1人が呼び止めた。


「――、――――」


 横の子供を指差し、メモとお金が入っているらしき革袋を悠花に見せる。そして革袋を悠花に、メモを子供に渡した。


「なるほど、荷物持ち」


 食事の材料を買いに行けと言うのだろう。悠花は子供と手を繋ぐと、広場を出た。



(わー、いろんな人がいるんだ……)


 目に映るものは、全てが興味深い。悠花がきょろきょろ周りを見回しているうちに、子供がしっかりと人に店の場所を聞いている。


(これじゃどっちが子供か分かんないな……)


 もしかしたら、いやもしかしなくても、この子は言葉の分からない悠花のお目付け役なのだろう。言葉の分からない悠花と、力のない子供とでワンセットである。


(まあ……仕方ないか……)


 案内された市場は、多くの人で賑わっていた。幾つもの箱を重ねた上に立って呼び込みをする小柄な獣人に、大きな肉を吊るし切りしている獣人。それに混じって、ちらほらと人間の姿もある。


(場所が変われば、人種も変わるよね)


 あのおかしい国では、人間しか見なかった。あれはきっと、あの国の政策なのだろう。前の町でも、少ないとは言え獣人はいた。


(他の場所を見てみたら、もっと違う人たちが住んでたりするのかな)


 どこかは分からないが、ドラゴンだってどこかには住んでいるのだ。まだ悠花の知らない事はいくらでもある。


「――、――――」

「―――」


 子供が買い物をするのを横で見ながら、品物の価値をなんとなく探っていく。商品のところに書かれているのは、品名なのか値段なのか。札を見比べてみると、共通の文字がある。どうやら値段を書いているらしい。


(文字くらいは……読めるようになりたいけど……)


 まずは数字だけでも。アラビア数字ではもちろんないので、規則性がすぐには掴めない。どうにか理解しようと睨んでいると、買ったものを押し付けられた。


「わ、ごめん!」


 自分が、何のために買い物に連れてこられたのかをすっかり忘れていた。荷物を持って、また市場を回る。どうやら大量に必要なものは、先にお金を払って後で天幕まで届けてもらうようだ。


(なんとか持てる程度でよかった……)


 あの人数の食料を、1人で持てるのかと心配していた悠花が、ほっと息をつく。


(買い物は、今度1人でゆっくり来てみよう……)


 荷物もあるし、子供とはぐれてもいけない。悠花たちが広場に戻ってくると、天幕はほとんど完成していた。


「これ、買ってきたやつです」


 両腕に抱えた食料を渡し、息を吐く。そろそろ日が暮れだす。またすぐに、夕食の準備があるだろう。


(夜もすぐに暗くなるからなあ)


 LEDよりずっと暗いランプは、ここの闇を追い払ってはくれない。そのせいか、夜遅くまでやっている店をあまり見ない。と言っても、夜に出かけていく団員はいるので、無いわけではなさそうだ。

 町であればまだ、近くに人の気配がある。しかし旅の途中ではそうもいかない。見張りを置いて、警戒しながら夜を過ごす。悠花たち女衆は不寝番はすることはないが、男衆は交代してやっている。町に入ると、やっとみんな揃って夜に眠れるようになるのだ。それだけ、人気のない夜は恐れられている。


「公演の曲を決めておかなきゃ……」


 ここに何日いるのかは分からない。でも、前の町のように何日かはここで公演をすることになる。短調と長調の曲をどう組み合わせるか。恋愛の詩で固めるのか。曲目と曲順だけでも、考えることが色々ある。


「好きな曲は歌いたいけど、新しい曲も勉強したいし……」


 持っている楽譜は様々だ。必要であれば、スマホで検索することもできる。


「となると……増やすのは、オペラアリアかな……」


 歌曲も好きだが、やはり派手さが違う。トリに据えたほうが良いが、この数年の声楽歴を考えると、まだまだレパートリーが少ない。


「『ルサルカ』、『トゥーランドット』……」


 持っている楽譜から、曲を探す。何曲か当たりをつけたところで、夕飯の支度に呼ばれて集中は途切れた。



(これはさっきの……豪快に切られていた肉……!)


 簡易な竃の上には網が置かれ、そこでは先程悠花たちが頼んだ肉がじゅうじゅうと焼かれている。


「絶対美味しいじゃん……」


 空の下、身体を動かして適宜にお腹も空いている。旅の最中は塩漬けの肉を使ったスープだったのだ。新鮮な肉は、町でしか食べられない。端肉はスープに放り込まれ、こちらは老人組が食べるのだろう。焼き上がるのを待ちきれないように、子供たちが火の周りから動かずにいる。


(仲が良いよね、ここの人たち)


 どう見ても、血縁で固まっている集団ではない。それでも協力し合って、旅と公演を続けている。


(座長も、気風のいい姉御って感じだし……)


 昔は相当な美人だったであろう座長は、凄みがある。それでも悠花のことは気にかけてくれているらしく、歌った後はいつも機嫌がいい。


(あの人がここに入れてくれたんだもんなあ)


 真っ先に焼かれた肉で酒を飲んでいる座長を見ると、今日も機嫌がいいようだ。


(明日からの公演も頑張ろう)


 返せる恩は返したい。自分には歌うことしかやれることがない。小さな子供だって、獣人の肩に乗ったり放り上げられたりと、公演の役に立っている。席を回って、おひねりを集めてくるのも子供たちだ。もう少し大きくなれば、ナイフ投げや踊りで芸を披露する。そんな中で言葉の分からない悠花は異質だった。悠花の芸は一定の評価はされているのだろう。しかし、意思の疎通が難しい。保護者のいない悠花は、どうにかしてこの一座の中に居場所を作るしかなかった。


(もっと上手い歌が歌えれば、きっと追い出されずに済む……)


 行き場が無くなるのは怖い。いつまで経っても言葉が覚えられないのが怖い。大学で習ったフランス語も、イタリア語も、ドイツ語も、簡単な挨拶程度は喋れるようになったのに。なのに、もっと簡単なはずの『ユウ』『ユウカ』程度の名前も伝わらない。


(きっと……この世界の人が当たり前に魔法が使えるみたいに、わたしじゃ分からない言葉を使ってる)


 言葉が理解できないのは、身体があまりに違うからかもしれない。見た目は近くても、何かが決定的に違うのだ。そうでなければ、ここまで何も分からないはずがない。

 だから悠花は怖いのだ。自分を保護する意志のある、この一座から離れたくない。自分ひとりで、いつまでも言葉が分からないまま生きていけるはずがない。この世界は、悠花の知っている世界とは違う。ドラゴンは空を飛ぶし、夜は不寝番を置かなければ町の外で夜は越せない。


「…………」


 燃える炎が、暗闇から悠花の顔を浮き上がらせる。この世界に独りなのだと、急に怖くなった。


(いつか、帰るまでは……)


 今はまだ、手がかりも何も無い。でも、いつかきっと。悠花は食事だと肩を叩かれるまで、無言で炎を見つめていた。

ルサルカ

アントニン・ドヴォジャーク作曲のオペラ。

『月に寄せる歌』というソプラノアリアが有名。ストーリーは若干妖怪よりにした人魚姫。ただしルサルカは海ではなく湖の精。最後は王子と心中エンドなので、個人的にはアンデルセンの『人魚姫』より好き。


トゥーランドット

ジャコモ・プッチーニ作曲のオペラ。

想定してるのは、タイトルロールのトゥーランドット(ソプラノ)ではなく、負けヒロインのリューのアリア。

美しいが冷酷なトゥーランドット姫を手に入れるため、別の国の王子カラフは、召使のリューの懇願も聞かずに、謎を解けねば殺されるトゥーランドットの求婚者になる。トゥーランドットの謎を解いたカラフは、逆にトゥーランドットに明日の朝までに自分の名前を当てるように言う。カラフの名を知るリューは拷問されても名を明かさずに自刃し、トゥーランドットもそれを見て心境に変化が生まれカラフの求婚を受け入れる。

舞台が北京ということもあり、中国の旋律が使用されている、オリエンタルな雰囲気のオペラ。

カラフのアリア、『誰も寝てはならぬ』が有名。

個人的にはリュー死ぬ必要あったのかと納得がいかない。なんで何事もなかったように2人でハピエンなんだ。

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