鳥籠の再会
身体が重い。傷が痛む。引きずられたまま意識は泥に塗れ、新しい痛みでまた浮上する。今自分がどこに居るのかすら把握できない。引きずられているということは、檻からは出されたのだろう。どこに向かっているのか。頭の片隅でそうは思ったものの、それを考える余裕すらない。
「ほらよ!」
一瞬の浮遊感と、強い痛み。文字通り牢に投げ込まれ、フィンヴィールは痛みで呼吸を忘れた。
動けないフィンヴィールをせせら笑いながら、兵士たちが去っていき――
「――――……!」
フィンヴィールは、番の声を聞いた気がした。
(また、夢でしょう……)
番と引き離され、何度彼女に会う夢を見たのか分からない。会いたい。触れたい。だが目を開けば、そこは檻の中なのだ。
薄汚れた檻の中、石や罵倒を浴びせられ、ただ時間が過ぎ去るのを待つ。終わりのない泥沼のような、耐え難い時間。ただ呼吸をし、使われる時には引きずり出される。
今まで長く生きてきた中で、こんな扱いを受けることは無かった。ガリュオンの中でも、このような扱いを受ける者は居ない。怒りも、悲しみも、今はただ虚しさに塗りつぶされる。
(疲れた……)
膝を折りたい。だが、幻を見るほどにフィンヴィールの胸には番が居る。幼気な顔立ちも、可愛らしい歌声も、よく変わる表情も、全てが愛しい。出逢った番とは離れられないと知識では知っていたが、ここまでのものだとは思ってもいなかった。自分の何を引き換えにしても、彼女を守りたい。掌中の珠のように、大事に大事にしまい込んでおきたい。
(……弱気になっていてはいけないのに……)
身体が動かなくても、動かさなくてはいけない。頭が働かなくても、働かせなくてはいけない。泥の中をもがくように、それでも進まなくてはいけない。
(彼女を、救うまでは……)
まだ、生きなければ。か弱い番を守れるのは、自分しか居ないのだから。
(声、が……?)
番の声が聞こえた気がして、フィンヴィールは気力を振り絞って頭を上げた。
「―――……!」
「!」
夢でも、幻でもいい。そこには自分に向かって手を伸ばす、番の姿があった。
(ああ…………)
触れたい。あの小さな手に。今の自分が生きている理由に。
必死に這いずって手を伸ばすと、番もフィンヴィールに手を伸ばした。
(温かい……)
その感触に、やっとこれが現実なのだと理解する。
「――――……!」
自分を心配するような表情に、つながりを感じて嬉しくなった。自分は確かに番の元へと戻ってきたのだと、胸が熱くなる。と、番が己の手に何かを握らせてきた。
(これは……)
慣れた手触り。『清浄』の魔法陣を描いた紙片だ。フィンヴィールが帰ってきたときのために、作成していてくれたのだろう。
(傷がましになるのが先か、私の魔力が尽きるのが先か……)
だが、やらないよりはやった方がいい。微々たる魔力の回復を待つ前に、傷で身体が弱りかねない。一度、二度。番が紙片を渡してくれる度に使用する。ギリギリまで魔力を吐き出し、フィンヴィールの意識は闇に落ちた。
闇の中から、ゆっくりと意識が浮上する。自分はどこにいるのか。だが周りは嫌に静かだ。
(目を開けたくない……)
ただの眠りすら、奪われかねない。身を横たえた場所は硬く、冷たく、眠るような場所ではないはずなのに、今のフィンヴィールには眠れるだけでありがたかった。
と、遠くから足音が聞こえてくる。また眠りすら奪われるのかと身を固くする。だがその足音は軽く、音がしてくるのは上からだ。
(まさか……)
聞き間違えるはずのない足音。番が近くにいる。
「――――?」
愛しい声にフィンヴィールは跳ね起き――……。
「ぐ……!!」
背中の痛みに息が漏れる。途端に慌てたような番が指示を飛ばした。
(ああ、私は帰ってきた……)
細々と世話を焼く番の姿に目を留め、幸福な感情に身を委ねる。番が居る。自分の居ない間に、怪我をさせられるようなことも無かったらしい。安堵するとともに途端に喉の乾きを覚え、フィンヴィールは差し出された水を一気に飲み干した。
喉を潤す、清浄な水の感触。甘露にも思えるそれが、身体の隅々にも行き渡るようだった。コップを差し出すと、もう一度水を入れてくれる。好きなだけ水を飲んで人心地つくと、床に落ちた紙片が目に留まった。
(今ならもう少し使えそうですね……)
背中の傷はまだ痛む。だがあと数度使えば、ひとまず傷は治せそうだった。
傷の痛みが和らぎ、身体の不快感が消え、自分は生きて番のもとに戻ってきたのだと、やっと実感できる。魔力が減ったことにより身体は重いが、些細なことのように思えた。
(本当に、ありがたい……)
己の生きる希望。フィンヴィールは立ち上がると、感謝を込めて番に向かって礼をした。
(今はこの程度しか伝えることができませんが……)
鉄格子で隔たれ、言葉も通じない。しかし身振りである程度の意思の疎通ができることは分かっている。フィンヴィールの気持ちが分かったのか、番は嬉しそうに笑ってくれた。




