そして、兵器として
「ほらトカゲ、餌の時間だ」
「…………」
荷台に載せられた檻の中。身体の怠さに横たわるフィンヴィールの前に、パンが投げ込まれる。
到底人相手にするような所業ではない。しかし、アガリスでは『人間』は純粋なヒトだけだ。片親がヒト以外であったりすれば、壮絶な差別の対象となる。最も、だからこそ小国だった。
異種族間でできた子供は、魔力の高い親の種族として生まれる。貿易の盛んな国や後宮を王が持つような国では、種族が入り混じる事は珍しくない。国としても、魔力が高い国民は歓迎される。だがアガリスは徹底した純血主義だ。国民の数は思うようには増やせない。だからフィンヴィールを捕らえたのだ。自分たちの国境を広げるためのナイフとして。アガリス以外の国を、属国とするための手段として。
ヒトの国民は増やせなくても、その他の国の者をアガリスの下に置いてしまえばいい。他所の国のヒトも、召し上げることができる。フィンヴィールさえいれば、その野望は叶えられる。フィンヴィールと、その番を犠牲にして。
「…………」
杭が痛む。術者は前方の馬車で、フィンヴィールの魔力を好きに貪っているのだろう。魔力が身体に行き渡らない怠さに加え、勝手に魔力を吸い出される不快な痛みが付きまとう。塔の中でだけ、唯一その痛みを忘れることができたのは、番が居たからだろう。塔から連れ出されて数日、フィンヴィールは荷物のように国境へと運ばれていた。
(彼女に、会いたい……)
味気のないパンを、のろのろと口に運ぶ。普段のものと代わりはないのに、番が隣に居ないだけで、砂のように味がしない。
戦場までの道のりは過酷だった。吹きさらしの檻の中、戯れに石を投げ付ける兵士すらいる。魔力に溢れた普段であればどうということのない環境なのに、今のフィンヴィールには泥水ですら喉を潤したい。戦場に近付いていくにつれ、高ぶった暴力性は弱いものに向けられる。石を投げ付ける程度だったものが、檻の中へと剣先を入れる者も出始めた。フィンヴィールが使い物になればいいので、傷付けられる程度は黙認された。
(帰らなければ……)
番の居る塔へ。いずれは、彼女と2人で国へ。切り傷の痛みに耐えながら、ただただ地獄の終わりを願う。
「出ろ!」
幾日もかけて到着したのは、国境だった。こちらは少数だが、国境の向こうには万を越えるであろう大軍が居る。
「お前の力を見せつけろ。勧告に従わない、愚かな国になァ」
「……っ……!」
牢から引っ張り出され、服とは言えなくなってしまった布から覗く赤黒い石が光る。
(魔力が……!)
その瞬間、身体に魔力が行き渡った感触がした。身体が軽い。不快でしか無かった傷の痛みさえ消えた。魔力が満ちたことで、傷が修復されたのだろう。
(…………今なら……)
振り向いて一度大魔法を使えば、アガリスの者は死滅するに違いない。だが、アガリスの手元には番が居る。それは呪令の杭などよりもよほど強い鎖だった。
(私の都合で、命を奪うわけにはいきません……)
世界の誰よりも、フィンヴィールは番を選ぶ。だが、命令は単純だ。力を見せつけるだけでいい。
息を吸うように、そして敵軍に見せつけるように、ゆっくりと魔力を練っていく。アガリス軍の最前線には何が居るのかに気付き、敵軍がざわめき始めた。
ヒトではなく、ヒトに近い姿をした種族では使えるものが限られるであろう魔法。風になびくのは黒銀の髪。それほどの魔力を持ち、その特徴で、ヒトの命に従う可能性のあるもの。
(そう……そうです、竜がここに居ると覚えていきなさい……)
帰国期限はとうに過ぎた。であれば、アガリスの軍に居る竜は誰なのか。フィンヴィールが力を見せつければ見せつけるほど、ガリュオンへの情報も入るだろう。
(まずは一手……)
極大魔法を前に恐慌状態に陥った敵軍を見ながら、フィンヴィールは上空に魔法を放った。
「ふん、死滅させれば良かったものを」
「……っ……」
フィンヴィールの一撃に、敵軍は降伏した。結果は同じであっただろうに、アガリスの将軍は不満げにフィンヴィールの背中を切り裂く。まっさらになったフィンヴィールの背にまたひとつ、赤い筋が滲んだ。
「まあ、敵国……いや、属国とはいえ、兵士は貴重な労働力です。資源は大事にしませんとな」
「これで戯けたことを言っている他の国にも、こちらの兵器が伝わるだろう。人の国も、獣の国も……こいつが居ればすぐにでもアガリスのものになる」
大陸は広い。だが、竜1人で落とせない国は多くはない。他の竜が出てきたとしても、こちらに居るのはガリュオン最強の剣だ。それになにより、竜は仲間思いの種族である。ガリュオンに手出しをしなければ、フィンヴィールを人質として使えるだろう。いずれ大国の将軍になるのは目に見えている。多少の余裕は残しておいてもいいだろう。
「次の戦場が楽しみだな? せいぜいそれまで番との蜜月を過ごすが良い」
小国はアガリスの武器に、宣戦布告だけで降伏してくるはずだ。虚勢を張れる国はそう多くはない。将軍はフィンヴィールを見下ろしながら、酷薄な笑みを浮かべた。




