74.腹黒王子の異変?
最初の予定よりちょっとマイルドになった。
取り合えずあとは待ちだというので、ジェニアさんが淹れてくれたお茶とお菓子でお茶の時間になりました。
ランディ様はジェニアさんには例の人懐っこそうバ―ジョンで、弟子に化けてた師匠でーす!今も化けてまーす!なんてさっくりやらかしをばらす体で、種族と年齢の事をごまかしていた。まあそのほうが話が早いよね。
お茶のおかわり、どうしようかな、くらいの時間になったあたり。
ごんごん、と結界に物理衝撃。いやそれ魔力結界だからね?なんでどつけてるの?
「なんだなんだ?誰だこんな結界張ってんの?」
噂をした覚えはないけど、庭から聞こえたこの声はカルセスト王子。見ればまた足だけ龍の爪状態でげしげしと結界を蹴っている。なるほど?龍の爪だと魔力結界も物理で殴れる?あんま意味なさそうだけど。
「あたしだけど、蹴らないでよー、って遮音中だったわ……」
何時もの調子で返事してしまってから、遮音結界展開中だったのを思い出す。うん、うっかりうっかり。まあ口パクで判ってくれませんかね?
「ああ、結界は一旦解除でよかろう。そ奴がメッセンジャーだ」
ランディ様が麒麟の子にあげたクッキーの食べこぼしを払ってやりながらそういうので、結界は解除。あ、いきなり解除したからか、つんのめった。らしくないわねえ?
それにしても、カルセスト王子が、メッセンジャー?
「……解除するなら合図ぐらいして?」
拗ねたような声音、鋭い目、表情はなぜか、完璧王子様スマイル。やっぱり表情と言葉が乖離してる感が否めない。そもそも、あたしに向かって王子様スマイルってのが、ありえなくて、ごめん、正直ちょっと引く。
「いやあ、遮音結界も張ってたもの、どっちみち聞こえないでしょ?」
まああたしもその件についてはうっかりしてましたけども。笑顔に関してはスルー。
「それでもやりようはあるじゃん。ってあれ?お客さんだったのか、すまん」
結界が解除された段階でランディ様の存在に気付いたようで、慌てて足の変化を解いて魔法収納から靴を出して履くカルセスト王子。それお客さんの目の前でやることじゃない気がするんですけども。いやまあ龍の王族の皆さん的には平常進行だから、しょうがないか?ぶっちゃけ靴はともかく最初からシャツ着てるだけマシともいう。
口調はそれなりに済まなさそうだけど、表情は俯いてるから、良く判らないな。
「セスト兄、今日は私の師匠の師匠、大師匠が来ておってな。確か、初顔合わせだと思うが」
あたしとカルセスト王子との会話だと、往々にして話が進まないのを知っているイードさんが会話に割り込んでくる。まああたしとしても、その方が助かる。
「……へえ?聞いてた話と、違うな?」
誰から何を聞いたものか、カルセスト王子が不審げな声。顔は、まだ見えない。靴履いたんだから、いい加減顔上げよう?あーでもなんかスキルとか無関係にビシバシに警戒心が伝わってくる……いやこれスキルが反応してる?何故?今までこんなことなかったし……あれ、なにか、属性?が?、揺らいだ?と思ったら警戒心が薄れて伝わってこなくなった。一瞬過ぎて把握できなかったけど、何だこの現象?
「ああ、我は代理だからな。依頼された本人はちょっと地元の騒動の後始末で、手が離せん」
特に名乗りもせず、どころかカルセスト王子にちらりと眼をやっただけでそっぽを向いてランディ様がそう返事をする。割とナチュラルに失礼の応酬してるけど大丈夫かこの人たち?
(時に娘よ、こやつ、妙な契約に縛られておるが、判るか?)
唐突に飛んで来る念話。何?契約?こやつってカルセスト王子?
カルセスト王子に改めて目を向ける。まず治癒師の技能が働いて身体状態、良好、なんてことが判る。直接目視してる人の健康状態がある程度判るのは便利と言えば便利。流石にメンタル状態はこの技能では判らないけど。
次に魔力視。いつも通りの属性、いつも通りの魔力……あれ?そういえば、今まで通りで、あまり変だと思ってなかったけど、妙な歪み、いや魔力のもつれがあるな?ランディ様の言葉の通り、契約ではあるのだけど、縛られている、というより、こんがらがって、混線しているかのような?
取り合えず見えたものの結果だけ、ランディ様にひっそり伝える。
(こんがらがって混線。なるほど、そなたにはそう見えるのか。まあ、間違いでもないな。さっきも化身の解除が不完全であったようだし、あまりよい状態とはいえぬな)
え、あれ、わざとやってる訳じゃなかったのか。少なくとも本人はわざとやってるような発言もしていたんだけど。
(我らも、ここの子らも、部分変化をさせることは可能だが、化身から戻るときに一部をそのまま残す、などということは意図的にはできんぞ。最悪その部分だけ大きさが狂って、あとあと障害を残しかねないのだから)
どういうことかと聞き返したらそんな返答を頂きました。そういえば真龍の方たちも、龍の王族のひとたちも、化身と本体のサイズには物凄く差があるから、そういう事故はあり得るのか。怖いな?
(簡単に言うと、契約の仕様と契約相手に問題があって、人格、ひょっとすると魂にもだが、だいぶんと混信と齟齬が起こっている。この状態のまま放っておくと、存在が崩壊しかねん)
うわ、予想以上に状態悪いじゃないですかそれ。解いてもいいんだろうか。
(解く?可能なら近いうちに。だが混信相手が情報持ち故、今回の件の情報が揃うまでは保留にせい。他の情報源が現状確保できそうにない故な。何、頑健なこの国の王族のことよ、そこまで焦る段階ではまだない、まあ感情と表情の制御ができなくなってきておる様子故、気色悪さはありそうだがのう)
そもそも、問題が解決できれば契約も解けそうなものではあるが、と補足して、ランディ様の念話は途切れた。
契約っぽいものも多少は読み取れたけど、絡み合ってて微妙に判らない部分が結構ある。
そもそも、契約はあたしの技能やスキルの対象外のはずだ。なんで多少なりとも読めるのかと思ったら、どうも裁定者の称号が仕事してるっぽい気配。裁定が必要になりかねない?
《魂が絡む話だからだと思います。この称号、今のではっきりしましたけど、魂絡みですわ》
あー、ってことは、称号生えたの、アリエノール殿下をお見送りした時の可能性が高い?
《かもしれません。もしくは、そのあとのアラクネー討伐の時か、どちらかでしょう》
あたしが、魔力で魂そのものに干渉したのは基本その二回だからね。イーライア王妃の魂に関しては、あたしの魔力に接触した時点であらかた壊れていたそうなのでノーカンだそうな。これはシエラがメリエン様に確認した確定情報。この時は王妃の魂の件限定で質問したそうなので、称号の件はスルーだったのよ。
ともあれ今はカルセスト王子の契約問題だ。
今の彼に掛かっている契約は、多分相互提供、とかあったので、情報を交換するのが目的のものじゃないかと思う。ただ、それ以外にもなにかを融通していて、それは読み取れなかった。
相手は聖獣クラス、それは確定。恐らく話の流れ的に、サンファンの守護聖獣の四体のどれかだろう。混ざりそうになる、ってのは原則として相性が良すぎる場合なので、属性か、存在の在り方が多分近い感じなんじゃないかな?土と氷持ちだという白狼、火だという朱虎は多分違うだろう、属性を知られてない黒鳥か水持ちの碧蛇?
《碧蛇様は女性だそうなので、違うと思います。異性同士は、ほぼ間違いなく混ざりません》
余談だけど、オネエはおらんそうだ、この世界。創世神様がそういうの嫌いなんだって、と書き残したのは、例の自称勇者様。
そうすると、契約者は黒鳥か。どういう聖獣なんだろう。
《黒というか、黒灰色というか、そんな色合いの、モンテイード様の呼ばれる青鷺さんよりサイズの大きい鶴ですね》
鶴かー。あたしのいた世界にも昔はいたけど、あたしが生まれる前に絶滅したつってたな。
《ああ、そうですね、サイズ以外の見た目は、この子と似た感じです》
シエラは、あたしの知識庫から、図鑑辺りを探ったようで、頭が赤い以外は、濃淡のあるモノトーンの身体を持つ、くちばしと脚の長い鳥が示される。サイズ以外は、か。これは元の世界の鶴では標準サイズだったと思うけど。
あの世界は大きな生き物はかなりの数絶滅している。人間が増えすぎたのもあるんだけど、自然に減って消えちゃった、とか、ある日突然全ての群れが消失した、なんて話もあった。
今思うと、後者は種族ごと纏めて他所の世界に召喚されたとか移住したとか、じゃなかろうな?
というかランディ様があれこればらしてくれちゃうから迷うところが減ってしまう。