65.残されていたのは。
お部屋探索に戻ります。何せ物的証拠が何もないからね。
話も一段落したので、またイーライア妃の寝室に戻る。例のドレッサーは、流石に解毒は魔法じゃできないので一旦放置だけど、他に何かないかなって。
そう、この世界の治癒魔法は、回復オンリーで、状態異常の回復は瘴気による浸食以外解消してくれない。
その浸食の解消も光属性そのものが闇属性より濃い闇を消している、って感じなんで、状態異常回復というカテゴリには分類不可能なのよね。
まあ、結局寝室も執務室も含め、彼女の部屋にはびっくりするくらい何もなかったんだけど。日記とか書く習慣もなかったようだし、書物も殆ど置いてないし。宝石箱とかクロゼットにはかなりの数の高価な、豪華というか、派手目の品々が入っていたけど、これといってあたしの眼で見て妙なものはなかったし。
「いやでもこれだいぶ趣味が悪くない?身内の方がいるところであんまり言いたくはないけど」
サクシュカさんが手厳しい評価を下している。
いやでもイーライア妃が身に着けてる時にはそこまで違和感も悪趣味感もなかったような?
「まあサクシュカさんだと似合わないのは請け合いですけど、イーライア王妃ってこういう派手な装いの似合う人だったようには思いますよ?」
これは本心だ。まあカードゲームの絵にある女王様がこんなんだな、なんて思いはしたけれど。
「あー……そうね、そう言われると、あの方には似合ってた。うん」
サクシュカさんもそこには異論がないようです。
「そうですね、母は時代がかった、もしくは芝居がかった衣装を好むところがありました。どうも元々、オラルディ国の国風でもあるそうなのです」
ジョアナ殿下もわずかに微笑んで頷く。なんでもオラルディ国の御国芸が演劇なんだって。イーライア王妃は、芸術系国家繋がりでお嫁にきたということらしいのね。残念ながら、余計なものが憑いてきたせいで、結果がほぼ最悪だったけど。
そういうジョアナ殿下は、ふくらはぎ丈くらいの、ごく普通にシンプルなワンピースドレスにハイソックスと革靴という姿で、大変愛らしい。子供の間は市井のちょっといいおうちと変わらない服装が多いのがヘッセン国流だそうだ。
「書物や日記のあるなしは性格の問題もありますから、何とも言えませんけれど、書類がなさすぎるわ。隠されているのか、誰かが持ち出したのか……」
マリーアンジュさんが眉をひそめる。公務であろうと、私事であろうと、書類というものは溜まるもののはずなのに、私室にも公務の部屋にも、それが殆どない、というのはおかしい、と。
流石に実務を知ってる人の着眼点よね。
「請求書の控えや領収書だけでも、それなりの枚数になるものなのよ?そしてそれらは流石に保管義務があるわ、私生活の為であろうと、公務の為であろうと、王の妻が使うお金は国庫から出るのですから」
それがないのは、かなりまずいのよ、と、マリーアンジュさんはますます深刻な顔になる。
「ん……あれ、この戸棚、動きますね?」
寝室には流石に入らず、手前の部屋を検分していたカルホウンさんがそう言ってあたしたちを呼ぶ。
動いた戸棚の後ろには、小さな扉。
特にトラップも魔力も感じないけど、念のためあたしが〈消去〉をかけてから、手を掛ける。
中には、書類の山と、手紙の束。
まあ内容は普通に領収書と請求書の写しのセット、手紙の内容も衣装や宝飾品の注文の為のやり取りだったけど。
内容にも全く不審な点はないそうだ。多少金遣いが荒いなというところはあるけど、予算の範囲にはきっちり収めているとのこと。絶妙な金遣いだわねえ、とは割り振られている予算と領収書の金額の差を聞いたサクシュカさんの感想だ。
うーん、どうも釈然としない。
そんな気がして、もう一度、空になった隠し書類庫を覗く。
あ、もう一つ蓋がある。多分隠蔽されてたんだろうけど、さっき〈消去〉かけちゃったからなあ。ってあれ普通の隠蔽にも効果あったっけ?
そおっと蓋を開ける。中には、これは、なんだ?
何枚かの紙。それは間違いないのだけど。書かれているものが、判らない。読めない。
「カーラちゃんどうかした?って蓋?まだ奥があったの?」
サクシュカさんが後ろから覗き込む。
「なにこれ。どこかで見たことがある気はするけど……」
同じものを見たであろうサクシュカさんも、内容が判らないらしい。
「触らないでくださいね。これもなんだか微妙に嫌な感じがしますから」
取り合えず警告する。危険とまでは言えないんだけど、どうにも嫌な感じの付きまとう紙切れ。
そして、唐突に理解する。これ、呪詛の書式だ。そりゃ嫌な感じもするわけですよ。
理解できちゃった段階で、嫌な感じが急に薄れた。多分、未知のものではなくなってしまったからだろう。でもこれ、理解した状態でうっかり触ると、呪詛技能が生える予感がする。
回避手段は……ああ、カルホウンさんがいいな。
「カルホウンさん、これ取り出して厳重にしまっておいてくれませんか」
彼なら間違いなくこの呪詛式には反応しないはず。なんていうか男性だし、どういう理由か、そしてなんで把握できるか判らないけど、この人、呪詛系への適性ゼロだからね。
いや待て、なんで男性だし、なんて思考になった?あ、術式使用と行使先の限定条件が女性、なのか……根性悪いというか、効率主義というか。
魔法は限定条件を増やすと負荷が上がるけど、呪詛は下がるっぽいのよね。
「はいはい。あー、なるほど呪詛式か。よく僕なら大丈夫って判ったね」
さっくり紙切れを取り出して格納魔法で片づけると、カルホウンさんが不思議そうにあたしに聞いてきた。
「なんでですかね?あたしも良く判ってないんですけど。ただ、ここまでで惑わされるという姿を一度も見ていないなってのと、あとなんか女性しか使えない、女性に対してしか使えない、みたいな構文が見えた気がして」
多分なんだけど、カルホウンさんって呪詛とか魅了そのものに耐性持ってる気がするんですよねえ?理由?知らぬ。
「ああ、なるほど。呪詛は限定条件が付くと扱いやすくなるというからね。
実は父方の影響でね、僕とカルセストの同腹はそういうのに他の兄弟より耐性があるんだ。その能力の負荷で父は特に短命だったのだけど、僕らは恩恵だけを受けている格好だね」
さらっとそんな風に答えをくれるカルホウンさん。特に秘密にしてたりとかいうんじゃなさそうなら、まあいいか。
ってカルセスト王子もそうなんだ。へえ、どうでもいい情報を得てしまった……
ハルマナート国の王配殿下は、三人とも既に世を去って久しいそう。イードさんや王女様がたの父君も、あたしがこの世界に来るよりも結構前に亡くなられているんだって。
そんな話をしながらではあるけど、紙を取り出した後の底と、隠し書庫全体の壁部分と天面も確認した。けど、流石にそれ以上は何も見つからなかった。まあ、カルホウンさん曰く、紙の裏面になんか呪詛式とは違うことが書いてあったっぽいんだけども。
「多分、本来はそちらが表だったんじゃないかな?反故紙を再利用したような感触だったからね、この紙」
マリーアンジュさんが作ってくれた封印術式を書いた紙で、再び取り出した呪詛式の紙を包む作業をしてからカルホウンさんが感想を述べる。
ただ、彼にも裏面の内容は読めなかったそうだ。異世界の古文書の可能性があるとは言っていた。つまり、この世界の文字ではない。
ちらっと見たけど、あたしも見たことない文字で、読めそうにはなかった。異世界召喚には告知もなく言語翻訳機能がもれなくついてくるんだけど、文字は適応外なのよね。そういうとこも根性悪いわね、この世界の仕様は。
シエラがいてくれるから、今は読み書きもできるけど、そうじゃなかったら、結構面倒な事になっていたという気しかしない。
ドレッサーは結界張って隔離しましょう、危ないし。
結界張ったとたん化粧品か何かがいくつか爆発しやがりました。まさかの光属性反応トラップまで配置?一見雑と思わせて、随分執念深いことね。
まあ置き捨てトラップ程度で壊れるような、そして飛散する毒物とか飛び散るようなヤワな結界張ってないんで人的には無事ですけど。馬鹿魔力ナメんな?
まあ最悪国神様に証言してもらうって大技はあるのですけども……